暗躍する請負人の憂鬱 作:トラジマ探偵社
新人戦が開幕した。
初日はスピード・シューティングが幕を開け、我らが三高からは十七夜栞が出場する。
個人の資質を引き伸ばすことを重点的に研究する金沢魔法理研のテクニカルスタッフとして活動している彼女は、見たものを瞬時に数式化できる特殊な『眼』を有し、それを活かすことで『
使う魔法自体は振動系魔法によるクレーの破砕だが、飛び散る破片を計算して移動魔法で他のクレーにぶつける。改良型空気弾による曲芸的な連鎖破壊とはまた違い、こっちは完全に魔法と才能に頼った技術である。
ただし、弱点があるとすれば消耗が大きいことである。数学的連鎖はCADの性能に依存しがちで、いくら才能があって見たものを瞬時に数式化して処理したとしても、魔法師が魔法使う上で中核を為すのはCADだ。予選だからパーフェクトに破壊できたとはいえ、対戦形式になれば相手の繰り出す魔法も演算しなければいけないのでそれだけ負担は大きくなる。相手と拮抗すれば、エンジニアのCAD調整の腕前が如実に現れる魔法技能だった。
対抗馬になるのは、一高の北山雫だ。魔法力では十七夜には劣るものの、エンジニアを『トーラス・シルバー』の司波達也が担当しているので油断はできないだろう。
気になる北山雫の戦法は、フィールドをいくつかの区分に分けて侵入したクレーを振動魔法で逐次破壊していくというものだ。細かに区分けなどせず、大まかに区分けすることで振動魔法でにリソースを割いている。ちなみにこの魔法『
十七夜は「勝てる」と豪語した。
北山雫の使った魔法は精緻な魔法制御を必要とせず、大雑把にして制御を捨てたやり方だからだ。逆に十七夜は、精緻で完璧な制御で戦う。要するに範囲攻撃VS精密射撃の戦いだった。早撃ちとは。
十七夜の戦法を見られている以上、弱点は熟知しているだろう。対策は取られていると鑑みれば、事前に得た情報から推察するに十七夜は確実に負ける。点数は三高がリードしているとはいえ、新人戦では一条が出る試合は負ける予定なので逆転される可能性は十分にあり得るから十七夜には負けてもらうと困る。
なので北山雫との対戦に備え、最終調整している十七夜をちょっと骨が折れるけど洗脳してCADを本人の能力が最大限かつ効率よく発揮できるよう調整する。演算領域の規模が大きくなるのに比例して、乗っ取る側である俺の負担も大きくなるので演算規模の大きい十七夜を乗っ取って試合させるのは今後のことも考えて遠慮しておく。代わりにCADの調整をして『自分が調整した』と思い込ませた。
万全は期した。後は単純な魔法力の勝負となるので十七夜の頑張り次第といったところで勝ってほしいものだ。
◇◆◇◆◇◆
十七夜栞は試合中にも関わらず困惑していた。
(おかしい。明らかに効率が上がっているわ)
魔法式の構築がスムーズだった。良い事ではあるが、CADの調整技術が上がった訳でもないのにこの効率化はおかしいとどこか頭の片隅では思った。
しかし、自分が『調整したのだ』と思い直して意識を試合に向ける。
相手選手……北山雫の魔法は、照準保護機能を取り付けた汎用型CADによる『収束系と振動系魔法の連続発動』であることが試合中盤で思い至ったが、事前に考えた方法では対応し切れなかったかもしれないが、今なら充分に対応できるだけの力があった。
(これなら勝てるわ)
十七夜は勝利を確信し、事実その通りとなった。
◇◆◇◆◇◆
『優勝おめでとう、栞!』
その後、決勝でも見事な勝利を飾った十七夜は、満面の笑み浮かべた一色にハグされていた。
スピード・シューティングの結果は、1位を十七夜栞、2位に明智英美、3位に北山雫となっていた。
「十七夜栞が勝ったか。志村が調整したのか?」
姫殿下に問われ、俺は肯定する。
「何もしないで挑ませたら十七夜の負けでした。どうせ十師族でもない人間が優勝したところで問題ないですよね?」
「私は構わないけど、たぶん十六夜家あたりは煩いだろう。十七夜栞は元数字落ちだから、目立って名声を得ることを好ましく思っていない」
「別に構いませんよね。今は百家ですから」
「違いない」
くつくつと愉快そうに皇悠は笑う。
「ところで、桐原武明という男が壬生紗耶香に会いたいと依頼してきたんだろう。志村としてはどうなんだ?」
「七草真由美も一緒になって頼んできたんですが、正直どうしたらいいですか?」
「志村くん、姫殿下に質問を質問で返すな」
つかさちゃんのマジトーンのお叱りを受けたので、本音を吐露する。
「桐原武明の話を聞くと、応援したくなったんですよね。不器用な人間が一途に思う余り暴走してしまい、後悔して償いをしようとして報われなかった。あまりにも不憫だから、何とかしてあげたくなるのが人情ってものじゃないですか。もし利用しなければ、付き合ってた可能性があったのなら、俺は責任をもって何とかしたい」
「付き合ってなかった可能性もあるだろう。一高での一科生と二科生の対立を見ていたのなら解るだろうが、ブランシュの一件が無かったら桐原武明は一科生としてのプライドや体裁から付き合えても長続きしなかっただろう。両者の溝はあまりにも深く、決して埋まらない。程々にしておけばよかったものを……煽り過ぎたな」
過激的だったのは認める。
まあ、これはまだ優しい方だろう。大亜連合に対する暗躍は、テレビで見れば『悲惨』の一言に尽きる。一歩外へ踏み出せば死体が転がっている虐殺の嵐だ。狂気に犯された人間や魔法師による虐殺が止まらないので、現在進行形で俺の後ろには屍が積み上がっている。どうやったって? ちょっと昔の小説を参考に人の精神構造を弄ったのさ。
閑話休題。
利用した結果、拗れてしまった関係が目の前にあって自分がどうにか出来る立場にあるなら何とかしたいのが心情だ。
だが、面倒なのが七草真由美で『お願い』してきたあたりで便乗してくるのが目に見えており、ついでとばかりに余計なのがついてくるに決まっているだろう。桐原さんにも聴取したんだろうが、七草家の魔法師が殺された件に関する事を訊ねる可能性がある。単純に桐原さんだけを指定してしまえば良いんだろうけど、難しいよなー。壬生さんは何も知らないから良いとして、仮称『ペルソナくん』は目立ち過ぎた。どんな超理論を展開するか知らないが、四葉という隠れ蓑が機能してなければ皇悠側を疑う可能性はある。というか、勝手に四葉を利用したので隠蔽工作は過剰にしているとはいえ、奴らがどこから嗅ぎつけて動いてくるか分からないので用心しなければならない。壬生さんが七草のみならず四葉に狙われる可能性も出てきて頭が痛い。
というか、そもそも直接の関りが無いし俺が関わった証拠はどこにも無いので疑われる余地は無いだろう。変に意識する方が疑われる可能性がある。
「皇さんは桐原さんを壬生さんに会わせることは構わないってことで良いですか?」
「私に判断を委ねる必要は無いだろう。紗耶香に判断を委ねればいい」
「そうですか」
皇悠は関わる気がゼロのようだ。構ってられないというのもあるのだろう。
俺に丸投げした形で、何か起きれば全責任は俺が取らされるワケだから、何も起きないようにしないといけない。いや、最終的な判断は壬生さんになるワケだが。ちなみに件の壬生さんはといえば、綿摘未姉妹とは打ち解けたらしく、今は皇悠の計らいで私立の学校へ通い始めたらしい。魔法とは関わりのない生活を送り始めて日が浅いから、心の整理は追いついていない可能性もある。
そんなワケで壬生さんに連絡を入れて「桐原武明という男が会いたがっている」という旨を伝えてみたら、返ってきた答えがこちら。
『今はまだ会いたくない』
時間はかかるが、会う気はあるようだ。
上手いこと言いくるめるのが俺の仕事なので、桐原さんには何とか我慢してもらおう。
結果を皇悠に報告しようとしたら、彼女も誰かから連絡を受けていたようだった。使っている端末が軍用の特別製で暗号化された秘匿通信端末だった。大抵そういう誰にも知られたくない通信をする時というのは、通信している相手は恐ろしくヤバかったりする。
「ふむ、了解した。奴を向かわせよう」
あ、嫌な予感。
「志村、仕事の依頼だ。四葉の手の者が現れた。狙いは壬生紗耶香と思われるから、絶対に守りきれ」
フラグの回収が早すぎんだろ、クソが!
「わかりました。四葉に関してはどうしますか? 壬生さんがターゲットとするなら、生かしても殺しても四葉との敵対は避けられませんよ」
「生かしておいた方が決定的な対立は避けられるだろうが、どのみち敵対するのが早いか遅いかの違いでしかない。やれるか?」
「俺が魔法で勝てない奴はこの世に存在しませんよ」
傲慢かもしれないけど、事実その通りだから仕方ない。
七草の魔法師は弱かったが、四葉の魔法師はどれくらい強いだろうか。楽しみだ。