勇者と聖女の召喚に巻き込まれただけの俺   作:ちゅうき

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第46話 グリン老人

 昨日のオットーさんの言葉を実践したわけでもないんだけど、翌日の午後、俺たちは再び領主の屋敷にお邪魔していた。

 以前ユーゴがオットーさんにお願いしてた前回の勇者とドラゴンの戦いを知っている人に会わせてもらえるということで、3人揃ってやってきたのだ。

 

 通されたのは、昨日と同じ応接室。

 執事のゼバスさんの案内で部屋に入ると、中には既にオットーさんともう一人、簡素なカーキ色の服を着た背の低い老人がソファーに座っていた。

立ち上がって俺たちを向かい入れる老人が眉をひそめる。

 

「なんだ? 物々しいの」

 

 ユーゴ、黒姫、俺の他にクレメントさんとジルベールとイザベルさん、クララ、アンドレにヴィクトール、サフィールが続々と然程広くもない応接室に入ってくるのだ。そういう感想が漏れても無理もない。

老人が座るソファーとテーブルを挟んだ二人掛けのソファーにユーゴと黒姫が、それを両側に見る位置の一人掛けのソファーにオットーさんが座った。アンドレは守護霊のごとく黒姫の真後ろに立ち、俺はその更に後ろでクレメントさんたちと並んで立っていた。護衛騎士たちは壁際で待機だ。

 

 老人はグリンと名乗った。体格はユーゴよりもやや小さい。深い皺が刻まれた鷲鼻の顔を半分隠すような揉み上げから続くひげと強い癖毛の髪は白髪になっていた。

 ユーゴと黒姫が名乗ると、

 

「今度の勇者様は小さいの。ま、儂も小さいから仲良くできそうだ。前の勇者はごつくて偉そうだったからの」

 

 と、意外に野太い声で遠慮なく喋った。

 

「グリンさんは勇者がドラゴンと戦った時に一緒にいたんですね?」

 

 足を運んでもらった礼を述べてからユーゴが切り出した。

 

「その時は一緒にはいなかったの。儂は鍛冶をしておったからの。武器や防具を修繕してやっただけだ」

「勇者がドラゴンと戦ったところは見ていないのですか?」

「見てはいたの」

「そうですか。では、その時のことを覚えている範囲でかまいませんので教えて下さい」

 

グリンさんは「ふむ」と髭を撫でつけた。

 

「あれは春の候を少し過ぎた頃だったかの。勇者と王国の騎士団がサルルルーイの砦にやって来きた。彼らが領主に会いに領都へ、ここではなく前の領都のサルルブールへ行った時にドラゴンはやってきた。ドラゴンは黒い雲と雨を引き連れていた。儂のいた所からは山の陰になって直接は見えなかったが、山の向こうに大きな風の渦ができてドラゴンにぶつかった。ドラゴンは雨の渦を作ってそれに対抗した。その後、いくつもの風の渦と雨の渦が激しくぶつかり合った。どれほどの時間が経ったか、ドラゴンが根負けしたように南の山へと飛び去った。その後に残ったのは、なぎ倒された森の木々と崩れて形を変えた丘々と無残に破壊された領都だ。住民の多くが死に、死人の倍の怪我人もでた。領主の屋敷も崩れ去り、家族もろとも領主も死んだと後から聞いたの」

 

 一言一言嚙みしめるようにグリンさんは語ってくれた。

 

「儂の父は分家でこちらに屋敷を構えておったおかげで悲劇に遭わずに済み、亡くなった大伯父の代わりに領主となったのだ。サルルブールは復興が試みられたが、森が間近にまで迫って魔獣が増えてな。防壁を築いてはみたものの通行にも支障が出るようになって、結局領都もこちらに移すことになった」

 

 オットーさんが苦い顔で補足した。

 もしかしたら、ここの人たちにとって勇者っていうのはそういう悲惨な体験と結びついているのかもしれないな。そう考えると、領民に歓迎されてなかったのもオットーさんの態度が硬かったのも理解できる。

 

「あの、質問いいですか?」

 

 真剣な顔で何事か考えるユーゴの隣で黒姫が遠慮がちに手を挙げた。

 

「何かの?」

「その時、聖女はいなかったのでしょうか?」

「聖女か。いたの。女だてらにあれこれと勇者に指図しておった。気の強い娘ごだったの」

「勇者と一緒に戦ったりしなかったんですか?」

「どうかの。そこまでは見ておらぬ」

「勇者や聖女は無事だったのでしょうか? その、怪我とか」

「多少はあったかもしれぬが、そんな話は例え噂でも口にすることはできなかっただろう。なにせ、勇者様と聖女様だからの」

 

 グリンさんは薄く笑って黒姫たちを見た。

 

「……そうですか。わかりました」

 

 黒姫はそう言って肩を落とした。

 

「勇者様は何か聞きたいことはあるかの?」

 

 ユーゴはちょっと考えてから、

 

「ドラゴンの大きさはわかりますか?」

 

 と聞いた。

 

「儂も遠目から見ていただけだから正しくは言えぬが、この屋敷程の大きさだったと思う」

「風や雨の渦の大きさはどうですか?」

 

 ユーゴの問いにグリンさんがふむと鼻を鳴らす。

 

「ちょうど昨日、バカでかい風の渦が見えたが、あれはお前さんの魔法か?」

「はい」

「なら、比べ易いの。大きさはお前さんの方が大きかった。だが、前の勇者のはもっと高く伸びておったし、消えるまでの時間も長かった。それに同時に何個も見えた」

 

けっこう凄いな。まぁ、単純に比較はできないけど。

 

「ドラゴンの雨の渦はどうでしたか?」

「勇者のものと同じくらいだったの。故に、なかなか勝ち負けがつかなかった。その分、周りの被害も増えたがの」

 

 どこか皮肉っぽいグリンさんの答えにユーゴが黙り込む。

 

「よろしいかの?」

「……あ、はい。教えていただきありがとうございます」

 

 ユーゴが慌てて頭を下げた。その後ろ姿に以前のような力強さが感じられない。

 気にはなるけど、俺もちょっと聞いてみたいことがあったんだ。

 

「あの、俺から質問いいですか?」

 

 ソファーのところまで歩み出て声をかけた。

 

「サルルブールには勇者が先に来て、後からドラゴンが来たんですよね? なんか勇者がドラゴンを待ち伏せしたって言うより、ドラゴンのほうから勇者に向かって来たというふうに受け取れたんですけど?」

 

 普通なら人家に被害が出そうな所で戦ったりはしないだろう。なら、勇者側には想定外の襲撃だったんじゃないか。

 グリンさんはふっと不敵な笑みを見せた。

 

「それについてはおもしろい話を聞いたことがあるの。ドラゴンは勇者を狙ってやってくるのだそうだ」

「え、どうしてですか?」

「勇者にはさんざんやられておるからの。相当恨みを買っておるのかもしれぬの」

 

 と、意地の悪い笑みをユーゴに向ける。

 

「じゃあ、ここにいればドラゴンのほうから来てくれるってわけか」

 

 なにげに呟くと、

 

「それは誠か」

 

 オットーさんが青い顔で聞いた。

 

「またサルルが被害に遭うというのか!」

「本当かどうかは知らぬ。以前に騎士団の奴がそう言ってたのを聞いただけだ」

「マイスナー卿、58年前とは違います。我らの情報網も発達しているし、早く知らせる魔法もあります。既にドラゴンの住処と思われる山の周辺には多数の物見を送り込んでいますから、ドラゴン発見の知らせがあり次第ここから打って出ます。心配無用です」

 

グリンさんの言葉を遮るようにアンドレが断言した。

 

「……それは王国の言葉ととってよいのか?」

「無論です」

 

 オットーさんとアンドレの間に緊張の糸が張る。また余計なこと言っちゃったかな。

 その不穏な空気を察したのか察していないのか、

 

「こんなところでよいかの?」

 

 と、グリンさんが呑気な声で俺たちの顔を見回した。それに黒姫が代表して「はい」と頷く。

 

「儂も年を取ったが、腕はまだまだ現役だ。もし治して欲しいものがあったらいつでも応じるぞ」

 

 グリンさんは快活に笑って席を立った。そして、その笑い顔をオットーさんに向ける。

 

「オットー、酒はあるか? ビールでもワインでもいいぞ」

「ビールでよければ」

 

 オットーさんが小さくため息を吐いて答えた。どうやらグリンさんはこれから飲むようだ。

 

 俺たちはグリンさんとオットーさんにお礼を言って部屋を出た。

 ロビーに出ると、ちょうどゼバスさんが玄関の扉を開けて来客の対応をしているところだった。相手は金髪ロングの背の高い美人。シュテフィさんだ。

 彼女は目敏く俺を見つけると、

 

「やぁ、レン。ここにいたのかい?」

 

 と、ずかずかと中に入ってきた。あいかわらず興味のあることしか眼中にないようだ。アランが凄い顔で睨んでいるが、どうでもいいので彼女に話しかける。

 

「シュテフィさんはどうしてここに?」

「うむ。君に会わせようと思っていた人がこっちに来ていると聞いてね」

「俺に?」

 

 えーとと記憶を手繰る。

誰だっけ? あ、アレだ。ドワーフの、

 

「グリンさん?」

 

 ずんぐりむっくりじゃないけど、背は低くて髭面で酒好きで鍛冶屋……。うん、ドワーフだわ!

あの人だったのか。

 

「彼の工房を訪ねたら、領主様に呼ばれて出かけたと言われたのだが」

「それなら、そっちに」

 

 と、応接室を指さすと、ちょうどグリンさんとオットーさんが出てきたところだった。

 

「領主様とグリンの爺さん」

 

 シュテフィさんは声をかけながら歩み寄ってカーテシーをする。彼女も一応貴族なんだなと再認識する。

 オットーさんは軽く顎を引き、グリンさんは惚けたようにシュテフィさんを見上げていた。

 

「誰だ、このでかい美人は?」

「シュテフィですよ。ベルクマン家のシュテフィール」

 

 シュテフィさんが困り顔でグリンさんに名乗った。

 

「ああ? シュテフィ―ル? あのなんでも聞いてくる小生意気なガキか?」

「はい。その好奇心旺盛な可愛らしい少女だったシュテフィールです」

 

 なにか勝手に情報がすり替わっているが、グリンさんは気にせず呆れたようなため息を吐いた。

 

「はぁー。近頃の奴らはそろいもそろってデカくなりやがるの」

 

 確かに、オットーさんはともかく、シュテフィさんもクララもオスカーさんたちも背が高いんだよな。

 

「それで、用件は?」

 

 オットーさんが聞くと、

 

「はい。実はグリン爺さんに会いたいと言う少年がいたのですが」

 

 シュテフィさんが俺を振り返る。

 

「もう会ったようですね」

「ほう。変な髪色の奴だと思っておったが、なるほどシュテフィールの知り合いだったのか」

 

 なぜか納得したように頷くのが納得いかない。

 シュテフィさんにくいくいと手招かれて、そういえば名乗ってなかったなと思い出す。

 

「申し遅れました。レン・タカツマです」

「儂に会いたかったと?」

「ナーン族の人に是非会ってみたかったんです。グリンさんはナーン族だったんですね?」

「ナーンなど別に珍しくもなかろう。エルフと違っての」

 

 グリンさんはふんと鼻を鳴らした。

 

「やっぱりエルフとは仲が悪いんですか?」

「そのとおり! きゃつらはいつもいつも人を上から見下ろしやがる。自分らだけが正しいと思っとるいけ好かぬ奴らよ!」

 

 おお。それでこそエルフとドワーフ!

 

「……会ったことは無いがの」

 

 盛大にズッコケた。

 この爺さん、お笑いの壺を押さえてやがる。

 

「レン、我々は砦に戻るが?」

 

 グリンさんに尊敬の眼差しを向けていると、背後からアンドレが問いかけてきた。言外にお前はどうでもいいけれどと含んでいる気がするが、たぶん気のせいじゃない。

 

「あ、俺はシュテフィさんに話があるんで、お先にどうぞ」

「そうか」

 

 アンドレはあっさり答えると、「では、マイ。行こうか」と黒姫をエスコートした。残りのメンバーもそれに続いた。クレメントさんだけは話に加わりたそうな顔だったけど。

 

 それを見送ってから、改めてシュテフィさんに向き直る。

 

「えっと、シュテフィさんに見せたいものがあるんですけど」

「ほう? 何かな?」

「それで、その」

 

 と、オットーさんの顔を窺う。

 

「こちらの部屋のどこかをお借りすることはできますか?」

 

 ダメなら、どこかその辺の道端でもいいんだけど。

 オットーさんは感情のわからない顔で俺を見返した。

 

「……それは、クララも残るということか?」

「へ? はい、まぁ」

 

 クララを見ると、小さく頷いていた。

 

「よろしい! 存分に使いたまえ! なんなら夕食も食べていくがよい! いや、泊っていけ!」

 

 オットーさんがいきなり破顔した。クララ大好きかよ。

 

「その応接室でよいか?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「レン、見せたいものとは何だい?」

 

 オットーさんにお礼を言ってる傍から、シュテフィさんが待ちきれずに催促してきた。この人はほんとに……。

 

「実は、こんなものを拾って」

 

 やれやれと革袋から討伐の帰りに拾った黒い石を取り出して見せた。

 

「この石かい?」

 

 シュテフィさんが怪訝な顔で首を捻る。

 

「この石がどうかしたのかな?」

「はい、この石から――」

「ほう、こりゃあ燃石じゃないか」

 

 俺の説明を遮ってグリンさんが覗き込んできた。

 

「燃石?」

「そうだ。懐かしいの。あの山で拾ったのか?」

 

 グリンさんは俺の手から燃石と呼んだ石を奪ってしげしげと眺める。

 

「あ、直に触ると手が黒くなり――」

「知っとるわい」

「そ、そうですか。グリンさんはこれが何か知ってるんですか?」

 

 グリンさんは石を眺めたまま「ああ」と頷くと、

 

「オットー、儂もこいつらに付き合うから、酒はこっちに持ってきてくれ」

 

 と、勝手に応接室に入っていった。

 俺はシュテフィさんと顔を見合わせて肩を竦めると、その後を追う。

 

「クララはこちらだろう?」

 

 俺に続いて応接室に入ろうとしたクララをオットーさんが呼び止めた。

 

「いいえ、お祖父さま。昨日はレン様のご厚意でお休みにしていただきましたが、今日はレン様のお側にいます」

 

 クララはきっぱりと言ってパタンと扉を閉めた。その向こうで何かが聞こえたが、クララは知らんぷりでててっと俺の傍に来る。後が恐いなぁ。

 

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