朝食とは打って変わって豪華な昼食を終えると、ユーゴとマイ、お付きのクレメントさんとイザベルさん、それからルシールとスザンヌさん、アンブロシスさんとジルベールが箱型の馬車2台に分乗して、馬に乗った十人近くの騎士に護衛されながらダンボワーズ城へと出立していった。
ペネロペたちとそれを見送っていると、
「あの、どうしてレン様は一緒に行かないんですか?」
と、ペネロペが遠慮がちに聞いてきた。
「俺は勇者じゃないからな」
「勇者?」
ソフィーがこてんと可愛く首を傾げる。
「国王に謁見できるのは勇者と聖女だけなんだと。俺は勇者じゃないから留守番なんだよ」
「えっ。ということは、もしかしてユーゴ様が勇者ってことですか?」
「マイ様が……聖女様?」
「ええーっ!」と三人同時に驚きの声を上げる。
「みんな、知らなかったの?」
「遠い異国からのお客様としか」
あれ? これ言っちゃまずかったのかな?
「そういえば、マイ様の髪や瞳の色は昔の聖女様と同じ黒色だった」
「ユーゴ様も!」
俺もな。
「ああ、勇者様だって知ってたら、昨夜無理にでも『お世話』してたのに。悔しいっ」
「どうして?」
きょとんとして聞くペネロペの鼻先にソフィーは指を突きつける。
「だって勇者様よ。お手付きになればそれだけで箔が付くし、運が良ければ愛人にしてもらえるかもしれないのよ。ああ、早く勇者様帰ってこないかなぁ」
可愛い顔して凄いこと言ってるなぁ。でも、
「愛人とか言ってないで、奥さんにしてもらえばいいのに」
「無理ですよぉ。あたし平民なんですから」
「でも、俺たちは貴族じゃないよ。むしろ平民だし」
「ええっ、そうなんですか? んー、でも、勇者様は勇者様だし、きっと結婚は王女様とか上級貴族のご令嬢とされるんじゃないですか? だから、あたしは愛人で十分です」
王女と結婚!? さらに愛人! ユーゴが羨ましい。
でもやっぱりこの身分差ってやつには慣れないなぁ。
「えっと、みんなは平民なんだよね」
「はい」
「平民でも魔法は使えるの?」
「もちろん」
「でも、貴族みたいには使えません」
「直接触れてるものにしか使えないんだっけ?」
「たいていはそうですね。調理で使ったりする時の火魔法はちょっと違いますけど」
「水魔法が使えるとお洗濯が楽です」
「私、風魔法が得意なんですけど、風魔法ってあんまり役に立てないんですよね」
ペネロペが肩を落とすと。ソフィーがその肩をポンと叩く。
「庭の落ち葉集めるのに便利じゃない」
「それは庭師の仕事でしょ。小間使いだと全然」
「じゃあ、掃除は?」
「前にやったら風が強すぎて、いろんなもの飛んでっちゃって」
さすが、うっかりペネロペ。
「そういえば、ペネロペの風の魔力は結構あるってルシールが言ってたな」
「え、ルシール様が?」
「ほんと? ねぇ、ペネロペ。ちょっとやって見せて」
「うんうん。ルシール様が言うくらいだから凄いんでしょ?」
「ええー」
ペネロペは困ったような声を出したが、実は満更でもなかったみたいで、結局風魔法を見せてくれることになった。
「風よ、我が意のままに!」
彼女が両腕を高く突き上げて唱えると、その手の回りに陽炎が揺らめいた。そしてそれは周りの空気を巻き込んで回転しながら上へと上がっていく。その小さな上昇気流は更に周りを巻き込んで急激に大きくなった。
ぶわっ。
風が下から上へと巻き上がる。メイドたちの足首まであるスカートも捲れ上がる。
「きゃあーっ」
ソフィーとフローレンスは咄嗟にそれを抑えられたが、両手を突き上げていたペネロペは無防備だ。下のシャツごと見事に捲れ上がってしまった。
あ、ここの人ってパンツ履いてないんだったね。
「……凄い」
「それ、変な意味で言ってませんか?」
ようやくスカートを抑えたペネロペが涙目で睨んできた。
「……見ました?」
「あー、これであいこってことで」
「そこは嘘でも見てないって言うところですよ! もうっ」
大変ご立腹のようだ。ちょっとフォローしておこう。
「いや、でも、魔法使えるだけでも凄いよ。俺なんか魔力無いからなぁ。ペネロペが羨ましいなぁ」
「ええ? 魔力無いって、嘘でしょ?」
「私たちをからかってるんですか?」
「あ、それほんとだよ。さっきレン様が平民用の『属性の石板』に手を置いてるの見たけど、どの石も光ってなかったもん。スザンヌ様もビックリしてらしたから」
「えーっ。魔法無しでどうやって生活するんですか? 生きていけるんですか?」
ソフィーが無遠慮に聞いてくる。
「俺たちの国じゃ魔法が無くても代わりにいろんなものを発明していろんなものを作ってるから全然生きていけるよ。ていうか、ここよりずっと文明は進んでるよ」
おっと。あんまり迂闊なこと言わないほうがいいのかな。変にオーバーテクノロジーとか広めるとマズいかも。
「なんか勇者様の国って変」
「あ、そうか」
ペネロペがポンっと手を打った。
「もしかして、レン様は聖女様、前の聖女様と同じ国の人なんじゃないですか?」
「ああ。たぶんそうだと思うけど」
「やっぱり。だから昨日、シャンプーやリンスの使い方知ってたんですね。異国の人って聞いてたから、私てっきり知らないだろうって」
「そういえば、ユーゴ様もシャンプーのこと知ってらした」
「マイ様にはリンスはこれしかないのって聞かれたけど」
「どういうこと?」
「マイ様は今まで髪に直接つけるリンスを使っていらっしゃったそうよ」
「何それ」
「え、違うの?」
ソフィーと俺の声が被った。
「レン様、知らなかったんですか?」
「あ、いや、俺も直接つけるもんだって思ってたから」
じゃあ、どうやって使うんだ?
顔に出た疑問にペネロペが答える。
「桶に入れた水にちょっとだけ入れて薄めて、それに髪の毛を浸すようにして馴染ませた後、すすぐんですよ」
「へー」
「やっぱりちゃんとお教えするべきでした」
「まぁ、あの時は無理だったと思うけど」
言うと、ペネロペの顔がまた赤くなった。
なので、話題を変える。
「で、俺の国とシャンプーに何か関係あるの?」
「はい。シャンプーとリンスって聖女様から広まったって言われているんです」
「そうそう。聖女様のお話に書いてあった」
赤面したままぷいっと横を向いたペネロペに代わってフローレンスとソフィーが答えてくれた。
「聖女様のお話?」
「前の聖女様のことが書いてある本とか絵本のことです」
「ほとんどの女の子はそれを読んで聖女様に憧れるんですよぉ」
「シャンプーだけじゃなくて、本になる紙とか、本を作る時の印刷とか」
「他にもいろんな料理とかお菓子とか化粧品とか」
「それにご自分で商会も作られたんですよ」
本好きなのかな? 下剋上しちゃうの?
「あ、じゃあ、レン様も何か教えてくださいよ」
「うーん。そのうちな」
「けち」
けちと言われてもなぁ。
異世界もので現代の知識や技術を駆使して、農業でも工業でも商品でも料理でも組織でも革命的な何かを作るのはよくある話だ。でも、その主人公はちゃんとそういう知識や技術を持ってるからできるんだよな。
実際自分がそういう立場になった時、じゃあ何ができるかってなるとちょっと思いつかない。今だって、シャンプーとかリンスとかどうやって作ってるのか全然知らないし。それこそスマホでもあればいろいろできそうなんだけど。
※ ※ ※
「ええと、その……」
俺が着ていた服を入れたバスケットを足元に置いてペネロペが口ごもる。
……ここはちゃんと言っとくべきだよな。
ふぅと息を吐いて覚悟を決める。
「あの、ペネロペ……。『夜のお世話』のことなんだけど」
途端にペネロペの緊張が伝わってくる。
「あ、誤解するなよ。して欲しいわけじゃなくて、昨日のあれ、無理に言ってる気がしたから、もしかしたら誰かに強制されたんじゃないかなって思って」
ペネロペが下を向く。サイドテーブルの灯りが影を作ってその表情はわからない。
「ごめん。言えないことだった?」
「……いえ。大丈夫です」
ペネロペは下を向いたまま、そう答えた。
「エマさん、使用人をまとめている人なんですけど、その人に言われました。お客様にそう言いなさいって」
「そういうのってよくあるの?」
「な、ないです! 私、そんなことしたことないです! 初めてだったんです! あんなこと言われたの」
ガバっと顔を上げて超高速で両手を振って否定する。
「ああ、ごめん。それはわかってるよ。じゃなくて、この国では普通にそういうことがあるのかって言う意味」
「ま、まぎらわしいです」
「悪い」
「ええと、『お世話』のことでしたね。一緒に働いてる子たちが言ってるのを聞いただけなんですけど、王宮とか貴族の館だと時々あるみたいです。平民の使用人がお客様の『お世話』をするのって。でもここはそういうお客様って滅多にいらっしゃらないし、今まではなかったと思います」
「ふーん。それじゃあビックリしただろうね」
「そりゃあもう」
「ソフィーはやる気満々だったけど?」
そう言うと、ペネロペはふっと目を伏せた。
「私たち平民の娘ですから、たとえ愛人でも貴族の方と一緒になれたら、それまでよりずっと良い生活ができるんです」
そして、「それが幸せかどうかはわかりませんけど……」と、眉を下げて微笑んだ。
「それに、あの子はお客様、勇者様のためにわざわざ王都から来たみたいですから」
「王都から?」
「はい。ソフィーとフローレンスは王都にある王宮で働いていたそうです。ここに来たのはレン様たちがいらっしゃった前の日ですね。だからたぶん勇者様と聖女様のお世話をするために呼ばれて来たんだと思いますよ。じゃなきゃ、普通王宮からこんな所に来ないですよ」
「ふーん。じゃあ、ペネロペは?」
「私は、昨日の夕方に急にエマさんからお客様が一人増えたからお相手しなさいって言われました」
あ、それ俺のことだわ。
「厨房も、急に夕食にしろだとか一人分増えたとかで大慌てになってましたね」
「ふふふ」と思い出し笑いをしていたペネロペが俺に向き直った。
「そのお客様がレン様で良かったです」
「俺もペネロペがメイドで良かったよ」
「めいど?」
「あ、いや、小間使いだっけ?」
「レン様って、時々変なこと言いますよね」
「ほっとけ」
「ふふふ」と笑うペネロペに俺も向き直った。
「ありがとな。言いにくいこと教えてくれて」
「とんでもございません」
「あと、もう一度ちゃんと言っておくけど、俺は『夜のお世話』なんて望んでないからな」
「はい。それはわかってます」
そう言って彼女は微笑んだ。サイドテーブルの灯りがそれを明るく照らしていた。