アシュラ・バトルシップ   作:蒼崎一希

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その艦娘、阿修羅の如く。


第一話

「正体不明の超戦艦?」

 早春昼下がりの佐世保鎮守府、その主が構える司令官執務室の中にて。

「そう、僕たちの間で今ちょっとした話題になっているんだけど、提督は何か知ってる?」

 執務室を所用で訪れていた時雨から不意に投げかけられた質問に、主である佐世保鎮守府司令官・千北恵理子大佐は決済を待つ書類の山から軽く視線を上げた。

「――それいつ頃流れた噂かしら? 先月? 半年前? それとも一年前? いくら記憶力に自信のある私でも、さすがに1年前の噂話までは覚えきれないわよ?」

 少し前に時雨が淹れてきてくれたカフェオレの入ったマグカップに手を付け、千北が屈託のない笑みを浮かべる。

「そういう噂話の類じゃないよ。横須賀の榛名から聞いたよ。敵ではない、ただどこに属するか、どんな艦種なのか分からない味方らしき影を一瞬だけど電探で捉えたって。ねぇ、山城?」

 話を振られた同伴する山城が若干面倒くさそうに相槌を打つ。大方早いところに所用を済ませ、扶桑のところに戻りたいといったところか。

「横須賀の榛名って、戦艦の? それとも護衛艦の?」

「今ちょうど演習で来ている戦艦の榛名からだよ。同伴している『ひえい』も同じく捉えたんだって。どちらの電探もすぐに見失ってしまったから詳細までは分からないらしいけど、とにかく大きな影だったことは間違いないらしいんだ」

 時雨の返しに耳を傾ける千北の身体がわずかずつではあるが前のめりになっていく。彼女がその話題に興味を示した証拠だ。

「あのふたりがほらを吹くとは思えないし……、ふーん、一瞬だけ捉えた謎の大きな影、ねぇ……」

 再びマグカップを傾け、程よい甘さを舌の上に広げつつ、千北は該当しそうな話題を記憶に当たり始める。

「ねぇ提督、何か知っていること、ある?」

「時雨、さっきからやけにその話気にしているけれど、そんな話知りたがってどうするのよ」

「だって山城、もしその超戦艦が僕たちの仲間に加わったら心強いじゃないか。もうすぐ『あの』作戦だって近いんだし……」

 『あの作戦』、その一言へわずかに込める力が強くなる時雨に山城が粘りつくような視線を向ける。

「――何よ時雨、姉さまと私の火力だけじゃ不安だっていうの? 姉さまと揃って改二に改装してもらって練度も十分に積んできたこの私たちだけじゃ……!」

「べ、別にそういう意味で言ったわけじゃないよ。でも、強い仲間は大勢いた方が心強いじゃないか。もしレ級や姫クラスの敵が出てきたら……」

「何よレ級や姫クラスくらい! 姉さまと私が力を合わせればあんなのなんて……!」

「そんな敵が同時に出てきたらどうするのさ!」

「――ふたりともお取込み中大変申し訳ないんだけれど」

 地味に長引きそうな痴話喧嘩の雰囲気を感じ取った千北が強引にふたりの間に割り込む。

「――さっきの時雨の話については私も何も知らないなぁ。そして時雨、あんまり山城を傷つけるようなこと言っちゃダメよぉ? ああ見えて山城結構デリケートなんだからさぁ」

「ああ見えては余計ですああ見えてはッ! はぁ……。さ、姉さまも待っているし、戻るわよ時雨」

 山城が時雨の手を取り曳航し、執務室の扉の向こう側へと消えていった。

「超戦艦、ねぇ……」

 背もたれに深く背を預けつつ、残りわずかとなったカフェオレを流し込んだところで、時雨が残していったワードが口から小さく漏れ出る。そこから思慮の世界へと飛び立ちそうになった千北の意識を、電話機の呼び出し音がグイと引き戻した。

「執務室、どうしたの大淀」

『軍令部の九条中佐よりお電話です』

「――九条かぁ……、いいわ、繋いでちょうだい」

今日もまたあの何とも言えないおべっかに付き合わされるのか……。毎度ながらの感慨を抱きながら千北は受話器を取り上げる。

「はい千北――」

『お久しぶりであります千北大佐殿! 霞が関はだいぶ冷えますが、佐世保の方は……』

「――久しぶりってつい二週間前に連絡してきたばかりじゃないの。悪いけれどこの後大規模作戦の事前会議が入っているから、用件だけ掻い摘んで話してちょうだい」

 実際のところはその会議とやらは明日の予定なのだが、彼から電話がかかってくる日には必ず『会議』が入っていることになっている、つまりはそういうことである。

『――失礼いたしました。用件というのが大佐殿でございましたらもうお耳に入っていらっしゃるかと思われますが、横須賀の戦艦榛名が電探で捉えたという正体不明の艦影についてなのですが……』

「えぇ、私もついさっきその話を聞いたわ。護衛艦のひえいとともに巨大な影を一瞬だけ捉えたんでしょ? それがどうかしたの?」

『おぉ……! 流石は私の尊敬する、あの軍令部第三課きっての才女と呼ばれた大佐殿でいらっしゃる……!』

「――そういうの本当にいいから用件を」

『あっ、し、失礼いたしました! その影を探知した際に榛名たちが航行していた海域というのが済州島から南に一六〇キロほどの東シナ海海上でありまして、電探への映り方から推測するに、その影が航行していたのは恐らく黄海の方面ではないかと推測されるということでありまして……』

 九条のその言葉が千北の脳裏に僅かばかりにひっかかった。

「黄海方面……。あの辺りにある海軍基地とすれば、青島・旅順・煙台、それと威海ね。ただ、あの辺りには艦娘が配備されている基地は確か存在しないはず……」

『正確には旅順に我々の警備府が存在しておりましたが、ご存じのとおり現在は休止状態でございますので……』

「そうよね……。普段は東シナ海海上で敵を迎え撃って黄海方面への侵入を阻止するのが我々の戦術、だから普段あの海域まで進出することは、少なくとも我々としては訓練を除けば稀……」

 加えて、中国軍の艦娘艦隊の多くは上海を拠点にしている。決して精強とは言い難い彼女たちの守備範囲は南シナ海の防衛が主で、黄海近辺の敵の撃退は日本軍が担っているのが現状だ。

『実際、我が軍の艦娘で該当する時間帯に黄海海域を通過した艦の報告はなく、合わせて中国軍側にも確認を行っておりますが、現時点では『該当する艦なし』との回答を得ておりまして……』

「なるほどね……。ははぁ、読めたわよ。その謎の艦娘について調査をしろって話ね? それならあなたも分かっているとは思うけれど、私たちこれから大規模作戦への出撃を控えているのよ? 調査隊出せって言われてもそうは問屋が卸さないわ」

『いえ、まだ実際に調査を実施する段階までは至っておらず、今回はあくまで予備調査とのことで、周辺海域を航行する可能性の高い呉・舞鶴・横須賀と佐世保の所属艦へ向けて、該当する現象を発見したら直ちに情報を上げるようにと……。特に佐世保はその海域に最も近い鎮守府でありますので、事前にお伝えしておかねばと思いまして……』

 千北の先制パンチを喰らった九条が少々慌て気味に返す様を耳にしたところで、この会話を終わらせるべくとどめの言葉を振り被った。

「なるほどね。了解したわ、所属艦にも伝達しておくわ。正式に調査が決まったら作戦終了後に要請を出してちょうだいね。それじゃあ会議が始まるわ、失礼するわね」

 一方的に言うだけいいきって受話器を置き、千北はひじ掛けに肘を置きつつ、先ほどの電話内容を反芻していた。

「謎の超戦艦、ねぇ……。本当にいるのかしら、そんな都合のいい存在……」

 もちろん、その可能性がゼロであるとは断言できない。各鎮守府から軍令部へと『艦娘たちが存在を予期していなかった艦娘』の着任報告があるからだ。もしかすれば今この世界に存在する艦娘たちが知らない、未知なる存在が――。

 そこでひとつ思い当たるものがあった千北が受話器を取り上げダイヤルする。少し長めのコール音の後に、回線が繋がる音が聞こえた。

「――佐世保鎮守府の千北です。……えぇお久しぶりです。こちらは特に変わりなく……。ところで、折り入ってお願いが――」

『提督、由良です』

「ちょっと失礼します……。入りなさい」

 受話器のマイクを塞ぎ、秘書艦の由良を部屋へと招き入れる。

「すみません、それでお願いというのが、久里浜の先進技術研究部、特に第十一研究室について、ここしばらくの間に何か特異な出来事がなかったか情報を頂ければと……、えぇ、研究内容だけでなく人員の動きなども……、はい、はい、極端に急ぐわけでは……、はい、ご多忙のところ申し訳ありませんが、はい、よろしくお願いいたします。それでは失礼いたします……。お疲れさま由良、今日の演習報告書?」

「はい、こちらです提督。――ところで先ほどのお電話ですけど、久里浜の先進技術研究部って……、確か、新型の艤装や艦娘の研究を行っている部署、ですよね?」

「そうね、特に第十一研究室については色々なことに手を出しているって話は聞いているけれど……」

 千北は受け取った報告書に目を通しながら由良からの問いに応答する。

「その話関連で、今日横須賀の榛名たちが演習の途中で入港しているわよね。彼女たちが東シナ海で電探上に映る正体不明の、恐らく艦娘と思われる大型の影を目撃したそうよ。で、上のほうが調査を始めるみたいで、今後出撃中に類似するような状況を確認したときは確認した地点を報告するように、だそうよ。まだ正式な指令ではないけれど、早めに全ての娘たちに周知をお願いね」

「分かりました。……それにしても、その謎の艦娘って一体誰でしょう……?」

「それが分かれば『謎』じゃないわねぇ……」

 瞬く間に目を通した報告書を置きながら千北が苦笑する。

「――そう、ですよねぇ。じゃあ、今のお電話もそのお話に関連が……?」

「そういうこと。第十一研究室は完全新型の艦娘開発に向けた技術研究を以前から行っているってところまでは私も知っているけれど、前々からちょっと気になっていることもあるし、これもひとつの機会かなって思って」

「提督って、本当に何でもご存じですよね。私たちどころか、総司令部とたくさんやりとりしていそうな大淀でさえも知らないこともたくさん」

「それほどでもないわよ、私は他の人よりほーんの少しだけ情報を集めるのが得意なだけ。例えば……、由良の好みの男性のタイプとか、休日によく買い物に出かける佐世保市内のお店やそのルートでしょ、それに今密かにハマっている男性アイドルで誰のことを推しているかに好みの下着のタイプに――」

「――――提督なら本当に全部知っていそうなのが、由良ちょっとコワいです」

 軽く引いている由良の表情に、千北はどこまでも無邪気な笑みを返してみせた。

「えーっと……、あ、提督、カフェオレのおかわりいりますか?」

「そうね、おかわり頼むわ」

 完全に千北にペースを握られてしまった由良が一旦仕切り直すべく、マグカップを手に給湯室へ向かっていく姿を見送りながら、千北は残りの書類へと目を落とす。

「いよいよですね、提督」

 マグカップを静かに置いた由良が声を掛ける。

「今度も必ず、みんなで作戦の後に祝杯を……、ね」

「そうね。そうだ、由良、鳳翔と間宮達に祝杯の準備をたんまりしておくように言っておいてちょうだい」

「はい、提督っ」

 千北と由良が顔を見合わせ、共に柔らかな笑顔を見せる。作戦の時が、少しずつ近づいていた。

 

   ◇

 

 ――――赤い海面を埋め尽くすように遊弋する、黒い敵影。

大小無数の影が蠢き、こちらへと殺到する砲弾、そして雷撃。

木霊する、地獄への門が開いたことを告げる、空気そして海面を切り裂く音。

 ――滾る。

 身体の奥底で、

 心の奥底で、

 灼熱の闘志が、激しく滾る。

 闘う。今この時こそ全力でその力を振るい、戦う。

 それこそが、私達(せんかん)の誇りではないか!

 

 

 リノリウムに反射する仄かな明かりで冷たく満たされた一室。その中に響くのは、わずかな機器の動作音のみ。文字通りの静寂が支配する殺風景な部屋の中央に佇む、ひとりの男の影があった。

「この脳波の推移は……、夢を見ているのか、お前は……」

 ズラリと並ぶ何面ものディスプレイ上へ幾重にも描かれた波形と数値を読み取ると、彼はディスプレイから視線を外し、ある方向を見やった。

 部屋の中央でかなりの面積を占める複雑にフレームを繋ぎ合わせた装具へ、まるで磔のような姿で繋ぎ留められた非常に長身な女性の姿がそこにはあった。ディスプレイが接続されたいくつもの機器から伸びるケーブル類が装具に繋ぎ留められた身体へ、さらにはその女性の背部で背負うように接続された金属の塊へと無数に向かい、まるで確実に束縛するべく繰り出された縄のように絡みついていた。

「――こちらでしたか、牧野大尉」

 背後から掛けられた声に反応した牧野と呼ばれた男が振り返る。そこには、牧野と同じくネイビーブルーの詰襟を纏ったひとりの男が部屋の中へと入ってくるところだった。

「――何かあったか」

「はっ、先ほど閣下よりご連絡がございまして」

 入室してきた男の声色から察する雰囲気、そして今の時間がこれから彼の口から語られる内容を予感させる。

「軍令部第二部第三課から本土四鎮守府に向けて、近日中に『未確認艦影』に対する予備調査の指令が出される見込みとの情報が……」

「――やはり電探で見られたか。どこの艦が捉えた?」

「東シナ海を演習航海中の横須賀所属の戦艦榛名、さらに護衛艦ひえいとのことであります」

「今のところその二隻だけか?」

「今入った限りの情報では……」

「そうか……。その割には今回はやけにの行動が早いな……」

 怪訝そうな表情を浮かべる牧野の様子を伺いながら、男がさらに言葉を続けた。

「気になる点はそれだけではございません。どうやら久里浜の動向について探りを入れ始めている存在があるとのことでして……」

「――久里浜を? いったい誰が……」

「情報によると、佐世保鎮守府司令官の千北恵理子大佐であるとのことです」

 その名前を聞いた牧野の目つきが、わずかに鋭くなる。

「彼女か……」

「ご存じなのですか……?」

「あぁ、軍令部にいる仲間からな。今でこそ佐世保鎮守府の司令官を務めているが、それ以前は今とは全く畑の違う分野で手腕を振るっていた逸材だ」

「違う畑……?」

「軍令部第三部第七課、ロシア・ヨーロッパ方面情報の収集と分析を担当していた情報士官だ。それもただの情報士官じゃない、『軍令部始まって以来の才女』とまで呼ばれた逸材で、情報士官の道を外れた現在でも、彼女には数多くの情報のチャンネルがあると言われているくらいだ。下手すれば霞が関のデスクに居座る将官よりも多くの情報を手にしているとまで言われているらしい」

 牧野は再び装具に磔られた女体へと視線を送る。

「――彼女が我々まで容易にたどり着けるとは流石に思わないが、用心するに越したことはない。我々も慎重に行動しよう。この計画はなんとしても……」

 牧野が彼女から視線を外し、部屋の出口へと向かう。扉が閉まり再びの完全なる静寂を取り戻した部屋の中で、彼女は身じろぎさえすることなく、ただただ静かにその場に繋ぎ留められていた。

   ◇

 

「皆さん集合しましたね。それでは出撃前作戦会議を開始いたします。……提督」

 数日後、時雨や山城たちの姿は佐世保鎮守府の作戦会議所の中にあった。ずらりと顔を並べた艦娘たちが、演壇の上に立っている千北の顔を真剣に見つめている。

「みんなおはよう。いよいよ出撃当日を迎えたわね。全員、心身共に問題ないかしら? それでは作戦内容の最終確認に入るわよ。資料を開いてちょうだい」

 紙をめくる音が、張り詰めた空気の中で一段と大きく響く。

「もう改めて繰り返すまでもないとは思うけれど、今回の作戦の目的はフィリピン・レイテ湾ならびにその周辺海域に出現した敵深海棲艦大機動艦隊の殲滅よ。我々佐世保鎮守府は第一遊撃部隊第三部隊、ならびに第二遊撃部隊として経由地のブルネイ泊地からスリガオ海峡を通過してレイテ湾へ突入し、呉から派遣のシブヤン海側を経由してレイテ湾へ突入する第一遊撃部隊第一・第二部隊、さらには横須賀から派遣の機動部隊本隊と連携の上敵艦隊を挟撃、これを撃破する」

 千北は一旦言葉を区切ると、改めて居並ぶ面々の顔を一人ずつしっかりと見つめた。全員、士気に満ち溢れていることは明白だった。

「艦隊編成の最終確認よ。第三部隊として、扶桑・山城・最上・時雨・山雲・朝雲・満潮。第三部隊旗艦は山城とする。第二遊撃部隊として、那智・足柄・阿武隈・曙・潮・霞・不知火、周辺海域哨戒の別動隊として青葉・鬼怒・浦波・若葉・初春・初霜。第二遊撃部隊旗艦は那智とする。山城と那智にはブルネイ泊地出港後の指揮権を与え、出撃後の作戦に関する全ての判断をふたりに任せるわ。……質問は?」

 全員の沈黙が答えだった。

「本作戦は三つの鎮守府が派遣する艦隊による大規模合同作戦よ。以前から横須賀の江口提督ならびに呉の絹見提督と綿密に連携を取って作戦を立案してきたわ。ただし、作戦は生き物、刻一刻と状況は変化するわ。総員、特に旗艦の山城と那智は入ってくる情報を逐一吟味・検討して、作戦中止も含め柔軟かつ理性的に判断をするように。そして作戦決行の暁には、必ず敵を撃滅してくること。最後に……」

 千北の瞳が三度彼女たちの瞳を見つめる。

「必ず全員、ひとりとして欠けることなく、佐世保へ戻ってくること。これは最重要命令よ! 以上、解散ッ!」

 解散の号令で全ての艦娘が起立し、誰が号令を掛けるでもなく一斉に敬礼してみせる。千北は答礼で応え彼女たちを見送る。

 それから約一時間後、艦隊は一路ブルネイを目指して出港した。千北以下佐世保鎮守府に所属する者たちが皆帽振れで送り出す。作戦発動のたびに繰り返されてきた光景が、今回も変わらずに展開されていた。

「――頼んだわよ、みんな」

 千北は艦隊の姿が佐世保湾の彼方へ消えてしまうまで、身じろぎせず岸壁の縁に立ち続ける。その姿が完全に消えたことを見届けた彼女は、制帽を被り静かに執務室へと戻っていった。

 

 千北が出撃する艦隊を見送っている頃、東京・霞が関に構える赤レンガ造りの軍令部庁舎に構える一室では、ひとりの男が執務机に向かい、静かに執務に励んでいた。友枝文一中将。この霞が関の地で異彩を放つ赤レンガの建物の中に納まる組織・軍令部の中で次長の職に就いている存在である。

「中将、池松、入ります」

 訪問者を告げる声に友枝は書類から視線を外し、その訪問者を招き入れる。

「先日ご指示いただきました久里浜の件でございますが、報告書をお持ちいたしました」

 池松と名乗った男はそう報告し脇に挟んでいた封筒を差し出す。

「そうか……、ご苦労だったね池松君」

 友枝はねぎらいの言葉を掛けつつ、手渡された報告書に目を落とす。

「ふむ……、ほぉ……、先進技術研究部第十一研究室にて、約二年前内部告発によって計画中止が決定した新型戦艦娘開発計画に従事していた主任研究員四名が開発中止決定後相次いで退役、か……。あれは確か計画の倫理性に問題ありという告発がもとで中止となったものだったな……」

「そしてその四名でありますが、ただ退役したわけではありません。退役後予備役入りも固辞しそれぞれ一度郷里へ戻り、そこで再就職を行っているというところまでは確認が取れておりますが、現在四名とも所在不明。警察への捜索願等も確認できず、また入国管理局に照会を行いましたが、該当する者の出国履歴もないとのことでした」

 所在不明、その言葉に友枝の顔が池松の方を見やる。

「四名全員が揃って所在不明……、親族から警察、あるいは軍へ相談や問い合わせなどはなかったということかね?」

「それが……、彼らは全員がここ数年親族知人などとは一切連絡を取り合った形跡がないようでして、親族らは彼らが郷里へ戻ったことだけでなく、退役したことさえ知らなかった模様です」

「なるほど……、あの計画は金田元帥が熱心に推進されていたものであったな……。池松君、金田元帥と強い繋がりを持つ外部の者、特に実業家あたりについてもう少し詳しく調べてもらえないか?」

 友枝は報告書に目を通し終わると、執務机に置かれていた湯呑を手にし、中に注がれていた濃い目の緑茶を一口含んだ。

「承知いたしました。――失礼ですが、中将は金田元帥が今回の未確認の艦影について関連していらっしゃるとお考えで……?」

「無論だ。そして恐らく彼女もな。金田元帥は海軍上層部の中でも屈指の急進派、特に『海軍強国』という理想を強く抱かれているお方だ。革新派の政治家や経済界とのパイプも無数にあるとされている。ここを探ればあるいは……、だ」

 友枝はそういうと右人差し指で手渡された報告書の表紙を軽くつついた。

「――本当に千北大佐の疑問を基に動いてよいものなのでしょうか? 失礼ではありますが、もうすでに情報士官としては最前線を離れて久しく……」

「なに、私に言わせれば少なくともこの赤レンガの中にいる将官の何割かよりははるかに鋭く情勢を捉え、分析しているぞ。『軍令部始まって以来の才女』の異名は伊達ではないということだ。彼女が久里浜を怪しいと踏んだということは、つまりそういうこと、という風に捉えて損はない。では、引き続き頼むぞ、池松君」

 敬礼し退室する池松を見送った友枝は、すぐに卓上の電話機の受話器を取り上げる。しばらくの呼び出し音と交換役とのやり取りをすること暫し、電話先にようやくお待ちかねの相手が出てきた。

「やぁ千北君、君の艦隊は無事にブルネイへ向かったかね?」

 

   ◇

 

 ――――声が、聞こえる。

 ――『仲間』の声が、聞こえる。

 怒りに燃える熱い声が、

 恐怖に満ちた悲痛な声が、

 絶望に満ちた嘆きの声が。

 

「何故なのか」

「助けてくれ」

「死にたくない」

 

「助けてくれ」

「助けてくれ」

「たすけてくれ」

「タスケテクレ」

 

「お願いッ! 紀伊ッ! 私たちを、助けてッ!」

 

 

「大尉、一番艦脳波信号に大きな変化あり! これは……、意識が完全に覚醒している……!?」

 コンソールに向かっていた者の声に反応した牧野が慌てて部屋の一角に開けられた窓に駆け寄る。窓に映し出された光景を目にした牧野が、大きく息を呑んだ。

「どういう……、ことだ……?」

 開かれた赤い瞳に闘志が籠る。そして拘束されているその大きな体躯に尋常ならぬ力が漲る姿を、彼はまさに目撃したのだった。

「闘わねば……。闘うことこそ、の誇り……ッ!」

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