深夜の執務室に優しく響くノック音。音の特徴から扉の向こうに立つ存在を察した千北は手にしていた書類に視線を落としたまま、誰何するまでもなく相手を呼び入れた。
「失礼します。――提督、もう深夜ですよ? 大淀も無線室で待機しているし、少し休まなきゃ」
仄かに湯気を立てるティーカップをお盆に載せた由良が少々心配気味な眼差しでこの場所の主の姿を見つめていた。
「そうしたいのは山々だけれど、色々と気になってしまってね」
千北は手にしていた書類をひらひらとかざして見せながら苦笑する。
「提督ならそういうと思って……、はい、どうぞ」
彼女の返しなど完全にお見通しの由良も同じく苦笑しつつ、お盆に載せられていたティーカップを執務机の上に載せた。
「あら、優しい甘い香りがするわね……、カモミールティーかしら」
「正解です♪ ウォースパイトさんに選んでもらった英国産のものなんです。由良も飲んでみたんですけど、本当に気持ちが落ち着きますよ」
「ありがとう、いただくわね」
千北は秘書艦の細やかな気遣いに感謝しつつ、カモミールティーを一口含む。リンゴのような優しい甘い香りと風味が心を包む。戦場から届けられる状況報告の無線で作り出された緊張感の中からのほんのわずかな解放感を、彼女はじっくりと楽しもうとしていた。
しかしそんなひと時もつかの間、電話機が無遠慮に主を呼び出した。
『大淀です。軍令部の友枝次長よりお電話です』
「つないでちょうだい」
千北はティーカップを置くと再び資料に持ち替え臨戦態勢に入る。
「千北です」
『夜分に済まないな。君に送ってもらった監視カメラに映る男たちの画像だが、現在こちらで軍の画像データベースと照合作業中だ。じきに結果も私の下に届くだろうと思ってな。しかし、このホテルの玄関で握手を交わそうとしている瞬間の画像に映っている軍服の男、私の目に狂いがなければ中国海軍の北海艦隊司令官と総政治部の政治委員のように見えるのだが……、野暮な質問だが、この画像の出どころは一体全体どこかね?』
「――信頼のおける存在から、ですよ。この返し、次長ももう耳にタコができるほどお聞きになったのでは?」
千北はそういうと不敵に笑みを浮かべる。
「あぁ、そうだな。今も昔も『情報士官』からのソースに関しての返答はいつもそうだ。そうだそうだ、『提督』とばかり話しすぎてすっかり忘れてしまっていたよ」
「――今のお言葉、お褒めの言葉として受け取らせていただきますね」
不敵な笑みから子どものような笑顔に表情が移ろった直後、机に置かれた無線機が空電音を響かせる。千北の聴覚のフォーカスがわずかに無線へと移る。
『呉鎮守府艦隊司令部! こちら第一遊撃部隊第一部隊旗艦愛宕! 至急応答願います!』
『――こちら呉鎮守府艦隊司令部、愛宕、一体何事だ?』
『先ほど第三部隊旗艦山城から、スリガオ海峡突入直後にPT小鬼群と敵戦艦の襲撃を受けて最上大破、その他大半の艦に被害発生と緊急電が入ったの!』
無線越しにも明らかな愛宕の叫ぶような声色での報告に、千北の表情があからさまに引きつった。
『第二遊撃部隊も同じくPT小鬼群に包囲されている模様! 今別動隊が救援に向かっているけれど、山城に無線で呼び掛けても応答がないの!』
『――千北君、聞こえているかね? 千北君?』
受話器から流れてくる友枝の声が瞬く間に遠ざかる。
最上大破? 艦隊の大半に被害発生? 旗艦が無線に応答なし?
千北の脳裏を瞬く間に最悪のシナリオが駆け抜けていく。
海域の敵状偵察・敵戦力情報収集に何か抜かりがあった?
作戦に参加する各鎮守府の司令官と共同で行った戦力投入決定の過程に何か問題が?
彼女たちにはなにも問題はなかった。
練度も問題なく、何より士気には一切の曇りもなかった。
問題があったとすればそれは――。
『――何だとッ!? 分かった! 至急佐世保へ一報を入れる! こちらも周辺を航行中の艦隊へ至急支援要請を――』
『――こちら紀伊型戦艦一番艦紀伊ッ! 聞こえるかッ! これより紀伊が友軍を救援へ向かうッ! 第一部隊旗艦愛宕に告ぐッ! 決してレイテ突入を諦めるなッ! 貴艦隊は作戦を続行せよッ! 西村艦隊は私が救ってみせるッ!』
『い、今の声は誰だ愛宕ッ!?』
『こちらもわからないわ!』
呉と愛宕の間での無線通信の中へ突然の救援宣言が割り込んできたのは、その時だった。そのあまりにも力強く、何物をも撥ね退けるかのような強固たる意志を持った声に、千北は頬を強く叩かれたような気分になった。
『千北君、何か起こったのかね? 千北君!』
「――失礼いたしました、友枝次長」
『何か起こったのかね? 今こちらに照合結果が届いたのだが――』
「次長、こちらから新たにご報告が」
千北は壁に掛けられた出撃中の艦隊一覧に視線を送る。作戦中の欄に掲げられた山城をはじめとする彼女たちの札ひとつひとつが目に飛び込んでくる。
――今は信じよう。
彼女たちを。
そしてあの『紀伊』という艦を。
『例の大型艦影の正体が判明いたしました。正体は紀伊型戦艦一番艦、艦名は紀伊。現在、スリガオ海峡にて友軍を救援すべく急行中です』
◇
骨の髄を、腸までをも震わせる衝撃波の直後、耳元を掠め飛んでいく風切り音を、脳をも掻きまわすような爆発音を、もうどれだけの回数聴いただろうか。衝撃波から風切り音までの感覚が刻々と短くなっていく。辺りをかき乱す音はこれだけではなかった。
「キャッハハ……、キャハハッキャッ……、キャハハ……』
身体を、心を粟立たせる、無邪気なようで、それでいて混じり気のない狂気を孕んだ笑い声を放ちながら縦横無尽に水面を動くPT小鬼群に、そこから繰り出される無数の魚雷の航走音。
全身を隅から隅まで襲う痛みと絶望感に全力で抗いつつも、山城の心奥深くは、今の状況に相応しい絶望的な言葉を探し求めていた。
再びの衝撃波が身体を揺さぶる。直後轟いた爆発音の中に、聞き慣れた仲間の叫びが混じる。
「最上ッ!?」
「も、最上大破ッ! どうして、どうしてなのよ……!」
「山城……、ぼ、ボクは大丈夫……! ギリギリ中破、まだ行けるッ!」
「――ッ! 嬲り殺しなんて面白いことしてくれたじゃないッ! 倍返し……、いや、十倍返しよッ!」
満潮のその叫びを待っていましたとばかりに、砲撃の密度がじわり、じわりと増してくる。降り注ぐ砲弾の雨が、舞い狂うナイフのように一削ぎ、一削ぎと艤装を、身体を削っていく。
――嬲り殺し。
そうだ、それが今まさに眼前で繰り広げられている光景に相応しい言葉だ。
これまで艦娘として幾度となく積み上げてきた経験を、無数に紡いできた想いを、そして『あの時』から忘れることなく持ち続けてきた誇りを。
真綿で首を絞めるように、少しずつ、確実に。
そう、『死』という概念そのものを辱めの手段に仕立て上げ、それをしかと心身共に刻み付けていくかのように。
全力で主砲に火力を込め、山城は猛然と敵を狙い撃つ。放たれた砲弾が闇夜を切り裂き紅蓮の炎を花開かせる。しかし、その紅蓮の明かりに照らされるのは、敵旗艦戦艦棲姫に浮かぶ、この地獄を味わい尽くすかのような、邪悪な笑みのみ。
「『今度』ハモウ少シダケ、アナタタチトコノ海デ遊ンデアゲルワ……♪ サァ、苦シミナサイ! モガキナサイ! ソシテ……」
「マタコノ海ニ、沈ミナサイ……♪」
――なによ。
これじゃあ、『あの時』以下じゃないの……!
山城は悟る。
奴にとって、これはもう『戦闘』ですらない。
己の邪で歪んだ欲望を満たすためだけの、完全なる『遊戯』なのだ。
そして、その『遊戯』を終わらせるために必要な力は、恐らく――。
山城の脳裏に、人懐っこい女性の笑顔が浮かぶ。
艶やかな黒髪をポニーテールにまとめ、くりくりとした美しい黒い眼を穏やかに細める、白い軍装姿の女性の顔が。
――あぁ、こんな時にどうして、あの人の顔が浮かぶのだろうか。
もしこんな時が訪れるのなら、真っ先に浮かぶのは姉さまの顔だとばかり思っていたのに……。
山城の紅の瞳が、スッと細められる。眦から零れ落ちる一粒の滴が胸元に落ちようとしたその瞬間、これまでとは明らかに違う轟音が、奴の背後から響き渡った。
再び開かれた紅の瞳に映る光景。それは一瞬前と打って変わり、砲撃の雨が止み、明らかに困惑の顔を見せる戦艦棲姫の姿だった。
「今の音は!?」
「わからない、でも」
扶桑の疑問に時雨が振り返る。湖面のような碧い瞳に強い意志が灯る。
「止まない雨はない、それだけは、確かだと思う」
◇
「何事ダッ!?」
完全に予想外だった方向からの強烈な衝撃に、戦艦棲姫の表情から瞬く間に余裕の色が失われる。振り向いた戦艦棲姫の背後に広がっていた光景、それはつい一瞬前まで無数に見えていた友軍の後方半分を覆う、紅蓮の炎と黒煙の壁だった。
「戦艦ガ! 巨大ナ戦艦ガ海峡入口ノ駆逐艦隊ヲ一瞬ノウチニ砲撃デ全テ蹴散ラシタゾッ!」
ル級からもたらされた情報に、戦艦棲姫は驚愕する。友軍間で共有している情報の限りでは、強大な火力を誇る大和型は遠くシブヤン海峡を目指して航行しているころ合いで、いくら超長射程を誇るあの四六センチ砲でも射程外のはず。
――いや、あの火力、果たして四六センチ砲が成せる火力だろうか? 『我々』の記憶の中に存在する知識としての火力よりも、これは――。
「作戦変更ダ、『アンナ奴ラ』ナド捨テ置ケ! 我々ハ後方カラ接近スル敵戦艦ヲ――』
直後、再びの尋常ならぬ衝撃波と轟音が眼前を覆い尽くした。
「――貴様ァァァ……ッ! 『あんな奴ら』と今、口にしたな……ッ?」
辺り一帯を塗りつぶす火力に決して負けない、身体を、心を揺さぶる野太い声がこだまする。
刹那、紅蓮の炎と黒煙の壁が大きく裂け、壁の向こう側から、『それ』は姿を現した。
明らかに、大和型よりも頭一つ高い長身と、その身から伸びる長くて筋肉質な腕と脚。その身体の背後で仰々しく睨みを利かせる埒外に巨大な主砲をはじめとした艤装。そして、まるで物量を持っているかのような、禍々しく燃え上がる赤い瞳から発せられる力強い視線。
その姿を一言で言い表そうとすれば、この言葉以外に相応しいものが思いつかない。
阿修羅。
――何者ダ?
――奴ハ一体、何者ナノダ!?
「私が心の底から忌み嫌うモノがふたつあるッ! ひとつは眼前の闘いから逃れようとする弱い心ッ! そしてもうひとつはッ!」
驀進してくる謎の戦艦が三度主砲から火力を放つ。放たれた砲弾が禍々しい紅の花火を咲かせ、巻き込まれた友軍たちが燃え上がる。
「祖国のためにッ! 大切な者のために全てを懸けて戦う者を愚弄しッ! あまつさえ己の歪んだ欲望を満たすための戯具に貶めるッ! 貴様のような存在だッ!!」
「――ッ! 全艦! アノ戦艦ヲ真ッ先ニ沈メテシマイナサイッ!」
戦艦棲姫の号令一下、健在する深海棲艦艦隊全ての火力の照準が向けられる。
砲弾が、魚雷が、一斉に目標の殲滅のために殺到していく。
「――我が名は紀伊型戦艦一番艦、紀伊ッ! 軍艦の風上にも置けない貴様らなどッ!」
その長身がわずかに前傾姿勢になる。速度が急速に上がり、相対距離を急速に詰めていく。怒りに燃える赤い瞳の中に映り込んだ艦隊の姿が、さらには殺到していく無数の砲弾の黒々とした影が、どんどんと大きさを増していく。
「この私が殲滅してくれようッ!」
殺気という圧を孕んだ彼女の咆哮をかき消すように着弾した砲弾がその身体を紅く染め上げ、その姿を覆い尽くした。
口ホドニモナイ。
戦艦棲姫が反射的に抱いた感慨がそれだった。
いくら超大型の戦艦といえども、戦艦・重巡・軽巡・駆逐からの無数の砲撃を同時多発的に被弾してまともでいられる艦娘などこれまでに皆無。真正面から単艦で乗り込むなど所詮狂気の沙汰――。
戦艦棲姫の思考は、そこで完全に停止する。敵を戒めるように覆い尽くす紅蓮の壁を蹴散らし、猛然と驀進を続ける紀伊の姿を認めたからだった。
「さぁッ! それが貴様らの本気かッ! もっと本気で殺しに来いッ! こちらは本気でッ!」
主砲が力強く吼え、巨大な砲弾が空気を切り裂き、敵目がけて殺到していく。
「貴様らを殺してやるッ!」
◇
全身を未知なる感覚が支配していくのを、山城は痛切に実感していた。
全身の肌が粟立っている。
数海里も離れていない洋上で咆哮する存在に、恐れという感情を抱いている。
『あの時』も、そして今までも、『厳しさ』や『苦しさ』、そして『無念さ』をこの海の上で味わったことは幾度となくあった。だが、例え目の前に敵味方問わず最強を誇る戦艦や空母が現れたとしても、『恐れ』という感情など微塵も浮かんだことなどなかったのだ。例え敵がどれだけ強大で困難な存在であっても、戦い、前へ進むことに変わりはないのだから、と。
それがどうしたということだろうか。今この私が、恐れという感情に支配されようとしている。
あろうことか、この我々という存在を救うために現れた、『友軍』によって、である。
「――すごい……」
時雨の口から、彼女らしからぬ実直で、同じく恐れを帯びた独り言が漏れる。時雨だけに限らず、艦隊を構成する艦娘全てがその身が戦場にあることを忘れたかの如く立ちすくみ、漆黒を染め上げる狂気に満ちた紅蓮の閃光を見つめていた。
PT小鬼群が、駆逐級が、軽巡級が紀伊を取り囲み、一斉に魚雷を放つ。
飽和攻撃。
山城の脳裏にその言葉が浮かぶ。自らを一度屠るに至った、回避という選択肢さえ奪う絶望的な状況が、無数に連なる鈍い衝撃音と立ち上る水柱とともに彼女に襲い掛かった。
その痛みが、その惨さが、鮮明な走馬灯のように駆け巡る。
あぁ……、自らから無意識に絞り出された呻き声が聴覚に知覚されたのと時を同じくして、立ち上った水柱を二本の腕が突き破る。そしてその腕に引き裂かれるように水柱が割れ、その身に白煙を纏った紀伊が出現した。
間髪を入れず照準を合わせた副砲が立て続けに砲火を噴き、彼女を取り囲んでいた敵たちが飛沫ひとつの中へと消えていく。
副砲の砲撃が終わったと思えば、再び強大な主砲が目を覚まし、重巡や戦艦の群れをいとも容易く屠っていく。わずか半時間も満たない時間のうちに、海峡を埋め尽くしていた敵の影が水しぶきと紅蓮の炎の中へと消え去っていた。
水面に無数に浮かぶ燃え盛る炎が、眼前で減速しつつある紀伊の強大なシルエットを後方から照らし出す。その影の中でひときわ強い力を孕んだ紅の視線が山城たちの姿を捉える。
「我が名は紀伊型戦艦一番艦、紀伊だッ! 我々の死に場所は断じてこの海ではないッ! さぁッ! 今こそ戦いレイテへの道を切り拓くぞッ! 全艦ッ! この紀伊へ続けェェェッ!」
腹の底まで響くような壮絶な鬨の声が、山城をはじめ艦隊全ての心を揺さぶっていく。その声がこれまで彼女に抱いていた恐れの念を反転させ、風前の灯火に近づきつつあった闘志に力を与え始めていた。
そうよ、またこの海の底に還るなんて真っ平御免だわ。私たちの行き先はこの先に、そして、帰るべき場所はさらにその先にあるのだから……!
私たちは立ち止まっていられない。
私たちはこの先へ進み続けなければならない。
私たちの歩みを止めようとする存在は……!
くるりと回頭し敵陣へ進路を取り、紀伊が主砲を敵へと向ける。山城もそれに負けじと砲身を上げて、弾道の描く先を敵艦隊へ差し向ける。
「――邪魔だ……! どけえぇぇぇぇぇぇッ!」
紀伊が、山城が、扶桑が。ありったけの力を主砲に込め、必殺の弾道を宙に描く。暗闇を引き裂く閃光が轟き、敵の影がまたひとつ、またひとつと水柱の中へと消えていく。
「『あんな奴ら』を侮るんじゃないわよッ! 沈めるわよッ!?」
山城の咆哮に続いて、さらなる砲撃が、さらには雷撃が加わっていく。
紀伊が、西村艦隊が、スリガオ海峡を北上し始める。
この先にある、未来へ向かって。
◇
何故ダ。
何故思ッタ通リニ事ガ進マナイノダ。
辛うじて艦娘艦隊からの一斉砲撃を躱した戦艦棲姫は、周囲で次々と藻屑と消え去っていく友軍たちの姿を見渡し、呆然としていた。
こんなはずではなかったのだ。今ごろは、『奴ら』を十分に嬲り尽した挙句に海の底に全て送っているはずだったのに……ッ!
このままでは、レイテにも同じような惨状が再現されることになってしまう。
何とかせねば。
何とか……。
その時、近寄ってきた戦艦タ級が何事かを耳打ちする。それを耳にした戦艦棲姫の顔に、みるみる先ほどまでの邪悪な笑みが浮かび上がっていく。
「――素晴ラシイ! 早速取リ掛カルトシマショウ……」
ようやく晴れようとしている爆煙の向こうに霞む艦娘たちを戦艦棲姫が見やる。
「駆逐艦隊ヘ命ジル! 艦隊前進、煙幕用意ッ!」
爆煙の向こう側から姿を現した二群の駆逐イ級の艦隊から濃密な白煙が立ち上る。直後、並進していた艦隊が進路を変え、目の前に白煙の壁を築き始めた。
「――煙幕だっ!」
「何よこれ!? まさか敵の撤退!?」
「いいえ、敵襲の準備かもしれないわッ! 全艦ッ! 警戒を怠らないでッ!」
不意に始まった敵の不可解な行動に、西村艦隊の面々の警戒心が跳ね上がる。
「――敵襲の準備……、ハハハッ! 流石の読みだッ! それでこそ旗艦というものだッ!」
「何よ、急に褒めちぎったりして……。というか、今『流石の読み』って言ったわよね? どういうことよ一体!?」
泰然と笑う紀伊から発せられた一言に山城が喰いつく。
「私はこの戦況をよく『知っている』ッ! この次に起こるのは――」
続きを語ろうとする紀伊がそこで言葉を区切り、煙幕の向こう側へと鋭く視線を飛ばす。その白い煙の壁の中から鉛色の球状をした先端が姿を現したのは、その直後だった。
「あれは……、ワ級だッ!」
「輸送船がどうしてこんな最前線に出張ってくるのよ……ッ!」
次々と現れる不気味な丸みを帯びた姿へ各艦それぞれに主砲を、魚雷を放っていく。自らを守る術を持たないワ級に砲弾や魚雷が直撃すると、砲雷撃の爆発だけでは決して起こりえない大爆発を起こし、続々と沈んでいった。
「こいつらは自爆攻撃と我々の足止め用だッ! 山城ッ! 敵根拠地建設用の輸送艦隊の位置は把握できているかッ!?」
「はぁッ!? いきなり何よッ!?」
「奴らは最前線最寄りまで連れてきている輸送船に搭載した弾薬を使えるだけ自爆攻撃用に使う気だッ! 位置が分かるかッ! まとめて私が屠るッ!」
「その言葉に確証はあるわけッ!?」
「あぁ、その通りだッ! 急いでくれッ! このままだとワ級の大群が来るぞッ!」
山城がぶつけた疑問に、紀伊は言いよどむこともなく明確に答えきった。
「――分かったわ、あなたのその言葉、信じるわッ! 輸送艦隊はハイベソン島の東沖約五キロ、ディナガット島との間の海域に錨泊しているわッ!」
「了解ッ! これより敵輸送艦隊を殲滅するッ! 主砲照準合わせよしッ! 斉射用意ッ! 撃てェッ!」
紀伊の巨大な五一センチ三連装砲が唸りを上げ、その砲身を高々と掲げ、その火力を存分に砲弾に込めた。巨大な榴弾が敵の死へ向けて放物線を描いて飛翔していく。しばらくの後、周囲を覆う濃密な煙幕越しでもはっきりと確認できる炎の紅が辺り一面に広がっていく。数拍の時を置いて、骨の髄までをも震わす爆発の重低音が響き渡っていった。
「――やった、のかな……?」
「分からないわ、煙幕の影響かしら、電探が上手く機能しないみたいなの。最上もみんなも、十分に警戒を怠らないでちょうだい」
「あぁ、私の『記憶』が正しければ、まだ終わりでは――」
『ソウヨ……、マダ……、マダ、終ワラセナイワッ……!』
直後、未だ周囲を包囲し続けている煙幕の向こう側から妖惑な声が響き渡った。紀伊がその方向へ視線を飛ばそうとした刹那、両腕から湿り気を帯びた何かが這いまわるような感覚が伝わる。
「紀伊ッ!」
誰かの叫びを聴覚が知覚する。しかし、その時点でもうすでに紀伊にはその危機を事前に回避する手段は残されていなかった。紀伊のその巨体は、煙幕の向こう側から現れた戦艦棲姫と戦艦タ級の腕に搦めとられていたのだ。
「クソッ……ッ!」
「アレダケ私タチノ仲間ヲ沈メテキタ癖ニ……、慢心デモシタノカシラ……?」
戦艦タ級が搦めとった腕をさらに引き寄せ、腕を解こうと全力でもがき続ける紀伊の耳元に口を近づけ囁きかける。
「マァ、ソンナコトハモウドウデモイイワ……。サァ、『紀伊』、アナタモ私タチト……」
戦艦棲姫もタ級に倣うかのようにもう片方の腕をその身に近づけ囁くと、その禍々しい艤装の主砲が全て紀伊へと向けられた。
「シズメテ……、アゲル」
直後、脳髄をカクテルにするかのような激しい衝撃波が身体を襲う。同時に炸裂した砲弾が放つ無数の破片と爆炎がその身体を焼き尽くさんと暴れまわる。
反撃に移ろうにも、奴らは巧妙に砲口が自らの身体の外側を向くように身体を滑り込ませ身体を拘束していた。最早紀伊は敵の撃たれるがままの状態だった。
「―――――ッァ…………ッ!」
「イイワ……ッ! モガキナサイッ! クルシミナサイッ! ソウ、コレデイイノヨ……! アナタトハ……!」
声にもならない叫びをあげる紀伊の姿に、戦艦棲姫と戦艦タ級は己の身体をズタズタに壊しながらも、恍惚とした笑みを浮かべる。
「死ナバ諸トモ……!」
爆音の彼方に聞こえたその声を辛うじて認識しようとする脳髄が、『あの時』の記憶を手繰り寄せていく。
行けるのか?
――いや、行けるッ!
意識を手放す瀬戸際の脳髄が指令を発する。その直後、命令に従った噴進弾の発射機が旋回し、戦艦棲姫と戦艦タ級の頭部を捉えた。
「――――噴進弾ッ! 撃てぇッ!」
放たれた噴進弾の群れが頭部を確実に捉える。その衝撃に一瞬腕の力が緩んだことを逃さず、紀伊が持てる力を振り絞りその身体を戒める腕を振り払った。解き放たれた怪力によって弾き飛ばされた鉛色の敵の身体のうちのひとつ、戦艦タ級の姿を紀伊の目が捉える。
「死ぬのは――――ッ!」
第一砲塔、残弾なし。
第二砲塔、残弾なし。
第三砲塔、残弾、ありッ!
紀伊はその長身をまるでダンサーのように華麗に、力強く捻る。身体の動きに合わせて向きを変える艤装の背後部分に装備された第三砲塔の砲身が最大仰角まで振り上がりきった瞬間、砲身がタ級の姿を捉えた。
「貴様だぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
第三砲塔が咆哮を上げ、その三本の砲身から巨大な徹甲弾が螺旋を描き放たれる。至近距離にいたタ級の身体を徹甲弾が貫くのに必要な時間は、あまりにも短いものだった。
轟音と共に敵が四散するのを肌で感じとりながら、紀伊は最後の敵を屠るべくその姿を探す。戦艦棲姫のあの忌々しき巨大な艤装が視界の端へと入り込む。捉えられたのは、勝利を確信した笑みを浮かべながら主砲の砲身を向けるその姿だった。
「シズメテ――」
――間に合うかッ?
巨大な艤装を背負っているとはとても思えない高速でターンを続ける紀伊にそのような疑問が浮かんだ直後、
「沈むのは――、あなたよ!」
紀伊の背後から巨大な衝撃波が殺到し、その巨体を翻弄する。敵がいたはずである方向に再び向き直った紀伊の前にあったもの、それは、無数の砲撃、そして雷撃によって爆炎と炎を上げながら沈み逝こうとしている戦艦棲姫の姿と、それを取り囲むように主砲と魚雷発射管を構える西村艦隊の姿があった。艦隊の面々が主砲を、魚雷発射管を臨戦態勢から解く。それが、このスリガオ海峡における戦闘の終結を告げる合図となったのだった。
◇
「――最後くらいボクたちが決めなくちゃ、ね? 時雨」
「うん、そうだね。煙幕も晴れてきたね、敵はすべて叩けたみたいだし、もう大丈夫かな……?」
時雨はほぼ完全に晴れようとしている周囲を見渡し、最上からの問いかけに答えるとホッと胸をなでおろしていた。
「それにしても、本当に助かったよ。ありがとう、紀伊」
「時雨の言うとおりね、あなたがいなかったら私たちどうなっていたか……」
「ちょ、ちょっと扶桑姉さま……ッ! それって……ッ!」
「――え?違うのよ山城、別にあなたのことを責めているわけじゃないのよ?」
「――はぁ、どうせ、どうせ私は艦隊にいる方が珍しい不幸戦艦ですわよ……」
「いや、だから、ち、違うのよ山城……?」
「勝手に自分で傷ついてどうするのよ山城……」
敵の殲滅を確信したからなのか、先ほどまでの緊張感とは打って変わって、つかの間の緩やかな空気が場を包み込もうとしていた。
――今度は、『彼女たち』を救うことができた。
緩やかな空気に当てられた紀伊の心にも、ようやくの僅かばかりの安堵感が芽生えつつあるのを感じていた。
「ねぇ山城? ほら、ちゃんとお礼を言いましょう? 艦隊旗艦でしょ……? ね……?」
扶桑に宥められる山城がうなだれていた顔をしぶしぶと上げる。その赤い瞳がこちらを捉えると、思い出したようにきっと引き締まった視線に変わった。
「――あなたのお陰で、誰一人欠けることなくこの海峡を抜けることができるわ。その――、えっと……」
山城は再びもじもじとした表情を浮かべた後に三度顔を上げ、
「ありがとう。あなたはこの艦隊の恩人よ」
そういうと、山城の表情にようやくの、少しばかりぎこちない笑みが浮かんだのだった。
「――なに、礼を言われるようなことはしていない。仲間の窮地を救う、ただ当たり前のことをしただけだ」
紀伊も山城に合わせて少し凄味さえ感じさせる笑顔を浮かべる。
――口にした言葉に他意はない。心の中に思っていることをそのまま口にしただけだ。
しかし紀伊は己の心の奥、その奥の方に仄かに揺らめく感情の存在を知覚する。ただ、今現在その感情に見合う言葉を探し出すことは、紀伊にはできずにいたのだった。
『――ちら佐世保鎮守府艦隊司令部ッ! 山城、聞こえるッ!? 聞こえたら応答してッ! 山城ッ!?』
そんな彼女たちの穏やかな雰囲気の中へ、激しい空電音と共に叫ぶような女性の声が割り込んできた。
「こちら第三部隊旗艦山城。何よ提督、そんな――」
『何よじゃないわよッ! こちらがどれだけ心配したと思っているのッ!?』
つっけんどんな山城の応答に被せるように、千北の絶叫が無線いっぱいにこだまする。
『第一部隊旗艦の愛宕から呉へあなたたちからの応答がないって報告が入って、それからずっと呼び掛け続けていた提督に向かって「何よ」はないんじゃないの「何よ」はッ! あなたのそういう扶桑以外へのぞんざいな態度は前々から――ッ!』
「あの……、提督……、その、お叱りのお言葉の途中に大変申し訳ないのですが……、旗艦からご報告しなければいけないことが……」
振り切れそうになっていた感情を爆発させる千北のこれまでに聞いたことがないような怒号に眉を潜ませる山城に代わり、扶桑が誠に申し訳なさそうに無線に割り込んでいく。
「――――報告ッ!?」
未だ怒り爆発といった趣の千北の応答を聴いた扶桑が、山城に対して仕草で合図を出す。その合図に明らかな嫌な顔を見せつつも、山城は表情を引き締めて無線に声を載せていく。
『報告いたします。旗艦山城以下第三部隊、スリガオ海峡を封鎖する敵戦艦棲姫旗艦の艦隊と会敵。所属不明の戦艦『紀伊』による支援攻撃と合わせ、敵艦隊の撃破に成功したわ。被害状況は山城・最上・朝雲・山雲・満潮中破、時雨・扶桑小破。いずれも以後の作戦行動を著しく妨げる損傷に非ず。よって、このまま当艦隊は当初の予定通り、最終到達海域・レイテ湾へと向かう。いいわよね? 提督』
ようやく艦隊旗艦としての威厳をわずかながらに取り戻した山城の声が、無線に乗って遠く佐世保へと伝わっていく。
「――了解したわ。第三部隊のスリガオ海峡突破を確認。旗艦山城の判断通り、このままレイテ湾への最終突入を決行せよ。あと、『紀伊』もそこにいるのね?」
「えぇ、今私たちと行動を共にしているわ」
「――紀伊にもこの無線は届いているかしら?」
ようやく冷静さを取り戻した千北がそう訊ねる。
「聞こえている。貴殿の名は?」
「自己紹介がまだだったわね。私は佐世保鎮守府司令官、千北恵理子大佐よ。今そこにいる山城をはじめとする艦隊を指揮しているわ。佐世保鎮守府に所属する艦娘を率いる立場として、貴艦の活躍に感謝の意を表するわ。山城たちを全員救ってくれたこと、感謝するわ」
「仲間の窮地を救う、戦艦にとって当然のことをしたまでだ。礼など及ばない」
「そう、それは実に頼もしい言葉ね。――山城」
「何かしら?」
「紀伊の今後について、まずはあなたに判断を委ねるわ。彼女は現在所属不明、おまけに上のお尋ね者の可能性大の存在よ。けれど、今は総力で作戦を遂行しなければいけない状況よ。使える駒はすべて使いたい。それが私の方針よ」
千北のその言葉に紀伊が即座に反応する。
「私なら作戦継続に関しては問題ない。今度こそは私もレイテへ突入して――ッ!」
「その前に」
最終決戦へ向けて意気込む紀伊を窘めるように山城が問いかけた。
「あなた、今現在の残弾数は?」
「主砲残弾ゼロ、副砲もわずかだ。しかし――」
「しかし、何かしら?」
山城の顔が紀伊へとぐいと突き出される。
「残弾もない戦艦が最前線に突入して何ができるというのかしら?」
「君たちの盾にならなれるッ! 私はッ! 今度こそ――ッ!」
「いくらあなたが化け物級に頑丈でも、いつまでも無事でいられるわけじゃないわ」
食い下がる紀伊に山城が冷徹な、旗艦としての言葉を突き付ける。
「戦闘艦として最も重要な弾薬が底をついている現状、あなたをこのままレイテに向かわせるわけにはいかないわ。提督の言葉を聞いている限り、あなた色々と訳ありのようだし。第三部隊旗艦として命じるわ。紀伊、あなたはこのまま戦闘海域を離脱。極力会敵を避けつつ、佐世保鎮守府に向かうこと。いいわね」
「しかし――」
「言ったわよね? これは旗艦命令よ。それに――」
山城は彼女の周囲を取り囲む仲間の姿を見やる。
「私たちだって誇り高き帝国海軍の艦艇よ。甘く見られちゃ非常に困るわ」
その山城の言葉に、西村艦隊の面々も深く頷く。
「分かった。命令通り、佐世保へ向かおう」
『歓迎するわ、紀伊。――山城、必ず帰ってきなさいよ。帰ってきたらバシッと言っておきたいことが山のようにあるんだからッ!』
「――了解」
ぶっきらぼうに山城は応答し、佐世保との通信は終わりを迎えた。
「さて、第一部隊の連中は今もレイテへの突入を続行しているのだな?」
そのことは紀伊の中で先ほどから気がかりであることであった。
今回こそは、必ず――。
「え、えぇ、そのはずよ」
「そうか……。――こちら戦艦紀伊ッ! 第一部隊旗艦、応答せよッ! こちら戦艦紀伊ッ!」
紀伊は手当たり次第に無線の周波数を変えながら応答を求め始めた。
『こちら第一遊撃部隊第一部隊旗艦愛宕。あなたは一体!?』
「こちらの正体についてなど些末なことだッ! 伝えることはただ一つ! 西村艦隊はスリガオ海峡を突破したッ! 第一部隊、今度こそ必ずレイテへ突入せよッ! そして必ず、レイテに巣食う敵を殲滅せよッ! 私からは以上だッ!」
『ちょっと待ちなさい、あな――』
紀伊は何事か問いかけようとする愛宕の声を遮ると、一方的に無線を切った。
「さぁ、みんな、今度こそ行くわよ。レイテへと」
その言葉を合図に、艦隊の面々が山城の周囲にさらに集合する。
「君たちの健闘を祈る。また佐世保で会おう」
その面々の瞳に灯る闘志を確かめた紀伊が敬礼で艦隊を送り出す。
「僕も聞きたいことがたくさんあるんだ、先に帰って待っていてね」
「帰ったら~ お礼のパーティー開かなくちゃ~」
「そうね山雲。――それじゃあ紀伊、道中気をつけて」
「あぁ、それでは」
先を急ぐ山城たちが隊列を再構成し、進路を北に取る。一方の紀伊は北東へと進路を取り、静かに夜の闇の中へと消えていったのだった。
◇
夜明け前の佐世保鎮守府。執務室の中には受話器を手にじっと待ち続ける千北の姿があった。執務机の上には軍令部から送られてきた旅順警備府に関連する調査資料が広げられており、その横には独自に調査を行い収集し、軍令部にこれから送られようとする資料も置かれていた。
『――こちら統合幕僚本部』
「夜分遅くに失礼いたします。佐世保鎮守府司令の千北です。至急金田元帥のお耳にお入れしたい案件が――」
「――千北大佐、今何時だと思っていらっしゃるのですか。こんな時間に元帥がおいででいらっしゃると――」
「この話を元帥が聞く聞かないはあなたが判断することじゃないわ。至急元帥に取り次ぎなさい、そうね……、『旅順の件』と伝えれば、否が応でも話をしようという気になるわよ」
『――――ッ!? しょ、承知いたしましたッ!』
受話器に聞こえてくる通話先の狼狽した声色を聞いた千北の表情に笑みが浮かぶ。一体いつ頃、どんな声を搾り出しながら電話に出てくるかしら。千北の思考は早くも別のところへ移ろい始めていたのだった。
数日後、千北の姿は冷たい風の吹きすさぶ佐世保鎮守府の岸壁の上にあった。
制服の上に紺色の外套を着込み、彼女は微動だにせず目の前に広がる佐世保湾の先を見つめ続けていた。
佐世保港を出港した離島へ向かう高速船の姿が横切っていくのを目で追いかけていたその目が、高速船とすれ違う小さな影を捉える。豆粒のようにしか視認できないその存在だが、それが目当ての出迎えるべき存在だとはっきりと視認した千北は、そこから視線を逸らさずに、じっと待ち続けていた。
やがて豆粒だった影が大きくなり、その存在が何者であるか誰の目にもはっきりと視認できるほどの距離へ近づいてくる。佐世保港ではもはや見慣れた存在である艦娘だが、その中でもひときわ存在感を放つ大きさを誇るその姿に、港の関係者も一様にその姿へ視線を送っている。
やがて岸壁に設けられた艦娘用の上陸階段に到達した彼女が一段、また一段と海水に浸されたコンクリートを踏みしめ登ってくる。千北と同じ高さまでたどり着いた彼女はこちらを鋭い視線で見下ろすように見定めると、その口をゆっくりと開いた。
「我が名は紀伊型戦艦一番艦、紀伊ッ! 例えどのような敵が現れようともッ! この私が沈めてみせるッ!」
鎮守府どころか離れたところに位置する佐世保港にまで届くのではないかと思うほどの声量で名乗りを上げた紀伊の姿を千北は頼もしそうに見つめていた。
「ようこそ紀伊、私が佐世保鎮守府の司令官の千北恵理子よ。あなたの佐世保鎮守府着任を歓迎するわ。よろしくね、紀伊」
「あぁ、よろしく頼むッ!」
紀伊は差し出された千北の手を強く握り返す。
今ここに、佐世保鎮守府所属・戦艦紀伊としてのスタートが無事切られたのであった。
それは佐世保鎮守府の、新たなる戦いの幕開けをも意味していたのであった。