うる星やつら めぞん一刻 二次小説 19回目の神経衰弱   作:今津晶

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第2話  危機的状況

「洗濯物、終わり・・っと」

あたるたちの下宿の管理人である響子さんは一仕事を終えた達成感から笑みを浮かべた。

 

自分と夫、娘に加えてあたる、しのぶ、終太郎の洗濯も頼まれているためにかなりの量になるのだ。

管理人さんは前夫と死別したあとこの下宿の管理人に就任しており、そこで下宿人だった現在の夫である五代裕作という男性と出会っている。

 

以来7年が経過し、ようやく去年の春に再婚することになった。

ところが先日、娘も生まれて幸福の絶頂にあった管理人さんに訃報が伝わる。

下宿の所有者で・・・前夫の父親だった人物が亡くなったのだ。

 

それがつい2ヶ月前のこと。

元々その人物が道楽で経営していたようなものだったこの下宿。

全6室中4室以上が埋まってようやく黒字になるのだ。

 

いや、少なくとも管理人さんはそう聞いていた、というのが正しい。

実際のこの下宿の家賃は6世帯全部が支払ってもなお赤字であるくらいに安かったのだから。

管理人さんも薄々はその事実に気がついていた。

 

何しろ家賃の全額と自分の給料を比べると・・・殆ど差がなかったのだ。

管理人さんの義父にしてみれば形見分けのつもりだったのだろう。

子を成さずに夫を亡くしたため家での立場が弱い管理人さんに、生きているうちから下宿の実質的な所有権を与えておこうとしたのだ。

 

問題は・・管理人さんの義父がしっかりと遺言状に下宿のことを書き記す前に急死したことにあった。

管理人さんの婚家はそれなりの資産家である。

その当主の遺産にハイエナの如く群がる親族連中がおり・・既に再婚していた管理人さんは無視された。

 

そのこと自体を管理人さんは不満に思いはしない。

ただ、当然といえば当然だが、義姉と義姪を除く義父の遺族達が赤字経営の下宿の取り壊しを決したのが・・悲しかった。

もっとも、居住契約が存在するのに取り壊すことができるほど日本は無法地帯ではない。

 

その点、管理人さんの義父の遺族たちも別段酷な人物たちではなかった。

彼らとて前当主が愛着していた建物を無下に壊すつもりはなかったのである。

 

だが、極めてタイミングの悪いことに・・・丁度その頃、下宿には住人が1人もいなかったのだ。

元々下宿には5世帯が住んでいた。

 

1号室に飲んだくれの主婦を擁する一家である一の瀬、2号室に大学生である二階堂望、3号室が空室、4号室に謎の男性である四谷、

5号室に保父である五代裕作、6号室にスナックの店員である六本木朱美。

 

そのうち大学生が卒業して去り、スナックの店員が店長と結婚して去り、保父が管理人さんと結婚して管理人室に移った。

この時点で家賃を払っているのはわずか2世帯。

そのうえ謎の男性がいつの間にか姿を消し、飲んだくれの主婦の一家がもう少し広いアパートに引っ越すに及び・・誰も残らなくなったのである。

 

まさに是非とも取り壊して下さい、と言わんばかりな状態で下宿はそこにあったのだ。

 

 

この物語はこのようにして始まる。

 

自らの居場所を守りたいと思う管理人さんの響子さんとその夫の五代、幼い娘である春香。

彼らに残された道は下宿の住民を確保すること──最低でも、4世帯。

それが、管理人さんが義父の遺族に頼み込んで引き出した条件だった。

 

 

「酷いものだな」

 

3ヶ月ほど同棲していた・・・ヒモになっていた・・女性のマンションを追い出されて路頭に迷っている男がいる。

青年、名を面堂終太郎。

 

東京近郊にある大学の2回生である。

手元にあるのは三万円ほどが入った財布と愛用の日本刀のみ。

面堂財閥の御曹司・・現当主のただ1人の男子としては余りに惨めな姿だ。

彼がマンションを追い出されたことに深い理由は無い。

 

単に浮気が露見しただけのことである。

終太郎はつい先刻まで修羅場のただ中で冷や汗を流しており、追い出されたというよりはむしろ飛び出す形で女性と別れてきたのだ。

 

「終太郎!! ちょっと!! いるんでしょ!! 開けなさいよ!!」

 

・・・まだ先ほどの罵声が頭の中で連呼している。

まぁそんなことは終わったことだからどうでもいいとして、問題は今日の天気だ。

・・傘がない。雨だというのに。

4月の雨は、当然のことながら冷たい。

 

先ほどから屋根のついたバス亭で雨をしのいでいるものの、いつまでもこうしているわけにもいかないだろう。

これまで3回ほどバスの運転手さんが止まってくれたものの、その度に乗車する意志が無いということを示すという、傍迷惑なことをやってきた。

 

「どこに行くかな」

 

既に夕方だが、宿泊施設を利用できるほど金に余裕は無い。

かといって実家に帰れる立場でもなく、実のところ本気で困っていたりする。

それでもどこか余裕がある風情なのは育ちが良いためだろう。

しばらく考えた後、終太郎は次に来たバスに乗り込んだ。

 

 

「・・・それで、どうでしたの?」

 

管理人さんである響子さんは大いに困っていた。

その困り具合はむしろ終太郎よりも上だと言えよう。

何しろあと5日以内に住人を4人みつけないと下宿が取り壊されてしまうのだ。

 

1日頭1人。

ここ7年間で新規の住人が1人しかいない下宿としてはあまりに酷な数字である。

 

「駄目だったよ・・・教育実習に行ったときの娘たちに頼んだんだけどなぁ」

 

保父をしている管理人さんの夫はかつて教育実習生として管理人さんの母校に行ったことがある。

その際に数人の女子高生と仲が良くなり、そのつてで下宿人を探してもらったのだ。

 

結果は惨敗。

 

確かにどう考えてもこの下宿は今時の女子大生が住まうトコロではない。

 

「それで・・その・・・あの娘は?」

 

「ああ・・・駄目だった。本人は来たがってたんだけども、何しろ父親の反対が・・・」

 

教育実習をやっていた際、管理人さんの夫(とはいえ当時は大学生)に熱心に言い寄ってくる女生徒がいた。

結婚後も諦めていないらしく、時々下宿に押し掛けて来るのだから・・ある意味では見上げたものだ。大した根性をしていると言って良いだろう。

ただどこをどう考えても管理人さんの響子さんと保父である夫の裕作の間には入り込む余地など無さそうである・・既に娘がいることもそうだが・・・。

一刻館の庭や縁側で家族揃って日向ぼっこしている風景を見たら・・乳呑児の娘を交代で抱っこし何も語らずともお互いに見詰め合って幸せそうな姿は本当に微笑ましい。

この場合、この二人の他人が羨むほどの仲睦まじさを見たら誰しも諦めるべきだと忠告するのだが・・余りその彼女は聞く耳を持っていないようだ。

 

従来から下宿を志望していたものの、風呂無し・トイレ共同の下宿に対して父親の目は厳しい。

彼女も保護者の援助なして自活できる経済力はなく、この危機に際しても戦力にはならないでいる。

 

「やっぱり無理だったんでしょうか・・・今までだって新規の住人は殆ど・・・」

 

「・・諦めちゃ駄目だよ、響子。明日はビラを貼りに行くよ」

 

「お家賃を下げて募集するわけにもいきませんし、ね」

 

「うん・・それでも、春香は、ここで育てたいから・・・君と出逢って・・愛情を育んで結ばれたここでね」

 

管理人さんの夫はそう言って慎重に生まれて間もない自分の娘を抱きかかえた。

 

「そうですね、諦めちゃ駄目ですよね」

 

「全く、坂本のやつがいれば無理やりにでも引っ越させたのに・・・・」

 

「確か、博多でしたよね」

 

「ああ。一体あいつも何をやらかして飛ばされたんだか」

 

「そう言えば・・」

 

管理人さんは自分と夫の2人の為にお茶を入れていた手を止めた。

 

「ごだ・・っと、貴方は、どうしてここに来たんです?」

 

「ああ、単純に家賃が凄く安かったから。それに、大学に受かったら出て行くつもりだったからね」

 

「・・・どうして出て行かなかったんですか?」

 

「そんなの決まってるでしょ?」

 

「・・・・?」

 

「貴女が来たからですよ・・・響子・・・響子さんが・・・管理人さんとしてね」

「オーケー、お前がこの家にいることは認めよう。・・・・それでだ」

諸星あたるは帰宅すると、甚だ不愉快な光景に遭遇した。

 

「何故にお前は俺の分の夕食を食っているかな?」

 

「ははは、さもしい奴め」

 

そうなのだ。高校時代の知り合い・・・断じて友人ではない・・だった面堂終太郎が自分の家におり、そのうえ両親と食事を共にしている。

 

「確か今日は1ヶ月に1度の天婦羅の日だったはずだが」

 

「全くもってその通りだな。現に美味しく頂いている」

 

何かもう、怒る気すら失せた諸星あたるだった。

 

「お代わりをお願いします」

 

「はいはい、どんどん食べて頂戴ね」

 

「母さんも何で・・」

 

「有難うございます・・・奥さま」

 

「あら嫌だっ、奥さまだなんて」

 

・・・・あたるは面堂がこの1年間どうやって暮らしてきたのかを理解した。

不貞腐れながらちゃぶ台の一角に座り込むと、一応は夕食を要求してみる。

 

「あら、ご免ね。もう無いわ」

 

「こんな親でよくぐれなかったモンだ、俺は」

 

「俺はよくもまァご両親がお前のことを見捨てなかったものだ、と思うが?」

 

面堂の発言に返す言葉も無いあたるだった。

 

 

「・・・それで、いったい何の用だ?」

あたるは自宅だというのに買い置きのカップラーメンを食べながら面堂を問い詰めている。

 

しのぶに頼めば何か作ってくれるだろうが、一々呼び出すのも忍びない。

出掛けて行くのはただ単に面倒臭かった。

 

「汚い部屋だな」

 

「余計なお世話だ」

 

本当に。

 

「まァ、ありていに言うとだ。今夜、泊めてくれ」

 

「・・事情の如何によるが?」

 

「現在のところ宿無しなのだ」

 

「家を出たとは聞いていたが・・・」

 

面堂にポテトチップスの筒を投げ付ける。

 

以前の面堂であれば見向きもしない、というか存在自体知らないような食物だが、今の彼は極めて自然に手にとって口に放り込む。

 

「ああ、その辺は事情が色々とな」

 

「そうか・・お前も大変なんだな」

 

さすがに二股をかけていたのがばれて飛び出てきたとは言えない。

 

「一晩ぐらいならいいが、今後はどうするつもりだ?」

 

「明日から新しいアパートを探すよ」

 

「奇遇だな、俺たちもアパート探しを始めたんだ」

 

「俺・・たち?」

 

「俺としのぶ。1年浪人したけどようやく大学に入れたし、2人で一緒に暮らすことにしたんだ」

 

あたるは少し照れくさそうにしている。

 

「そうかそうか。それは良かった」

 

「2人なら家賃も折半だしな」

 

「それで、どこら辺に引っ越すつもりなんだ?」

 

「時計坂」

 

「・・うちの学校の近くだな」

 

「言わなかったっけ? 俺としのぶが受かったのはお前の大学だよ」

 

「初耳だぞ。それは」

 

ちなみに高校卒業後、面堂は現役で大学に入った。

一方のあたるは当然の如く白井コースケとともに浪人生活に入っており、予備校で旧友のメガネたちと再会している。

 

そしてしのぶはというと、滑り止めを含めて3校に合格していながら結局入学することがなかった。

先に受かった2校は入学金の前納があったために拒否し(既に滑り止めの意味が無い)、受かる自信があり、実際に合格した本命・・・面堂が受かった学校・・には入学手続きに遅れてしまったのだ。

 

無論それは言い訳にすぎず、しのぶが受けた学校が全てあたると同じだったことからも、恋人に付き合っての浪人であることは見え透いていた。

そのしのぶの行動にさすがのあたるも頭が上がらず、1年間真面目に勉強して面堂の1年後輩として仲良く合格を果たしたのだ。

メガネ、コースケも揃って合格したが、これも『成績であたるに負けると洒落にならない』という危機感からで、ある意味しのぶの功績だと言える。

 

「ちなみに学部、課程も一緒だよ、センパイ」

 

「・・何てこった。・・Oh My God!」

 

「まァそういうわけで今日は来週からの初講義に備えて時間割を作ろうとしたんだけどな、これが意外と面倒じゃないか」

 

「まァな」

 

「というわけでよろしくご教授下さい、センパイ」

 

「・・何か片仮名で呼んでいる気がするな」

 

ちなみに終太郎は私生活は乱れきっているが、学業にはそれなりに真面目に取り組んでいる。

2回生でも頑張れば卒業単位が揃ってしまうくらいの勢いだ。

所詮は面堂家の次期当主としての自覚が抜けきらないためだが、実際大学なんて3年間で充分な気もします。

 

「まァいいさ。明日は日曜。晴れるって言っているし、しのぶと3人で出掛けよう」

 

「しかし下宿を探すにしては随分と遅いな。俺はいきなりだからこんなだけど」

 

「ああ、しのぶの両親・・・というか父親を説得するのに時間が非常に掛かった」

 

「・・・・それはご苦労なことだった」

 

「ゴルフのクラブで5回は殴られたな。最後は泣きながら『娘を宜しく頼む』って言われたけど」

 

「??・・諸星はしのぶさんの両親と小さい頃から・・確か知り合いじゃないのか?」

 

「小さい頃からお世話になったよ? だから殺されずに済んだんだ」

あたるは真顔で言った。

 

 

あたるの言った通り、翌日は朝から晴れ渡っていた。

そんな朝の友引町を歩いていく諸星あたるの恋人が1人。

日曜とあって人通りは少なく、のどやかな日和は少女の心を和ませる。

 

「♪どうせい、どうせい、同棲のダンスっ!!」

 

・・にやけながら自作の歌を周囲に振り撒く姿は少し無気味だ。

 

しかし両親・・・特に父親を説得するにあたって修羅場を潜ったしのぶとしては世界中の人とこの喜びを分かち合いたい気分でいっぱいだった・・傍迷惑なことに。

 

「おはようございます、お母さま!!」

そんなしのぶが諸星家の玄関に入ると、丁度あたるの母が台所から顔を出したところだった。

 

ちなみに『おばさん』から呼び方がグレードアップしていることに注目したい。

 

「あら、しのぶちゃん。おはよう。どうやらまだ家の馬鹿息子に愛想を尽かしていないみたいね」

 

「勿論ですとも。それよりも、あたるくんはまだ寝ていますよね」

 

断定。

 

「しのぶちゃんが起こさないと、多分夕方まで起きてこないわよ」

 

「・・またどんちゃん騒ぎですか?」

 

あたるは大学に合格して以来、コースケやメガネたちと毎晩のように飲み明かしていた。

一昨日の入学式にしたって二日酔いの頭を抱えてふらふらと出席していたくらいだ。

張り倒してしゃっきりとさせたというのに、まだ懲りていないらしい。

 

「悪いけど、起こしてきて頂戴。お友達も一緒のはずよ」

 

しのぶはどうせコースケくんかメガネでしょうね、と思う。

 

「わかりました。朝食の準備は?」

 

「ごめんなさいね、もう終わってしまったの」

 

「そうですか。お手伝いしたかったのに・・」

 

「また今度ね」

 

「はい。ではフライパンをお借りします」

 

「起きなかったらそれで叩いちゃって構わないから」

 

しのぶはとびっきりのフライパンとお玉を手にすると、勝手知った諸星家の階段を上がっていく。

あたるの部屋の扉を開くと何本ものビールの缶、スナック菓子の袋に混じって人間とおぼしき物体が散乱していた。

 

「お~き~な~さ~い~!!」

 

ガンガンガン、とフライパンを打ち鳴らす。

すると驚いたことに、毛布に隠れていた男2人が全く同じ動作で同じ反応を見せた。

先ず手元の目覚まし時計を探そうとし、見当たらないとそのまま毛布に潜り込む。

そしてうなるように言う。

 

「なんだよ(なんですか)、まだ朝だろう?(まだ朝でしょう?)」

 

彼らの言葉の意味するところとしては『まだ昼にもなっていないんだから起こすな』ということらしい。

かなり人として間違った見解だ。

故にしのぶも全く容赦なくフライパンで2人の頭を殴りつける。まるでテニスのラケットだ。

 

「OUTCH!!(OUTCH!!)」

 

「いいから起きなさい!! 今日は部屋探しの日でしょう!?」

 

「五月蝿いなァ・・」

 

ポリポリと頭を掻きながら顔を出したあたるはいいとして、続いて起き出した人物の姿はしのぶにとって意外なものだった。

 

「面堂くんじゃない!」

 

「・・らっきょ」

 

「・・・・はい?」

 

ついでにその発言も意表を突いてくれた。

 

「僕はらっきょを食べることができます」

 

「・・・・」

 

「だからお母さま、福神漬けは・・ああ・・やめて・・・」

 

面堂終太郎は寝起きが悪かった。

 

 

 

以下、次回

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