勇者と聖女の召喚に巻き込まれただけの俺   作:ちゅうき

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第32話 マヨネーズ試食会

 学院訪問やらベーコンサンドの試食やらで慌しかった一日の終わり。

 就寝の身支度を終えたところで、クララが俺に向かって改まり小さく頭を下げた。

 

「レン様、今日は見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした」

「……学院でのことを言ってるのなら、あれはクララが謝ることじゃないよ。むしろ俺のせいだ。俺が無神経だったせいでクララにイヤな思いをさせてしまった。本当にごめん」

 

 姿勢を正して深々と頭を下げた。こっちじゃあまりしないらしいけど、やっぱり日本人として誠意を表すにはこれしか思いつかない。

 

「そ、そんな、レン様は悪くありません」

「それに、スカートを押さえたり、肩を抱き寄せたりしてごめん。やましい気持ちは無かったんだ」

 

 恐縮するクララの声を聴きながら、更に詫びる。

 

「それは、はい、承知しております。……家族以外の男性に体を触られたのは、その、恥ずかしくは思いましたけれど、レン様は私のような者のことを助けようとしてくださったのですから、とても、その、嬉しく思いました」

 

 消え入りそうな声に顔を上げると、もじもじとする彼女の姿があった。可愛い。

 

「……あの、私が生まれたサルル領は、ヴロワ様の言ったとおり確かにここよりも森が深く魔獣の被害も多いのですが、けれど麦の実りも豊かで家畜も健やかに育つ自慢の故郷なのです。ですが、王都に出てきてみると、サルルは魔獣の多い穢れた地だと言われ、私も穢れた地の者とか魔獣の子と呼ばれ蔑まれ、とても悲しい思いをしました」

 

 まったく、いじめっていうのはいつの時代にもどこの世界でもあるんだな。

 

「悪口や嫌がらせに耐えられずに学院を辞めた私をアンブロシス様が拾って下さり、孫娘のミシェル様の付き人にしていただいたのですが、そこでも居心地の悪い思いをしていました。けれど、レン様は違いました」

 

 と、クララの深い緑の瞳がまっすぐに俺を捉える。

 

「レン様は私を特別な目で見ることもなさらず、他の使用人と変わらない態度で接していただきました」

「まぁ、俺は異世界から来た人間でこの世界のこととか詳しくなかったし、クララの事情とか知らなかったからなぁ」

「それでも、私が穢れた地の者とわかっても、私を悪意から守ろうとしてくださいました。それに、ベーコンさんどを分けてくださいましたし……」

 

 最後の方は消え入りそうな声だった。気に入ったんだね、ベーコンサンド。

 

「レン様には感謝してもしきれません」

「そんな大げさな。でもまぁ、それなら今日のセクハラと差し引きゼロってことで」

「せくはら?」

「えっと、女子に向かって恥ずかしいことを言ったり体を触ったりしてイヤな思いをさせること、かな」

 

 俺の説明にクララはちょっと考える仕草を見せる。

 

「ああ、よくレン様がマイ様に叱られている行為ですね」

 

 うん、叱られてるっつーよりはたかれたり殴られたりしてるけど。

 

「私はイヤな思いはしていませんので大丈夫です。恥ずかしいですけれど……」

「じゃあ黒姫にそう言ってくれない? あいつ、すぐ怒るし」

「……マイ様がお怒りになるのは違う理由だと思うのですが」

 

 クララは肩を小さく竦めて困ったように微笑んだ。

 

「よくわからんけど、クララが元気ならそれでいいさ」

「はい」

 

 ニコリと笑い合う。

 

「では、おやすみなさい」

 

 クララは丁寧にお辞儀をして部屋を出ていった。

 初めて会った時から比べたらずいぶん距離が縮まって壁も無くなったように感じる。でも、彼女や彼女の領地に対する蔑視が無くなったわけじゃないんだよな。

 俺はどこかもやもやするものを胸の片隅に抱えたまま眠りについた。

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 それから何日か経った日の午後、ピエールさんがマヨネーズの試作品を持ってきた。もちろん、ペネロペも一緒だ。

 もう一人、生え際の後退した灰色の短い髪をピタッと撫でつけた40代くらいの男性も二人の横に並んでいた。その愛嬌のある丸顔はペネロペとよく似ている。

 

「勇者様、聖女様、レン様にお会いできて恐悦至極にございます。私はフールニエ商会の会長をしておりますポールと申します。息子と娘が大変お世話になり、誠にありがとうございます」

 

 予想どおりペネロペのお父さんだった。

 

「更には、私のようなもののために貴重な『聖水』まで賜り、感謝の言葉もございません。おかげさまでこのようにすっかり体調も良くなりました。」

 

 さすが黒姫の『聖水』だ。ポールさんは数日前まで病人だったとは信じられないほど肌の色つやがイイ。

 

「今日は、先日教えていただいた『まよねーず』の試作を持って参りました」

 

 ピエールさんはそう言いながら食堂のテーブルに小さな木のお椀を5つ並べた。

 

「どれも今朝ほど作ったものです。こちらの3つは卵黄だけ使ったもの。残りの2つは卵白も使ったものです」

 

 ピエールさんの説明に椀の中を覗くと濃さの違うクリーム色の液体が見えた。……液体?

 なんか普通のドレッシングみたくサラッとしている。

 

「ご存知のことと思いますが、生の卵には穢魔が含まれていますので、そのまま食すると腹痛を起こします。ですので、熱を通して穢魔を取り除かなければ食べられません」

 

 サルモネラ菌だっけ? ここでは穢魔っていう認識なんだな。

 

「また、ビネガーを使うと穢魔を押さえることができることも昔から知られていました」

「それでも、生の卵にビネガーを加えてサラダソースにしようとは誰も思いつきませんでした。さすがは変わったことをされると評判のレン様ですな」

 

 ピエールさんの説明を受けてポールさんが俺を褒めそやす。いや、褒めてないから。

 

「いや、俺が考えたわけじゃないんで。作り方も曖昧ですし」

「こちらでもいろいろ試してみまして、どうにかサラダソースとして使えそうなものが作れました。ただ、どれが正解かはわかりませんでしたので、皆様には味を見て助言をしていただきたいと思います」

 

ピエールさんが頭を垂れるので、「じゃあ」と味見をしようとするとジルベールとカロリーヌさんからストップがかかった。

 

「まだ毒見が済んでおりません」

「毒見を」

 

 と、メイドの子を一人呼びつける。

 その子はそれぞれの木の器から一匙すくっては口に含んでいく。

 喜んで毒を口にしようとするどこかの猫ちゃんほどではないけど、わりと落ち着いてるな。まぁ、聖女様がいるからそれほど不安はないんだろう。

 

「問題ありません」

 

 毒見役のメイドの子にお墨付きをもらって、改めて試食会となる。

 

「ちょっと酸味が強い?」

「うーん。味はともかく、これじゃあマヨネーズ風味のドレッシングだよな」

「これはこれでいいんじゃない?」

「サラダに使うならいいけど、俺が食べたいのは卵サンドなんだよなぁ」

「『卵さんど』とはどのようなものでしょうか?」

 

 俺の願望を聞きつけたピエールさんが質問してきた。

 

「えっと、茹でた卵を刻んでマヨネーズを和えたものをパンで挟んだやつです」

「刻んだパセリもね」

 

 黒姫が言い添える。俺はシンプルなヤツがいいんだけど。

 

「すると、こちらに揃えた『まよねーず』では水っぽ過ぎますか」

「ですね」

「こっちの椀のはけっこうねっとりとしてるよね」

 

 ユーゴが端にある木の椀を指さした。

 

「それは……なるほど」

 

 ピエールさんは何か思い当たったらしい。

 

「それでは改めて『卵さんど』に使えるような『まよねーず』を作ってまいります」

「お願いします」

「あ、でも」

 

 と、ユーゴが間に入る。

 

「僕たち明後日には王都を出るから」

「そうだった。ドラゴンの討伐に行かなきゃいけないんだった」

 

 聞いた話だと、もっと東の方でドラゴンを待ち受けるんだそうだ。

 

「では、お戻りになった時には皆様にご満足いただけるものを用意しておきます」

「ご武運をお祈り申し上げます」

 

 こうして、第1回マヨネーズ試食会はお開きとなった。

 

 ……あっ、ペネロペと一言も口きいてなかった!

 




次回からサルル遠征編に入ります。
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