勇者と聖女の召喚に巻き込まれただけの俺   作:ちゅうき

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第50話 再び王弟の館で

 変な夢を見た。

 箒に乗って空を飛んでた。夜の空だ。

 なんかたくさんの星の中を女子と二人乗りで飛んでいたような気がするけど、それが誰だったか思い出そうとするそばから夢の内容が零れ落ちていく。もう、なんかファンタジーな夢だったな、くらいにしか思い出せない。

 ま、いいか。きっと、思い出したら恥ずかしくて悶え死にそうだし。

 

 

 

今日は午後からルシールと会う約束だ。

午前はフールニエ商会に顔を出す。

昨日の夜から降り出した雨は朝にはあがったものの、昼前になっても空のほとんどを雲が占めていた。

 

 ピエールさんが改良したマヨネーズの試作は、ずっとマヨネーズらしくなっていた。

そう伝えると、今度は卵サンドを作ってくれた。

 もうちょっとコショウが効いてるほうがいいんだけど、香辛料は貴重なんだっけ。それに卵自体の値段も高くて、マヨネーズにも使ってるし、思ったより原価がかかってるらしい。

ハンバーグのほうはまだ人前に出せるものではないとのこと。次回に期待だ。

 

 

 

ロクメイ館に戻って昼食を食べ、身支度を整えてからルシールの実家へ向かう。

王宮の建物の隙間から見える空は、所々雲が切れて青い空を覗かせていた。

 

 王弟の館では、以前使いでやってきた壮年の男性が迎えてくれて、今日は豪華な応接室に通された。クララは俺が応接室に入るのを見届けた後は従者用の控室に行くことになっているので、ここから先は俺一人だ。

 

金色の把手が付いた焦げ茶色の木製のドアを開けてもらい中に入る。

教室よりも広いその部屋は、カーテンや絨毯など全体的に青色を基調にしたインテリアで、そこここに高級そうな調度品が置かれていた。

けれど、どんなに凝った装飾を施されたそれらよりも俺の目を惹きつけたのは、淡いピンクのふんわりとしたドレスを身に着けた美少女だった。今日はいつも下ろしているストレートの黒髪をサイドポニーにしているせいか、少し幼く、そしてずっと可愛く見える。

 

「……久しぶりですね、レン」

 

 部屋の中央で出迎えてくれたルシールは、一瞬ビックリしたように眼を大きくした後、何事も無かったかのように微笑みながら窓寄りに設えられた円いテーブルに俺を誘った。直径1m程の木製の天板は青の地色に白い花が描かれていて、対面に座った彼女のドレスの色をいっそう引き立てていた。

 

 前回同様、侍女たちはお茶とお菓子を並べ置くと、静かに部屋を退室していった。その間中、彼女たちから楽し気な視線を向けられていたような気もするが、たぶん気のせいだろう。気のせいだよね?

 人払いはされても、当然スザンヌさんは残っている。その彼女に前回言われたことを思い出しつつ、

 

「雨があがったみたいで良かったよ」

 

 と、時候の話題から入った。

 

「はい。でも、今日はこちらの部屋を使うようにと父から言われましたので」

 

 ルシールは残念そうに微笑みながらも何かを促すように見つめてくる。

はいはい、わかってますよ。前はお茶とお菓子を堪能するのを忘れてしまってたからね。

 それにしても、目の前に置かれているティーカップの中の透明感のある明るい茶色のこの液体は……。

 

「お茶をいただいても?」

「はい。どうぞ召し上がれ」

 

 ルシールに許可をもらってカップを口元に運ぶ。その香りはいつものハーブティーの草っぽいものじゃない。

 期待を込めて一口飲む。……やっぱり、

 

「これ、紅茶だ!」

「はい。父の秘蔵のお茶です。フロレンティア公国に外交で行った折に購入したそうです。あの、それで――」

「あ、このクッキーも美味しいね。ラムレーズン入りのバタークリームをサンドしてるのか」

「え? ええ。サクラお婆さまがお好きだったそうです」

「サクラさんが? 六□亭の○セイバターサンドかな?」

「それはわかりませんが、それよりも――」

「サクラって言えば、今日のルシールのドレスって桜色でデザインも可愛い――」

「わ、私のことはいいので、早く用件を話してください!」

 

 珍しく憤ったルシールに話の腰を折られてしまった。

 

「ええー? まだ髪型がサイドポニーで可愛いとか、ルシール本人も可愛いとか讃えてないのに」

 

 ちらりとスザンヌさんを窺うと、俺に同意するように頷いている。

 

「そ、それはいいのです! とにかく、レンが一人で王都に戻ってきて私に面会したいだなんてよっぽどのことがあったのでしょう?」

「うん、実はそうなんだ。でも、今日のルシールのドレスとか髪型とかすごく気合が入ってるみたいだったから、これは褒めないわけにはいかないなと」

「ち、違うのです。これは、その、侍女たちが妙に張りきってしまって、勝手にこんなふうにされてしまっただけで、私がレンに会えるからと特におめかししたわけではないのです!」

 

 あー。侍女たちに着せ替え人形みたいにされちゃってるわけか。うん、ルシール綺麗だからね。わかるわ。

 

「そういうレンだって髪の色が綺麗になっているじゃないですか。レンの方こそ、わ、私に会うためにお洒落をしてきたのではないですか?」

「これはお洒落とかカッコイイもんじゃなくて、目立たないようにしてるだけなんだよなぁ」

「確かに。レンは普通の髪色になると面白みも何も無い男になってしまいましたね。一瞬誰だかわかりませんでしたよ」

 

 スザンヌさん、あなたもか!

 

「そんなことはありませんよ、スザンヌ。髪の色が変わっても、レンはあいかわらずレンでしたよ。ええ、本当に、もう」

 

 心優しいルシールがフォローしてくれた。いや、フォローなのか?

 

「えっと、じゃあ本題に入ります」

 

 姿勢を正してルシールに向き合うと、彼女も不満そうな表情を引っ込めて紫の瞳を俺に向けた。

 

「ゾーイさんに会いました」

 

 その瞳が見開かれる。

 

「お姉さまに? いつ? どこで?」

「サルルルーイの砦で。あ、正確には、黒姫の侍女に憑依してなんだけど」

「憑依……。では、やはり王宮での夜会の一件は」

「ゾーイさんだって」

 

 その答えに、彼女は辛そうに眼を伏せた。

 

「なぜお姉さまはそのようなことを……」

「夜会のことはわからないけど、ロッシュからいなくなったわけは教えてくれたよ」

「本当ですか?」

「うん。サクラ・ナエバの遺志を叶えるためだって」

「サクラお婆さまの遺志? それはいったいどういうことなのでしょうか? お婆さまの遺志とは何なのですか?」

 

 やっぱりルシールは知らないんだな。

 

「ゾーイさんはロッシュにいる時にシュテフィさんに魔獣の魔石のことやそれを使った魔法のことを聞いていたみたいなんだ。で、その時にドラゴンは使役できるか聞かれたってシュテフィさんが言ってた」

「ドラゴンですか?」

 

 予想外の単語が出てきたせいなのだろう。ルシールもスザンヌさんも困惑している。

 

「ここからは俺の想像でしかないんだけど、ゾーイさんはドラゴンを使役する必要があって、使役魔法を習得するためにロッシュ城を出てゴール王国に行ったんだと思う」

「サクラお婆さまの遺志を叶えるために、お姉さまはドラゴンを使役する必要があるということですか?」

「たぶんね」

「お姉さまは何をするつもりなのでしょうか?」

「ドラゴンの力でロッシュ城の召喚魔法陣を壊す」

 

 ルシールが息を飲む。

 

「というのが最悪の予想。勇者と戦わずにデュロワールに豊穣の雨を降らせるためというのが穏便な方の予想」

「豊穣の雨とは?」

「ゴールの昔話にあるドラゴンが降らせる大地に恵みをもたらす雨のこと」

 

 スザンヌさんの問いに簡潔に答える。

 

「それでこの国の農作物の不作を解決できる」

「昔話が根拠では怪しいものです」

「そうだけど、まるっきり嘘とも言えないんじゃないですか?」

「むしろ、豊穣の雨のための方がサクラお婆さまらしいと思います。召喚の魔法陣を壊すなんて、サクラお婆さまがそのようなことを望むとは思えません」

 

 ルシールはそう言うと、キッと俺を見据えた。

 

「なぜレンはそう考えたのですか?」

「ゾーイさんから忠告されたんだよ。日本に帰るのは諦めろって」

「お姉さまが?」

「うん。なんでそんなことを言ったのか考えた結果、そういう結論に至ったわけ。ただし、さっきも言ったけど最悪の場合の予想だから。全然違うかもしれない」

 

 ルシールの顔が曇るのを見てフォローを入れる。

 

「あ、でも、ゾーイさん自身は悪い人じゃないと思う。すっごく妹想いで」

 

 シスコンとも言う。

が、妹にはその想いは伝わらなかったようで、「お姉さまのことはともかく」と俺を見る。

 

「レンは魔法陣を壊されることが心配なのですね?」

「心配っていうか困る。それは絶対させたくない」

「……ニホンに帰るためにですか?」

「それが俺たちの目標だから」

 

 そう。それがあったからドラゴンと戦うって決められたし、今まで何とかやってこれた。

 

「まぁ、最近はユーゴはどうかなって思うこともあるけど、黒姫は絶対帰るって言ってるし」

 

 ユーゴのやつはソフィーといい感じになってるもんなぁ。

と、ユーゴとソフィーのあれこれを想像して羨んでいると、

 

「レ、レンも帰りたいのですか?」

 

 ルシールが小さな声で聞いてきた・

 俺か……。そうだな。

 

「正直、この世界も悪くないなって思う時もあるんだけど、でもそれって俺が勇者や聖女の仲間だと認識されてるからなんだよな。もしユーゴも黒姫もいなくなって俺一人になったら全然用無しだし、魔法も使えなくて不便だし、そう考えるとやっぱり日本に帰ったほうがいいかなって思う」

「そんな! レンが用無しだなんて思ってません!」

 

 ルシールが力強く否定してくれた。優しいなぁ。

 

「まぁ、魔法が使えないレンがいても大変でしょうから、元の世界に帰るのが最善でしょう。むしろ、残ると駄々をこねても簀巻きにして送り返すほうがルシ、いえレンのためには良いだろうと私は思いますが」

 

 スザンヌさん、気を遣ってくれるなら最後まで遣おうよ。

 

「ま、まぁ、レンのことは一旦置いておくとして」

 

自分から聞いておいてそんなことを言うルシールだったが、

 

「それで、もし姉がレンの言う最悪なことをするつもりだとしたら、レンはどうするのですか?」

 

 と、真剣な表情で聞いてくる。うん、それが本題なんだよね。

 

「それが俺が王都に戻ってきた理由なんだけど、ユーゴと黒姫を呼び戻せないかってアンブロシスさんに頼もうと思ってたんだ」

「アンブロシス様は今は確かロッシュにいらしたと思いますが」

「らしいね。連絡は取ってもらってるんだけど」

「では、私が明日にでもダンボワーズまで迎えにいきましょうか?」

「ほんと? そうしてもらえると助かる」

「ルシール様。お分かりとは存じますが、私用で転移魔法を使うことはできませんよ」

 

 喜んだのも束の間、スザンヌさんからダメ出しを喰らった。そりゃそうか。

 

「スザンヌは意地悪です」

「何と仰られようと、レンのせいでルシール様がお咎めを受けるようなことにでもなったら、亡くなられたカトリーヌ様に顔向けができません」

「でも……」

「ルシール、ありがとう。でも、ルシールが怒られるのは俺もイヤだし、気持ちだけありがたく受け取っとくよ」

 

 でも困ったな。アンブロシスさんがここに来るのに何日かかるんだろう? ドラゴンが現れるのが四半年から半年だから――。

 

「あの、レン」

 

 ルシールの遠慮がちな声に思考が途切れる。

 

「アンブロシス様の他に当てが無くは無いのですが……」

 

 ルシールが口ごもっている間に、ドアをノックする音が響いた。

 

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