暗躍する請負人の憂鬱 作:トラジマ探偵社
九校戦が再開された。
そんな事より、先ずは顧傑を始末しにかかる。
奴の目的は、四葉への動機の弱い復讐。それと魔法を社会的に葬り去り、大亜細亜連合の下で魔法の無い世界で覇権を手にすることだ。
奴はテロリスト認定を受けながらも、日本に何者かの手引きで入国。大亜連合と日本が講和されないように、中心人物である皇悠を殺そうとしている。四葉と動きが被られて遅れを取ったけど、油断なく容赦しないで潰させてもらおう。全部の罪を被せるつもりなので、丁度いい相手だ。
顧傑の常套手段は『
軍の敷地で起きた事だから『軍の管轄』となり、捜査は天狗少佐が指揮しているらしいが、魔法の事が解っても犯人までは掴んでないだろう。時間をかければ辿り着くだろうけど、単純に天狗少佐が嫌いだし、十六夜夜子の事もあるので四葉と癒着関係にある輩に出しゃばられると迷惑なので、手柄を立てさせたくないのもあるけど蚊帳の外にいてもらおう。
現在、病院の前で待機しているのだが、三十分もすれば顧傑はやってくる。所在不明だから、来てもらうことにした。
以下、回想。
「周大人、あの方の居場所を知ってますか?」
『さあ? あの方は九校戦を観に行くと言ったきりですからね。そちらに居られるのでは? 後先考えない行動には流石の私も擁護が難しいです』
「見事にしくじりましたからね。そちらの状況が悪いのは同情しますよ」
『おや、同情してくれるのですか。私も今いる住処を追われるのは少々面倒なんですよね。下手に軍や十師族に捕まるとこちらにまで飛び火しかねないですけど、かといってこれまでの恩義があるので見捨てる訳にもいきませんので難しいです』
「一度できた縁を切るには、なかなかに大変ですからね。四葉あたりに繋がりが漏れると殺されかねませんからね。そういえば、これは独り言なんですが……姫殿下が重体で裾野の病院へ運び込まれましたよ。今は療養中です」
『時間がある時にお見舞いに行きましょう。その前に来客があるでしょうから、時間と日時を教えてあげますね』
電話のみの会話だった。
周大人には顧傑に情報を流してもらい、見事に釣り上げることに成功する。姫殿下を撒き餌にしたが、巻き添えにしないので妥協してもらおう。恐らく病院への襲撃に際して行方不明者が出ただろうが、必要な犠牲と割り切って哀悼の意を表する。
死体の軍団で攻めてくるなら、人を集めるべきだろう。でも、ザル警備をしていた陸軍は信用ならないし、海軍も警察も入ってこれないし、十師族はただの利権団体、一般魔法師は我先に逃げ出していたし、呑気にミラージ・バットを観戦しているあたりで論外の戦力外で、九校戦の事で頭一杯の学生も戦力外……あれ、失敗したんじゃね? 好き嫌いや損得抜きで天狗少佐にリークした方が……これ幸いと皇悠を見殺しにしそうなのでアウトだ。そもそも、天狗少佐の部下あたりが皇悠を監視していただろうに、本当に監視だけで終わっているあたりで確信犯だ。
つかさちゃんは守ることに特化した魔法師だし、今は病室のベッドの上だ。メスゴリラは動けるし、戦闘もできるけど、敗北条件にある護衛対象を戦わせるのは愚か者の極みなので一人で殺るしかない。軍の連中も監視じゃなくて戦ってくれよ。
そう思っても、何も変わらない。国防軍は敵は倒しても人を守ってくれないし、十師族が守るのは高ランクの魔法師だけだ。対外的にはBランクくらいで通してる俺を助けてくれる人間はおらず、むしろさっさと死ねとでも思っているだろう。
うだうだ考えたって仕方ない。
「時間か」
人が来た。見た目はどこぞの教会の
それだけなら特に気にも留めないが、シスターの黒い修道服は真っ赤な血に染まっていた。明らかに「ついさっき殺人してきました♪」みたいな感じだった。
顧傑に操られている死体ではない。性転換した顧傑本人だとアホな考えが過ぎったが、相手は正真正銘、写真にあった『十六夜夜子』その人だ。予定が逆になったけど、顧傑じゃなくて十六夜夜子が来たなら仕方ない。
「止まれ!」
CADを向けて制止を呼びかけた。
しかし、女が徐にCADを引き抜くと、トリガーを引く。
──―『夜』が世界を覆った。
「嘘だろ!?」
問答無用で『流星群』が発動。慌てて『領域干渉』で光の分布を偏らせる十六夜夜子の干渉力を阻害する。
干渉力が上回ってよかった、というより本気ではなかった様子だ。挨拶代わりかな。並みの魔法師なら死んでた。
「ごきげんよう、
裾の大きい頭巾(ベール状でウィンプルというらしい)を脱ぎ捨てた美しき殺人鬼は、妖艶な笑みを浮かべる。
「ずっと貴方だけを見ていました。ずっと貴方だけを想って生きてきました。ずっとこの時を待ち侘びていました。ようやく貴方だけを
えっ、こんなの味方にするつもりなの?
怖い怖い怖い怖い! なんでこんな病んでるの? なんでこんな狂ってやがるの!? 十六夜家はどんな教育してきたんだ!?
深淵を覗いた気分だぜ。
「さあ、兄さん。私と
「ふざけんな」
あの妖怪ジジイ、最初からコレか狙いか。十六夜夜子は初めから俺を殺すことが目的であったのだ。いや、妖怪ジジイは俺を作った段階で俺を殺すための存在を作っていたんだろう。
都合のいい手駒にならなかった場合、即座に殺すために生かされてきた哀れな魔法師。ひたすらに人を殺すために生まれてきた
魔法力が同等でサイオン量も同じ。単純な魔法の撃ち合いで勝つのは難しい魔法師と戦う場合、近接戦闘での魔法による殴り合いになる。ハッキング仕掛けるには動きを止めて集中する必要があって無防備になるから余裕は無く、時間はかかるけど原始的な手段で戦おう。
魔法師はCADに依存しがちで、魔法の発動にはCADを操作する必要性が生じる。それは一瞬の判断が命取りになる戦闘では、致命的な隙となる。故に如何にして相手より先に魔法を当て、相手の魔法を対処するかが焦点となり、だからこそ最も魔法を当てれて対処できる攻防一体の攻略法は至近距離における魔法の格闘戦だった。
刀やらナイフ、拳などを魔法を使って色々して戦う人間は多い。近距離戦に主軸を置いて戦うならそれで構わないのだけど、距離が離れたら一方的に撃たれる的にしかならないから、結局CADは拳銃タイプに落ち着く。武装一体型でも銃に拘るのは、俺は近接武器を扱うのが苦手という世知辛い理由からだった。
俺は2丁拳銃、十六夜夜子は拳銃とコンバットナイフの武装一体型CADを扱う。使用魔法は俺が貫通力増幅と速射性の底上げに対し、十六夜夜子は拳銃はフォノンメーザー、コンバットナイフは『高周波ブレード』が発動する仕組みだった。
この『高周波ブレード』の厄介なところはガラスを引っ掻いた不快な音を鳴らしてくることで、集中力を乱してくる。
手数はこっちが上だが、純粋な火力と戦闘力は向こうが上だ。更に俺は十六夜夜子を殺さないように加減してるのに対し、向こうは殺意マックスの加減無しの本気モードだ。
こっちが向けた銃口は手で払われ、向こうが顔面目掛けて突き刺そうとするナイフを情報強化した拳銃で横っ腹を殴って軌道を逸らす。これの繰り返しで疲れて集中力が途切れたら死ぬ。
「アハ♡ 流石ですね兄さん。今まで私に近づかれると1分も保たないで壊れちゃうのに、貴方は特別。私だけの兄さん。
「気持ち悪いからやめろ。お前に兄さんと呼ばれると吐き気がする」
「酷いわ兄さん。貴方を
「なんなんだよ、このクソガキ。愛だのなんだの言われても知るか。勝手に妹を自称するな」
キャラが濃すぎるんだよ。あのメスゴリラといい、世界観が違い過ぎて泣きそう。九校戦で多くの少年少女が青春の汗とやらを流しているが、こっちは命を懸けた極限の殺し合い。流れるのは赤く彩られた鮮血だ。温度差が激しい。
コイツの後に顧傑率いるゾンビ軍団が控えていると考えると、早く確保しなければならない。狙い目は無し、隙がないし、作れるだけの技量が無いから凌ぐだけで精一杯。魔法力だけの人間だから、近接戦闘はあんまり得意じゃないの。単純な魔法の撃ち合いなら負けないんだけどな。
一進一退の攻防が続き、何度目かの格闘戦。マズい事に右手の拳銃の銃身がナイフに断ち切られてしまったのだ。返す刀で脇腹がフォノンメーザーで抉られた。
CADは使い捨ての消耗品という感覚だから、すぐに腰に提げている別のCADに持ち替える。持ち合わせたCADは合わせて6丁で残り5丁。金銭的な問題から壊すのは勿体ないから、何とか壊さないようにしたい。
その矢先、今度は左手のCADがフォノンメーザーの餌食になってしまった。残り4丁。
「フフ♡ ウフフフフ♡
この狂戦士め。精神構造をどれだけ弄り回したんだよ。
だって普通はいくら血の繋がりがあっても、家族として一緒に過ごしたこともない相手を出会っていきなり家族認定なんて出来る訳がないだろう。そんな簡単に割り切れないものだろう。言ってることの大半が理解できん。
素早い動き。CADを向けた瞬間にはいなくなってるし、死角となった場所から攻撃が飛んでくる。情報強化と硬化魔法を使うから余計な消耗が増えた。障壁魔法は相手の手数が増えたこともあり、それぞれに対応した障壁を張る余裕がない。
マーシャル・マジック・アーツかと思ったが、日本古来の武術の動き……いや、いつだったか見せてもらった九重八雲の体術に似てるなコレ。
「お前、あのナマグサの弟子か」
「お師匠はナマグサではありません。ただのスケベです。兄さん、本物のナマグサに失礼ですわ」
コレ終わったら粛清してやると思ったが、あんまりな言われように不憫なのでやめておく。カトリック系の服装という仏教とか神道ガン無視スタイルという時点で色々とお察しだろう。修道服で戦う人なんて初めて見るけど、裾とか翻ったりして邪魔で動きが捉え難い。動き難くないのかと思うが、下はロングスカート長いスリット入りで黒いレギンスを履いているから良いものの、精神衛生上よろしくない。おい、そこの腹黒そうな軍人さん。感心したように見てないで助けろよ。一撃でも喰らうと死ぬって分かってる? 分かってねーだろうなオイ。
後に競技が控えているし、死ぬワケにも怪我……はどうにもならないが、更に相手を殺さないように手加減していると満塁の押し出しをしている縛りがされている厄介な状況だ。おまけに相手は自分よりは戦闘力は高めとくれば、もはやどうしたらいいんだろうな。既に怪我は脇腹を抉られて刺されたり、斬られた程度だけど、致命傷には至っていない。自分自身に魔法で痛覚遮断をして無理やり体を動かしているものの、これ魔法が解除した後が怖い。激痛で死ねる。
「待った。少しクールタイム」
「いいわ、兄さん。五分だけ待ってあげる」
「ありがとう。ついでにギャラリーがいるけど、どうする?」
「そうですね。私と兄さんの逢瀬を邪魔するうっとおしいハエには消えてもらいましょう」
そうして隠れ潜んでいる場所へ十六夜夜子はCADを向け、フォノンメーザーをぶち込もうとする。
引き金を引く瞬間。自らの命が危険に晒されていることを覚った軍人さんは慌てて両手を上げて出てくる。
「待った待った。盗み見ていたのは悪かったと思っているよ。まさか気づかれてたなんて思いも寄らなかったよ。いつからだい?」
「うるさい。目障りです。死んでください」
「聞く耳なしか!」
聞く耳があったら、殺しになんか来ないだろう。
軍人さんは一応魔法師なようで危険を感じ取って領域干渉をするが、十六夜夜子の光の分布を偏らせる干渉力を超えることは出来ず無数の光線が足を穿った。
「がァっ」
「ふふっ♡ さあ、兄さんの休憩時間が終わるまで
いや、それはマズイだろう。
どうせ天狗少佐の部下だし、助けようとすらせずに戦力分析するのみで見殺しにしてきた相手だから助ける義理はなく、むしろ清々するくらいだが、殺すのは駄目だろう。
俺は障壁魔法を軍人さんの前面に展開して助ける。秒で極限状態が終了し、激痛に耐えかねて気絶する。病院が近くて助かった。
「兄さん、休憩時間を与えたハズですよ。お楽しみの邪魔をしないでください」
「その敵だと認識した相手への異様な残虐性はなんだよ。今時の魔法師でもやらないぞ」
「だって私、気に入らないモノはじっくり遊んでから殺すのが趣味なんですのよ。それが魔法師なら尚更、嬲り殺しにしてあげたいのです。だって自分の魔法に自信に満ち溢れた愚か者が為す術なく蹂躙されて情けない悲鳴を上げて死ぬ姿を見ると、あまりにも気持ちよくて絶頂してしまいそうですわ」
「あ、悪趣味だ……」
「今までだってそうしてきたではありませんか。気に入らなければ敵、自分たちとは立場も思考も異なるから敵と断じて殺し、自分たちにとって都合が悪ければ殺し、都合が良ければ良いように利用して使い潰す。魔法師として当たり前の事をしているだけで、私は加虐嗜好がちょっと強めなだけですわ。私は兄さんを
見事に狂ってんな。
何か言い返すとブーメランになりかねないから、何も言わないでおく。俺も壬生さんを守るためだのという建前から、七草家の魔法師を殺して魔法師としての人生を終わらせた。気に入らないという嫌悪するような思考があっただろう。
一体、どんな生活を送ってきたのだろう。元老院の古式魔法師たちが魔法師を見る目は『使い勝手の良い道具』だから、扱いなんて大体想像つくので同情する。だからといって免罪符になるワケでもなく、自分がこうなったのは誰かのせいだと責任転嫁して逃げるのは赦されない。この手の輩には『同情するけど死んでくれ』としか言えない。
この手の自分の産まれと扱いが酷かったばかりに自己中心的で被害者意識の強くなった魔法師は、魔法師社会の闇が生み出した被害者ではあるが、生かしておいても百害あって一利なしだ。殺してあげるのがせめてもの救いだろう。
だから──―。
「十六夜夜子。お前を殺す」
「あっ、やっと本気になるんだ。嬉しい。殺してあげるから
互いにCADを向け合った時だった。
「──―依頼通りに事を運んでくれないと困るんだがな」
メスゴリラの登場である。
後ろには九島烈がいて不機嫌な様子の天狗少佐及びその部下たちがいる。メスゴリラのパワハラを受けたんだろう。自業自得だな。九島烈は疲れた顔してら。
ここらで幕引きのようだ。とっておきの秘策とかあるハズもなく、殴って解決する脳筋戦法をしていたのだが……ここで状況を一瞬で終わらせるワイルドカードが発動した。
そう、メスゴリラの登場である。
奴は自分の権威を使い、更に相手方の弱みを突いて脅し……根回しをして指揮権を掌握。事態の解決を図りに来たようだ。メスゴリラめ、俺の決死の覚悟を返せ。
邪魔されてイライラし始めた十六夜夜子は、皇悠に親の仇でも見るかのように殺意に溢れた顔で睨みつける。
「なんなんだよオマエ! 後からしゃしゃり出やがって! 私の邪魔をするなら、皆死ねばいい!」
九島烈がCADを起動させるが、十六夜夜子が『流星群』を撃つ方が早い。
しかし、メスゴリラが動く方が遥かに早かった。
「かはッ」
一瞬だった。メスゴリラの姿がブレた次の瞬間。
──―ゴォッ!!
ソニックブームが起き、いつの間にかメスゴリラは十六夜夜子の鳩尾に拳を突き立てて気絶させていた。
「ちょっと鈍ったか」
「えぇっ?」
なんなの、この人。バグキャラにも程があるぞ。周囲が驚きすぎて声が出てこないようだ。ギャグかな。
「風間少佐。お前の部下が負傷してるようだぞ。早く救助にあたれ」
「は、はいっ」
階級で上下関係が決まる軍隊ならではの世知辛いものを見てしまったが、何か言うと天狗少佐が余計に惨めになるので言わないでおく。
「時間稼ぎご苦労さま。事件解決だ、明日に備えて休むといい」
「都合よく回りすぎるんですけど……どうやったんですか?」
「権威と権力と交渉材料さえあれば何とかなるものだ。それでも、取り零したモノは多いがな」
「そうですか」
天狗少佐や九島烈には同情するよ。
「これで依頼は一先ず完了だ。志村は明日に備えて休め。ここの更地は風間少佐が責任持って直すから気にしなくていい」
「それは我々の──―」
「ああ? つべこべ言わずにやれ。上官命令だ」
「ぐっ……はい」
どんな事をやられたのやら。魔法使って吐かせてみたくなるけど、天狗少佐の名誉のために気にしないことにする。
殺すな、という依頼だったので潮時だろう。
帰ろうとして、妙に足元がふらつく。痛覚遮断してるから良いものの、これはたぶんマズイだろう。
「大丈夫かね?」
「痛覚遮断してるから何とか……って言いたいですが、血を流し過ぎたようです、老師」
「急ぎ搬送させよう」
「ありがとうございます」
とりあえず、大事なのでもう一度言いたい。
──―俺の覚悟を返せ。
修道服は秋葉原で購入しました。