暗躍する請負人の憂鬱 作:トラジマ探偵社
暗躍していく上で最もやられてキツいのは、こうして実際の証拠も何も無いのに捕まることだった。
自分の掌でクルクルと踊らせ、思い通りに動かしてほくそ笑んでいたところに『お前が黒幕だな。逮捕だ逮捕ォー!』なんて決めつけで動かれることがムカつく。証拠? そんなものは後で作るから良い。状況証拠と疑惑さえあれば充分だろう?
強権を振るわれたら為す術が無く、今こうして『取り調べ』という名目の下、有益な情報を抜き取りをされていた。
茶番劇の開幕。
先ずは姫殿下との関係やら依頼内容を問いただされる。ちゃんと答えなければ、第一段階は机を叩いて脅しが入り、それでもダメなら自白剤が投与される。暴力的な手段に出れば、非合法な手段に出ているから後で手痛いしっぺ返しが待っているだろう。
ちゃんと喋る気は無いけど、相手……天狗さんが焦れてどんなアクションに出るか予測できない以上、ある程度は真面目に話すべきだろう。
「そう聞かれましても、俺と姫殿下はドライな関係ですよ。金で繋がっているだけです」
「それにしてはプライベートな付き合いがあるようじゃないか。姫殿下が私的に訪れておきながら、ドライな関係は無理があるだろう」
「何事も自分でやらなきゃ気が済まない質なんですよ。綺麗なお飾りでいればいいのに、汚いこともしようとするから色々と失敗して利用されるんです」
「随分と姫殿下について詳しいようだな。ならば、彼女がここに来て何を企てているか知っているか?」
「中立でありたいらしいです。なんだかんだと魔法師は必要ですからね」
「本当のことを話したらどうなんだ?」
「アンタ人の話す事を少しくらい信用しろよ」
ネチネチとしつこい男だな。大天狗じゃなくて大蛇にでも改名したらいいんじゃないか。それだと、どっかの漫画のキャラと被るか。干されていたら、大亜連合の侵攻軍を撃退した功績によって昇任して秘密部隊(所属を名乗らないから恐らく)に所属してるんだろうけど、やってることが表向きは民間人の自由を奪って拘束して恐喝、脅迫、恫喝の三点セットをお届けするという軍人にあるまじき行為だ。今のは和やかな話し合いを届けているが、もっと恐ろしいものを味わっている事に関する内容は割愛している。誰も俺が悲惨な目に遭っているのは見たくないだろうし。
魔法師は兵器であり、軍の所有物であるから何しても許されるんだろう。これが魔法名家と関りがある魔法師なら軍は丁重に紳士的な振る舞いをしてくれるが、そうでない一般魔法師はこんな風に確たる証拠や司法を介さずに拘束してくる。なんと痛快なディストピアなんでしょう。これが日本という国の軍かよ。
ちなみに新皇道派は、姫殿下の方針もあって魔法師に対して優しい。だけど、反魔法主義的だと魔法師社会でイメージがあるのは、ネーミングやプロパガンダ、ネガティブキャンペーンの賜物だろう。
「風間少佐、不当に民間人を拘束しようとはどういう了見か伺いたい」
なんて考えつつ天狗さんの追及を捌いていたところで、この茶番劇を終わらせたのは思いの外早く登場した皇悠だった。つかさちゃんを伴っての登場には、天狗さんも苦虫を噛み潰したような顔をする。
海と陸という別々の庭だけど、階級による序列はどっちも一緒なのでここでは今のところ『大佐』である皇悠の命令に対して『少佐』の風間少佐は服従しなければならない。
馬鹿正直に『強権を振っていた』なんて認めれないし、すごすごと引き下がるしかできないだろう。諦めが悪そうだけど。
「姫殿下、私の部下が彼が慣れた様子で横浜の中華街に出入りしていたという情報を掴みました。ご存知でしょうが、我々は未だ大亜連合と法的には戦争を継続中です。そこに国防の要となる魔法師が出入りしていれば、良からぬ輩に目をつけられて無意識に操られている可能性があります」
「証拠はあるのか?」
「……それは……しかし、あの街は本国の圧政から逃れた華僑の、本国に対する主要抵抗拠点の一つという建前がありますが、内実は工作員の巣窟だということは知ってるでしょう。これは彼の身を守るためでもあります」
「話にならん。実際に見てもいないのに良く決めつけれたものだな」
工作員がいるのは事実ではある。藤林響子から俺が中華街に行った情報を得たというのに全くそこら辺は訊いてこなかったけど、建前が『スパイ疑惑』だったのに天狗さんにとってはどうでもいい事だったようだ。
「第一、私が彼を中華街へ向かわせたのは無頭竜との取引をさせるためだった。責任は私にある」
俺が無頭竜の幹部がいる中華街へ向かったのは、ボスのリチャード・孫の依頼であり、妖怪の思惑が絡んだことなんだけど……メスゴリラの陰謀も絡んでいたのかもしれない。いや、そこは認めちゃアカンでしょ。バカなの、死にたいの?
「一介の軍人であり、ましてや皇族である貴方が海外の犯罪組織と繋がるとは、何を考えているのですか!」
超ド正論をブチ込まれて苦い顔をしたのはつかさちゃんだが、皇悠は飄々とどこ吹く風だった。
非合法な事をしているのはどっちも一緒であり、質が悪いのもどっちも一緒だろう。まあ、もっと質が悪いのはたくさんいるのだけど、このブーメラン会話は傍から見れば滑稽でしかない。
やらかし具合でいったら、皇悠がマズいだろう。流石に擁護できない。
「そんなの大亜連合との戦争を終わらせるために決まっているだろう?」
どういうことやねん。
話を要約すると、無頭竜を通して大亜連合の穏健派と接触して水面下で和平の交渉をしているらしい。主導しているのは皇悠で、まだ交渉中な様子であるものの向こうも乗り気な様子で取り纏めには苦労しないらしい。
いつの間にそんな事してたんだよ、というツッコミをしていいものだろうか。俺は皇悠の計画を邪魔してたハズだし、どこで誰をどう動かしていたのかネタ晴らしくらいしてほしい。たぶんロン毛ジジイがいるんだろうけど、あの人は世界大戦をもう一回やりたいみたいな感じの人間だと思っていたが、皇悠側について何か得するものが……四葉に噛みつけるくらいか。
驚いたのは天狗さんで、彼は和平の内容を聞いて「正気か!?」と目を白黒させる。
「この国の魔法技術を売り渡そうというのか! 貴方はそれでもこの国の軍人かっ?」
「技術協力と言ってほしいな。技術では戦争に勝てないし、それに戦争による被害を少なくするためなら、多少の損は許容範囲だろう。ほら、目的を知れたんだ。これ以上、何か必要か?」
それもそうか。
「いつか大きな仕返しがきますよ」
「仕返しならもうすぐ来る。それもとびっきりのな」
天狗さんには立ち去ってもらったので、茶番劇が閉幕ということで手錠を外す。既に天狗さんを洗脳して鍵は貰っていたのだが、その気になれば出て行けたのは言うまでもなく……そんな事しなかったのは単純に状況を楽しんでいたのと自分を助けるのは皇悠が動くか試したかった。それに、せっかく拘束してくれたのに『何も情報を得られませんでした』なんて天狗さんが可哀想だ。ピエロになっちゃうよ。
「志村は私を殺すか?」
お礼を言って帰ろうとしたところへ、皇悠がそんなことを聞いてくる。つかさちゃんが厳しい目を向けてCADを起動させるのが見えたが、殺す気が無い単なるポーズだった。どうやらバレバレだったようだ。
別にCADが無くとも魔法の使用には速度的な問題くらいで、今この場で殺してしまって天狗さんを犯人に仕立て上げることは、固有魔法の効かない皇悠とマジノ線みたいな魔法師を相手にするという難易度エクストリームの状況さえ無ければ容易だ。そんな事をして誰が喜ぶかといえば、大亜連合と戦争したい馬鹿と技術を独占したい阿呆だろう。妖怪ジジイが彼女を殺したい理由は後者かな。魔法技術を売り渡すのは、一般の研究所の交流までだろう。それ以外に手を入れようとすれば、流石に黙っちゃいないだろうけど、そこまでするつもりが無いのは明白。大亜連合と戦争したい理由があるのだろうか。
いくらなんでも、殺す殺さない以前に皇悠を殺すことのデメリットが大き過ぎて殺したくない。まあ、殺さない理由が欲しかったから、皇悠が戦争回避の手段を講じてくれるならそれでいい。
内輪で戦争して更に大亜連合とも戦争するとか……どんだけ戦争したいんだよ。逆に皇悠を殺さずとも、和平に反対する勢力が出しゃばってくるし、いろんなのが出てきて内戦状態に突入するかもしれない。どっちにしても戦争になるくらいなら、内輪で戦争していた方が外国と戦争するよりマシだ。
「貴方を殺すなんて何の話をしてるんですか? 俺は護衛の仕事を任されて守る側の人間ですよ。普通に考えて殺す理由があるんですか?」
「年寄りの命令に背いて敵対することに繋がるけど?」
「何を言ってるのやら。あちらの命令は皇悠の飼い犬になることであり、護衛することだ。それに俺は金で動く便利屋だから、金を出さないクライアントの下にいつまでもつく道理はありません」
「じゃあ、これから扱き使ってやるから覚悟しておけ。報酬は約束しよう」
「ありがとうございます」
先の未来より、目先の金が大事で報酬を出さない妖怪ジジイより報酬をたんまり出してくれるメスゴリラに乗っかるのは自然な事だった。何でもお金のためではないけど、優先順位はお金が先で、次に日本という国家と国民で、次に自分の命とくる。とりあえず、信頼度が上がったようだ。
そういう事で、これから妖怪ジジイが送り込んでくる刺客と対峙しなければならなくなったのは言うまでもない。