召喚の儀を行なった日の夜のルシールの話。
この時点ではまだレンのことを勇者だと思っています。
【ルシール視点】 眠れぬ夜
ベッドに身を横たえてからもうずいぶんと時間が経っているのに、今夜の私はなかなか眠りに就くことができません。今日あった出来事のせいで、まだ気持ちが高ぶっているのでしょうか。
今日は58年ぶりに『召喚の儀』が執り行われました。私はその儀式で召喚魔法を唱えるという大事な役目を承りました。
召喚の儀は、私たちの住む世界とは別の世界から勇者様と聖女様をお招きするというとてもとても重要な儀式です。私はそれをなんとかやり遂げ、勇者様と聖女様を召喚することに成功しました。ですから、本来ならばその重圧から解放されて今夜はぐっすり眠ることができるはずなのです。なのに、どうにも胸が高ぶっていつまでたっても寝つけません。
召喚の儀はロッシュという古城で行います。ここに古くからある砦の跡に召喚の魔法陣が創られているからです。
砦の基部にある召喚の間に入るのは、私を含めて4人だけです。
術式にはとても多くの魔力が必要で、それが終わった時には立っていられないほど魔力を消耗すると言われていたので、それを案じた付き人のスザンヌがそばにいてくれます。
そして、内務省から派遣されてきた男性と女性が1名ずつ。彼らは勇者様と聖女様の付き人です。二人には勇者様と聖女様にマントをかけてもらいます。
なぜマントをかけるかというと、これを聞いた時には私もとても驚いてしまったのですが、勇者と聖女は一糸まとわぬ姿で召喚されてくるからです。
普通の転送魔法ではそのようなことはおきないのに、なぜ召喚魔法ではそうなるのでしょうか。一説では、召喚されてくる勇者たちが住む世界は魔法の無い世界なので彼らの着ている衣服には魔素が含まれていないために魔法が効かず、そのせいで衣服まで召喚できないのではないかと言われていますが、筆頭魔法士のアンブロシス様は「召喚術式を創った魔術師の趣味なのではないかのぅ」と冗談とも本気ともつかないことを言っておられました。
その裸で召喚される勇者様と聖女様に恥ずかしい思いをさせないように、すぐにその体にマントをかけてさしあげるのです。
全ての準備は整い、私は完璧に召喚術式を唱えました。何一つ間違いはなかったはずです。
なのに、それなのに……。
召喚の魔法陣には勇者の円陣と聖女の円陣が描かれており、召喚された勇者と聖女はそれぞれの円陣の上に現われるはずでした。いえ、それはちゃんとできました。勇者の円陣には四つん這いになった少年が、聖女の円陣の上には座り込んだままの少女が予定どおりに現れたのです。そしてすぐにマントをかけてもらっていました。
けれど、なぜか不思議なことに、二つの円陣のちょうど中間にもう一人少年がいたのです。
なぜ勇者が2人も召喚されてしまったのでしょう。私の召喚魔法は何か間違っていたのでしょうか。それとも、やはり私には召喚の儀を執り行う資格など無かったのでしょうか。だって、本来ならば……。いえ、今それを言っても詮無いことです。
今はそれよりももっと私を悩ませていることがあるのです。
こともあろうに、真ん中の少年はちょうど私の目の前でしりもちをついた格好で両足を投げ出していたのです。それは即ち、必然的に、と、殿方のあの部分が、その、丸見えに……。
もちろん、私はすぐに目をそらしました。ええ、本当にすぐにです。不幸があって若くして寡婦になってしまったスザンヌは顔色一つ変えずに見ていましたけれど。
そういえば、裸の体を隠すために用意したマントは2人分しかありません。彼の分はどうしたらよいのでしょう。
私は何度か彼のもとに視線を向けましたが、それはあの内務省の男性が対応してくれたどうか確認するためであって、決して殿方のその部分に興味があったからではありません。だって私、殿方のその部分を見たのは初めてではないのですから!
※ ※ ※
あれはまだ私が幼かった頃、両親に連れられて王都にある美術館に行った時のことです。
そこにはたくさんの絵画や彫像が並んでいました。その中の一つに、確かロムルス神話に出てくる男神だったと記憶しているのですが、全身裸の彫像がありました。
私の眼はその男神のある部分にくぎ付けになってしまいました。なぜなら、私のそこにはそのようなものがついていなかったのですから。
不思議に思った私はあれは何かと両親に聞いたところ、お父さまが笑いながら、あれは男性が放尿するためのものだと教えてくれました。なぜ私と違うのかと更に聞くと、男性と女性を区別するためだという答えが返ってきました。
ところが、後になってお母さまから「あのようなことを人前では言ってはいけません」と叱責されました。そして、夫以外の殿方のその部分を見てはいけなし、自分のその部分も夫以外の殿方に見せてはいけないときつく教えられました。万が一そのようなことがあったなら、その殿方を夫に迎えなければいけないのだそうです。それでは私はあの男神のお嫁さんになるのかと不安になって尋ねると、あれは神様なので大丈夫なのだと聞いてほっとしたことを覚えています。
※ ※ ※
というわけで、男神のものではありましたが、私は殿方のその部分を見た経験があるのです。
けれど、今日のあの少年のそれは、ほんのチラッとしか見ていないのですが、私の記憶しているものとはかなり違っているように見えました。なんというか、その、大きさとか向きとかも違いましたし、もっと複雑な形をしていたのです。
勇者様は私たちとは別の世界の方なので、あそこの形もこちらの世界の殿方とは違うのでしょうか。とても謎です。
いえ、違いました。そのようなことで悩んでいるのではありませんでした。
私は見てしまったのです。あの少年のあの部分を。けれども、それはほんの、ほんの一瞬なのです。それでも私は、お母さまが言っていたとおり、あの少年を夫に迎えなければならないのでしょうか。
正直に告白すると、あの少年に、勇者様に嫁ぐことは嫌ではありません。そこそこに整った顔立ちとほどほどに引き締まった体つきでしたし……。
けれど、勇者様の方はどうでしょうか。私を妻にもらってくれるでしょうか。
私は先の聖女様の血を引き継いでいます。
聖女様には女の子供しか生まれませんでした。その子供たち、私のお婆さまと大叔母さまも、その子供であるお母さまや叔母さまたちも全て女です。なので、きっと勇者様と私の間に生まれる子供も娘だけになるでしょう。
女では家を継がせられないので、女の子共しか産めない妻は蔑ろにされたり離縁されたりすると聞いたことがあるのでとても心配です。
願わくは、娘しか生まなかったお母さまを、それでも大切に想っていたお父さまのように、勇者様も私を愛してくれると良いのですが……。
はっ。
私は何ということを考えているのでしょう。まだ、勇者様と結婚すると決まったわけではないというのに。ましてや、勇者様との間に子を成すことを思うなど早計にも程があります。
本当に今夜の私はどうしてしまったのでしょうか。
勇者様のあれを、間違えました、勇者様のことを思い出すと顔が熱って頭もぼーっとなってしまいます。それに、なぜかお腹のあたりも熱くなってじっとしていられなくなります。
「勇者様……」
そう呟いては寝床の中で寝がえりを打つしかない私の眠れぬ夜は、まだまだ長くなりそうです。