暗躍する請負人の憂鬱 作:トラジマ探偵社
一高の天幕内に衝撃が走ったようだ。
九校戦1日目に行われた本戦女子のスピード・シューティングにて起きた『大番狂わせ』が原因である。最大の優勝候補であった七草真由美が準々決勝にて『敗北した』という事実は大きな衝撃と動揺を与えた。
『まさか会長が負けるなんて……』
生徒会で書紀を務めている中条あずさの発言が示すように、七草真由美が負けるのは想定外の事態だった。
本戦のスピード・シューティングは、男子は三高、女子も三高がそれぞれ一位(二高の清水選手は次戦で敗退)を取り、その下は男子は九高が二位、三位を二高が取っている。女子は二位に九高、三位に二高の清水選手が入っている。一高は当初出る予定だった選手が停学処分となって出場できなかったため、順位は落ち込む結果となった。
『どうやら二高には、相当優秀なエンジニアが参加しているようですね』
『二高にいるなんて初耳よ』
既に魔法式の改良が行われていた事実は会計の市原鈴音によって齎されており、分析した結果が『二高には魔法式を改良できる天才がいる』というものだった。
しかし、エンジニアが優秀であろうと選手の実力が伴っていなければ勝てないのが、魔法師の常識である。エンジニアが天才的であろうと七草真由美が負けることは起こり得ないが、対戦した相手は俺が操縦しているので、実質俺が対戦していたようなものだ。そんな事に思い至れたら、もはや笑うしかない。
『今年の九校戦はどうやら一筋縄ではいかないようだな』
一高首脳陣の様子から、油断は無くても慢心は捨て切れてないことが窺えたところで映像を切り替える。
次は司波兄妹の様子を窺うことにする。イレギュラー要素の塊とも言える二人なら、俺の使った魔法くらいは知りそうなので底が知れない。音声のみなので許してほしい。
『では、お兄様。二高の清水選手は洗脳されていたということなんですか?』
『ああ。だが、通常の洗脳魔法とは違って清水選手は無意識に体を乗っ取られているようだった。演算領域に侵入して精神を乗っ取るなんて芸当が出来る魔法師がいるようだ。それもあの皇悠の下に』
『──―っ! そのような魔法師がどうしてあの皇悠に従っているのでしょうか』
彼らの中では皇悠は『反魔法主義』という認識でいるらしい。というより、これはもう笑うしかない。なんで分かっちゃうのかな。チート過ぎるよ。
『従う理由は分からないが、目的は九校戦を通して十師族の権威を落とすことにあるのだろう。姫殿下はこの国の魔法師社会の秩序を破壊して魔法師を支配することを望んでいるのかもしれない』
『魔法師を奴隷にするということですか……!』
『皇悠は魔法師を目の敵にしている節があるから、極論を言えば深雪の言う通りになるかもしれない。当然、そんな事になれば国家の利益に反してしまうだろう。もしかしたら、四葉が動くかもしれない』
『四葉と事を構えるだけの自信が皇悠にあるという事なんでしょうか』
『なんにしても、今年の九校戦は気を付けておくことに越したことは無いだろう』
露骨過ぎたのだろうか。いや、何で観客席から見てただけで俺の使った魔法が分かるんだよ。分からないように隠蔽工作はしていたのだけど……いくら分析が得意と言っても常軌を逸している。見ただけで魔法が分かるって、もはや笑うしかない。ついでに俺の存在も分かっているようなので笑えない。隠蔽工作はしたというのに……まさか決めつけで行動してなかろうか。
幸いなのかどうかは知らないけど、四葉家や所属しているであろう軍の部隊の上官に報告するつもりが無いことだけが救いだろう。より一層、関わらないように接触しないようにしないといけない。
そう決意しつつ、迎えた次の日の本戦のクラウド・ボールである。
またまた七草真由美の登場である。
先ずはクラウド・ボールのルールからおさらい。
クラウド・ボールは、制限時間内にシューターから射出された低反発ボールをラケットまたは魔法を使って相手コートへ落とした回数を競う対戦競技である。
1セット3分、ボールは20秒ごとに追加され最大9つのボールを操る、女子は3セットマッチ,男子は5セットマッチである。ちなみに選手の一日の試合回数が最も多く消耗を抑えることが重要とされる(24→12→6→3→3位決定戦→決勝で半日で最大5試合)
七草真由美の常套手段は『ダブル・バウンド』という対象の移動物体の加速を二倍にし、ベクトルの方向を逆転させる魔法を用いて、自陣に入られる前に打ち返す戦法だ。これをどうにか攻略するには、単純に干渉力を超える必要がある。認識阻害をかけたところで『マルチスコープ』に死角は存在しないので、ボールを隠しても無意味だろう。
だが、七草真由美の弱点と言えば『マルチスコープ』で知覚した後に魔法を放つまでにラグがあることだろう。コンマ何秒かの世界で戦わなければならず、更にスピード・シューティングで使った魔法を使うと突拍子もない理論で同一人物の仕業と勘繰られて疑われかねないので同じ魔法は使えない縛りが発生している中での戦いである。
かなり姑息だが、再びCADに細工をしてもらって昨日と同様に負担増を狙う。そして、彼女と対戦する全ての選手を七草真由美から点を取ることは出来なくとも死力を尽くして粘るように暗示を仕掛けてもらう。俺が動くとアレなので、根暗ちゃんと関本氏にそれぞれ頑張ってもらう。
そうして迎えようとしているのが決勝戦。
ここまで優勝させない布石は打ってきたつもりだが、結論を言うなら『全く効果が無かった』であった。
昨日のスピード・シューティングで尻に火がついたと思われ、ここまでの試合結果は1つの得点も許さない完封の上で相手選手のリタイアで勝ってきている。十師族としての他の追随を許さない圧倒的な力を見せつけた試合運びは、ハイレベルの試合というより単なる作業だった。で、それを見せられて観客が沸き立つというより、白けたムードが漂い、相手選手に同情する者が出ている。歓声が疎らだった。
「十師族が本気を出したら、こうまで試合がつまらなくなるものなんだな」
皇悠があくびを噛み殺しながら呟き、概ね同意する。しかし、本気を出させたのも『つまらない試合』にさせたのも元を正せば彼女自身であることを忘れてはならない。実行者は俺だけど。
皇悠が元凶と捉えるなら、この他人事のような物言いに堪忍袋の緒が切れる人がいた。
「十師族の本気を見たいと言っていたのは姫殿下ではありませんか。ご自分で言って実際に目の当りにしたら『つまらない』などと言うのは、些か都合がよすぎるのではありませんか?」
藤林響子だった。流石に声を荒げることまでしなかったようで、つかさちゃんは自制できたようだ。
俺がいないところで「十師族の本気を見たい」などと口にしていたようだが、それで実際に目の当りにした感想が『つまらない』というのも失礼極まりないが納得だ。本気出せば試合にならないとか、力があり過ぎるのも困りモノかもしれない。
「私は圧倒的な実力差を見せつける試合より、手に汗握るような拮抗した試合の方が好きだった。それだけの話だよ。もはや、どこを楽しめばいいんだろうな」
「姫殿下に同意します。平坦な道より、山や谷のある道が好きです」
イエスマンと言って差し支えないつかさちゃんの発言はさておき。
藤林響子は俺に眼光を向ける。貴方はどうなの、と訴えているようで返答に困ってしまう。実際に十師族の本気を見た感想を述べるのって大変だよ。だって「強かった」という一言で完結するんだもん。ただでさえ他よりも隔絶した魔法力を持つのに、そこへ秘術だか秘伝だったかを使われたら鬼に金棒で、一般魔法師からしてみればお手上げである。ちなみにこの秘伝だったか秘術を参考に新たな魔法式を作ると、殺害や恐喝、脅迫などこの世の地獄と闇の満漢全席を体験できるので気を付けよう。
というか、俺もある意味で十師族側として見れるので何を言ってもダメだろう。
「これは変にトラウマになって魔法力を喪失される前に棄権させたいのですが、よろしいでしょうか?」
「それだと、敵前逃亡の臆病者だという誹りは免れないが良いのかね?」
「会場の雰囲気的に棄権したって誰もそんな事言いませんよ、老師。十師族の強さは分かったので、もう良いのでは?」
「それだと、君は依頼とやらが完遂出来ないワケだが」
「勝てなくもないですが、それをやっちゃうとあからさま過ぎて後が大変です」
「単純な魔法力勝負はさすがに都合が悪いか」
「十師族を超える魔法力を持つ魔法師はいない。この国の魔法師の常識や価値観を根底から覆したら、後に待つのは思いあがった馬鹿による出来もしない下克上ですよ」
十師族が強いのは、研究所で研究テーマに沿って様々なアプローチから開発されたからだ。当然ながら、彼らの魔法力の異常なまでの高さは人の道を外れ、頭のネジが何十本も緩んだ度重なる非人道的な研究開発の結果だ。
最初期に開発された九島烈が知らないハズがなく、十師族の創設目的は本当のところは彼のように強過ぎる魔法師を閉じ込める『檻』だったのかもしれない。
「姫殿下、どうしますか?」
「単純な力勝負をするつもりは無いか」
誰もが皇悠のようにゴリラじゃないんだよ。
純粋な力比べなら俺は誰にも負けない自信はある。
四葉と七草の遺伝子が使われ、更に完全な調整も受けている俺の魔法力は他の十師族を圧倒的に凌駕していると言っても過言でない。故にその魔法力に比例して顔立ちが整い過ぎて目立つので、前髪を長くして隠している。
『神秘的すぎて直視すると目が潰れる』
皇悠の感想である。常時フラッシュしてんのかな。
要するにこんな小狡いことをする輩には見えない人間ということで、容姿と性格と言動にズレが生じている。
それはいいとして、つかさちゃんからの「姫殿下の期待を裏切るな」という視線が怖いので俺も尻に火を付ける。
「だが、単純な魔法力だけが全てではない。証明してみてほしい。魔法力以外でも勝てるということを」
「わかりました」
正直、不可能に近い。魔法戦闘において魔法力はある種のバロメーターであり、向かい合ってよーいドンで戦うなら魔法力で勝敗は決する。
七草真由美から点数を勝ち取るには、あらゆる角度から打ったところで多元レーダーみたいな知覚能力を有するので死角は無いに等しい。これを崩す方法は、単純に七草真由美の処理能力を超えるように複雑かつ高度な魔法の運用をしてボールを向かわせることだろうか。そんな事出来るのは、メスゴリラくらいなものだろう。
しかし、そんな人間やめた方法をとらなくても攻略法はもう一つある。
『ダブル・バウンド』は発動対象が存在して効力を発揮するが、そもそもこの魔法は物体が動いているからこそ、この魔法は効力を発揮する。前述したように七草真由美のキャパオーバーを期待するのは現実的ではないので、俺が狙うとすれば『魔法を外させる』か『物体のベクトルをゼロにする』という二つの曲芸である。
ちなみに決勝では、七草真由美と同様に魔法でボールを打つスタイルの三高の三年生でクラウド・ボール部の部長をしている風見先輩をハックしての参戦だ。七草真由美と対戦する上で最も好都合な魔法師がこの人しかいなかったし、目的にも合うのでちょうどいいだろう。
この際、同じ魔法を使うのは仕方ない。圧倒的な魔法力を持つ相手に正面切って挑むには、俺が思いつく限りにおいて曲芸に頼るしかない。強すぎて笑うしかない。
ブザーが鳴る。勝負の時だ。
一つ目のボールAが射出され、先ずは条件を整えるためにここはひたすら相手ネットで戻ってくるボールを空気弾で打ち返す。
時間が経過し、ボールBが増える。
ここから仕掛けていく。
七草真由美の『ダブル・バウンド』は物体が動いているからこそ効力を発揮する。そして、いつも魔法を使うタイミングは境界に位置するネットの上だ。ちょうどそのタイミングでボールAが静止するように停止の魔法をかける。
ボールAは下方向にベクトルが変わり、自陣へ向かうボールAのベクトルを逆転させるという定義が破綻して魔法は不発。同時に二個目のボールBは普通に打って処理させようとする。
そして、落下するボールAを打ち上げようと空気弾を撃つ。
上昇したボールAはベクトルが逆転して戻ってくる途中だったボールBに衝突、ボールBは再び七草真由美のコートへ向かい、ボールAは壁にぶつかって反転してきた初めにボールBを撃った空気弾によって方向が七草真由美のコートへ向かう。
「どういうこと……!?」
この一連の動きは一瞬の出来事に近く、打ち返した次の瞬間には二つに増えてコートへ送り込まれたのだ。
常識の超えた出来事に七草真由美は驚愕と動揺してしまうが、得点を入れられてしまう前に『ダブル・バウンド』で打ち返す。まだボールの数がたりないから、反応されても仕方ないか。
まだ序の口だ。七草真由美がベクトルを逆転させる『ダブル・バウンド』しか使わないのであれば、こちら側の勝ちは拾えるだろう。打った方向からボールが来るのなら、俺の演算を超えるには至らない。
魔法師はあくまで『魔法が使える常人』だ。皇悠のように人間辞めたゴリラではないので、どれだけ魔法力が優れようとも限界はある。
いくら死角が無くても、反応できなければ意味がない。
寸分の狂いなく跳弾するように改良した空気弾を当て、ボール同士をぶつけたりして返していく上で時間の経過と共にボールは最大9つになる。
ここからが腕の見せ所。時間差を設けて相手が1つのボールを返したら次のボールが逐次向かうようにするという悪辣な攻め方で、どこへどうボールが向かうか全ての軌道を演算処理する。
9つのボール全ての軌道を予測演算して魔法を使って打ち返す技能は、当然ながら風見選手は持ち合わせていない。誰かが肩代わりしなければならないのだが、俺は回りくどく根暗ちゃんを介することにより、彼女をスケープゴートに仕立て上げて演算処理している。情報次元では根暗ちゃんが演算処理しているように見せかけることになり、俺は何もしてないことになる。精神干渉が得意の四葉家に対する本気の隠蔽工作だが、これで駄目だったら頭を掻いて誤魔化すしか道は無い。
消耗の具合でいったら、1つ1つ『マルチスコープ』も並用して魔法で対処しなければならない七草真由美と1つの魔法で最低でも3回以上は打ち返してボールとボールをぶつけて半自動的に返している風見選手では、どちらが疲労が蓄積しているかといえば、圧倒的に前者だろう。七草真由美は普段は生徒会活動をしており、体力作りはあまりしてなかったので体力は低い部類に入る。だからといって、まだ疲れを見せずにいるのは十師族たる所以だろう。
しかし、どれだけ取り繕っても限界は訪れるものだ。
「あっ──―!」
観客席から声が上がる。
ここまで完封してきた七草真由美がついに点を許したのだ。残り十秒という局面で互いに点を許さずにいた状況で、点を取られることは精神的にも辛いだろう。
嫌がらせも効果はあったらしい。億面には出さずにいたが、それも限界だったのだろう。
ラストスパートだ。まだワンセット目だが、ボールのスピードを速めることで相手の魔法の処理スピードを上げさせる。
「くっ……!」
ペースは完全に握っているから、合わさざるを得ない七草真由美は何とか食らいついてくる。追加で点数を取れると思ったが、どうやら無理なようだ。
ブザーが鳴り響き、第一セットが終了した。
風見選手が辛くも勝利を掴み、次のセットへ向けて準備を開始する。
俺も次に向けてやらなければならないことがある。
「砂糖ください」
糖分摂取だ。
余談。
室内にあった砂糖は、コーヒーなどに使う角砂糖のみだったという。ケーキくらい用意しろ、と主人公は内心思っていました。
申し訳ございません。長くなるのでここで一旦区切ります。
後半戦は鋭意執筆中につき、しばらく待たせることになります。その旨をどうか了承していただきたく存じます。