暗躍する請負人の憂鬱    作:トラジマ探偵社

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第10話

 唐突だけど、自動車において、路面とタイヤが激しく擦れ合った際に発生する音のことを『スキール音』というらしい。口で音を再現するなら、『キュイィーン!』とか『キュキュキュ──―!』といった感じ。

 

 車がドリフトした時によく鳴るあの金切り声みたいな音のことだ。耳をつんざくような断末魔みたいな音が我が拠点の真下から響いてきたのでビックリである。

 

 ピカピカと夕日を反射する真紅のセダン車から、バッチリとスーツを着込んだサングラスをかけたバリバリのキャリアウーマンが下りて我がビルに入る。

 

 カツカツ、とヒールの音を軽快に立てながら真っ直ぐ事務所の扉の前に女性は立つ。

 

 ──―コンコン。

 

 あ、そこは普通なんだ。

 

「どうぞ」

 

 促すと「失礼します」という柔らかい女性の声が聞こえた。ギャップが違いすぎて戸惑うばかりで、壬生さんも同様……というより、すっかり人見知りするようになってそわそわして落ち着きがない。

 

 室内へ入ってきた女性は物腰柔らかな態度で口元に浮かべた笑みを崩さず、サングラスを外して話しかける。

 

「久しぶりね。志村くん」

「久しぶりです、つかさちゃん」

 

 つかさちゃん……遠山つかさの登場である。

 

 あのメスゴリラもとい皇悠の専属ボディーガードである。知り合った経緯は、単純にメスゴリラ経由である。

 

 美人だし、物腰柔らかいし、優しくて可愛らしいもの好きなので親しい人は親しみをこめて「つかさちゃん」と呼んでいる。

 

「あの……」

「すみません、壬生さん。紹介するのが遅れました。こちらは遠山つかささん。国防軍所属で皇悠大佐の専属ボディーガードやってる新任少尉さんです」

「改めまして。国防軍所属の遠山つかさ。階級は少尉です。貴方が壬生紗耶香さん?」

「えっ……は、はい……」

「大体の事は姫殿下より聞いてます。ある場所へ連れて行くように指示を受けています。一緒に来てくれませんか?」

「……わかりました」

「いってらっしゃい」

「貴方もよ」

 

 ですよね、わかってました。

 

 レーサーばりのドラテクを見せられるのかと絶望しながら、セダン車に乗り込んだ。

 

 いざ発進! 

 

 交通システムに従った自動運転でスイスイ進む車に肩透かしをくらい、車酔いしなくて済みそうで一安心だ。あのドリフトは何だったのだろう。

 

「あ、あの……し、志村……くん……でいいよね?」

「はい。年下なので敬語じゃなくて大丈夫です」

「そうなの。聞きたいことがあるんだけど、姫殿下って……」

「皇悠大佐の事です。ほら、鉄血皇女の通称で呼ばれてる有名人です。知ってますよね?」

 

 俯きがちな姿勢から真っ直ぐ姿勢良くなるくらい驚愕しちゃったよ。

 

「鉄血皇女ってあの反魔法主義の急先鋒だって言われてる人のことよねっ?」

 

 障壁が壬生さんの顔面に飛んできたので咄嗟に同じ障壁でガードする。

 

「つかさちゃん、口より先に手を出すのはやめたげてくれませんか? ほら、壬生さんが怯えちゃいましたよ」

「何も知らない小娘に教育的指導をしてあげるのも大人の努めよ」

「そうやって短絡的な過激的行為に走るのが新皇道派の欠点です」

 

 顔面を容赦なく障壁で殴りつけなくても、言葉で理解させるのが正しいと思うんだ。人類は暴力的な解決手段ではなく、言葉による民主的な解決をしていくことが必要だと思う。

 

「壬生さん、怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫よ。なんで私ばっかり……」

「今の事に関しては壬生さんの誤解によるものが原因ですね。一般的な呼び方で姫殿下の通称を使いますが、姫殿下が反魔法主義的なのは全く違います。姫殿下はどちらかといえば、中立です。どちらの立場にも立たずにいるようにしています。公平公正を心掛けているので魔法師も重用しますし、非魔法師であろうと変わりません」

「そうです! 姫殿下は正に日本の国防のために産まれ出た傑物なのです! 彼女が真の国防の体現者なのです!!」

 

 急にキャラが変わったように皇悠を賛美し始めるつかさちゃんにはドン引きだ。新皇道派は皇悠に近しくなってくる人間ほど、何らかの精神干渉魔法を受けたように彼女に盲信する狂信者に成り果てる。これは皇悠のカリスマ性によるものなのかもしれない。裏を返せば、彼女が殺されれば新皇道派は何をするか分からない火薬庫でもある。

 

 そんなこんなでつかさちゃんによる精神汚染が始まった。いかに凄いか語られても誇張表現されている事柄もあれば、本当の事もあるというか殆どが真実なので笑えない。触れた相手を吹っ飛ばしたとか内臓破裂させたとか、音速で動いたとか銃弾を手で掴んだり弾き返しただのなんだの、実際にやっていたのを目の当たりにしているので『嘘っぱち』と否定することは出来ない。

 

 ちょうどいいので、つかさちゃんについて掘り下げていこう。彼女は本来であれば『十山』という姓の師補十八家の一つに数えられる家柄だが、この家はかなり他の魔法名家と異なり『家の利益』より『国家の利益』で動く国防族である。そして、日本の中枢に巣食う魑魅魍魎の走狗だった。過去形なのはスパイとして皇悠の傍についたら、摩訶不思議なことに寝返ったというのだ。だが、それで問題というのは無かったらしい。単なる護衛として置くために送り込んだのだろうと思いたい。

 

 ペラペラと怪文書を読み上げるように皇悠を賛辞するつかさちゃんに、壬生さんの顔がどんどん死んでいく。

 

「つかさちゃん、姫殿下の話はここまでにしてこれから行く場所の説明をしてほしいんですが……」

「まだ語らなければいけない内容があるんだけど……いいでしょう。紗耶香さん、これから行く場所を教えますね」

「……はい」

 

 まだ続くの、というげんなりした顔を見せられたが、なんだかんだで俺も行き場所を知らないので教えてほしいところだ。

 

「紗耶香さんは姫殿下が用意したシェアハウスで共同生活をしてもらいます。年長者となるので大変かもしれませんが、そこは頑張ってもらいましょう。本当は私が面倒を見る予定でしたけど、姫殿下が九校戦を観に行かれるので護衛に専念しなければならない事情がありまして申し訳ありません。質問はありますか?」

「えっと、誰が先に住んでるんですか?」

「瓜二つの双子です。ちょうど、今年15歳になる可愛い子たちですよ」

 

 瓜二つの双子。

 

 魔法師が思い浮かべるのは『七草の双子』という通り名で有名な二人だが、まさか七草から攫ってきたとかではなく……別の双子だ。

 

 

 綿摘未九亜(わたつみここあ)綿摘未四亜(わたつみしあ)が既に入居済みで、彼女たちの世話をしてあげてほしいというのが壬生さんへのお願いとなる。過去には触れないでおいてもらう。人のトラウマは抉るものじゃない。

 

 一通りの説明が終わり、これから向かうのは金沢から離れて横須賀である。海軍基地の近くに設けているんだとか何とか……どうやってかなり飛ばしてきたんだろうな。

 

「では、話はここまでにして口を閉じていてね。舌を噛み切りたくなければ」

 

 何やら不穏なことを言い放ち、おとなしく従って口を閉じた瞬間──―ブォンッ! 

 

 アクセルを一気に踏み倒し、けたたましいスキール音を響かせて車の前側がフワッと浮き上がり、急加速した車が後続車を置き去りにする。

 

 隣で壬生さんが何やら叫んでいたが何のその……レーサーばりのドライビングテクニックを発揮したつかさちゃんは楽しそうに車を走らせる。

 

 そこには軍人でもレーサーでもなく、一人のスピードジャンキーがいた。

 

 

 

 

( ^ω^)……

 

 

 あっという間に到着した。タイヤが磨り減る勢いでドリフトしたりとか事故ることはなかったようだ。

 

 なんか色々言いたいことはあるけど、グロッキーになって気絶している壬生さんを揺すって起こす。

 

「壬生さん、着きましたよ」

「うぅっ、わたしはもうダメみたい……」

「諦めたらそこで人生終了なので起きてください」

 

 年上の女性って普通な人がいなくて困るよ。

 

 ちなみにつかさちゃんの車が出していた速度は大体120キロくらい。ポン刀振り回す魔法師の全力加速魔法と同じかそれ以上のスピードで走ったのだが、魔法師ってよくこんなスピードを出して平気だよな。まあ、直線しか動けないから地雷か指向性散弾でも仕掛けてやると面白いくらい引っ掛かるので覚えておきましょう。

 

 マジで横須賀の海軍基地の近くに用意してあった。俺まで同行させる意図は無いと思うんだけど、たぶん嫌がらせだろうな。

 

「真弘さん、来てくれたんだ」

 

 笑みを浮かべた幼い少女が、壬生さんと共同生活を送ることになる綿摘未四亜ちゃんだ。その後ろに綿摘未九亜ちゃんがいる。瓜二つだが、見分け方はキリッとした目つきでしっかり者の感じがする方が四亜ちゃんで、おとなしめでオドオドしてるのが九亜ちゃんである。容姿での区別は難しい。

 

 名前を聞いて率直に会うのは嫌だと感じていた。あの娘たちに感謝されるのが辛く、自分のした事の罪の重さに向き合えないからだ。

 

 何故って? 

 

「全然会いに来てくれないからどうしたのかなって思ってた。久々に会えて嬉しい! ね、九亜!」

「うん! 真弘さん、お久しぶりです!」

「久しぶりだね」

 

 その感謝が……慕ってくるのが耐えられない。そんな感情を向けられていい人間じゃない。知っていて敢えて会わせやがったか。皇悠もかなり悪趣味な奴で、俺がこの娘たちに会いたがらない理由を知らないハズがない。

 

 

 俺はこの娘たちの姉妹を殺した張本人だった。

 

 

 綿摘未姉妹の間に起きたことを回想しよう。

 

 綿摘未姉妹は『わたつみシリーズ』という調整体魔法師の事で、全部で22人存在していたらしい(実際にいたのが14人だった)。海軍において大型CADを使った戦略級魔法の実現に向け、データ取りのため専用に調整された実験体だった。

 

 未成年者の軍事利用は条約違反だった事から、皇悠の介入が入ったまでは良い。しかし、介入される前にデータ取りをしようと研究者側が実験を強行。その情報を掴んだ俺が皇悠に流し、こちら側も強制介入するも時すでに遅しで、大型CADが発動されようとしていた。寸前で俺が魔法使って大型CADを破壊して戦略級魔法の発動を阻止したが、CADを壊すために撃った魔法の余波で実験に使われた12人は自我崩壊して死亡。残っていた少女の内、今いる2人は余っていたから難を逃れただけだった。名前の由来は4番目と9番目に扱われる予定だった個体だったからだ。

 

 その後、わたつみシリーズを使った実験をさせないため、シリーズの基となる遺伝子調整された卵子とこれから生まれてくるだろうわたつみシリーズの娘を殺した。それと、携わった研究員を同じ悲劇を産み出させないために洗脳した上で死なせた。

 

 そういう指示が本来の雇用主から出ていたのだから、責任はあちらにある……などと言えない。結局、実行した人間に責任が生じる。皇悠にかなり咎められたが、何も言わなかった。

 

 俺にとって綿摘未姉妹は自分の罪深さを思い出させる存在だ。苦しみから、悪夢から解放して自由にしてくれた恩人なんかじゃないんだ。でも、本当のことを伝える事ができないのは俺の心の弱さと醜さを見せつけられているようで胸が痛い。

 

 回想を終える。

 

 壬生さんと綿摘未姉妹の顔合わせが行われており、過去に剣道の試合観戦にハマっていた九亜ちゃんによる質問攻めと宥めつつも興味津々の態度を崩さない四亜ちゃんの交流に流石にずっと暗い顔してられなくなったのか、壬生さんは次第に笑顔を自然的に行っていた。まだぎこちないけど。

 

 で、顔合わせが済んだら姉妹は俺のところに来て近況報告と俺の近況を根掘り葉掘り聞いてくる。捏造話して誤魔化すしかなかった。

 

 一段落したのは姉妹が疲れて寝入ってしまってからだった。丁寧に人の膝を枕にしていたので、本物の枕と交換した。

 

 そうしていると、壬生さんがやってきた。

 

「……懐かれてるのね。羨ましいわ」

「壬生さんこそ、すぐに打ち解けているようですね」

「あの娘たちが話しかけてきてくれるからよ。そうでなきゃ全然よ」

「そうですか。では、大丈夫そうですね。綿摘未姉妹のことをお願いします」

 

 自分で蒔いた種が自分に返ってきて罪悪感やらなにやらを感じるのは、自分で悪い事をしてるからだという事の裏返しなんだろう。

 

 とりあえず、壬生さんの件に関しては大丈夫だろう。魔法名家の十山家や皇悠が関わってくると、おいそれと手出しが出来ないからだ。

 

 じゃあ、俺はどうなるんだよって話だが……別に問題ない。彼らからしてみれば、俺は取るに足らない存在として見えているだろう。十山家は脅威に映っても、俺みたいな一般魔法師は吹けば飛ぶ塵のような存在だ。それに皇悠や周辺の俺に対する扱いは酷いもので。

 

「真弘くん、それでは私は軍務に復帰します」

 

 横須賀から自力で帰れと言う。交通費は依頼料の内なので気にならないから良いが、余計な心労が溜まるのは仕方ないで済むのだろうか。

 

 帰りはレーサーが運転しないので快適だった。懐は軽くなったが。

 

 

 

 

 





わたつみシリーズに関してはオリジナル設定してます。

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