談話室に戻ると、ルシール先生の魔法の授業が始まった。
「魔法には魔素を操る属性魔法と魔法陣を使う術式魔法があります。まずは属性魔法から使えるようになりましょう。勇者様の属性は風、火、水、金、土ですね」
「あの」
と、ユーゴが手を挙げる。
「僕のこともユーゴって呼んでくれますか。勇者様とか似合わないから」
「わかりました、ユーゴ」
ルシールは笑顔で頷いた。これで俺のことも自然にレンと呼んでくれるだろう。ナイスだ、ユーゴ。
「それで、風と火と水の魔法ですが、これはそれぞれを直接操る形の魔法になります。風を起こしたり火や水を飛ばしたりできます。金と土は対象の形を変えることができます。鉄の塊から剣や盾を作ったり土を掘り起こして畑を作ったり、道や塀、建物も作れます」
「なんか土魔法ってすごいね」
「はい、土魔法や金魔法は需要が多いですね」
「でもなんか地味じゃないか? ファイアーボールとかウィンドカッターのほうがカッコイイし」
たいていの主人公はそういうの使ってたはず。
「ふぁいあーぼ? ういん、ど、かった……?」
ルシールが首を捻る。
そっか。技の名前の横文字は伝わらないんだな。
「ええと、火属性や風属性の魔法で、炎の球を飛ばしたり風の刃で切ったりする魔法のこと」
「レンが言うような魔法はあったでしょうか?」
ルシールがクレメントさんに向けて問う。
「炎の球はありますね。こちらでは火球と呼んでいます。けれど、風の刃というのは聞いたことが無いですね。どういったものなんですか?」
逆に聞かれてしまった。
「ええと、言葉のまま、風を刃物のようにして切るんですけど」
「風を刃物にする? 風のようなものが硬い刃物になるんですか? ちょっと想像できませんね。風属性ならば風撃か旋風が一般的でしょう」
うーん。無いのかぁ。まぁ、あったところで俺には使えないんだけど。
「じゃあ、私の聖属性の魔法ってどんなの?」
落ち込む俺を無視して、黒姫がルシールに問いかけた。すると、今まで事務的だったルシールの顔が綻ぶ。
「聖属性はちょっと特別なんです。基本的に魔法というのは生きているものには使えません。ですから魔法が使える5属性は命の無いものになっているのです」
「あ、本当だ」
「ところが、聖属性だけは生きているものを対象にしています。聖魔法は怪我をしている人や病気の人を治したり、魔力を回復させたりできます。また穢れを祓うこともできます」
ヒーラーとかプリーストみたいなもんか。
「私も聖属性なのでマイと同じです」
「じゃあ手取り足取り教えてもらうね」
「はい」
二人はニッコリと笑って手を取り合った。
うん、ぐっと仲良くなったみたいだな。仲良くなりすぎて、手取り足取り百合百合しないか心配だ。いや、それはそれでアリか。
「そして、魔法を使う時に重要になるのが魔力量と想像力です。魔力量はその名のとおり魔力の大きさです。大きければそれだけ多くの魔素を操れます」
「その魔力量って貴族と平民じゃだいぶ違うんでしょ? 昨日そんな感じのこと言われたから」
昨日の『属性の石板』の件を思い出しながら言うと、「あ、そういえば」とスザンヌさんが思い出したように例の石板を取り出した。
「アンブロシス様から言付かっていました。これ、平民用のやつです。どうぞ」
俺の前にその石板が置かれた。貴族用より小さくて周りの枠も木製だ。心もち薄汚れているように見えるのは気のせいか。
とにかく置いてみよう。少なくともこれで属性がわかるはず。
…………。
おい。
「ちょっとそこの彼女」
スザンヌさんがお茶のお代わりを準備していたペネロペに声をかける。
「ここに手を置いてみて」
「はい」
ペネロペは言われるままに手を置いた。すぐに風属性の石から光の柱が上がる。あとは水属性が少しで、他の石に目立った変化は見られない。
これは、つまり、そういうことなのか?
「彼には魔力が無い? まさか」
スザンヌさんがマジで驚いている。
「いえ」
とルシールが俺の額を見やる。
「『言葉の魔法石』が使えているので魔力が無いわけではないと思います」
「でも平民用の『属性の石板』ですら全く反応しませんでしたよ。平民以下ってことですか?」
「わかりません。こんなこと初めてなので」
ルシールに「こんなの初めて」と言われたけど、全然嬉しくない。
「あなた、もう下がっていいよ」
スザンヌさんに言われて、ペネロペが「はぁ」とあまりわかっていなさそうな顔で元いた場所に戻っていった。その後ろ姿を見送って黒姫が聞く。
「貴族と平民ってそんなに差があるの?」
「はい。魔力の大きさが全然違うんです。あの子は風属性の力が割とあったようですが」
「平民にしては、ですけど」
スザンヌさんが注釈をつける。
「ほとんどの平民は直接触れているものにしか魔法が使えないのです。でも、私たち貴族は触れていなくても離れた所のものにでも魔法が使えます」
「あ、昨日、ポルトさんがやってたね。こんなふうに」
ユーゴが壁際のテーブルにあるピッチャーに向かって右腕を伸ばす。
と、その指先から陽炎なんてものじゃない、もっと濃い何かが凄い勢いで伸びていった。
カシャーン
ピッチャーが割れて、中の果実水が飛び出した。
「きゃっ」
「わわっ」
果実水は雫を飛ばしながら空中をビュンビュン飛び回って、最後にルシールの顔にビシャとかかった。
おい、ユーゴ! おまえ、ルシールの顔面にぶっかけるとかなんて大胆な、いや、失礼なことを!
「ご、ご、ごめんなさい! まさかこんなことになるなんて思わなくて」
ユーゴは彼女の顔を拭おうとおろおろと立ち上がる。が、スザンヌさんはそれを押し止めた。
「ルシール様にかかりし果実水よ、我が意のままに」
スザンヌさんがそう唱えると、彼女の手から伸びた陽炎がルシールの体を包み、頭や顔やローブを濡らしていた果実水がみるみるうちにスザンヌさんの手のひらの上に集まり出した。それはゆっくりと回転する球になると、すーっと俺の目の前に飛んできてテーブルの上のティーカップにパシャっと収まった。
スザンヌさんを見ると、明るい茶色の瞳で俺を見返して小さくニヤリと笑ってる。
何それ、いじめ? いや、業界ではご褒美なのか?
「凄い……」
「さすがスザンヌ。見事な魔法です」
「恐れ入ります」
スザンヌさんの魔法を目を丸くして見ていたユーゴが、慌てて頭を下げる。
「ルシール、本当にごめんなさい。ちょっとポルトさんの真似をして手を伸ばしてみただけだったのに、まさか本当にジュースが飛び出るなんて思わなかったから」
「大丈夫ですよ、ユーゴ」
「手を伸ばしただけ? それは、魔法を使うつもりじゃなかったということですか?」
スザンヌさんが怪訝な顔で問う。
「つもりもなにも、魔法なんて使ったことないし使えるとも思ってなかったから、ジュースが飛び出してビックリしちゃって」
「使ったことがない? まさか?」
「本当です! 本当にわざとじゃないんです!」
スザンヌさんに睨まれて、ユーゴは真っ青な顔で弁解した。
「だとしたら、凄いことですね。たとえどれだけ大きな魔力があっても、それですぐに魔法が使えるわけではないのですよ」
「そうですね。普通は親か教師に教わって少しずつ使えるようになるのですから」
ルシールが続ける。
「ですが、ちょうど良い例になりましたね。どれだけ魔力があってもそれを操る技術が無ければ良い魔法士にはなれません。何をどうしたいのかをどれだけはっきりと思い描けるかが大事です。これが先程言った想像力です」
魔法はイメージが大事ってよく書いてあるもんな。ていうか、いきなり魔法が使えたユーゴがおかしいのか。さすが勇者。
その後、カップに入った例のジュースをこっそり飲もうとしてみんなに白い目を向けられたことは内緒だ。