うる星やつら めぞん一刻 二次小説 19回目の神経衰弱   作:今津晶

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第3話  入居者募集中

「それで、面堂くんも下宿を探さないといけないんだ」

 

日曜の諸星家の朝の食卓を5人が囲んでいた。

本来4人が定員なので、ちゃぶ台の一角にはしのぶとあたるの2人が押し込まれている。

 

「はい、ですから今日はご一緒しても宜しいでしょうか」

 

「勿論よ」

 

面堂はかいつまんで路頭に迷っている理由をしのぶに説明したが、ヒモ生活、及び二股のことを省略したのは言うまでもない。

 

「そういえば諸星と一緒にうちの大学に入ったんですってね」

 

「うん。そのことを伝えようとしようとしたんだけど、連絡が取れなくて」

 

ヒモとしてとある女性のマンションに転がり込んで以来、終太郎は旧友たちと連絡を取っていなかった。

そうした措置を取ったのも無理はなかったのだが。

 

「それで、面堂くんはどういうところに引っ越すの? やっぱりマンション?」

 

「いいえ・・ご存知のように今の僕は実家に頼れませんから・・・どんなところでも、安ければそれでいいですよ」

 

「へぇ・・大変なんだね」

 

「これも修行のうちです」

 

ヒモとして食わせてもらっていた人間の言うことではないわけで。

ちなみにあたるはその辺の事情を飲み明かしている間に詳しく聞いたが、それをしのぶにばらすほど男として腐ってはいない。

 

「それでしのぶさんたちはどんな部屋を?」

 

「うん、私たちは2人だから少し余裕があるし、部屋も2つ欲しいかな。あとはお買い物ができるところが近くにないと」

 

「それは大事よ、しのぶちゃん。毎日のことだし。あとは日当たりね」

 

朝食はあたるの母親を含めて和やかな会話を交えつつ続いていった。

会話に入っていけないあたるの父親が気の毒といえば気の毒だが。

 

 

「結婚は人生の墓場だという」

 

時計坂駅前の不動産屋を前にして諸星あたるは唐突に演説を始めた。

 

「やはり、俺は早まったのではなかろうか」

 

「・・・ほぅ」

 

しのぶはそんなあたるを両手を組みながら見守っている。

 

「俺ともあろう者が1人の女に一生を束縛されるだなんて・・・・」

 

「言いたいことは、それだけかしら?」

 

傍から見ている終太郎は周囲の温度が13度ほど下がったことを感じ取った。

犬を連れて散歩していたおじいさんが顔を引き攣らせている。

 

「・・・」

 

「それだけかしら?」

 

「・・それだけです、お姫さま」

 

終太郎はあたるが将来尻に敷かれるであろうことを確信した。

 

「それはともかく・・どうしたものかしらね」

 

学生が多く住む街だけあって安いアパートというのは結構多い。

しかしだからこそ2人で住む・・まァ実質的な新婚生活を迎えようとするしのぶたちに相応しい部屋というのは見当たらない。

一方の終太郎はというと、これがかなり財布の中身が厳しい。

 

「敷金・・礼金・・」

 

顔色を青くしながら不動産屋の外に張られた物件情報を見ている。

 

「学校の生協でも紹介してくれるんじゃないか?」

 

「そうなんだけど・・それだとやっぱりワンルームが多そうだし」

 

「行ってみる価値はあるさ。駅からバスが出ているだろ」

 

「そうね。そっちの方が安いかも」

 

「・・・・」

 

「面堂くん?」

 

終太郎は必死に自分の財布の中身と物件情報を天秤にかけ、1つでも入居可能な物件が存在しないだろうかと計算していた。

とはいえ、現金3万円に可能なことは限られている。

他に財産と呼べるものは日本刀くらいしかないし・・・それも高価なものは実家から持ち出せず、現在手にしているのは通販で買えるような代物でしかない。

 

(質に入れても6万・・いや、5万になるかどうか・・それでは焼け石に水・・)

 

「お~い、面堂く~ん」

 

終太郎はしのぶに両耳を引っ張られてようやく呼ばれていることに気がついた。

 

「どうしたの? 面堂くん。ぼんやりしちゃって」

 

これまで金と美貌だけが取柄だった終太郎にしてみると、『金が無い』とはあまり言いたいことではない。

少なくとも高校時代の栄光を知るしのぶとあたるの2人に対しては。

もっとも、しばらくして2人と同じ下宿に住むようになると遠慮なくたかって生きるようになるのだけれど。

 

「いえいえ、何でもありませんよ。・・・そうですね、学校に行かれるんですか。それならここで別れましょう」

 

「一緒に行かないのか? 面堂」

 

「ああ、僕はもう少し不動産屋を回ることにするよ」

 

「じゃあね、面堂くん。・・・そうだ、今夜はどうするの? あたるくんの家に泊まるのなら何か作ってあげるわよ」

 

「いいえ、大丈夫ですよ。居候の宛てなら他にもありますから」

 

実のところ、そんなものは無い。

あるとすれば水乃小路家ぐらいなものだが・・・トンちゃんや飛鳥に関わっていると命が幾つあっても足りないだろう。

それに終太郎の父の手が回っていて力になってくれない可能性が高い。

 

「俺なら別に構わないぞ。時間割のこともあるし、もう一晩泊まって行ったらどうだ?」

 

「・・そうだな、その言葉に甘えるとするか」

 

「そうそう、人の親切はありがたく受け取っておくものよ、面堂くん」

 

「だけど、ちゃんと返せよ。これは貸しだから」

 

終太郎はこの後も下宿生活の中であたるとしのぶに借りを作り続けるが、1年先に卒業した彼はそれを就職を世話することによって返すことになる。

しかしそれはずっと先のこと・・・。

 

 

駅前で学校行きのバスに乗り込んだあたるとしのぶを見送ると、終太郎はいきなり途方に暮れた。

とりあえず、と日本刀を現金化したものの、買い叩かれて3万5千円にしかならない。

 

「・・これなら辻斬りをした方がマシだったかな?」

 

などと物騒なことを呟いてもみる。

時刻は11時を回ったくらいだ。

 

「・・・お腹が空いた。それに、眠い・・」

 

そもそも昨夜は4時過ぎまで飲んでいたのだ。

眠くもなるし、今一気力が回復しない。

その上、不動産屋を回ったところでどうにもならないことは目に見えている。

 

とはいえ世の中掘り出し物というのはあるもので、この場合は不動産屋さんに一応は聞いてみるのが正しい。

それすらしない終太郎は所詮お坊ちゃん育ちということだろうか。

 

何しろ丁度その頃『掘り出し物』の物件を背負ったカモが時計坂一帯にビラを貼り付けているところだったのだから。

そのことを知る由も無い終太郎は手ごろな公園をみつけると、ドカリとそのベンチに座り込んだ。

平和に遊んでいる子どもたちが、どこか妬ましい。

 

「全く・・・・僕も堕ちたものだな」

 

段々と自分の思考が嫌になってきた終太郎だった。

 

 

「いい天気・・なんだけど、少し暑いかな」

 

管理人さんの夫は職場の保育園でコピーしたビラを小脇に抱えつつ電信柱に貼り付けるという作業を行っていた。

糊は使っていないものの、迷惑であることに変わりは無い。

警官に見付かったら、さぞかし叱られることだろう。

 

「それでもなりふり構っていられないし…」

 

住人4人を見付けるタイムリミットまであと4日。

正しく1日頭1人のノルマである。

 

「それにしても、突然だったよな。おばさんたちはともかくとして・・」

 

管理人さんの夫は何も告げずに出て行った4号室の元住人のことを思い出す。

 

「結局何の仕事をしていたのかも分からなかったし・・」

 

せめて、1人だけでも住人がいれば法的な手段で抵抗することも可能だったのだが。

ぼやきつつも手書きのビラを小器用に貼り付けていく管理人さんの夫、五代裕作。

昔から手先だけは器用だと言われているだけのことはあった。

 

ビラ自体もお子さま受けするようなイラスト混じりのシロモノだが、この場合は対象年齢を間違えていると言える。

一見したところで保育園の運動会みたいな父兄へのちゃんとしたお知らせか何かとしか思えないのだから。

 

「むぅ・・」

 

薄々とそのことに気がついている管理人さんの夫だが、『まぁ、可愛らしい♪流石にとっても器用なのね、あなた♪』と優しく褒めて言ってくれた妻である管理人の響子さんのことを考えると今更意匠を変えるわけにもいかない。

 

下宿を出て2時間余り。

ようやく疲れてきた管理人さんの夫は喉の渇きを癒すためもあって公園で休むことにした。

 

(拝啓、管理人さん・・・)

 

管理人さんの夫の妄想癖は健在である。

 

(僕があの下宿に居続けたのは管理人さ・・もとい、あなたがいたからこそであり・・・・)

 

それでも以前よりは少しだけ成長を見せており、物を考えながら歩いても電柱にぶつかることはない。

 

(それにあの変な住人たちがいなくなっていまった以上はそれほど建物自体に拘る必要もないと思われ・・・)

 

そのうえ自分でも知らない間に缶ジュースを購入していたりする。

気が付いた時には既に駅近くの公園のベンチに座り込んでおり、苦笑しながらプルタブを開けた。

 

「お兄ちゃん、ヘッタ糞~」

 

小学校低学年ぐらいの子どもたちが10人ほど集まってサッカーをしている。

その中に1人だけ大学生くらいの青年が混じっていた。

恐らくは人数あわせか何かで引っ張り出されたものだろう。

子どもたちのエネルギーに圧倒されている様子が微笑ましい。

 

 

「ええい、冗談ではない!!」

 

本来であればその圧倒的な運動神経を見せ付け、全体の半分くらいいる女の子たちから喝采を浴びるはずだったのだ。

サッカーボールを扱うのが久し振りということもある。

 

それにしても・・・怠惰に過ごしたこの1年がこれほどまでに身体を鈍らせているとは思わなかった。

女の子たちの冷やかすような視線が痛い。

参考までに言うと、終太郎は別にロリコンではなかった。

ただ単にストライクゾーンが広いのだ。

 

故に老若を問わず、あらゆる女性の期待に応えたいのである。

それでも暫くボールを蹴っていると少しづつ身体を動かす感覚が戻ってきた。

そうなると流石に小学生では終太郎の相手にならない。

 

「凄い、お兄ちゃん。まるでヌワンコ・カヌみたい」

 

「友引のイブラヒモビッチと呼ばれていたくらいだからね」

 

かなりマニアックで濃い会話だった。

 

ズサッ

 

「・・・痛い!」

 

そうこうしているうちに子どものことだから、怪我をする子が出てくる。

 

「・・大丈夫?」

 

膝を擦り剥いて泣き出したのは子供たちの中でも一番小さな女の子で・・恐らくは、小学校に上がったばかりだと思われた。

流石にストライクゾーンではない・・と言うかそういう問題でもない。

 

彼は困惑していた。

終太郎は・・・・面堂家の広大な敷地の中で育った。

そこは幼い終太郎にとっての世界の全てであり、公園で友だちと遊んだり・・喧嘩をしたり・・怪我をしたり・・そういうことに対する免疫がない。

 

仮に転んだとしても、お付の者たちがたちまち寄ってきて適切な治療を施す。

むしろこれは憧れですらあった。

自分が面堂家の御曹司としてでなく・・・・崇め奉られることなく・・遊んで・・笑って・・走って・・滑って・・・・。

 

「・・大丈夫? 膝を擦り剥いたの? 傷口を洗わないと・・・」

 

呆然としている終太郎を見兼ねてか、ベンチで休んでいた20代半ばの男の人が転んだ女の子の所に寄ってきた。

 

「はい、君はこのハンカチを水道で濡らしてきて」

 

傷を拭うつもりだろう、そう言って終太郎に自分のハンカチを渡しながら女の子を宥めている。

その手際の良さは、その手の職業についているものだと推測させた。

 

 

「どうもありがとうございました・・・どうもああいうのに慣れてなくて」

 

「そうみたいだね。あの年代の子たちと付き合うのは結構難しいものさ」

 

管理人さんの夫は少し落ち込んでいる大学生風の青年を慰めていた。

一緒にベンチに座っている彼の手元には奢ってあげた缶コーヒーがある。

 

「お兄ちゃん、おじさん、休んだらまたやろうね!!」

 

子どもたちは先ほどから休むことなくボールを追い駆けているが、年長組はさすがに限界だった。

 

「あ~・・若いっていいですね」

 

「そうだね。でも、おじさん、か・・」

 

内心ショックだった。

まだ26歳だというのに。

 

「僕も昔はラグビーをやっていたんだけどね。やっぱりもう付いて行けないよ」

 

言い訳がましく呟いてみる。

先程女の子の治療を済ませてから一緒にサッカーをしてみたものの、10分ほどで息が上がってしまったのだ。

 

「小学校の先生か何かをしていらっしゃるんですか?」

 

青年が聞いてくるので取り敢えずは否定しておいた。

 

「いいや、違うよ。今は幼稚園の保父をしているんだ」

 

「へぇ、道理で子どもの扱いに馴れているわけで」

 

「君は学生かな?」

 

「はい、あそこの・・」

 

青年が指をさした方向には管理人さんの夫が浪人時代、見事に受験に失敗した学校がある。

 

「ああ、あそこ・・・」

 

今更ながらに落ち込んできた。

受かっていれば学費が安かったのは勿論、電車を使うまでもなく通うことも出来たのだから。

 

「でも、いいですよね。子どもを相手に出来るのって」

 

青年は缶コーヒーを両手で抱えながら寂しげに言った。

 

「苦手なのかい?」

 

「慣れていないんですよ。昔から年下の子を相手にしたことがなくて・・いや一応、妹が一人いるんですけど、彼女は彼女で別に世話を焼く役目がいて・・僕は相手する必要が全く無くて」

 

「そっか、凄く良い所の家庭なんだ。僕も姉はいるけど、年下の弟妹きょうだいはいないな」

 

「はい。だから今日は貴重な経験でした」

 

青年はそんなことをとても嬉しそうに言っている。

その後しばらくその青年と話していると、もう一度サッカーに引っ張り出された。

 

「お兄ちゃん、おじさん、ほら! 早く!」

 

「せめてお兄さんと呼んで欲しいな・・」

 

ビラの上に中身の残っているジュースで重しをし、気合を入れてボールに迫った。

 

 

「もう・・駄目・・だ」

 

保父だと名乗った人は心底疲れ果ててベンチの上に倒れこむようにして転がった。

結局解放されたのはあれから30分後。

終太郎ですら足が攣りそうなのだ。

数年は年上のはずの彼には堪える運動量だろう。

 

「明日は仕事にならないかもしれない・・」

 

息も絶え絶えにそんなことを言っている。

 

「しっかりして下さいよ」

 

出会ってからまだ1時間足らずだが、2人はすっかりと打ち解けていた。

 

「そういえば・・・」

 

終太郎は先程から気になっていたことを指摘する。

 

「そのビラは運動会のお知らせか何かですか?」

 

ベンチの上には保父さんが持ってきたビラの束がある。

愛らしいとは言い難い犬の絵が実に珍妙なシロモノだ。

 

「ああ、これはうちの下宿の広告」

 

「へぇ」

 

偶然とはあるものだ。

 

「実を言うと今住んでいる下宿の存続が危なくてね、住む人を見付けないと取り壊されてしまうんだよ。しかもそれが今時風呂なし、トイレ共同という・・」

 

そこまで聞いて終太郎の目がキュピーンと光った。

 

「家賃は? 家賃はお幾らなんです?」

 

「うん、一応相当に安い部類に入ると思うんだけどね。君の知り合いで誰か入居してくれそうな人はいないかな・・?」

 

保父さんは言い訳するかのように終太郎にビラを渡した。

そこに書かれてある家賃は、終太郎の財布の中身と比べても充分入居可能な金額だった。

 

 

 

以下、次回

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