暗躍する請負人の憂鬱 作:トラジマ探偵社
懇親会は恙無く終了した。
皇悠も出席して挨拶こそしたものの、九島烈の余興で霞んで終わる結果となった。
ルンルン気分でメチャクチャ笑顔の一色が四十九院と十七夜と一緒に浴場へ直行していき、これまた上機嫌に顔を赤くしながら戻ってきた。それに男女問わず見惚れる者が散見され、魔法師って魔法使わなくても顔だけで食っていけそうと確信する今日この頃。メスコング……メスゴリラと会話出来てご満悦だったようだ。
俺は九校戦の会場の警備状況の確認をしていた。
ザル警備と言っても過言でない杜撰な警備体制は軍人が警邏しつつ、監視カメラ等による監視体制がされているが、簡単に工作員が侵入を図れるくらい穴だらけだった。
そして、簡単に競技コースへの細工も出来るというあたりで呆れを通り越して笑うしかない。事故を装った選手の棄権は無しということにしているから、工作員を侵入させたりコースへの細工もしない。
そんなこんなで警備体制の確認が終わり、夜中の散歩に興じることにする。
明かりがついてない練習場に人影があるのを見つけ、興味本位に覗き込む。
魔法を使っているようで、これは確か……精霊魔法とやらだったハズだ。古式魔法系なので、それを扱う家は1つ該当するものがある。
『吉田家』
神道系の古式魔法を扱う由緒正しい家柄だが、本元の吉田神道とはまた別というか無関係に近く、皇悠につく古式魔法師のお歴々や伝統的な宗教者からは『邪教徒』と誹られている。祖先はどこの村にでもいるような雨乞いの祈祷師だったらしい。だからなのかどうか知らないが、古式魔法師の社会からは距離を置かれて現代魔法に傾倒しがちである。
九校戦に吉田家の人間が出ていないことは記憶しているので、恐らく学校の行事の一環みたいなもので会場入りしていたのだろう。
関わるのも億劫なので立ち去ろうとした時だ。
──―ジャリ。
「誰だ!」
物音を立ててしまったようで、相手に気づかれてしまった。
おとなしく姿を現し、人畜無害感を出していこう。
「すみません。覗くつもりは無かったんだけど、警備状況の確認がてら見回りしていたら人がいたもので邪魔してはいけないと思って立ち去ろうとしたんですけど、無用な警戒心を与えてしまったようで本当にすみません」
「あっ、いえ……僕の方こそすみません。警備の方でしたか」
「違うけど」
「どういうこと?」
明かりを点けると、俺が三高の生徒だと知って彼……吉田幹比古は驚いた表情を見せた。
「本当に警備員じゃなかったんだね」
「ある時は警備員の仕事をしたことがあるから、ある意味で警備員も当たらずも遠からずってところかな。俺は請負人って便利屋みたいな仕事をしているんだよ」
「便利屋って……魔法師なのにかい?」
魔法師に職業選択の自由はあるのだから、請負人やったって問題なかろうと思う。殆どが軍人か魔法関連の仕事に就くから、物珍しいという事なんだろう。
そして、この魔法師の請負人というのは俺を除くと皆無である一つの事で有名だったりする。
「もしかして、君が姫殿下の飼い犬の世話係している人なのか?」
「そうだよ」
俺が飼い犬だ、なんて言えば変な誤解をされそうなので言わないでおく。
「なら、僕の家がどんな風に呼ばれているか知っているよね? こうして関わってると、後が大変なんじゃ……」
「知っているけど、俺の家は古式魔法師の家柄じゃないから因縁とか無いからな。姫殿下につく古式魔法師たちとは関係ない」
あんな魑魅魍魎と一緒にされたら堪ったものじゃない。かつてはどうだったかは知らないが、魔法師に奪われたものを取り返し、古式魔法の復権だかなんだか知らないが、結局は日本の為というより自分たちの利益しか考えていない。真面目に日本を守ろうとしている人間は魔法師には存在しないと言ってもいいだろう。
「ところで、こんな夜遅くまで魔法の練習してるのか?」
「うん。実は僕……とある儀式に失敗して魔法が上手く扱えなくなってしまったんだ」
吉田の説明では、龍神云々が絡む儀式で魔法が暴走してしてしまって以来、魔法の制御ができなくなったらしい。
さっきの魔法練習では、特に問題点は見受けられないので端的に言ってしまえば『何をそう悩んでいるのか分からない』という結論に至ってしまう。古式魔法師特有の悩みなんだろうか。彼の状態は、儀式によって無理やり拡張された演算領域が制御が甘かったばかりに暴走してしまい、本人が自信を無くしたのも相まって魔法を上手く制御出来ていない。ソフトウェアたる演算領域が高性能にしたが、肝心のハードウェアが古いままみたいな状態とでも言えばいいだろうか。
「吉田はどうしたいんだ?」
「どうって……」
「単純に儀式する以前の状態に戻りたいのか、はたまたそれ以上の力を欲するのか、どっちを選ぶのかって」
「前までの僕なら、儀式する前の状態以上を求めていただろうけど、今はそんな事は求めていない。かつての頃にまで戻れればいいって思ってる」
「つまらない男だな」
「なっ……!」
率直に思った言葉を口にしてしまった。
「つまらないって……昔の僕がどれだけ凄くて今の僕がどれだけ落ちぶれたか知らないのに何なんだよ、その言い草!」
「過去に縋り付いた挙げ句に過去に戻りたいとか馬鹿なのか? 向上心持てよ。過去の自分より強くなってみせるとか言えないのか?」
「そんな事できるワケないじゃないか! 今の僕に過去の自分を超えることはできないんだから!」
「じゃあ、とっとと魔法師なんか辞めてしまえ。みっともなく過去に縋り付くより、余程マシだ」
無性にムカつく。
どの魔法師にも言えることだが、家柄による才能ばかりに目を向けるばかりで向上心を見せることなく、ただひたすらに与えられたモノを与えられた範囲で実力を見せるだけに終始する姿は見ていて不快だった。
勝てなくて当たり前だ、とか、勝って当たり前だの何だの下らない事を常識とし、上を目指さないし目指そうともしないで下ばかり見る。俺が出来ない事を出来る立場にいるクセして、そういう『身の程を知っていて賢い』みたいな考えが気に入らない。
吉田は失くしたものを補うために現代魔法も勉強して、知識を貪欲に求めていたらしいが……目的が過去の自分に戻ることであって超えることではない。
いや、そもそも上を目指してきた結果、挫折して今に至るというなら上を目指す気概がなくて当然か。
「まあ、過去の自分に戻れるくらいは出来るだろう」
「……本当かいっ?」
「明日の早朝、もう一度ここで会おう。今日はもう遅いし、そろそろ寝たい」
夜遅くまで学生がいると、魔法師なので怪しむ軍人は怪しむので解散することとする。
それに姿は見せないが、この練習場……特に俺を監視する目が煩わしい。皇悠が贔屓にしている請負人という邪推はいくらでも出来る仕事なだけあり、やはり陸軍の庭では監視がつくのは仕方ないかもしれない。問題はどこまで監視しているかであるが、全部かもしれないと思うと魔法師に人権は無いのだと確信できる。
どうぞ気づいてくださいと言わんばかりのあからさまな監視を無視し、俺は練習場から立ち去るのだった。
◇◇◇◇◇
翌日。
懇親会の次の日は選手の最終調整も兼ねた休みとなっていた。
俺が出る予定のモノリス・コードでは、一条と吉祥寺がメインで頑張るので俺は戦力外ということで練習には自由参加だった。
おかげで問題なく色々と出来る。
早朝。ランニングを装って練習場へ向かうと、既に吉田幹比古が来ていた。
「来るの早いな」
「昨日の話を聞かされてから、ずっと落ち着かなくて眠れなくてね」
遠足を楽しみにしてる小学生のような心境である。
一応、場所を移動して人除けや声などが漏れないように魔法を使って隠蔽工作をしてから作業に移る。
「最初に言っておくけど、俺がやるのはあくまでキッカケ作りみたいなものだってことを覚えてほしい。昔の頃に戻るも良し、更に上を目指すも良し、現状維持したって良し、君の今後の行動や努力次第といったところかな。それでも良い?」
「僕次第って……」
話が違う、と言いたげな様子だ。
「結局、魔法というのは精神的なものに左右されるから、君が自分に自信を取り戻さない限り何をしたって無意味になる。要するにやれるだけやってみるけど、その後は自分で何とかしてくれって丸投げするから何とか頑張って欲しい」
ということで文句を垂れてそうだが、全部スルーして吉田には背中を向けてもらい、わたつみシリーズを殺した魔法とは逆の魔法を使う。
いわゆる治療魔法の一種みたいなもので、簡単に言ってしまえばパソコンのトラブルシューティングみたいなものだ。主に調整体魔法師の遺伝子治療に扱えたりする魔法なのだけど、決して世の中に出回ることのない俺だけの技術だった。俺が社会の表舞台に出ると、ついでに俺の出生が白日の下の晒される恐れがあり、主に七草や四葉にとって劇薬になるのは確実だし、どっかのジジイが死ぬ。無論、表舞台に出る前に俺は消されるので仮定の話である。そうすると、今のこの状況は色々とマズイのだが……過剰な隠蔽工作したし、口止めもするので大丈夫だと信じたい。
吉田の状態は儀式によって本来発揮される能力から無理やり跳ね上げられたことによる演算能力の拡張により、術者の感覚が狂わされたことに起因する。認識の『ズレ』のおかげで本来引き出せる能力が上手く制御できずに失敗しているのが現状で、その『ズレ』を修正する。俺の中での『魔法力を失う』という事態は『演算領域が繋ぐ線が途切れている』と捉えれる。なんというか、魔法師の精神とエイドスのプラットフォームであるイデアをつなぐ門『ゲート』が閉じてしまうのが魔法力喪失の原因なので、門を開けて演算領域と繋ぐ。
吉田視点では背中を向けていたら、自分の精神を弄られる不快感を一瞬感じたと思ったら全て終わっているのだ。ポカンとしているけど、俺はこの数秒の間に膨大かつ複雑な起動式と他人の演算領域の処理を一手に引き受けているのだ。スパコンも熱くなる高速演算をやらされているので、俺の精神的負担は大きい。
「はい、終わり」
「何をしたんだい?」
当然の事だけど、尋常じゃない魔法を使えば質問攻めされる。これに関しては他人の魔法を詮索するのはマナー違反とされ、答える必要は無い。
「聞かれて正直に答えると思うか?」
「それは解ってるんだけど、気になって……」
「解らなくても大丈夫だろう。変に詮索すれば、お互いに不幸になるからやめておこう」
「だけど……」
「クドい。今回の事は詮索しない、他言無用。ここで起きた事は絶対に秘密にするんだよ。そうすれば、俺は平穏無事な生活できるし、吉田は頑張り次第で力を取り戻せる。それで満足しておいてくれないか?」
「……う、うん。わかった」
まだ腑に落ちない、納得してない感が出しているものの、頷いてくれた。話したら、話した奴と吉田も殺さないと俺が頑張って手に入れた現状を壊されかねないので絶対に話さないでおいてほしい。監視対象を増やさないといけないのは厄介だな。
「あと、ついでに頼みたいことがあるんだけど良いか?」
「なんだい?」
「君の友達の霊子放射過敏症の柴田美月って娘なんだけど、明日の七草真由美の対戦で目の保護をしてあげてほしい」
「なんでそういうことを知っているんだ?」
そりゃあ、疑うだろうな。
「仕事の関係でそういう事に詳しいんだ。それより、これは前に起きた事件なんだけど、壬生紗耶香って人が公開討論会で七草真由美を罵ったばかりに七草家から報復を受けたらしくて命は助かったけど精神を病んじゃったんだよ。それで彼女の親からの依頼で匿うことになったんだ。もしかしたら、七草はどうか知らないけど、四葉の者がこっそり九校戦に参加していたら霊子放射過敏症が原因で柴田美月が何か見てしまって好奇心で訊ねようものなら、何らかの危害が加えられるかもしれない。彼女が眼鏡をかけていても霊子を見ることが無いようにしてほしい。出来そう?」
「それくらいなら問題ないよ。確かに壬生って先輩のことがあったんなら柴田さんも危ないかもしれない。何か起きてからでは遅いからね。君がっていうのもあるけど、姫殿下は四葉家の人間が九校戦に参加している可能性があると認識しているのか?」
「断言できないけど、観戦しに来ている可能性はあるだろう。霊子を見れる人間は希少だから、狙われるリスクはある。気を付けた方がいい」
「わかった」
かなり不安を煽ったが、強ち間違いでもないので気を付けさせるに越したことは無い。一般魔法師は下手に知識がある分、好奇心に身を任せて動くと消されるので用心はし過ぎるくらいがちょうどいい。
後は吉田は自主練習をするらしく居残り、俺はさっさと立ち去るのだった。
魔法理論がおかしいと感じたら、本当に申し訳ないと思っています。