暗躍する請負人の憂鬱    作:トラジマ探偵社

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第12話

 九校戦へ向けて練習が始まった。

 

 どこの高校でも出場選手が決まり、それは我が三高でも例外ではなく……一年生から三年生まで関係なく入り混じっての練習である。やけに張り切っている生徒が多いが、それはどこからともなく漏れた『姫殿下が観戦に来る』という確かな噂のおかげだった。

 

 三高は『尚武』を尊ぶ校風で、生徒は保守的な思考を持つ傾向にあるらしい。皇族軍人として有名な皇悠に良いところを見せようと躍起になっている。

 

 やる気が空回りしなければいいな、と考えつつ俺は今回の優勝校となる一高の偵察を根暗ちゃんにしてもらっていた。

 

 一高の優勝が決まったかのような物言いだが、既定路線なので仕方ない。逆に優勝しなかったら、十師族の沽券に関わってくる。「十師族が二人もいて優勝できなかったのか」って感じで。そのプレッシャーは凄まじいの一言で表せる。

 

 七草と十文字を要する一高が2度の優勝を飾り、3連覇をかけた九校戦へ向けた練習風景は普通であるが、内情は最悪だった。

 

 全体的な士気の低さが挙げられる。ブランシュ事件で剥き出しになった『本音』とやらが原因で尾を引き、一科生の内部では『一科生側』、『二科生側』、『中立側』といった三竦みとなって対立したのだ。一科生側というのは一科生の成績上位から中堅連中が大半で、二科生側は一科生の成績下位に属する連中、中立側は成績トップや二科生に知人友人がいる連中だ。どれも二科生側からしてみれば、揃って『差別してくる連中』にカテゴリーされ、今まで仲良かった人間関係がガタガタに崩れて心理面で荒れてる人間が少なからず存在する。

 

 対する二科生側は『反抗側』と『諦観側』の二つに分かれている。反抗側は一科生と積極対立する側で、諦観側はどうせ勝てないからと諦めた状態。

 

 で、どちらにも属さない一科生と二科生の一部が集まって出来た浮いたグループに『司波派』というものがあった。こちらは司波兄妹を中心に構成された我が道を行く唯我独尊の少数精鋭の無関心派だ。実力が高くて一高で起きた問題なんて全く意に介していない誰も助けないし、誰の助けもいらない集団である。

 

 どれもマトモとは言い難く、表面上は穏やかな学生生活を送りつつ、裏ではドロドロとした対立が静かに火を灯している第一次世界大戦前のバルカン半島もニッコリの火薬庫である。

 

 そんな状況であるが、一応九校戦へ向けて権威ある十師族の2人の呼びかけで纏まっているようだ。それすら反目する人間がいるようだが、表面上はおとなしく従っているようにも見える。

 

 肝心の練習状況……特に十師族の2人と風紀委員長の練習風景を見させてもらう。

 

「あら、監視の仕事を依頼しているのに盗撮?」

 

 ちょうど七草真由美の練習しているところを見ていたところへ、皇悠が後ろから茶々を入れてきた。黒のピッチリしたライダースーツを着ているのだが、本人のパーフェクトボディを強調してしまうのでエッチなビデオに出てきそうなエッチなお姉さんにしか見えない。

 

「敵情視察です」

「結局、盗撮と何が違う?」

「それを言われると否定できないんですが、そんなことよりいつの間に事務所に入ってきたんですか?」

「コッソリだ」

 

 忍者の末裔か何かなのかな。対人センサーやら何やら張り巡らせてあるというのに、一体どうやって掻い潜って来たのだろう。産まれてくる世界を間違えているとしか思えない。

 

 横須賀かどこかで「姫殿下どこに行ったのですかぁー!」と叫んでそうな遠山家の令嬢が思い浮かび、内心で合掌しておく。

 

「姫殿下、どうしてここに来たのですか?」

「確認したいことと追加で依頼したいことがある。それと、お前が姫殿下と言うのはやめろ。胡散臭い」

「胡散臭いは言い過ぎです」

「いつも通り皇さんでいいだろう。次にメスゴリラと言ったら、また吹っ飛ばすぞ」

 

 それは勘弁してほしい。皇悠はよく分からん原理で触れた相手を吹っ飛ばすので、魔法師よりもある意味で人間を辞めた人間だと思う。

 

 面倒な事に俺の固有魔法は効果を発揮しないので、ある意味で天敵である。敵対は余程のことがない限り避けたいところだ。

 

「それで確認事項と追加依頼とは何ですか?」

「確認は無頭竜の事だ。何故、何も情報を抜き取らず幹部連中を殺した」

「トップと取引してますからね。それと殺したとは誤解があります。俺は彼らを生かしてますよ」

「あれで生きてるとは言わない。冒涜だ」

「魔法師に倫理観や道徳観なんて有って無いようなもので説教したところで馬耳東風にしかならない」

「だからこそ、秩序と法が必要だ」

「為政者の長生きできない典型的な一例になってます。守るこちらの身にもなってください」

「今更止まれないんだ。やられる前にやるしか無いだろう」

 

 魔法師の理屈と同じになっている気がする。

 

 魔法師社会に秩序と法を作ろうだなんて何を言ってるんだという感じだが、日本の魔法師社会は十師族の他の追随を許さない力によって支配された世紀末の獣社会だから、文明やら秩序やら法律を齎して『人間』として扱いたいのだろう。

 

 そんなのは魔法師社会を支配して特権や利権を貪る十師族は認められないし、彼女の後ろ盾になって魔法師を兵器として支配したい妖怪共も望んじゃいない。

 

 俺はどっちが良いのか一目瞭然だが、そう簡単にいかないのが辛いところだ。

 

「確認は終わりですか?」

「以上だ」

 

 そして、ここからは追加依頼の件だ。

 

 冷やしておいてある麦茶を出したら、一気飲みされておかわりを要求されてもう一杯出したところで皇悠は答える。

 

「九校戦で十師族の権威を落としたい」

「たかだか学生の大会程度で権威が落ちるとは、随分と安くて軽いですね」

「だからこそ、十師族の者は負けることが許されない。志村には十師族が優勝しないようにしてもらいたい」

「わかりました」

 

 大会に出ないのにどうするんだよって疑問はさておき。

 

 どんだけこの人、麦茶飲むんだよ。夏日だからかもしれないが、人の家の麦茶を飲み過ぎだ。コップ5杯目だぞ。

 

 もしかして、麦茶が好みだろうか。確かにミネラル豊富でノンカフェインというのは大切な要素だ。ミネラルはともかく、ノンカフェインというのが特に大切だ。人はカフェインを取り過ぎると死ぬし、通常のお茶やコーヒーなどにはカフェインが多量に含まれている。このカフェインが厄介で飲みすぎると強い利尿作用が働き、トイレが近くなってしまう。だが、麦茶にも利尿作用の成分は入ってるもののそこまで強くない。熱中症対策に最適な飲み物だと言えよう。

 

 と、どうでもいい事を考えながら俺も冷やした麦茶を氷を入れたカップに注いで掻き混ぜる。

 

 そんな時だ。

 

 事務所前の監視カメラに人が映った。それも二人。

 

 下のカフェテリアに入る訳でもなく、真っ直ぐ事務所に来るのだが……見たことあるなと思えば、なんと一条家コンビだ。

 

 別に来ても困らないのだけど、今ここに皇悠がいる。

 

「皇さん、来客なのでお帰りになるか隠れてください」

「珍しいこともあるものだな」

「来る時は来るんですよ」

 

 相手が相手なだけに鉢合わせると面倒な事になる。しかし、この2階に人の隠れる場所はクローゼットくらいなもので、もしそこに押し込もうものなら後で皇悠がどこかにチクって俺の身が危ない。

 

 というか、何で俺は皇悠がここにいることを隠そうとしてるんだっけ。別に関係性に問題ない。真っ黒な繋がりでも誰にも分からんし、互いにそこまで詮索させるような事はしない。バレて困るのはお互い様だからな。

 

 集団の長となるであろう一条がノックするタイミングと、皇悠が窓からダイブしていったのは同時だった。無傷だったし、音も立ててない。あれが本当に人間なのか疑わしくなってきた。そのまま裏に停めてあった大型のワインレッドのバイクに跨って凄まじい爆音を響かせて去っていった。

 

 あの人外はさておき。

 

 ノックされたので、返事して扉を開ける。

 

「はい、こちら志村魔法請負事務所です。ご要件は何でしょうか?」

「うぇっ? ええと、九校戦についてなんだが……」

「そうか。とりあえず、中に入って適当に座ってて」

 

 ぞろぞろと物珍しげに入ってきた。それぞれ「お邪魔します」と言いつつの入室であるが、余程古めかしい時代錯誤の内装に借りてきた猫みたいな状態だ。

 

 事務所の内装は1900年代後半くらいのレトロな感じを意識して再現した造りとなっており、最近のモノは家電やパソコンなどの電気関係である。

 

「なんか探偵事務所っぽいね」

「本当に仕事してるんだな」

 

 かなり失礼なことを言われた気がするが、何も言うまい。

 

 俺は人数分の冷やしておいた麦茶をカップに注ぎ、御盆に乗せて提供する。

 

「それで、九校戦の事とは何だ」

「僕から説明するよ」

 

 話を簡単に説明すると、九校戦の新人戦で行われる競技の一つ『モノリス・コード』の練習中にアクシデントが発生し選手1人が大怪我をしたんだって。それで、その選手……朝倉というのだが……今年の九校戦に参加できなくなった。

 

 選手に空き枠が発生したのなら、別の生徒を入れれば万事解決だろう。しかし、ここで問題が発生した。

 

 代わりのモノリス・コードの選手がいないんだと。朝倉が他に出る予定だったクラウド・ボールとやらは空き枠は埋まったらしい。

 

 そこで新人戦のモノリス・コードに出る二人からの依頼だが……。

 

「志村には俺たちと一緒にモノリス・コードに出てほしい」

 

 一条の提案に内心では疑問だらけだ。俺より成績が上の男子が30人くらい存在するハズなのに、それら全て諸事情によって断られて俺に来たのだ。作為的なものを感じるが、今更考えたところで何も始まらない。

 

 だが、その依頼を遂行するのに障害がある。

 

「俺は姫殿下に護衛するよう頼まれてるんだけど……」

 

 まさか護衛の仕事をほっぽり出すワケにもいかない。四十九院の場合、皇悠の暇潰し相手というか話し相手みたいなもので九校戦を優先させるようになっているが、俺は違う。行事優先なのは変わらないが、仕事に影響しない範囲でということで学校側に了承してもらっている。働かなきゃ生活できないんだから、仕方ないだろ。

 

「そこを何とか頼む」

「頼むと言われても……もしも、護衛対象の傍を離れている時に襲われてたらどうすればいいんだ? モノリス・コードに出ていましたで済まないんだよ」

「分かっているんだが……こっちも新人戦がかかっているんだ」

 

 人の命とたかだか学生の大会の一競技、どっちが重要かなんて火を見るより明らかだろう。更にこっちは会社の信用と自分の生活が懸かっている。

 

 学校の行事が優先なんだけど、比重がどっちにあるかと問われたら仕事の方に傾くんだよな。でも、仕方ない。

 

「モノリス・コードだけでいいのか?」

「ああ、そうだ」

「一応、交渉してみるけどダメだったら他の人にするってことでいい?」

「ダメ元で頼んでるのはこっちなんだ。それで構わない」

 

 断る口実欲しさに皇悠を利用するあたり、そろそろマズイかもしれない。

 

 皇悠の飼い犬であるが、信用の置けない油断ならないポジションを維持し続けなければいけない以上、彼女に近すぎてはいけない。

 

 どうするかは後で考えるとして、早速とばかりに皇悠と連絡を取る。

 

 諸々の事情を説明して「モノリス・コードに出てもいいか」と尋ねる。

 

「出て良し」

 

 許可が出て開いた口が塞がらなかった。この人、俺の立場分かってんのかな。

 

 

 

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