シュテフィさんは俺にも魔力があるのは間違いないと言ってくれた。
ただ、残念ながらそれを魔法として使えないんだよな。
それはそれとして、せっかく感じた魔力の流れをしっかりとしたものにしておきたい。
ベッドの上で胡坐をかく。
前にユーゴに言ったように、体の中の魔力に意識を集中してそれを動かすようにしてみる。そうすると魔力操作が上手くなると書いてあったと思う。たぶん。
…………。
うーん。数が少なくなったとはいえ、あの金の粒はまだ体の中に感じられる。けど、それを動かせない。やっぱり意識だけで動かすのは難しい。
体を動かしたほうがわかりやすいかも。
床に降りて歩いてみる。
あ、うん。なんか動いてる。
でも、むやみに動かすよりちゃんとした動き、剣の型もいいけど、ユーゴの例もあるし、慣れ親しんだバスケの動きがいいかな。
ゆっくりと。
ドリブル、ロールターン、カットイン、からのレイアップ。
わかる! 凄くわかる!
こうしたいと思う動きに合わせて金の粒が動いてくれる。
それを意識すればするほど、動きが速くなってキレもいい。
『身体強化魔法』
これがそうか!
俺にも魔法が使えたんだな! めっちゃ嬉しい!
あっと、でもやり過ぎて寝不足になるのはマズい。
さっと汗を拭いてベッドに潜り込む。
今夜は雲が出ているのか、窓の外は真っ暗で月は見えなかった。
その夜は朝までぐっすり眠れた。
※ ※ ※
朝。目が覚めると、あの金の粒はもうなくなっていた。
試しに体を動かしてみる。
うーん。なんとなく魔力の流れは感じるんだけど、ちょっと覚束ないな。
「なあ、昨日の聖魔法、もう一回かけてくれないかな」
朝食の時に黒姫にお願いしてみた。
昨日のルシールの時のように嫌がられるかなと思ったけど、意外にも「いいわよ」とあっさりオーケーしてくれた。
「じゃあ、頼む」
と、椅子に座って黒姫の方を向いた。すると、黒姫がなんかもじもじしている。
「えっと、後ろ向いてくれない? 見られてるとなんか恥ずかしいから」
「あ、悪い」
くるりと背中を向けると、ふーっという息を吐く音がして、それから背中に昨日と同じように暖かい水のようなものがかけられる。それはやはり金色の粒となって体の隅々に行きわたっていった。
きっとこの金の粒は、黒姫の聖魔法に対する俺のイメージなんだと思う。シュテフィさんも原因は俺の方にあるのかもしれないと言ってたし。
「なあに、また筋肉痛? まったくだらしないんだから」
終わったよと言うように肩をポンと叩いて黒姫が言う。
「いや、筋肉痛はたぶん昨日のルシールにかけてもらった聖魔法のおかげで全然無いんだけど、ちょっと黒姫さんの聖魔法が欲しくて」
「え、私の?」
「そうなんだよ。朝起きたらあの金の粒が無くなっちゃっててさ、あれが無いと魔力の流れがいまいちわかりにくいんだよ」
「そ、そう」
「無くなったらまた頼むよ」
「なんか危ないお薬みたいなんだけど」
「そのうち黒姫さん無しじゃいられなくなったりして」
冗談交じりに言うと、
「キモいのであっち行ってもらえますか」
と、もの凄く平たい声で返されてしまった。
※ ※ ※
午前はガロワ文字の勉強の続き。
言葉は喋れるんだけど、基本的に思考は日本語のままなので、単語はまだしも文法が難しい。名詞の後に形容詞がくるわ、名詞に男と女があるわ。英語って結構シンプルだったんだなぁって思えてくる。
テキストは聖女様の絵本。子供用にレベルアップしました!
前にペネロペたちから聞いたことあったけど、先代の聖女って、本当にいろいろな現代知識を導入してたんだな。
シャンプーに始まり植物繊維の紙、凸版印刷、製本技術、この絵本も聖女が広めたそうだ。他にも、汚水の処理や下水道の整備。あの手動水洗トイレやトイレットペーパーも聖女の発案なんだって。後は料理とかお菓子とか服やアクセサリーのデザインとか。ほんと、どれだけ物知りだったんだよ。
先代の聖女。たぶん60年前の日本の女性。サクラ。
ちょっと興味が湧く。
※ ※ ※
午後からの魔法の訓練は、雨が降っているので屋内ですることになった。
そういえば、この世界に来てから初めての雨だ。やっぱり俺たちのいた世界の雨と何も変わらない。いや、たぶんpHとか低いかもしれんけど、地球の雨だ。
マイは昨日と同じく救護院へ行く。
ユーゴは、衛士たちの宿舎になっている建物で金魔法の練習だ。俺も剣の稽古のために同じ場所に来ている。
金魔法は、金属の魔素を操る魔法で、製錬や精錬、合成、加工などができ、更に作製したものに魔力を付加できるのだ。
というわけで、現在ユーゴは剣の作成に挑戦中。
木製の台の上に四角い鉄の塊を置いて、それを両手で覆うようにしたらゆっくりと左右にのばしていく。すると、鉄の塊も横長の板に変形していく。これを何度か繰り返して、最終的に剣の形に整える。後は刃とか血抜きの溝とか細かい部分を加工して最後に魔力を付加して仕上りだ。
ちなみに、これは他の属性の魔法にも言えることなんだけど、魔法を使う時にはその対象物が必要だってこと。火魔法なら火、水魔法なら水、金魔法なら金属。魔法で無から有が生まれることは決して無い。つまり、空中にいきなりファイアーボールやアイスジャベリンを出現させるなんてことはできないってこと。
豆チをもう一つ。
今、ユーゴが剣を変形させているのは木の台の上なんだけど、木、木材は金属と違って魔法で変形させたり加工したりできないのだそうだ。あと、魔力の付与もできない。
その理由は、木材には木として生えていた時、つまり命があった時の魔素がずっと残っていて、命のあるものに魔法は効かないという法則が続いているらしい。なので、木工は主に平民の仕事になっている。
閑話休題。
ユーゴの作る剣は、最初こそ不格好だったものの、何度か繰り返すうちに見本と変わらぬものが作れるようになっていた。
「おおっ。ユーゴ殿、格段の進歩ですな。今までの無茶苦茶っぷりが嘘のようですよ」
クレメントさんはあまり金魔法が得意じゃないそうなので、代わりに指導してもらっている魔法士の人が相好を崩していった。そこに若干の疲労と深い安堵が見て取れる。前は意味不明なオブジェを量産してたらしいからね。ご苦労推察致します。
「絵を描く練習のおかげだね。魔法を使う時のイメージの仕方がわかってきたよ」
そう言いつつ、我が勇者ユーゴの無茶苦茶ぶりが発揮された。
暴走したわけじゃない。なんと、一発で鉄の塊を剣に変えてしまったのだ。
「ま、まさかもうそんなことができるとは……」
「普通何年もかかってやっとできるかどうかだと聞いていたが……」
指導の魔法士もクレメントさんも言葉が続かない。
でも、ユーゴの作った剣は見た目だけのものらしい。
その剣を手に取って検分していた衛士さんによると、重心がおかしなところにあって実際に使える出来ではないとの評価だった。剣の重心とか厚みのバランスとか、見た目じゃわからない微妙なことは、流石に熟練の技がいるようだ。
次は作った剣に魔力を付与する練習。
魔力を付加することによって、斬撃力や耐久力を高めることができるのだそうだ。
ここでもユーゴの魔力はクレメントさんたちを驚かせることになった。
ろくに刃もついてないのにバスバスと丸太を切るわ、硬い石をぶっ叩いて割っても刃こぼれしないわ、ただの鉄の剣なのにミスリルでできてるんじゃないかと疑うレベル。ちなみに、ミスリルという金属は無いそうです。はい。
それ以降、ユーゴの魔法の上達ぶりは目を見張るものがあった。
狙いの定まらない火炎放射は的を外さない炎の槍になり、無鉄砲な噴水は高圧の放水砲になり、暴風は竜巻に、土砂降りは城壁よりも高い壁になった。
ユーゴはもう大丈夫だ。
※ ※ ※
で、俺はと言えば。
「始めた頃とは見違えるほど剣を扱えるようになりましたな」
身体強化魔法のおかげで、教師役の衛士のグスタフさんも驚くほど自在に扱えるようになった。スピードやキレだけじゃなくてパワーもアップするみたいで、鉄でできた剣も軽く感じる。
「そろそろ自由に打ち合ってみますか」
二人での型稽古を終えた後、グスタフさんがそう提案した。
「なぁに、手加減はしますよ。それに万が一怪我をしても聖女様に黄金水をかけてもらえますから。いや、むしろ私が怪我をしてかけてもらいたいくらいですけどね。はっはっは」
この人に教えてもらって本当に大丈夫か?
まぁ、そんな感じで打ち合いが始まった。
基本、衛士さんたちは右手に剣、左手に円い盾を持って打ち合うんだけど、俺の場合初心者ってことで剣のみだ。もちろん練習用なので刃は無い。
「はじめっ」
よっ、おっ、とっ。
うん、力負けしない。
あと、手加減なのかグスタフさんの動きがわかりやすい。全部受けきれる。
「ほう、なかなか。では、これは!」
急に動きが速くなる。が、速いだけで剣筋はわかりやすい。これも受けきれた。
「くっ。ならばこれは!」
さらに速く、動きもフェイントが入ったりと複雑に変化させてきた。けど、わかる。っていうか、感じる?
「おのれっ!」
えっ、ちょっ。目がマジになってるんですけどっ! しかも体にオーラが見える。身体強化魔法使ってんじゃん!
その刹那、見えた。
剣が振られる先、オーラが先走ってくる。脊髄反射でそこに自分の剣をもっていく。
ガキンッ。
剣圧が凄い。それでも魔力を総動員して耐えた。
と思ったら、不意に圧が無くなってよろめいてしまった。
はてなと顔を上げると、呆然としたグスタフさんの顔とくるくると回って飛んでいく剣が見えた。あれ?
それを見ていた他の衛士たちが近寄ってくる。
「何をやっとるんだ、グスタフ」
「いや、レン殿に剣を弾かれて……」
答えてグスタフさんは、ハッとなって俺を見る。
「も、申し訳ない、レン殿。つい本気で打ち込んでしまった」
「何? 本気の打ち込みを弾かれたと?」
「うむ。如何様に打ち込んでも全てレン殿に軽く受けられてしまったので、それならばと力押しでいったのだが……」
訝しむ衛士たちに何が何だかわからないと首を振る。
「ほほう。ならば私が手合わせしよう」
それを聞いた一人の衛士が進み出るのをグスタフさんが制した。
「ま、待て。今度はレン殿の打ち込みを見てみたい。ひょっとすると、レン殿は剣の才があるのかもしれぬ」
「レン殿が?」
「そうだ。剣を持つのもやっとだった者がたった数日で私の渾身の一撃を弾き返してしまった。さっきはついこちらが打ち込んでばかりだったからな。今度はレン殿の打ち込みを受けてみたいのだ」
「おう。それは何とも楽しみよ」
「レン殿、是非に」
え、俺って剣の才があるの? そう? なら、いっちょやってみますか。
正面で剣を構えるグスタフさんに対して、左足をやや前に出して顔の右側に剣を構える。
「っだあぁああ!」
型稽古どおり、ダッと右足を踏み込んで腰を回転させて剣を振り下ろした。斬るんじゃなくて、叩きつけるようにするのがコツ。
コン。
軽い音とともに剣が弾かれた。「ぷっ」と誰かが噴き出す。
もの凄く残念な空気が周囲に垂れ込めた。
「……さて、次は誰が手合わせを?」
まるで俺の打ち込みなんてなかったかのようにグスタフさんが衛士たちに呼びかけた。
まあね。こういう型みたいなのは昨日今日練習したくらいで身に着くもんじゃないんだよな。
「ならば某が」
とガタイのいいおっさんが名乗り出た。ちょっと悔しかったので全部受けきってやった。
ただ、最後に放った剣に魔力を乗せた一撃だけは受けずに見切って避けた。さすがにアレをまともに受けたら剣がもたない。
その後、残りの衛士たちの攻撃もぜ~んぶ受け止めると、
「一体全体、レン殿はどうしてこんなことができるのですか」
「しかも、我ら6人を相手にしても平然としている」
息を荒げた衛士が理解できないとばかりに首を振る。
「あ、それはですね、実は身体強化魔法が使えるようになったんですよ。そのおかげで、重く感じてた剣もこのとおり」
ヒュンヒュンと片手で剣を振って見せた。
「……あの、まさかとは思うのですが、レン殿は我らと打ち合っている間ずっとその身体強化魔法を使っていたのですか?」
「え? いや、今日の訓練を始めた時からですけど」
「まさか……!」
衛士たちの目が驚愕に見開かれる。
「あれ? 俺、何かやっちゃいましたか?」
不安になって聞くと、
「身体強化魔法を使えるのは、普通数撃なんですよ」
「噂で18連撃ができる達人のことは聞いたことがありますが、今日ずっととは」
「俄かには信じられんが」
「さすが勇者様のお仲間だけのことはありますな」
と口々に感心された。
うーむ。これは剣筋が見えたなんて言ったらとんでもないことになりそうだな。……黙ってよう。
噂が噂を呼んだのか、次の日からも守備隊の他の衛士たちが手合わせを申し込んできた。
そして、それを全て受けきった。
それでついた呼び名が『総受けのレン』
おい、やめろ! 誰だよ、これ言い出したやつ。
確かに、ほとんどの攻撃は受け止められるけれども。
受けるだけで攻撃は全然ダメだけれども。
なんだよ『総受け』って。
これを聞いた黒姫が爆笑しやがった。
しかも、「どうして笑っているのですか?」って聞いてきたルシールが黒姫になにやら耳打ちされて、「まあ、殿方同士で……」と頬を染めてこっち見てくるし。
おい、デュロワールに腐海を広めるのはやめろ!
そんなこんなで幾日が過ぎ、ついに王都へ旅立つ日がやってきた。
ロッシュ城編終了です。
次回からダンボワーズ城編になります。
その前に閑話を投稿します。