Muv-Luv change the Alternative ~advent of crimson glint~ 作:傍観者改め、介入者
1998年7月7日 夜 九州防衛ライン
ついにその日は訪れた。
『コード991発生! 繰り返す! コード991発生!!』
『現在対馬海峡にて多数のBETAを確認。後続規模不明!! 計測限界を超えています!!』
日本海を哨戒中の艦隊がついにBETAと接敵。無数の軍団を形成し、九州に進路を取っているようだ。
「「!!」」
「!!」
キラとアスランが同時に立ち上がり、慌てて田上少尉も立ち上がる。ついに戦術機の出番だと二人は悟る。
「—————どうした、田上少尉。作戦開始だ」
「この天候では————まともに海軍は————まずいです、これでは陸上部隊が展開できるかどうか————」
それを聞いたアスランとキラは悟る。このままではまともな態勢を取れることなく、BETAの波に飲み込まれると。
————仕方ない
「アスランは九州防衛を引き続きお願い。僕の方は対馬で粘ってみる」
キラは、台風が去るまでは自分が進軍を遅らせると提案したのだ。
「ば、バカ野郎!! 相手は無数の計測値を超えた集団だぞ。いくらストライクフリーダムと言えど————」
「そのための広域殲滅型だよ。僕とストライクフリーダムは、瞬きのうちに100は殺せる」
それは純然たる事実だった。キラの力ならそれぐらいはできるだろう。
しかし、と尚も食い下がろうとするアスランを手で制するキラ。
「—————今は拾えるものを拾おう、アスラン。その為の僕らの派遣なのだから」
ついに、戦場の掌握者が動く。四将軍最強の実力を見せつける時が来た。
その報告は九州司令部にも届く。
「田上少尉!? これはどういうことだ?!」
司令官はキラ・ヤマトが暴風空域の中の先行出撃を聞き、信じられないといった様子だった。
「キラ・ヤマト中佐は暴風が過ぎ去るまで、対馬海峡を越えて侵攻するBETA軍の遅滞を敢行します。独立行動権を与えられているとはいえ、申し訳ない。いきなり足並みを乱すことになってしまい…‥」
アスランは能面な表情で改めて説明する。しかし司令官として、それは最善手の一つだ。この嵐の中ではまともに軍が機能しない。
九州司令部も、それは理解している。だからこそ、その予測に対し次の一手をとったキラを責める気にはなれない。むしろ、彼の一手こそが犠牲者の数を左右するかもしれないのだ。
「————嬲り殺しになるよりはましか————中国地方の避難の状況は!?」
そして懸案の避難民の状況はどうなっているのかを尋ねる。あれだけ輸送艦を配備したのだ。その結果があまりにも芳しくなければ絶望的だ。
「まだ完了しておりません!! 東海地方から発生している空前の大渋滞の影響で、陸路の交通網がマヒしつつあります!! 現在、手の空いた輸送艦が急行している状況です!!」
陸路における避難の交通整備は崩壊しかけている。何とかバックアップに回るフラガ家ではあったが、九州、四国のような落ち着いた状況ではない。何しろ本格的な侵攻が始まっており、九州がどれだけ粘れるか、どれだけ九州でBETAを削れるかだ。
「狭間少将!! 中国地方に一部のBETAが侵攻中!! 一部兵站が破壊され、島根は既にだめです!! 状況混乱! 連絡がつきません!」
最悪のシナリオがいきなりできてしまった。恐れていた中国地方の防衛網を強襲されるという事態。アスランはその瞬間ガルム中隊の繰り上げを真っ先に考えた。
現在四国から第二帝都への避難民の回収がほぼ完了し、引き揚げつつある第七艦隊の一部を動かすことも視野に入れるが、状況は待ったなしだ。今からでは間に合わない。
「!!!」
田上少尉は顔を青くした。側面からの不意打ちを食らったのだ。大軍ではなかったから幾分ましだが、これで兵站が瓦解すれば、帝都防衛どころではなくなる。
————くそっ、ここで今動くわけには、
アスランはキラが時間を稼いで守り通す手筈の九州を見捨てることはできない。局地戦闘を強いられる彼にはここを去る選択肢が存在しない。
—————頼む、キラ。早く暴風雨とともに帰還してくれ
単独での戦闘能力だけでは、もはやどうにもできない規模。歴戦の猛者でも、生き残ることは出来ても、守り切れないかもしれない。
その報せは、京都に居を構える将軍家にも知らされた。
「九州がすでに戦闘区域に。そして、臣民はすでに避難先に送り届けられたということですね」
「ええ。光線級のレーザーが減衰していたことが不幸中の幸いでした。これより中国地方へ進路をとり、疎開幇助を行うようです」
ウェイブ・フラガは即席の司令基地を構築し、避難活動を仕切っていた。いざという時は、その近くに鎮座している愛機とともに京都を守る覚悟だ。
「—————其方も、戦場に出るのですか? 課せられた役目は、救助だけのはず。戦士ではない其方が—————」
悠陽が心配そうな表情でウェイブを気遣う。
「これでも、オーブの影の軍神に鍛えられた身です。避難の時間を稼ぐことぐらいは出来ますよ」
ニッと笑うウェイブ。そんな御曹司の姿に、
「おいおい、浮気はいかんですぜ、大将!」
「そうですぜ! 前線にいる友人にも言えますか、それ!」
「失敬な! 俺のアタックする相手は一人だけだぞ!」
愉快な仲間たちの軽口が飛び交う。彼らもまた、京都で戦っている。錯綜する情報に左右されず、広域データリンクを利用し、気象情報に合わせた最短ルートを指定する。
「———————」
恭子は、そんな真剣な予断の許さない状況下で、自分の役目を果たすウェイブに心強さを感じていた。
————戦うことだけではなく、守る為の戦い。それを真剣に行える貴方は素晴らしいと、
こんな人に一目惚れされるほど、自分は高尚な人間ではないというのに。
————貴方のお声に応えられないこの身が、恨めしい限りです
「—————それに、キラさんが対馬で頑張っている。あの人の砲打撃戦闘は、世界最高だ。絶対に負けたりするものか」
信じている。最強が多くの人間の命を、未来を救うと。
対馬に急行したキラ・ヤマトが見たのは、対馬を覆いつくさんとばかりに迫るBETAの大群であった。
「こんな、これほどの物量!」
荒れ狂う大海原の下には、やはり奴らの影が見え隠れする。むしろ、ガンカメラを備える彼はその先が見通せてしまう。海底を埋め尽くする奴らの大群を見て、キラは自分の判断が間違いではなかったと確信する。
その時警報が鳴る。それは光線級の初期照射である。それを難なく躱すキラだったが、無数の光の束がキラの乗るストライクフリーダムに襲い掛かる。
「くっ!! しつこい!!」
ハイマットフルバースト状態に形態変化したフリーダムの高速砲打撃戦闘がさく裂する。
同時にすべての誘導兵器スーパードラグーンを展開。初回から全力だ。
「マルチロックオンでどこまで削れるか分からないけど!」
モニター上で次々と個体群の中心部をロックオンしていくキラ。端数をロックオンしても意味がないと判断したキラは、座標を設定し、着弾による爆風で蹴飛ばすつもりなのだ。
しかし、尚もレーザーの嵐が襲い掛かる。それをビームシールドで防ぎつつ、ロックオンを完了させる。
「いっけぇぇぇぇぇ!!!!」
ストライクフリーダムより放たれる無数の光。それが辺り一面を広範囲に照らして見せたのだ。ストライクフリーダムの同時攻撃。それはレーザーが飛び交う間も続く。
「くそっ、相打ち覚悟なのか!!」
回避しきれない攻撃をシールドで防ぎつつ、キラは砲撃を続ける。ここで自分が倒れれば、まともに迎撃行動のとれない九州が嬲り殺しにされる。
アスランのライトニングジャスティスでは生存は可能でも防衛は出来ない。
ここで自分が踏ん張る時なのだ。
そしてキラは最優先目標を光線属種とし、次点で要塞級とした。その目論見は正しく、残存する海軍、陸軍でも対処が比較的容易な個体群の撃破に集中することが出来た。
そして、キラの初回からの全力砲撃は功を奏した。
一瞬にして100を超えるBETA群が灰塵と化すファンタジーな光景が断続的に続くのだ。今の今まで苦汁をなめてきた相手が一方的に殺戮されていく光景は、否応なく彼らの士気を向上させた。
BETA戦闘におけるハイスコアに迫る戦績は、凄いものだと言えるだろう。しかしそれでは足りない。
戦績を残しても、守れなければ意味はない。尚も後続の集団が対馬に襲い掛かる。
「こい、化け物ども!! 僕たちの壁はそう簡単ではないぞ!!」
本土襲来の前哨戦というべきなのか。対馬へと殺到するBETA群を相手に孤独な戦いを強いられるキラ。しかし、そんなことで彼が負けることなどありえない。
戦場の掌握者は、抵抗を止めない。仮にその戦場が掌握することすらできない地獄であっても。
その様子を見ていた日本帝国海軍は、異星人のたたき出す戦闘行動に驚愕する。
「この悪天候の中であれほど動ける戦術機が—————」
山口提督は信じられないものを見て、興奮を隠し切れない。あれほど頼もしい味方が帝国の為に力を貸してくれている。当初はたった2機で何が出来るのかと頭を抱えていたものだが、それは大きな過ちだったようだ。
—————これが、連邦随一の衛士、戦場の掌握者、キラ・ヤマト中佐か。
だが、そんな彼でさえ、BETAの全てを叩けない絶望感が戦場に蔓延し始める。対馬に殺到するBETA群を捌きながら、対馬にて展開していた海軍の撤退を支援しているのだ。一人で無謀ともいえるBETAの大群を相手にしつつ。
それも光線属種多数の高度制限下の中で、完全飛翔によるレーザー回避をしながら。そして今の今まで一発の被弾もない。
だが、戦術機軌道では素人の山口艦長でもわかる。あれほどGによる負担の大きい戦闘スタイル。あれを長時間行うことはかなりのリスクがあることも。
そんな超絶高速機動を維持しながらの砲撃戦闘は、キラにとってもリスクでしかない。
このまま彼一人に重荷を、覚悟を、命を背負わせるわけにはいかない。一人の軍人として、一人の男として、死力を尽くす彼に恥じぬ戦いをしなければならない。
乗組員たちも奮い立っていた。彼だけに背負わせるわけにはいかないと。
「この国の未来は我々が守る。彼だけに負担をかけさせるな!! 砲打撃戦用意!!!」
「これより我が艦隊は直接打撃による対BETA戦闘を行う!! 総員奮起せよ!! 暴風を耐えれば外海より援軍は来る!! ここが正念場だ!!」
キラの乗るフリーダムが戦意を向上させ、帝国海軍も奮起。対馬に殺到するBETAを撃滅し、第一波を完全に殲滅することに成功する。
その報せは帝都にも届き、経済の中心である東京にも行き届いていた。
~第二帝都・東京 首相官邸地下 危機管理センター ~
「そうか、何とか第一陣は収まったか…‥‥」
その報せを聞き、深く息を吐いたのは瀧元官房長官。悪天候により、台風とBETAが横並びで進軍する恐ろしい現実の前に、九州は待ったなしの状態だった。しかし、地球連邦軍4将軍筆頭、キラ・ヤマト中佐による単独での対馬防衛戦で多くのBETA群を狩り尽くし、予定されていた第一陣を、九州陥落に到達する前に迎撃するという離れ業を実現した。
それは、今の帝国にとっては大きすぎる猶予だったのだ。
この悪天候という天の差配で多額の税金を投入した国防計画が泡のように弾ける現実が迫っていたが、たった一人の男の介入によりそれが回避されたことで官僚たちも胸をなでおろしているようだ。
—————肝心なのはこの猶予をどう使うかだろうに
「これで、何とか最悪のシナリオは回避できたな。ひとまずは」
アポイントを取って彼と会合をしているのは、与党の一議員である佐埜康成である。滝元とは知らぬ仲ではない。
「ああ。だが、中国地方における兵站の一部崩壊は見過ごせない。BETAが戦術を変えて中国地方への襲来を本格化すれば、九州、対馬の奮闘もすべて無駄になる。四国よりも帝都が戦場になる方が早くなるやもしれん。それだけは回避せねば」
予断は許されない。九州の初期対応は彼のおかげで最悪にならずに済んだが、中国地方で思わぬマイナスが出来てしまった。これでもし先に中国地方の防衛戦が陥落すれば、南西に展開する防衛網が挟み撃ちになるのだ。
「在日米軍の方は、一応はまだ仲間として戦っているが、この分だと戦術核を使われるというリスクも、ないのではないか?」
「連邦政府の出方を窺っていると、とみていいかと。彼の国も彼らの力をお手並み拝見といったところか。驚愕しているだろうな、この思わぬ戦果は」
滝元経由でも、アメリカの動揺は伝えられていた。彼らは当初2機だけで何が出来るのかと帝国同様に連邦の派遣に懐疑的だった。しかしふたを開けてみれば対馬での第一陣の殲滅。
—————ファンタジーが地獄に顕現した。
その報告はアメリカ本国にも届いているだろう。
「だが、第二陣、第三陣も当然予想されている。そちらはどうなっているんだ?」
「いや、観測班からの情報では、予想された襲来物量を大きく超えているとのことだ。何が想定外だ、馬鹿者が。奴ら相手に想定内という言葉があるというなら教えてほしいものだッ!」
そして断続的な九州への襲来が起き始め、キラとアスランは九州に封じ込められてしまう。
後に、九州を見捨てる判断が出来なかったことが、中国地方での惨劇の要因につながることを、今はまだ誰も知らない。
目の前の命を救う。その言葉は綺麗だが、二人は理解しきれなかったのだ。
なにも戦場だけが、1人を救うよりも、その時間の間に失われる人数の方が多いというわけではなく、
蹂躙を許した大地が、取り残された民草がどうなるのかを、思い知ることになる。
帝国が予期していた第二陣,第三陣がほぼ同時に襲来。キラたちは絶望的な物量を投入する敵と戦い続けるしかなかった。
その戦いの最中、彼らとの連絡が途絶。原因は台風と重金属雲による電波障害か。
しかし、奮戦を続ける日本海側に展開した海軍と、単独出撃を試みたキラからの連絡が途絶えたことは、少なくない動揺を帝国軍に与えることとなった。
さらにそんな状況下で、第四陣と第三陣の生き残りが合流し、とてつもない物量の群勢が対馬を襲来している、というところまでは聞き取れたが、それ以降の報告がないのだ。
「—————暴風の恐れはなくなったか。だが、対馬海峡の海軍と連絡がつかないぞ」
「—————くそっ、第一陣は防げても、複数は厳しいか」
「もしや、あの艦隊と連邦の機体が——————」
その時だった、対馬で孤軍奮闘していたキラ、対馬海峡に配置された艦隊が撤退したとの報告を受けた。
「すまない。第四陣以降は阻止できなかった。こちらの砲弾は完全に尽きた、三日間の全力戦闘で、青き翼のパイロットも、疲労困憊だ。後は任せる」
第二陣、第三陣の大半の撃破に成功。これだけでもキラの名声は天井知らずではあったが、パイロットは既に疲労困憊。彼とともに果敢に砲撃を行っていた艦隊は砲弾が完全に消失。損耗こそ中破以下に抑えられたが、それでも激戦であったことに間違いはない。
彼らの想定外は、第四陣と、鉄源ハイヴ以外から侵攻するさらなる増援だ。つまり、予期されていた鉄源ハイヴ以外からの物量は、予測されていなかった。
大戦果ではあった。しかし、彼らは勝利することが出来なかった。
なお、その間に暴風域は防衛拠点外へと移動し、九州、中四国兵站は復旧を開始。しかし—————
キラ・ヤマトが三日間で第三陣までの計測限界を超えるBETA群を打倒しても、さらなる増援が帝国本土に侵攻。未だに尽きない彼らの物量の脅威は、連邦政府に衝撃を与えた。
連邦政府は、BETAの存在を甘く見ていたのだ。すぐさまキラは母艦に収容され、集中治療室に搬送となる。長時間、Gの負荷を受け続てけており、体に強い負担がかかっていたのだ。
勿論、かかりつけの医者であるドクターハサンはストップをかける。ハサンはキラが少年の頃から戦う姿を見てきた。かつてと同じ危険な兆候だと警告をする。
「すぐにでも出たいけど、それが厳しいのはわかります。しかし、僕はもう一度戦場に出なければなりません」
断固として首を横に振らないキラ。最終的にハサンは折れ、出撃後のインターバルを長くすることで妥協するのだった。
アスラン・ザラ中佐は前線の位置に陣取り、対BETAの先陣を切る覚悟を決めている。親友が稼いだ時間を、次につなげるために、彼は必ずこのバトンを自分ではない誰かに託すつもりだ。
——————本土防衛は避けられない。だが、少しでも負担を軽くしたい。
その海岸線での激戦は、かつての元寇を彷彿とさせるものとなった。自らの故国を守るために、多くの武士が結集した。その時の相手はアジアを当時席捲していた元ではあったが、今まさに帝国を飲み込もうとしているのは、人類滅亡を招きかねない怨敵。
これが初陣となる田上忠道は、斯衛軍第22機動中隊、通称ランサーズ中隊に編入され、眼前に迫ってくるであろう怪物たちを待ち構えていた。
「———————————————————」
静かに、慌てず、そして絶望せず。彼は静かに戦場に立っていた。先に出撃し、大戦果を残している彼が生きている報せを聞き、次は自分たちが奮起する番だと。
「新入り。いい感じじゃないか。これは頼りになりそうだな」
新しく同僚となった彼らは、新人兵士の自分を温かく迎えてくれた。だが、自分に求められていることは大きいことを知る。
「今浮足立ったところで、奴らは必ずここに来るでしょう。私の譲れないもの、私が身命を賭して守るべきものが、東にはあるのです。臆しても、折れることは出来ません」
彼とエレメントを汲むことになった中年の男性は、田上少尉の言葉を聞き、笑みを浮かべる。大陸での戦闘が激化し、損耗の被害だけが増す中、男の数が少なくなり、彼とともに衛士訓練校を卒業した者はいなくなった。
彼が卒業し、初陣を果たした瞬間に5人が死んだ。絶望的な大陸での戦闘を繰り返しながら、自分だけが生き残ってきた。
「なるほど、一理あるな」
だからこそ、中々骨のある若者、しかも男がやってきたことで、少し懐かしい気分となっていた。
そんな大崎という男、戦場での生還率とキルスコアを評価され、大尉にまで昇進した現場からの叩き上げである。ゆえに、田上の気概を見て、昔そういうやつが中隊や周りの部隊にはいたなと懐かしく思う。
「大崎のおじさまは、久方ぶりの新入り君にご執心かな? まあ、すっかり紅一点ならぬ、ほぼ黒一点だったものねぇ」
大崎と呼ばれた中年の男性に軽口を言うのは、中隊長を務める女性。譜代武家の当主らしい。
昔、まだ帝国軍所属だったランサーズの腕章も、相次ぐ激戦に次ぐ激戦で彼を残して全滅。そんな彼と一人だけの部隊になったランサーズを拾ったのは、彼女の父親だった。
彼は物理的に一匹狼となった天涯孤独の身の大崎を迎え入れ、ランサーズという部隊名も預かったのだ。ゆえに、幼少の頃から目の前の女性と大崎は親しい間柄である。
「——————あの、僕も一応男性なんですけど‥‥‥」
大人し気で眼鏡をかけた少年、吉田輝孝少尉は、新入りと大崎大尉の陰に隠れていることを気にしているのか、思わず声を出す。
「大丈夫、大丈夫! 吉田少尉のことも忘れてないって! 中隊一のしっかり者の貴方を忘れるなんてありえないわ」
「そうそう! 大まかなことは私たちに任せて、詰めの所はしっかり任せているよ、少尉♪」
中隊12機のうち、男性は田上少尉、大崎大尉、吉田少尉を入れて3人。後はすべて女性である。大崎大尉がまだ着任したころは、ランサーズ大隊と呼ばれる程に規模が大きく、衛士はすべて男性だった。
世界的に男性の数が減少しているのだ。軍隊の世界の中でも、女性が前に出なければならない事態はどこも同じである。
そして今、彼女らは目の前で伝説を目撃している。キラ・ヤマトのフリーダムを。そして、これから先その彼と同等の実力を備えるアスランの伝説を見ることになるだろう。
キラ・ヤマトとアスラン・ザラという異星の勇者がもぎ取ったバトンを、自分たちの番で失わせるわけにはいかない。自分たちで、絶やすわけにはいかないのだ。
そして、地獄がやってきた—————————————————
「兵器使用自由!! 怪物どもに、帝国の礼儀を教えてやりなさい!!」
目の前には海上から頭を出す大群。突撃級は猛スピードで上陸を目指し、殺到してくる。面という面が彼らに覆われ、まるで逃げ場などないと言わんばかりに見渡す海を覆い尽くしている。
だからこそ、面制圧に優れた支援砲撃が限りなく有効となる。
降り注ぐ鉄の雨、嵐、暴風。着弾、現着と共に爆発を引き起こし、周辺にいた怪物たちがミンチ同然の存在へとなり下がる。光線属種からの迎撃行動が見られず、レーザークラフトも確認できない。
「迎撃率0%。光線属種の存在、確認できません!!」
「レーザークラフトの兆候も見られません! 馬鹿な、対馬ではあれほど大量の照射があったにもかかわらず…‥‥観測班、もう一度よく確認しろ!!」
CPがもう一度状況確認を催促する。しかし、依然として迎撃率は0%であり、BETAはまともな対応をすることが出来ずにいた。当然のことながら、その弾幕の嵐に巻き込まれ、骸の数だけを増やし、福岡沿岸を鮮血で染めていく。
「反応在りません!! 光線属種の存在みられず!! まさか、まさかあの時に…‥ッ」
つまり、そういうことだ。
そうなのだ、あいつはやりやがったのだ。
「——————あの暴風雨の中、優先的に光線属種だけを撃破し続けたのか!? あの大群で、万を超えるキルスコアを達成した中で‥‥‥何という衛士だ‥‥‥」
「モラトリアムを掴み取った蒼き翼の英雄‥‥‥なんて奴だ」
さらに、先陣を切るライトニングジャスティスは高高度からの射撃で残りの光線属種を一手に引き受けていることも大きい。
福岡沿岸のはるか先にて彼は一人、親友が食べきれなかった光線属種の後始末に向かっていた。
ライトニングジャスティスは、確かにフリーダムに比べて広域殲滅能力は乏しい。それは絶対的な事実であり、アスランも認めているところだ。
キラがその性能を求めたのに対し、アスランが新たな正義に求めたのは、“全領域”だ。
雷鳴を携え、新たなる正義は“海中”へと飛び込んだ。赤い影が通り過ぎれば、BETAの存在は瞬く間に骸へと変わっていく。
ライトニングジャスティスの最たる性能は、特筆すべき近接格闘能力だけではない。
「悪いが、押し通らせてもらうぞ!!」
どの戦場においても先陣を切り、あらゆる環境でその力を示す存在。それが、新たなる雷光の正義。
その人馬一体の如く思うがまま操れる、ジャスティスの背部に装備しているフライトユニットは、ついに水の中で我が意を得てしまった。
さらに、新型推進システム「ヴァワチュール・ルミエール」にも改良が施され、その推進システムを武器としても利用できるのだ。
雷光を携えた正義の懐に入る前に、全ての敵は切り刻まれていく。ちょうど今、この瞬間のように。
フライトユニットに取り付こうとした要撃級が、緑色のリング状の円環に触れると同時に、スライスされていったのだ。モース硬度ですさまじい数値を誇る両腕部も、綺麗に切断されていく。
あのフライトユニットに触れた瞬間、周りの怪物どもはサイコロステーキのように沈黙していくのだ。
ファトゥム11の性能は、水中の中でも全く劣らない。むしろ、この状況下において限りなく有効な兵種と化していた。そのサポートユニットの性能は、あのムラサメの機動力を大きく上回る。
そんなチートもほどほどにしろよと言いたくなるフライトユニットは、目の前で舞を見せる雷光正義とともに蹂躙を断行する。
ファトゥムのレールガンが前面の道を作り、瞬く間にジャスティスが押し通る。水中の中で展開できないビームサーベルに代わり、サポートユニットに収納されていたビーム重斬刀を両手に備え、隠し刃となる脚部ビームクロー。
回し蹴りで要撃級らの首があらぬ方向へと飛んでいく。水中というある制限された状況下で、突撃級の突撃を容易に跳躍して回避し、足場とする。
その度に、正義の周りに光が溢れる。その光は敵に対する刃となり、時には正義を助けるスラスターに変化する。
海の中で舞の如く、そしてその苛烈さは全く失わずに、ジャスティスは一方的な蹂躙を続けている。
「俺はキラと違って加減が出来ないからな。生きて帰ると思うなよ?」
ついにアスランは、大軍の最後尾にまで進出し、機動力の遅い光線属種、要塞級の戦闘海域にまで進出していた。座学でジグルドから教わった特に脅威となる存在。あのキラが先に潰しておきたいとつぶやいていたほど厄介な怨敵。
「その鞭のようにしなる攻撃は、多角的な攻撃、反応速度を誇るが——————」
しかし、距離をとればその攻撃は当たらない。その攻撃範囲の外ならば、一転して無力な存在となる。
「———————海中ではビーム以上に減衰しているようだな、そちらの代物は」
光線属種がジャスティスに照射を開始するが、その威力は水中で限りなく減衰されてしまい、届くことはない。重光線属種ならば、海面を突き破ることがある程度の深度ならば可能だろうが、まだ周辺のハイヴは欧州よりも幼いため、彼らの存在は作れない。
そんなことを知る由もないアスランは、確実に距離を取り、ファトゥムの射撃兵装で目に見える要塞級を殲滅し、ほぼ無力化された光線属種を殲滅することに成功していたのだ。
「——————残る奴らの種別は、戦車級、要撃級、突撃級、その他小型種か…‥」
全身が文字通り凶器と化し、水中という機動力を制限された場所であっても、全身に新型スラスターを内蔵した正義の前では、でくの坊と変わりなかったのだ。
ZGMF-X-09A ライトニングジャスティス
全長 19m
重量 70.7t
装甲強度:原作と同様
武装 原作と相違あり
・ビームキャリーシールド改
ビームブーメラン、ワイヤーアクションがオミットされており、ゲイツの流れを汲んだビームクローが内蔵されている。これはアンカーとして射出することも可能なため、トリッキーな兵装となっている。
・ビーム重斬刀
腰部にマウントしてあったビームサーベルをオミットし、水中でも戦闘可能な実体剣、高出力ビーム発生装置を内蔵した近接武器。ツインカリバー形状と、連結して使用するダブルカリバー形状を選択可能。
オミットされたビームサーベルの収納先は、両肩部へと変更されている。
・新システム フルセイバーフォーム
ジャスティスの各部位に内蔵している推進システムと、機体出力を通常の3倍にはね上げる強化状態。と説明しているが、単なるリミッター解除である。
アスランが考案した新システムは当初、水中での戦闘での即応性を求めたのが契機だった。しかし、開発と同時に水中以外の大気圏、宇宙空間での戦闘の場合、通常のMSを遥かに凌駕する即応性を発揮することが判明。
あらゆるMS相手に「速さが足りない」と宣言できる攻撃速度を実現した。
全身がほぼ凶器と化しており、フルセイバーフォーム状態では全身から光刃が発生し、ジャスティスの周囲は斬撃の嵐となる。
なお、フルセイバーフォームの機体即応性、瞬間加速はフリーダムのそれを遥かに凌駕しており、絶対に近接格闘戦を挑んではいけない最強最高の機体である。
キラ・ヤマトはガンカメラの演算予測で、それに対処可能となっているが、やはりフリーダムでは近接格闘戦においてかなり分が悪いと彼も証言している。
量産機であるリゼルに搭乗し、被弾なしで制限時間内まで生き残ったジグルドが現れるまで、模擬戦で相手にしたくない相手ナンバーワンだった。ジグルド本人は「もう二度と模擬戦相手として遭遇したくない」と述べている。
・ファトゥム11
サポート兵器だが、こちらも前進凶器で新型推進システムを採用。レールガンあり、ビームありと、重火力と、機動性、斬撃能力、突貫能力のあらゆる性能を兼ね備えたバグ兵器。