うる星やつら めぞん一刻 二次小説 19回目の神経衰弱 作:今津晶
「それでだ、何故にお前は当然のごとく我が家で朝飯を食っているかな?」
朝目覚めると諸星あたるは甚だ不愉快な光景に遭遇した。
いつものように三宅しのぶがエプロンを着用して自分の部屋の台所に立っている。
コトコトと煮られる味噌汁や焼けている魚の匂いがぼんやりとした頭に浸透していく。
──それはいい。
問題なのは自分が眠っている布団を部屋の隅に押しのけ、堂々とちゃぶ台の上に朝食の皿を並べている男だ。
「何故、とは?」
味噌汁をすすりながら、男が不思議そうに返す。
「ここは俺の部屋で、そのちゃぶ台は俺のもので、その食材は俺としのぶが買ってきたものだ」
「ははは、さもしい奴め」
「どっちがだ!!」
あたるが投げつけた枕を、男──面堂終太郎──が首を引っ込めて避ける。
とりあえずはいつも通りの朝の光景と言えよう。
騒がしい様子に、自分とあたるの分の朝食を用意していた少女、三宅しのぶは溜め息を一つ吐いた。
「ほら、2人とも大人しくして。朝ご飯に埃が掛かるでしょう?」
現在19歳。
『少女』と呼ぶには少々語弊があるような年齢だが、この娘にとっては問題が無い。
高校生の頃から変わらない風貌、出る所が出ていない胸、腰、あまり引っ込んでいない胴、すなわち寸胴。
どこをどう取っても少女という他のない3年後の三宅しのぶであった。
「あたるくんも別にいいじゃない。面堂くんにはお世話になっているんだし」
「それとこれとは別だろう、多分」
「はっきりしない奴だな」
大学に入ってから前髪を下ろしている面堂が余計なことを言う。
あまり高校生の頃から変わらないあたるとしのぶの2人とは異なり、面堂の挙動は確実に大人びてきている。
もっとも、それは確実に『荒んだ』といわれるべき類の変化ではあったが。
「元はと言えばお前が・・・」
この機会に、とばかりに普段からの面堂に対する憤りをぶつけようとするあたる。
高血圧というよりは、多少寝ぼけた上での行動のようだ。
「はい、あたるくん。ご飯」
「ん」
それを知っているしのぶが気をそらさせると、あたるはあっさりと朝食に集中した。
あたるの扱いにかけては右に出るものがいないとされる三宅しのぶならではのタイミングと言えよう。
そして面堂はそんな2人を尻目に味噌汁を啜りながら新聞を読んでいる。
育ちは良いはずだが、実家を出てからの1年あまりで随分と庶民的な学生生活に馴染んできたようだ。
意外と行動に品が無い。
「しのぶ・・・」
「なに?」
お新香をあたるの前に置いていたしのぶが手を止める。
「俺は白味噌が嫌いだ」
「それで?」
「ついでに味噌汁にもやしを入れるのも嫌いだ」
「・・・・・・それがどうかしたの?」
キッ、としのぶがあたるを睨み付ける。
「どうもしません」
恋人兼幼なじみの怖さを知る諸星あたるはあっさりと折れた。
「面堂くん、今日は1限から?」
「ええ、出席は取らないんですけどね。好きで受けている講義ですから」
「酔狂なこった。必要も無い単位を取るのなんかご免だね」
しのぶと2人で1匹を分け合っているアジの開きに添えられた大根おろしが辛い、とケチをつけながらあたるが言う。
ちなみにあたるとしのぶの朝食は基本的に和食。
ご飯と味噌汁は別々で、魚のようなメインのおかずは共有。
お新香は面堂も一緒に食べることになっている。
「わたしとあたるくんは午後も授業があるけど・・・」
「僕は3・4限までですね。帰りは遅くなります」
「またバイトなの?」
「ええ、働かないと食べていけませんから」
「ただ飯のくせに・・・」
「あたるくん、そういうことを言わないの」
面堂終太郎──。
日本でも有数の財閥、面堂グループ総帥の御曹司である。
そのはずだが、大学に入学してからここ1年ほどの間は日々の生活に追われるようになっている。
風呂無しトイレ共同の安下宿に住んでいたり、あたるとしのぶに毎日のように食事をたかっているのはそのためだ。
大学に入る際、面堂の父は4年分の学費を前払いして息子を家から追い出した。
「自分1人を食わせることができないで、どうして多くの従業員たちを食わせていけるか──」
どうも面堂家には家督を相続する前に武者修行に出なければならないというしきたりがあるらしく、この場合は代わりとして4年間自活することになったのである。
ちなみに、それ以来面堂家からの終太郎に対する接触は一切無い。
家を出る際には金が足りなくなったら貰いに帰ろうと軽く考えていた面堂だが、その点父の徹底ぶりに感心してしまうくらいだ。
とはいえ冑首の1つも持ち帰らなければならなかった室町期などに比べると代々の武門、面堂家の伝統も随分と温くなったといえる。
「面堂、今何のバイトやっているんだっけ?」
「女を騙してる」
あたるとしのぶは聞かなかったことにした。
3人が住んでいる下宿から学校までは徒歩では少し遠いけれど、自転車ならばあっという間の距離だ。
10分も掛からない。
そのため余裕がある時にはには散歩てがらに歩いていくこともある。
とは言うものの、今日は1限から授業があるために大急ぎだ。
「いってらっしゃい」
3人が住んでいる下宿屋は僅か6部屋だが、専任の管理人がいる。
ご近所でも有名なすっごく美人の管理人さんで、名前は五代響子さんと言う。
生粋の女好きである諸星あたるや面堂終太郎にとっては非常に残念なことに既婚で子持ちだったし・・旦那さんとのおしどり夫婦振りは評判であったほど。
管理人さんの夫曰く、結婚できるまで大変な恋物語を経たとの事。もしも詳細な日記でもあれば面白いかどうかは別にして長編小説を執筆できるくらいだそうである。
特にしのぶとは仲が良く、管理人さん夫妻に用事があるときには幼い娘を預かることもある。
「いってきます」
しのぶは分不相応に広い庭を掃除している管理人さんと挨拶を交わすと、管理人さんの飼い犬を構っているあたるの耳を引っ張った。
「時間が無いのよ、あたるくん」
「管理人さん、今朝もと~ってもす~んごく綺麗ですね」
基本的に、美人を見ると放っておくことができないというあたるの性格は3年経っても変わらない。
恐らくは一生変わることがないのだろう。
「あたるくん!! いくわよ!! 管理人さん、すみません・・・」
「いいえ、しのぶさんも大変ですね」と管理人さんは優しい。
「諸星、この節操無しが」
「お前に言われたくはないぞ・・・」
管理人の響子さんに見送られながら3人は自転車に飛び乗る。
距離そのものは短いものの、手強いのが途中の傾斜だ。
地名を『時計坂』というくらいなわけで、高校を卒業して1年余り。
それが同時に体育の授業がなくなった期間を意味する3人には堪える。
「足がふらふらするなぁ・・・」
信号で止まった所でしのぶが弱音を吐いた。
「オバン」
「あたるくん、夕飯抜き」
「嘘です、お姫さま」
一旦坂を登り切ってしまうと、穏やかな街並みを一望することができる。
5月の陽射しが優しく降り注ぐ。
3人の前方から遅刻しそうなのか、大慌てで自転車をこぐ高校生の姿が見えた。
駅から少し離れ、いくつもの住宅が立ち並ぶ。
幹線道路が貫いているために閑静とは言い難いが、それでもどこか心を和ませる街の風景。
別段人生が5センチでも、五線紙というわけでもないけれど。
ここまで来るとあたるたちが通う大学の木立を確認することができる。
東京近郊とあってそれほど広いわけでもないキャンパスだが、緑溢れる学び舎は それなりに3人の気に入っているところだった。
「おはよ~」
学務の前で面堂と別れると、あたるとしのぶの2人はぬかるんだ道を踏みしめてG棟へと向かう。
G棟は学部のその他の建物から離れたところに建てられており、冬になると異様な寒さを 体感することのできる施設だ。
とはいえ5月ともなればそう寒さを感じることもなく、日当たりの悪さもデメリットになることはない。
むしろ、春に伴う眠気が制限されるだけ学業に好都合と言えようか。
もっとも、夏になると風通しの悪いこの建物は学生の多量の汗を吸収することになるのだけれど。
冷房など無い、貧乏学部の本領、ここに極まれり。
「おはよう、おはよう、しのぶ。諸星くんも」
教室に入ると、自然としのぶとあたるは男女それぞれのグループに分かれて講義を受ける習慣になっていた。
少し教室の中を見回すと、あたるにとって見慣れた顔が教室の後ろの方で漫画を読んでいる。
「おっす、コースケ」
「おう、あたるか」
「何読んでる?」
「メガネから借りた、漂流教室」
「・・相変わらずいい趣味だな」
大学生にもなってマトモに授業を受ける人間は少ない。
無論興味がある授業ならば別だが、この場合のあたるやコースケにとっては眠気を催すだけだ。
しかしこの授業は必須科目であり、しかも出席を取るために顔を出さなければ困ることになる。
そんなわけで朝っぱらから怠惰なムードを漂わせる2人だが、彼等には心強い味方がいた。
ノートを取る達人、三宅しのぶその人である。
「あたるくん、ちゃんと授業を聞かないと駄目だよ・・」
そんなことを言いつつも根がマジメなために講師の言葉をきっちりまとめて書きとめ、 家に帰ってからあたるに教え込む行動は予備校時代から変わらない。
ちなみにコースケもまた幼なじみの恩恵に服しているわけだが、テストが近づいたときにしのぶのノートのコピーを売りさばこうと思っているのは秘密だ。
悪行が露見したとき、片棒を担いでいたあたるは3日間の食事制限生活に入るわけだが。
あたるが又貸しされた漫画を読んでいると、いつのまにか『閣下』とあだ名された古参の教授が授業を始めていた。
「・・というわけで、所謂1年戦争はジオン共和国を名乗る売国奴が終戦協定を締結したことによって終結したわけだが・・・時間か」
閣下が出て行くと、あたるとコースケは荷物(主に漫画)をまとめて席を立つ。
「しかしあの禿頭、何の授業をしているんだか・・」
「全くだ」
「あたるくん、次はC1よ」
「・・出なくちゃ駄目か?」
「私1人で出席しろというの? あたるくんは」
別段次の時間に2人が取っている講義は出席を取るでもなく、試験の一発勝負で単位が認定される。
従ってあたるとすればしのぶがノートを取ってくれる以上、出席する必要はないのである。
「酷いんだ、諸星くん」
「極悪人よね」
「最低だな、あたる」
同じ学科の女子たちがあたるを一斉に口撃し始めた。
昔からそうだが、しのぶには女子の取り巻きが多い。
ちなみに最後のひと言は白井コースケの発言である。
「そこまで言われなくちゃいかんのか? 特にコースケ」
「ああ。ちなみに俺は行くところがあるから、これで」
「おい、コラ」
「ノートは頼むな」
白井コースケはあたるの言葉を無視して愛用の原付のキーを指先で回しながら去っていった。
コースケは下宿しておらず、友引町の自宅からかなりの距離を走って来ているのだ。
C1教室での3・4限の講義をしのぶの隣で寝て過ごしたあたるは、頭部への唐突な打撃によって目を覚ました。
「OUCH!!」
「いつまで寝てんのよ、あんたは」
見上げるとしのぶがかなり厚みのある教科書を抱えて怒っている。
ちなみにこれはこの授業の講師が自費出版気味に出したシロモノで、かなり分厚い。
「しのぶ、それで殴るのはどうかと思うぞ。しかも角で」
「あたるくんは殺したって死にはしないわよ。それでどうするの? お昼」
教室中は既にガラガラだった。
気が付けば12時を回っており、チラホラと次の時間の授業を待っている学生がパンや学食で売っている弁当を食べたりしているのが見える。
「・・待ってたのか?」
「当たり前でしょう? 何言ってんのよ」
「今から行っても、1食も2食も満員だな」
「誰かさんが起きるの遅いから。それに学食に行く必要はないわよ」
そう言ってしのぶはやけに大きなリュックの中からナプキンで包まれた2つの物体を出した。
「おおっ」
「いつも学食だと、お金がかかるから・・お弁当作ってきたの」
「大したもんだ、俺が寝ている間に作ったのか?」
やけに荷物が大きいと思ったら。
「それで、どこで食べようかと思って」
しばし、考え込むあたる。
「学食は混んでいるしなぁ、中庭にでも行くか」
そこはきっと、陽の当たる場所だから。
以下、次回