暗躍する請負人の憂鬱    作:トラジマ探偵社

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第26話

 思ったより重傷だったらしい。

 

 痛覚を遮断していたから気づかなかったが、あと一歩遅かったら失血死は免れなかったらしい。なんやかんやで生きてるからいいやと悟り、輸血してもらって治癒魔法を使いつつ後の事はメスゴリラにぶん投げて復帰する。ちなみに十六夜夜子によって脚をボロボロにされた軍人さん……真田中尉は再生治療で何とかなるものの、しばらくの療養は余儀なくされたらしい。

 

 戦闘が終わり、しばらくした後に顧傑及び行方不明となった人たちが発見された。顧傑は嬲り殺しされてたらしく、行方不明者は既に死体だったこともあるけど、過度に『無力化』されていた。捜索にあたっていた軍人にトラウマが植え付けられた。

 

 顧傑の殺害は十六夜夜子が犯人だった。本人曰く『たまたま目についたから』だったらしい。それであの返り血だったワケだが……私怨で殺したとかはなく、単純に目についたから殺しただけなんだろう。ある意味で因縁ある四葉が終わらせたようなものなので、呆気ないが本望だろう。

 

 人格破綻者も良いところで、この手の魔法師はどうやったって今更になって生き方を変えることは出来ないから殺すのが最善だと思うけど、判断は皇悠にあるので俺はそれに従おう。

 

 そんなこんなで新人戦の最終種目『モノリス・コード』の開幕である。

 

 俺は怪我人だけど、今になって変更できないのもあって出場している。モノリスを守るだけで動かず、攻めは一条と吉祥寺に丸投げだ。攻めに回ってもいいけど、傷口が開いて大惨事になるので極力控える。

 

 九校戦の裏でテロリストがいて何十人もの人が行方不明となり、遺体となって発見されたというのに大会は続行。俺と十六夜夜子の戦闘は隠蔽されて箝口令が敷かれ、テロ事件に関しては詳細は省かれて有耶無耶の内に『十師族の九島烈と陸軍が協力して解決した』と言う事にして終息する運びらしい。ツッコミどころ満載だし気に食わなさ満点だが、それで終わるようだ。これで十師族も陸軍も名誉挽回……とまではいかなくとも、ある程度の名誉回復は出来るだろう。で、手柄を立てさせて色々と不問に付してあげた皇悠は、自分に怪我を負わせた十六夜夜子の身柄を貰い受けた。

 

 名誉だの手柄だのよりも、戦力の確保の方が大事だったようだ。ここで十師族と陸軍のメンツを丸潰れにしてしまうより、恩を売っておいた方が得をするのだろう。元老院さんには皇悠が何か言ったらしい。連絡係さんからの『お咎め無し』の電話には、内心では小躍りした。

 

 そんなこんなで話は戻してモノリス・コードである。

 

 忘れているようだが、当初の目的は三高の優勝で十師族の優勝阻止である。一高と点数が拮抗している現在、次の日のミラージ・バットは一色が渡辺摩利を抑えて優勝が出来るか怪しいところなので、モノリス・コードは優勝したい。何とか妥協案で『一条は戦闘不能にされたが、チームとして優勝』という形で落ち着かせたいところだ。

 

 一条は決勝戦で戦闘不能になってもらうためには、相手選手をハッキングして戦わなければならないだろう。幸い、モノリスの守備という役割なので隠蔽しながらハッキングすれば大丈夫なのかもしれないが、リスクが大きいので『勝てる奴』を引っ張り出してもらう。

 

 無頭竜の幹部を通じて大会委員の工作員に命令し、四高選手のCADにとある細工を施してもらった。

 

 結果、悲鳴が上がった。皇悠に怒られた。

 

 一高と四高の試合していた際、四高選手には乱戦に持ち込んでもらい、建物に対象物の「一つの面」に加重がかかるようにエイドスを書き換える魔法『破城槌』を時限発動するように細工したのだ。この魔法は、屋内に人が居るときに使った場合、殺傷性ランクAに相当するのだが、怪我でモノリス・コードに出てこれないようにするだけなので大丈夫だろう。四高は最下位が確定してるから、来年にまた頑張ってもらい今年は諦めてもらう。

 

 予想通り、一高の選手は重傷だったものの命に別条はなかった。四高の選手は失格となった。

 

 そして、一高から十文字克人が大会委員へ直訴していた。彼は『代理の選手の出場許可』をもぎ取りに来たのだ。まあ、権威でゴリ押しするだろうし、皇悠や九島烈あたりが援護射撃するだろう。

 

 前代未聞の大事故。その前に自爆テロが起きていたり、大勢の人間が行方不明になっていた事件は伏せてあるが、それでも立て続けに問題が発生して対処に当たる大会委員などの関係役所には申し訳無いと思う。これを最後としよう。

 

 そう決意し、十文字克人が大会委員に『特例措置』をもぎ取って代理の選手をモノリス・コードへ出場させた。

 

 ──―司波達也、西城レオンハルト、吉田幹比古。

 

 皇悠が「シナリオ通りか」と呟いていたが、現状で何も策を弄さなくても勝ってくれる『一般人』のカテゴリーにいる司波達也という男を利用しない手は無いだろう。目立たせるお膳立てするから、一条を負かしてほしい。

 

 そう期待して、彼らが勝ち上がってくる事を期待しながらの観戦だ。

 

「ついに出てきたね、彼が」

 

 ライバル視している吉祥寺が呟く。

 

 新人戦で一高の1年女子が1位こそ取れなくても、2位と3位を取ったり、1位〜3位まで独占したりと躍進に貢献した技術者が試合にも出るということで注目を集めていた。

 

 一流のCAD調整技術に加え、戦闘も出来るというワンマンアーミーな司波達也と彼の仲間たちの初戦は八高だった。場所は八高が熱を入れて実習している森林ステージ。

 

 一高の首脳陣は心配してないだろう。九重八雲に弟子入りしているのは司波深雪から齎されているから、彼の独壇場になることは推測できる。事実、他二人も八高選手と対峙していたものの、司波達也は無双して最も注目を浴びた。

 

 注目を浴びた最たる理由は、魔法式を力づくで消し飛ばす最強の対抗魔法『術式破砕(グラム・デモリッション)』の使用だった。

 

 最大のダークホースの登場に一条は無駄に意識してくれてるようで、本来なら長期戦覚悟でロングレンジから一方的に撃ちまくれば勝てるだろうに、近づきながら短期決戦に臨むつもりのようだ。

 

 初めてマトモに撃ち合える相手だからってのもあるのだろう。吉祥寺も一条の心情を理解して同調を示す。俺は怪我人なので動きたくない。

 

「志村はまだ痛むか?」

 

 次の試合に臨む前、一条がこちらを気遣って声をかける。

 

 一応『協力者』扱いされ、囮となって行動したことにされていた俺は『名誉の負傷』ということになっていた。

 

「昨日の今日だからな。痛み止めは打ってるけど、あんまり動くと痛みがぶり返すかもしれない」

「すまんな。交代できればよかったんだが、他に選手がいなくてな」

「別にいいよ。一条と吉祥寺がいれば勝てるだろう」

「僕は本来、研究職だから戦闘面は得意じゃないんだけど……」

 

 それを言うなら、司波達也だって本来はエンジニアだぞ。戦闘も一流、エンジニアとしても一流。将来的に何になりたいのか目標が見えない奴だな。両立するのは良いけど、どっちか片方にしておけば注目も減らせるだろうに。まあ、四葉という三度の飯より殺人が大好きみたいな家の人間だから、技術職だけというワケにもいかないんだろう。

 

 そろそろ試合が始まる時間となり、司波達也を過剰に意識する我らが三高のエースである一条は、決勝への布石でたった一人で敵陣へ特攻する腹積もりらしい。こっちからしてみれば、相手は個人の能力を活かして直接の戦闘を避けながら戦っているように見受けられ、単純な魔法力勝負に持ち込めば勝てるだろう、という結論づけれる。だからこそ、力による真っ向勝負をさせるために一条が特攻する。圧倒的な力の差を見せつける手も足も出させない戦いだった。

 

 試合見てれば、アウトレンジからの攻撃は防御してても攻撃には転じることはあまりないから、遠距離からひたすら撃ちまくれば勝てそうな気がしなくもない。それを吉祥寺には伝えているが、一条が完全に司波達也との一騎打ちに熱を上げているというのも相まって、吉祥寺は『三高が勝つ』より『一条将輝が司波達也に勝つ』を優先させるようだ。何がそんなに一条は司波達也を意識し過ぎているかといえば、司波達也の妹の司波深雪にあるようだ。兄妹にしては『家族』というより『恋人』の方がしっくり来そうな距離感なだけあり、ものの見事に勘違いしているようだ。こっちは殺し合うような関係していたのに、天と地程の差があるなー。

 

 私怨も混ざった複雑な心境が『司波達也との真っ向勝負』なワケだが、もはや何も言うまい。一条にとっては初恋なのだ。しかも一目惚れ。

 

 ぶっちゃけた感想を言おう。

 

『──―青春だな』

 

 相手が四葉というテロリストじゃなければ応援していただろう。四葉は内輪で完結するように仕向けているだろうし、一条が入る余地は決して無いと言っても過言でない。なまじ何でも持っているから、手の届かない存在に目がいくのは仕方ないか。

 

 そんな事を考えながら、決勝まで時間があるので外の景色でも見ようと外に出た時だ。

 

 ちょうど富士山を眺められる場所だったのだが、先客……男女のペアで距離感が近いことから逢い引きしてるように見受けられ、かなり気まずい。

 

 一人は吉田。もう一人は千葉エリカ。九校戦はカップルが出来やすいと聞くし、人目を忍んでイチャイチャしたい気持ちは理解できる。

 

 俺は空気を読める人間だけど、突発的に遭遇した逢い引き現場にテンパってしまった。

 

「え、ええと……お邪魔しました」

「誤解だよ!」

 

 違うらしい。

 

 どうやら付き合ってないらしい。つまらん。

 

 誤解を解こうとする吉田が必死すぎるものだから、ちょっと笑いそうになる。

 

「ところで、ミキ。知り合い?」

「僕の名前は幹比古だ。ちょっとした知り合いだよ」

「ふーん。千葉エリカよ。こっちの幹比古とは幼なじみってやつよ。よろしく」

「三高1年の志村真弘です。先程は勘違いして申し訳ありませんでした」

「別にいいわよ……ってか、もしかしてアンタがあの皇悠の腰巾着?」

 

 この場につかさちゃんがいたら、障壁とコンクリのサンドイッチにされていただろう。

 

「姫殿下についている人間の前でフルネームで呼び捨ては流石にマズイのではないですか?」

「本人がいないから大丈夫よ」

「そうですか」

 

 この手の輩はそこかしこにいるので目くじらを立てる必要は無いだろう。俺なんて名前じゃなくてメスゴリラって呼んでるし。

 

「ていうか、アンタのそのモッサリした前髪、長すぎて顔が半分以上隠れてるんだけど……何とかしないの?」

「目がかなり鋭くて3歩歩けば補導される自信があるから、こうして隠してるんです。ヤクザか何かに見えるみたいでね」

「深雪……あたしの友達で物凄い美少女なんだけど、アンタは理由は違うけど容姿で苦労してそうなのは一緒なのね」

 

 司波深雪自身が容姿で苦労してるのか、疑問の余地はありそうだがな。

 

「そういう千葉さんも容姿で苦労してそうですよね。部活動勧誘期間では引く手数多でもみくちゃにされてませんでしたか?」

「そりゃあ、もう大変だったわよ。熱を入れる気持ちは分からなくもないんだけどね。がっつかれても逆に困るわ」

「俺なんか何度も職質されて地元の警察官とは顔見知りになりましたよ」

「アンタも大変ね」

 

 無論、嘘である。

 

 魔法師にとって容姿の良し悪しは魔法力に比例しているから、自分が人目を引く容姿をしている事は隠しておいて損はない。というか、千葉エリカを通して司波兄妹に変に情報を入れさせるワケにはいかないだろう。

 

 ところで、せっかく一人になろうとしていたのに、来た場所には先客がいたので移動しよう。

 

「とりあえず、邪魔しちゃ悪いので移動します」

「ごめんね、志村。次はモノリス・コードの決勝で会うことになるけど、もう前の僕とは違うってことを見せるために勝たせてもらうよ」

「お手柔らかに頼むよ」

 

 最低でも一条には勝ってもらわなければ困る。吉祥寺は一条が負けると、動揺による戦闘力低下が著しいので最悪は見殺しにするつもりだ。一条に恩義があるのは解るが、頼り過ぎだと思う。皇悠を盲信するつかさちゃんのような似たものを感じる。

 

 吉祥寺は一条のやる事を必ずと言っていいレベルで全肯定し、解決策を打ち出してくるので参謀を自称するならもう少し強く諫言できるようになってほしい。

 

 そう考えながら、控え室に戻ろうと歩いている時だ。

 

「お前は──―」

 

 司波兄妹と遭遇した。

 

 相手はこっちに気づいて声を上げ、俺も気づかなければならなくなった。

 

 今大会の注目の的と言えるだろう相手が声をかけ、無視するのはあまりよろしくないだろう。

 

 一条や吉祥寺は過剰に意識してライバル視しているから、俺もそれに倣だて意識してライバル視するようにしておく。

 

「君は確か一高の司波達也と司波深雪だな。こんなところで会うなんて偶然だね。俺は──―」

「志村真弘だろう? 姫殿下の秘密兵器にまで知られてるとは思いも寄らなかったな」

 

 秘密兵器、ね。言葉の綾だろうけど、兵器と言われると魔法師ってのはつくづく人間じゃないんだなと思える。

 

 そんな事より、確かに俺は皇悠の護衛をしているから目立っているかもしれないが、秘密兵器などと呼ばれるくらい実力を司波達也に見せていない。天狗少佐と藤林響子あたりが情報漏洩した可能性がある。九重八雲もリストアップできるが、奴が俺の事を『秘密兵器』と称したりしないので除外。飼い犬、と称するだろうからな。というか、何の為に箝口令を敷いたと思って。

 

 陸軍はクソゴミ、という認識を改めて認識させてもらった。

 

「今大会の注目株が俺のような無名の生徒に注目してるなんて夢にも思わなかったよ」

「無名、か。確かに上手く隠れているようだな。まるでブランシュを陰で操ったペルソナと呼ばれた奴と同じようにな」

 

 これは狙いを絞ってきてる感じだな。殆ど確信しているように見受けられる。

 

 この分なら、俺が四葉の分家である黒羽家の人間を倒した人間だと思い至っているだろう。黒羽家の人間が四葉家という小さい枠組みの中でどれだけの力があるのか知らないが、四葉の人間が返り討ちに遭ったという事実は彼らがこちらを敵対視するには充分な理由だ。

 

 どのみち敵対は避けられないのだから、ここはむしろ自分を強く見せることにしよう。へいへい、テメェみたいな小物なんかに負ける俺じゃないんだよ。

 

 と。そういきたいところだけど、下につく人間が勝手に喧嘩を売りに行ったらマズいので穏当に終わるようにしたい。

 

「ペルソナって……真の黒幕とやらが本当に存在して俺がそのペルソナって奴だと疑ってるなら、他を当たってほしいところだよ。なんの罪もない一般人を犯罪者に仕立て上げようとか頭沸いてんじゃね?」

「なんですって……!」

 

 司波深雪を起点に周囲の温度が下がっていく。感情が昂ると周囲の事象を改変するだけの干渉力を発揮するのは、それだけ才能に溢れた魔法師であることの証明だろう。街中とか人のいるところでヤラれたら、単なる犯罪でしかないが、その時は四葉の特権を使って揉み消すんだろうな。一体、何人が行方不明になるのやら。

 

 並の魔法師なら文字通り凍りつくレベルで、白昼堂々と魔法による殺人を行おうとしてきたことに兄である司波達也は止めなかった。わざと止めなかったんだろうな。情報強化と干渉領域を使い、何とか自力で耐え抜く。

 

「よせ、深雪」

「あっ、申し訳ございません。お兄様」

「あれ、俺は?」

「すまんな。深雪は感情が昂ると、魔法の制御が甘くなるんだ。見事な情報強化と干渉領域だったぞ。随分と高い魔法力を持ってるんだな」

「買い被りだ」

 

 そういう事だよな。これで俺は十師族並みもしくは以上の魔法力があることを証明させてしまった。必然的に四葉の魔法師を返り討ちにした存在が皇悠側にいることとなり、本格的にマズいことになった。どうせ四葉と事を構えるのは目に見えていたから、遅いか早いかの違いでしかないから良いのか。

 

「まあ、いいや。ここでの事は不問にしておくよ。お互いに黙っておけば不利益にはならないハズだ」

「そうだな」

「そういう事で、決勝は一条に勝てるよう健闘を祈るよ」

 

 司波達也は四葉真夜あたりにはリークするだろう。ちょっと考えれば、不利益になるのは俺だけだということに気づける。誓約書を書かせようが、履行されるとは限らないだろう。

 

 ──―四葉の人間は話しが通じない。

 

 敵に回すのも厄介だし、味方にしても迷惑な存在っているんだな。

 

 


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