アニオタ直哉くん   作:浅辺太郎彦

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おはよう直哉くん

直哉が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。暗黒の夜の中、視覚を用いずしてわかる情報を確認し始めた。節々の痛みや足が固定されているような感覚こそあれど、ちぎれ飛んだ頬などの戦闘で負った一連の怪我はある程度治り死の淵は超えているようであり、目や耳は正常に稼働していた。

 

「知らない天井や」

 

そんなアニメオタクのお決まりの言葉を直哉が呟いたのち、視界を稼働させるために備え付けの小さな電球を紐を引っ張り稼働させる。ろうそくのように弱々しく何者も傷つけられない橙の明かりが周りの様子を映し出す。そして電球の光を活力として直哉は意識を本格的に再稼働させ始めた。

 

肉体を少しでも動かすと肉体が悲鳴を上げた。だがその程度で悲鳴を上げるほど弱々しい根性を直哉は持ち合わせてはいなかった。持ち上げられた視界で直哉は周りの状況を俯瞰する。

 

その結果様々な状況がわかった。だが目下直哉の気を引いたのは飲みかけのペットボトルの水だ。僅かな明かりと包帯の白しか見えぬ指で四苦八苦しつつも水をそのままペットボトルの内容物がなくなるまで飲み切ると一際大きな呼吸をし、その上でもう一度世界を再確認した。

 

まずは最初かつ肝心の肉体だが元は甚爾に憧れていたこともありアスリートのような筋肉質かつ速さの邪魔となる無駄な筋肉はない、血色に極めて優れた黄金比の肉体だった。

 

だが今では重病人の枯れ木のような肉体かのように(事実死亡に限りなく近い重症であった)シルエットがほっそりしていた。

 

手には点滴の管が突き刺さり、ほぼすべてを包帯が覆い尽くしている。わずかに見える地肌も骨が浮き出てきており、肌色は白い人形かのような色の中にいまだ赤色を保つ数少ない動脈と黒藍の静脈が自己主張しているのみだ。

 

そして足を見ると、加速の際に酷使し、自らでも骨が粉砕した感覚により猛烈な苦痛をもたらすほどにズタボロであった足は決して動かず、治りを早めるために根本から足先に至るまでギプスがつけられていた。

 

周りを観察すると、テレビや名前はわからないが上層部保守派が嫌う機械製の本格的な治療器具が発見されたことから、呪術とは関係のない非術師の病院のようだった。恐らく家入の治療を受けたのちリハビリやあまりに酷い怪我であるため検査をしなくてはならないことから非呪術師の病院へ移動したのだろう。

 

そのように事実を一つ一つ確認して行くと、月明かりに照らされ、疲れ切り椅子に座りながら眠りについた姿の五条悟、そして夏油傑という戦友を発見した。

 

「すまんなぁ、先輩達。」

 

そして直哉はナースコールを押すのだった。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

直哉が起きた晩、看護婦に起こされた五条達はその時間はすでに日付を跨いだ直後であるほどに遅いこと、何日も直哉の前で快復を祈っていたことから疲れ切っていたのでので一度戻り、一眠りしてから太陽が登った頃また来る、という事になった。そして直哉が起きて初めての昼の明かり…

 

「…にしてもお前よく起きれたな、だいたい15日も寝込んでたし全身バッキバキで家入が一生目覚めないかもってしれないって俺ら言われたからな。」

 

「そうだね、それにその事医者から言われた時五条半泣きになってたしね。」

 

「チョっ!おまっ!オイ傑お前表でろ!」

 

「まあまあ、落ち着きや五条、でもまあ。うん、そこに関してはマジで俺もよくわからんわ。奇跡、としか言いようがないわなぁ。」

 

「それに初めは高専に入院する予定だったけどリハビリとかしなきゃいけないから非術師の病院(ここ)に五ヶ月くらい入院だろ?大変だね。」

 

「全くやで!医者によれば全身リハビリせなあかんしなぁ、しかも何がひどいって病院やから夜遅くまで起きてられへんし検査とか色々あるからアニメリアタイで見れへんねんよ!あークソ!高専に入院しとるんやったらアニメ見れたんねん!」

 

「お前こんな時までアニメかよ!」

 

「そらそうよ、俺が呪術師やってんのもアニメのためやぞ」

 

「直哉の部屋アニメのDVDとかフィギュアで埋まってるからね。少しは片付けたほうがいいんじゃないか?」

 

そんな無意味ではあれど無価値ではない会話が取り止めもなく続いた。そして会話の種がある程度尽きてきた頃、皆が無意識に避けていた話題、即ち甚爾と天内理子に関する話題を夏油が切り出してきた。

 

「…直哉。天内と、あいつ、甚爾は…」

 

「おい、傑、」

 

「いや、ええ。うん、ああ、せやな…」

 

そこで直哉は一度体勢を整えた。肉体が痛みを発しているがそんなことは気にもとめず、まるで神に頭を垂れる罪人かのような体勢だった。そしてただでさえ肉がしぼみ普段より小さくなっている直哉であったが、普段の軽薄さは鳴りを潜めていることが事実以上に小さい印象を受け取らせた。

 

「すまない、悟、天内達を守りきれなかった。」

 

「………いや、いい。」

 

その言葉は天上天下唯我独尊の申し子とも言える五条悟の言葉としてはあまりに矮小だった。本当の本当にギリギリまでを追い詰められて発した声、絞りきり、それでもなお絞って出た声。この声だけを聴いていたならば、だれもが五条悟だと判断はつかないであろう。それほどまでに五条は追い詰められていたのだ。

 

「………そうか。」

 

直哉の心中はコールタールのようにドロドロであった。天内が殺された事実を甚爾と邂逅した事への興奮で麻酔でもかかっていたかのように無視できていた。だが入院していて考える他できることがない環境に置かれた。故に直哉は別の可能性を見出さずにはいられなかった。もっと早く拡張術式に覚醒していれば?初手で甚爾の動きを止めていれば?身を挺して五条を庇っていれば?

 

「直哉、しかたなかっ……・・・・・・・・

 

そんな今更遅い後悔が脳裏にぐるぐると、廻り巡っていた。親友である夏油の直哉を心の底から心配しているがゆえの薄っぺらい慰めも、言葉も何もかもが届かない。ぐるぐると、思考を回す。ぐるぐると、ぐるぐると、ぐるぐると、ぐるぐると、ぐるぐると、ぐるぐると。

 

 

◆◆◆◆

 

 

禪院家の庭に直哉は扇を見下しながら立っている。

 

「おい、扇をあまり虐めてやるなよ、直哉。」

 

「このオッサンから喧嘩吹っかけてきたんやからしゃーないやろ。」

 

直哉は、禪院の庭に立っていた。なんとか肉体を最低限動かせるようになった時、その足は自然とクソな家であったとはいえ生まれ故郷である禪院に向かっていたからだ。そして禪院に入った瞬間扇が直哉を倒せば当主になれるとでもおもったのか決闘を申し込んできたのだ。病み上がりではあるがそれを一蹴したところに酒を片手に抱えた直毘人が現れたのだ。

 

「まあいい、で何のようだ直哉、お前は禪院から出て行ったんじゃあないのか?」

 

アンタ(父親)と話したいからだ。」

 

「そうか、茶は出さん。だが話は聞いてやる。」

 

それは酒飲みの直毘人としては最大限に気を遣った発言であった。なにせ普段ならば禪院から出て行ったのだから、と言ってのけて叩き出していたであろう。だが直哉の軽薄さが消え失せ、本気の顔で見つめてきたのだ。

 

直毘人も酒飲みの人としてはロクデナシだが、それでも人の親だ。家から出て行ったとはいえ息子がそんな顔をしていれば見捨てることなどできるはずがなかった。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「〜そして俺は何とか動けるようになってここにきた、という事やね。」

 

「フン、お前はその天内とか言う小娘と、甚爾に呪われたんだな。ああ、もちろん俺やお前が祓ってる方の呪いじゃあない。言葉の方の呪い、と言うやつだな。

 

お前は大方小娘が死んだのは俺のせいだ、そして小娘が死ぬ原因となった甚爾が来ることになった遠因は己の所為だとでも思っているのだろう、甚爾を出ていかせたのはお前の教育に悪いから、だったしな。」

 

その言葉は直哉にとってまさに正鵠を居たものであるとともに直哉本人ですら言い表せないであろうほどに直哉の内面を最も簡潔に示したものだ。そう、直哉は今回の任務の責任をすべて自分に抱え込んでいるのだ。

 

「何で、そこまで。」

 

「俺はお前の親だからな。特にお前は軽薄でわかりやすい。」

 

「…そんなに軽薄か?俺。」

 

「ああ、そうだ。まあそんなことはわかっていたことだろ?話を戻すが直哉、貴様はそんな事を考えているがそんなことはどうでもいい。呪い呪われそして死ぬ。それはお前に最初に教えたことだ。

 

何のことはない、この世は全て呪いで繋がっている。この家の因習(呪い)はお前に伝わり、お前はその呪いを甚爾に伝えた、そして甚爾は天内を殺しお前を呪った。それだけの話だ。」

 

何のことはない、術師であるのならば皆知っている。善悪関係なく術師は呪い呪われ生きている生物であることを、そしていくら誤魔化したとしても本質は変えられないと。直哉は今まで人死を見てきたのは数えきれない。だがその内に縁がある者はいなかった。だが僅か三日、三日であろうとも縁があるものの人死を感じてしまった。

 

そこまで来てようやく気づいたのだ。自らが呪い呪われ人が死ぬということを、自らの強さで強引に目を背け、気付くことを拒絶してきたものに追いつかれた。そしてようやく直哉は気づいた。自らや父がアニメを見るのはその事実から唯一目を背けられる甘ったるい世界、それがアニメなのだからだと。

 

「そうか、そうだったな。俺は、そんな生き物だったな。」

 

「フン、漸く少しは分かったかこの阿呆息子、だがまだ天内の、甚爾の呪いはおさまらんぞ。なにせ天元様にお前のせいで星漿体が捧げられなかったのだろう?」

 

「あ……」

 

「今更気づいたのか?星漿体が捧げられなかったことで星漿体でもなければ術師でもない人が死ぬ。そこまで呪いは行き着いた。ならばどうする?」

 

その言葉は直哉に対する問だった。それは覚悟を問う問だ。そしてそれは術師としての覚悟を問うものでもある。もしハンパな回答をするようなら術師をやめさせることまで想定して。そしてそれに直哉は─

 

「人を守る、もう目は背けない。甚爾の呪いも、この家の呪いも、天内の呪いも全て俺が終わらせる。祓ってやる。」

 

直哉は即答した。それはこの世に対する宣言だった。それは呪いを知らない己との別離だった。それは呪いを全て抱え込むという覚悟だった。

 

「そうか、ならば良し。この家から出ていくが良い、直哉。」

 

「ああ、ありがとうな、親父。」

 

そして直哉は門を出た。




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