伏黒甚爾は薨星宮から踵を返して出ようとした。才能に恵まれた夏油を呪術を使えない己が倒した満足感と自らの息子を恵と名付けたことを思い出して喉につっかかっていた小骨が取れたような気がしてからかその足取りは軽かった。
そしてエレベーターに乗り込もうとして足を踏み出そうとした時、後ろからありえない物音がした。薨星宮は誰も立ち入れないはずであり、起こり得るとするならば戦いの影響でできた小石が転がる音と夏油から流れる血が広がる音のみのはずだった。
そう、そのはずだった。故に微かながらに石が割れ、そしてなにか次の行動を起こすための一歩を踏み出した音が聞こえるはずがない。だが天与の暴君は聞こえて来たそれに疑いを持つことなく緩んでいた肉体を即座に臨戦体勢へ移行した。
振り向いた先には常人の目では豆のように小さく見えるほどに隔たりがある場所に直哉が立っていた。直哉の全身からは血が大河のように流れ出しており、口には血を吐いたことによる血痕がこびりついていた。息が荒く、血が飛び出ている様を形容するなら満身創痍、そうとしか言えないであろう。
だかその姿を見てもなお甚爾は一切の油断なく直哉についての考察を開始した。
(チッ、ギリギリでうまく呪力を回してガードしたか。あいつの術式、投射呪法は1秒間を24分割して動きを制作、制作した動きに合わせて高速で移動する術式。
だがもとより投射呪法は最速で亜音速程度、なおかつ24分割して動きを制作するから動きを読むのは容易い。これで武器とか持ってたら厄介なんだがそれもなさそうだ。全て問題なし。)
しかしながら甚爾の脳裏にはまるで何かの呪いかのように違和感がべっとりと張り付いていた。
だがその違和感を振り払い、甚爾はその満身創痍の直哉についての考察を完了した直後、直哉が血による残像を残しながら流星の如き速さで直哉が等身大の距離まで近づき、その地点で停止した。甚爾は即座に術式の開示による強化、それを狙っているものだと判断し開示をする暇も与えず鎖鎌の要領で万里ノ鎖に天逆鉾を連結した独特の武器を振るった。
それは直哉に確実に命中するはずであった。天逆鉾はありとあらゆる守りを貫通し確実な決着をもたらす。仮に天逆鉾を避けたとしても万里ノ鎖に当たるよう動かした。何より直哉は満身創痍かつ初速だ。どちらも加速において大きなハンデを負う。満身創痍は言うに及ばず初速であることは徐々に加速していくという投射呪法において何よりも大きな欠陥になりうる。故に直哉は回避することは不可能だ。
─ならばなぜ直哉の死体が存在しない?甚爾がその疑問を抱いた瞬間、
(ありえねぇ!なんでこいつが俺の後ろにいるッ…!)
その甚爾の答えは直哉の生み出した
この拡張術式は直哉が今に合わせて生み出した術式だ。現在巷のゲームなどには60fps、120fpsなどが溢れかえっている。直毘人はそれに否定的だったが直哉はそれを取り入れた。
そう、投射呪法・壱百弐拾式の正体とは1/24秒に分割する投射呪法を拡張し、1/120秒で分割するようにした拡張術式だ。効果は単純に五倍のコマ数があるため動きを打てる回数が増え、その分速さもまた増すというシンプルな強化を狙って直哉が開発した拡張術式だ。
もちろんデメリットもある。作る動きが五倍になるため負担が増えること。そして動きの一枚辺りにかけられる時間が減ることによるコマ打ちのミスで引き起こされるフリーズ、それが多発してしまうこと、なにより加速による空気の壁だ。だが直哉はアニメの手法を取り入れることでそれらの欠点をある程度克服した。
──アニメにはバンク、というものが存在する。端的に言えば映像を使い回すことで負担を抑える手法だ。例えばヒーロー、ヒロインの変身シーン、例えばカード・ゲームアニメで切り札を引き当てるシーン、それらを使いまわしている。
そう、直哉は作った動きを使いまわすことによって負担を大きく減らしているのだ。直哉はその使いまわしすることをバンク打ちと名付けた。バンク打ちにも一応、応用が効きづらいという弱点が存在している。(最も速すぎるため弱点にはなっていないが)
だが直哉はその弱点を利点へと変えた。そう、壱百弐拾式を使用するときはバンク打ちという欠点の存在している手法しか使わないという縛りを作り、それにより欠点を克服していたのだ!
Q 投射呪法・壱百弐拾式ってなに?
A 疾風迅雷やね