うる星やつら めぞん一刻 二次小説 19回目の神経衰弱 作:今津晶
「はい・・・お話は分かりました。ですが・・」
終太郎は保父さんの奥さんが管理人をしているという下宿にやって来ていた。
格安の家賃だけあってそれ相応に古く、そして設備も悪い。
豪奢を極める面堂家で育った終太郎にしてみると信じられないような民草の世界だ。
しかしこの1年間で終太郎はどんなところでも人が生きていけること・・・そしてそれは決して憐れむべきものでも蔑むべきものでもないことを学んでいる。
終太郎が通されたのは管理人室。
保父さんが結婚していること自体意外だったというのに・・むしろ終太郎以上に学生風だったから・・・その妻だという管理人さんは、本当にとっても美人だった。
それも心の底から呆れてしまうくらいに。ちょっとどころか滅多にお目に掛かれないであろうとは素直に感じた。
「有難いお話なんですが・・正直言いますと、4世帯が揃わないとやっぱり取り壊されてしまうんです」
管理人さん夫妻の話によると、この下宿の存続はかなり厳しいということだった。
こうやって終太郎という下宿人候補が現われたとはいえ、残り3人を見付けないとそのまま取り壊しである。
タイムリミットは3日後の正午。
「・・成程」
美味い話には裏があるというが、元々それほど美味い話ではないというのにかなりの裏っぷりだ。
しかし終太郎とて次期面堂家当主、ここで引き下がるわけにはいかない。
「ご安心下さい、僕に心当たりが有ります」と、自信有り気に言ってのける。
しかし保父さんと管理人さんはかなり不安そうだ。
「あの・・やっぱりご無理をなさらずとも・・」
「大丈夫です・・・管理人さんの写真さえ有ればですが」
「・・・はい?」
・
・
「嫌だね」
終太郎の言うところの『心当たり』は、彼の提案に対してひと言で答えた。
「あたるくん、そんな無下に断らなくても・・」
言うまでもなく諸星あたるとその恋人三宅しのぶのことであり、この2人を加えれば一気にノルマを2つ埋めることが可能なのだ。
・・・・そう、2つ。
諸星あたるが終太郎の提案を一顧だにしない理由がそこにあった。
「大体だな、何で俺としのぶが別々に部屋を借りないといけないんだ?」
終太郎の提案とは次のようなものだ。
下宿は1階の1~3号室がそれぞれ二部屋で、2階の4~6号室がワンルーム。
その2階を自分たち3人で埋めてしまおうというのである。
「いいだろう? その方が普通に2人で暮らす広さの部屋を借りるよりも安くつくぞ?」
「そりゃあ風呂無し、トイレ共同だものな」
あたるは終太郎の言葉に動じる様子が無い。
何しろあたるにとって大切なのは金ではないのだ。
彼にとっての最優先事項はしのぶとの同棲であり、そのためにしのぶの父を文字通り必死の思いで説得したのだから。
「別に寝るのが一緒ならそれでいいんじゃないのか?」
それはまァそうだろう。
普通に2つ部屋のあるアパートを借りても寝室と普段の生活を送る場に分けるのであろうし、少し不便になるだけだ。
「違うな」
「どこがだ?」
「気分が、だ・・それに」
「それに?」
「面堂の隣の部屋だと落ち着かない」
これまたもっともな言い分だ。
「それはこっちの台詞だ、と言いたいが・・・しのぶさんはどうです?」
あたるの説得が手強い、と見た終太郎は矛先を変えた。
「う~ん、わたしは・・」
しのぶは困ったようにあたるの部屋の天井を見上げる。
しばらくその形のまま固まっていて、ようやく口を開いた。
「ねぇ、面堂くん。1階は駄目なのかな?」
「1階ですか?」
「うん、1階は部屋が2つづつあるんでしょう? お風呂が無いとかは置いておくとして、1階の部屋を借りる方が安上がりなんじゃないかな?」
確かに2部屋を借りてもなお安いというのは他のアパートとの比較で、下宿内部の話ならばどう考えても非経済的だ。
「何をおっしゃるしのぶさん。その辺は大丈夫です。管理人さん夫妻に頼んで、2階の2部屋分の家賃を1階の部屋と同じにしてもらいました」
「そ、そうなんだ・・」
面堂の用意周到さに、さすがのしのぶも引いている。
確かにこの場合高い家賃の1部屋を借りられるよりも安い家賃の2部屋を借りられる方が良いのだ。
下宿の管理人さんが要求されているのは『4世帯分の契約』であって、家賃の金額の多寡ではないのだから。
「そんなことが出来るのか? 大家でもない管理人に」
「差額は払ってくれるそうだ。下宿を壊されるくらいなら、その程度のことはな」
「そこまで困っているんだ、その人たち・・」
しのぶの心が揺れ始めたと見た終太郎が攻勢を掛ける。
「どうです、しのぶさん。『♪あなたはもう忘れたかしら 赤い手拭いマフラーにして』(by 神田川)と言うでしょう。貧乏学生の基本ですよ、銭湯は!」
「き、基本・・カナ?」
「はい、基本です。家賃を浮かせた分で夕食のおかずを一品増やせます!」
面堂家の次期当主とは思えないくらいセコイ主張をする終太郎。
「おいおい、騙されるなよしのぶ」
「ムッ、諸星。余計なことを」
ちなみにしのぶたちの食費は他のアパートで暮らした場合よりも潤沢だったはずだが、そのことを2人が実感することはなかった。
終太郎という、無駄飯ぐらいを1人抱え込むことになったからだ。
それはまだ後の話・・。
「だいたい、俺たちがそこに引っ越すことのメリットは何だ? 家賃が安い? そんなの当たり前だろう、条件を考えれば」
あたるにしては珍しく饒舌だ。
こういうのは大概メガネの役目なのだが、参考までに言うと別の大学に進学してしまったメガネとは現在のところ接点は三人とも無い。
「銭湯? そんな古臭い浪漫が何だ!! 俺の浪漫はッ!! スクール水着のしのぶと一緒にお風呂に入って、その薄い胸で・・・ッ? OUTCH!!」
いずこからか分厚い国語辞典が飛んできてあたるの頭部に命中する。
「あ~た~る~く~ん・・」
ゴゴゴ・・・と擬音を立てながらしのぶが呟く。
心なしか部屋の中の気温が23度ほど下がったようだ。
「い~ま~な~ん~て~、言ったのかな~?」
恐る恐るあたるが振り返ると、そこには鬼がいた。
それも宇宙人ではなく、純和製の凶悪な。
「女性を胸で判断しちゃいけないって、学校で習わなかったのかな~?」
習う訳が無いだろう、とあたるが突込みを入れる間もなく第二撃が襲ってきた。
「コホン・・という訳で、お騒がせしました」
あたるを膝枕で介抱しているしのぶが冷静に言ってのける。
わざわざ介抱するくらいなら最初から殴らなければいいのに、と思いつつも怖くてそんなことはとても絶対言えやしない終太郎だった。
「で、私の結論としては面堂くんの意見に大体のところで賛成。あとは実際にその下宿を見てからね。明日学校が終わってから行くことになると思う」
「おいっ、しのぶ!!」
「うるさいわね。私たちの部屋選びで助かる人がいるのよ? 些細な問題でそれを断るのは良くないわよ」
「お前・・どうせ別々の部屋になるんなら、俺はなんでしのぶの親父に殴られなきゃならなかったんだ?」
正しく殴られ損である。
「いいじゃない、殴られるのには慣れているでしょう?」
あたるは慣れるほど殴らないで欲しい、と心の中で突っ込みを入れた。
「諸星、どうしても嫌か?」
「当たり前だ! 俺はしのぶとラブラブでスィートでチェルシー?な生活を送るンだ。そこに他人の入る余地はない!」
「あ、あたるくん・・」
自分の膝の上でのろけきった台詞を吐くあたるに、しのぶが顔を赤くしている。
ちなみにチェルシーとはサッカーのクラブの名前だが、それでも何となく意味が通るから不思議だ。
「フッ・・仕方無い、切り札を使う時が来たようだな」
クックックッ、と面堂が面妖な笑い声を立てる。
「あ、しのぶ。ついでに耳垢を掃除してくれ」
「はいはい」
聞いてないし。
「それで? 何だ?」
「まァこれを見てみたまえ、諸星クン」
そう言って終太郎が懐から取り出したるは一枚の写真だった。
「フン?」
「あたるくん、ホラ、あんまり動いたら駄目でしょう。危ないわよ」
何気なくその写真を手にとったあたるだが、次の瞬間激痛に襲われた。
「OUTCH!!」
思わず立ち上がろうとしたあたるの耳にしのぶが持っていた耳掻きが突き刺さったのだ。
あまりの痛みに部屋中を転がりまわるあたる。
「あたるくん!! あたるくん!!」
しのぶは涙を流しながらあたるにすがりつく。
「ぐぉおおおお」
「あたるくん!!」
しばらくして落ち着いたのか、あたるは倒れながらも終太郎の眼をしっかりと見据えて言った。
「誰だ、これ」
「その下宿の管理人さんだ」
「・・・相当の・・類稀な・・美人だな」
「フッ」
一体誰だっただろうか、この2人が器(顔、財産)は違えど中身は同じだと言ったのは──。
しのぶは溜め息を吐きつつ、手元にあったフライパンを振りかざした。
翌日、面堂に教えてもらったオススメの講義に出席した・・とは言っても最初はその講義の説明くらいしかないが・・後、喜び勇んで下宿に向かう諸星あたるがいるわけで。
しのぶはというと意気投合して肩なんか組んでいる終太郎とあたるの後ろを不承不承歩いていた。
「らんたらんた、らんたらんた、下宿のダンスっ!」
あげくの果てに肩を組んだまま踊り始める2人。
道行く主婦たちが眉を顰めながら何事かを囁きあっている。
しのぶはそんな光景に心底呆れつつ、身も蓋もない台詞を呟く。
「面堂くんってここまでバカだったかしら?」
そんなしのぶを尻目に時計坂駅から下宿までの長い坂道を上っていく2人は不気味なほど楽しそうだった。
「まぁ、確かに結構な美人だったけど・・サクラ先生に良く似ていたし・・」
写真の中の女性は、しのぶたちの高校時代、超絶に美人だった保険医と瓜二つ・・・とまではいかなくとも、姉妹か従姉妹と言われたらすぐに信じてしまうくらいには似ていた。
「でもまぁ、年齢もサクラ先生ぐらいよね。若さなら私が圧勝だわ」
本人に聞かれたら思い切り殴られそうなことを言っている。
その上若さ以外に勝てる要素があるのか、と問われたらさぞかし困ってしまうことだろう。
少なくともしのぶは『美人』ではないわけだし。
とはいえ写真の女性とあたるを取り合うことになるだなんて、本気で信じているわけではない・・のだが・・。
「世の中には物好きが多いのよね」
そう、油断してはいけないのだ。
現に諸星あたるのことを世界中で一番大好きだという、物好きを極めた人間がいるくらいなのだから。
「面堂、俺ァお前のことを誤解していた! 俺がお前なら、あの管理人のことは黙って独り占めしていたよ」
「はっはっはっ、何を言うんだい。僕と君の仲じゃないか、諸星クン」
石ころを蹴飛ばしているしのぶはあたるの台詞に引っ掛かるものを感じていた。
・・・そういえば変ね、女好きという点ではあたるくんと同等の、あの面堂くんが。
そのしのぶの違和感が払拭されるまでにそれほど時間は掛からなかった。
・
・
「そうですか、人妻ですか」
そう言い残したあたるが写真以上に超絶な美人の管理人さん(ただし人妻)を前にして呆けている。
スタイルもとてもグラマーでサクラ先生に全く負けていないことが容易に想像できる・・文字通り類稀な美貌の女性が3人の目の前に正座して座っていた。
無理もなかろう、つい先程まで彼の脳内ではしのぶと美人管理人さんが共演している薔薇色の学生生活が展開されていたのだ。
ちなみにあたると終太郎の2人は人妻には手を出さない・・また、他人の恋人や妻を奪い取ることもしない。
しのぶなどはこれを彼らの優しさだと理解している。
もっとも、2人に言わせると『ガールハンターの仁義』なのだそうだが。
「それで、あなたたちが入居を考えて下さるという・・・・」
管理人の響子さんはあたるの様子に戸惑いながらもしのぶに話し掛けてくる。
「はい、三宅しのぶです。ちなみに呆けているのそのバカは諸星あたる、まことに残念ながら私の恋人ということになっています」
何気に酷い紹介の仕方をするしのぶ。
「2人とも僕と同じ学校なんですよ」
呆けさせた張本人だけあって一応はフォローを入れる終太郎だった。
「そうですか・・本当に、古びた下宿で、申し訳無くて」
「そんな・・とても良い場所だと、そう思いました」
「ありがとうございます。ふふ、お世辞でも嬉しいです」
管理人さんはにこやかに笑っている。
しのぶは初対面ながらそんな管理人さんに好印象を持った。
外見こそサクラ先生にそっくりなものの、その人柄が醸し出す雰囲気は大分違う。
お高く留まった所が無くて周囲の人間の心を和ませるような穏やかさを漂わせているのだ。
しかもこんな庶民的そうな生活振りなのに上品で優雅さも感じられたから。
だからと言ってそう簡単に入居を決める訳にもいかない。
管理人さんの夫という人(こんな凄い美女と結婚した男性ってどんな人だろうと少し興味がある・・サクラ先生の旦那も男前だがユニークで面白い人だったので)とは
まだ仕事中ということで会っていないし、2階の部屋の状態もチェックしなければ。
「2階を見て来ても良いですか?」
「はい、出来ればそうしていただけると」
まあ・・確かかに古びた建物だが、それはそれで落ち着いた佇まいだと言っても良さそうだ。
それに管理人さんもそうだが、この建物自体がどこか懐かしさを感じさせる。
それは本来であれば求めようとしても決して得られないもの。
(風景)
初めてこの建物を見たときに感じた強烈な・・郷愁。
(夢で見た風景)
それは下宿の塀を見た時からか・・・それとも、時計台を見た時からか・・管理人さんに会った時からか・・・良く分からないけれど。
(それは記憶)
とにかく、しのぶにとってこの建物は19年生きてきてようやく手にした・・・帰るべき場所だ。それを確信する。
(『あの子』がくれた、未来への記憶)
そして立ち上がる。
「騙されて連れて来られたあたるくんがうるさそうだけどね」
元はといえば自分という歴然たる恋人がいるというのに浮気をしようという根性が間違っているのだ。
しのぶは片手であたるを引きずりながら、驚愕している管理人さんを尻目に階段へと向かった。
以下、次回