また、久しぶりに前後編に分けた結果今回で終わらなくなってしまいました。申し訳ありませんが、もう少々お付き合いください。
夏のうだるような暑さの中、テスト勉強を行い、なんとか期末テストを切り抜けた。
できたとは言い難いが及第点は超えているだろう。
タスさんは筆記試験はおそらく満点だろうが、実技試験では余計なことをして減点をくらっていた。
例えば妖精の呪文ではパイナップルを机の端から端までタップダンスさせるはずであったのにパイナップルを分裂させブレイクダンスでダンスバトルさせたため減点されていた。
フリットウィック先生曰く「素晴らしい! ここまで自由にパイナップルを操れる一年生はめずらしい! しかしまことに、非常に残念ながらテストでは減点です。私個人としては二百点はさし上げたいくらいですが……」だそうだ。
メアリーはというと筆記試験はジェーンに見てもらったおかげでまずまずだったようだ。実技試験に関しても杖が勝手にやってくれるので同様。魔法薬の実技試験ではみんなが「忘れ薬」の作り方を必死に思い出そうとしている中、明らかに間違ったやり方で「忘れ薬」の上位魔法薬を完成させて満点を貰っていた。スネイプ先生でなければ減点されていたというのにラッキーな奴だ。しかし、そこまで含めて彼女の力なんだろう。
ジェーンは、「主席になるとリリンさんに言っていましたが無理です。タスさんにもハーマイオニーさんにも勝てませんね。ですが変身術だけは負けません」とのことで、宣言通りねずみを完全な鍵煙草入れに変え、なおかつそれに減点されない範囲で芸術的なレリーフを施し、マクゴナガル先生から満点を貰った。
デアは案の定、筆記試験も実技試験も駄目であった。「魔法がまったく使えなかった実技試験より筆記試験のほうがマシだったよー」と自分では言っていた。しかし、カンニング防止の魔法がかかってる羽ペンの魔法を無効化し、その反動でペンをぶっ壊しまくっていた筆記試験も相当だったように思える。そもそも最後の魔法史の試験の終了後に「なーんにも覚えてなかったよー」と言い放ったのを俺は忘れていない。
「やっと試験が終わったわ」
談話室にてメアリーが伸びをしながら言う。それにジェーンが返した。
「そうですね。ですが、まだやることは残っています」
彼女の言葉にお菓子を食べてリラックスしていたデアが驚く。
「え!? 試験は全部終わったでしょ!?」
「確かに試験は終わりましたわ。ですが、今年最後かつ最重要の出来事が今夜起こるのですわ」
タスさんが説明を始める。ダンブルドアに魔法省から手紙が届き、彼は本日ホグワーツを留守にする。もちろんクィレルが作成した嘘の手紙だ。
そして今夜、賢者の石を手に入れようとクィレルが立ち入り禁止の部屋へと侵入し、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がそれを阻止する。
「そっかー、クィレル先生死んじゃうんだよね」
デアの言葉通り、原作では最後にハリーにかかった強力な護りの魔法によって彼の体は焼け爛れて死んでしまう。
「まあ、しょうがないだろ。今年のラスボスだし」
「でも、別に誰かを殺したわけでもないし死んじゃうのはかわいそうじゃない?」
「ユニコーンは殺しましたけどね。他にもトロールを侵入させましたし、ハリーを殺そうと箒に呪文をかけました」
「確かに罪はあると思うわ。でも彼自身、ヴォルデモートの言うことを聞かなければ殺されかねないし仕方ない部分もあったと思うの」
「メアリーは優しいですね。ですが、仕方がなかったとはいえ罪は罪です。ただし、その罪はしかるべき機関で裁かれるべきではあります」
「優しくはないわ。甘いだけよ」
「ということでワタクシたちも今夜、賢者の石を手に入れに行きますわよ!」
「いや、なにがということなのかわからないんだが」
「ワタクシは賢者の石が欲しい、デアとメアリーはクィレルを助けたい。ジェーンはアズカバン送りにしたい。アランはハリーが無事なまま今年を乗り切らせたい。ならみんなで協力するのが手っ取り早いですわ!」
タスさんの説明はこうである。
まず、タスさんは賢者の石を手に入れたいということである。理由は一つ、仕様上このタイミングでしか手に入らないから。
ほとんどのアイテムはバグで作成することができるが、賢者の石は作成することが不可能。この騒動の後に、ダンブルドアが賢者の石を破壊してしまうので手に入れられる今夜まで。
手に入れてしまえばアイテム増殖バグによって賢者の石はいくらでも増やせるので、増やした後、そのうちの一つをダンブルドアに返せば賢者の石が手に入るらしい。
複数用意されている賢者の石の護りの最後はダンブルドアが用意したみぞの鏡。自分の理想を移すの鏡なのだが重要なのはそこではない。
この鏡に賢者の石が隠されており、賢者の石を使いたい者にはそれを手に入れることができないようになっている。手に入れることができるのは石を見つけたい者だけ。
不老不死になりたいヴォルデモートはもちろん、なんだかんだそれに興味のある俺、人生を楽しみ続けたいデア、永遠の安寧を望むメアリー、そのメアリーと共にいたいジェーン、色々悪用したいタスさんと俺ら全員も手に入れることができない。
よって原作通りにハリーに手に入れてもらう必要があるとのことだ。
デアとメアリーがクィレルを助けるには最後ハリーの護りの魔法が発動するタイミングで助けるのが一番原作からの乖離が少ない。
ジェーンはクィレルを裁判にかけて正式に罪を償わせたいのだが、結局それをするにはまず彼が死なないようにしなければならない。
俺はできるだけ原作から乖離せずに今年を終えることが目標であり、最優先はハリーの無事である。
全員の目標を達成する一番の近道は全員で賢者の石の護りを突破し、ハリーの手助けをしつつ、クィレルが死なないようにすること。
よって今夜、俺たちも賢者の石の護りを突破しなければならないとタスさんは説明した。
「それに、みなさん車内販売での借りがあったでしょう? ここで返してもらいますわ」
俺としてはどうせハリーたちだけでも何とかなるのだから怪物たちにわざわざ干渉させたくはない。が、今この時点で返せるのであればちゃっちゃと返したほうがいいだろう。もし、四年目の終盤、ヴォルデモートが復活する時にでも好き勝手させてくれと言われたらどうしようもない。であれば一年目に返した方がまだ安全である。
賢者の石を複製されてる時点ですでに安全でない気もするがこれ以上考えるのはよそう。
「ここで返したんだから次からはその借りを持ち出すのはなしぞ」
「言いませんわ」
「賢者の石を取りに行くのはいいんだけどさ。タスさんが俺らを姿くらましさせればわざわざ突破する必要ないんじゃ……」
「それじゃおもしろくないですわ! それにデアは連れていけないですのよ」
「一人だけ留守番はやだなぁ」
「デアがいないだけでも安全性が下がると思うわ」
「護りを突破することよりも彼女がいない方が危険です」
「わかった。全員で突破しよう。お前らなら余裕だろ?」
「当然ですわ!」
「物理なら任せて!」
「生き物なら大丈夫だと思うわ」
「みなさんの穴埋めは私がします」
「俺はお前らと違ってとんでも能力は持ってないが、知識面なら任せてくれ」
「ということで、がんばるぞー」
「みなさんを楽しませますわよ!」
「油断大敵よ。全力でやらないと」
「だからといって無理はいけません」
「ああ。お前ら絶対やりすぎるなよ」
一番に気を付けるべきはこいつらがやりすぎて護りを完全に破壊してしまうこと。こいつらが護りを突破できないなど微塵も心配していないが、そちらの可能性は大いにある。
それだけを心配しつつ、試験の雑談へと話を戻した。
*
夜中、ハリーたちが寮を抜け出すより前の時間、俺たち五人は立ち入り禁止の四階の部屋の扉の前で話をしていた。
「人数分ハリーの透明マントを用意するとか頭おかしい」
「褒めていただきありがとうございますわ」
「褒めてねぇ」
俺たちがフィルチに見つからずにここまでこれたのはタスさんがアイテム増殖バグによってハリーの透明マントを増殖させていたからである。それらを被ることで楽にここまで移動できた。
透明マント自体はいくらでもあるのだが、ハリーの使っている透明マントは実は一点物の特別製。複数存在してはいけない物なのだが、彼女には関係ないことだったらしい。
「さあ、行きますわよ」
タスさんの確認に全員がうなずき、目の前の扉を開ける。
最初の部屋にいたのは原作通り、天井までの背丈があり、三つの頭を持つ巨大な犬、三頭犬。その血走った目で口から黄色い牙をむき出しにしながらこちらを見つめている。
この三頭犬はケルベロス。弱点はきれいな音楽でその音色を聴くと眠ってしまう。原作ではクィレルはハープに魔法をかけて突破し、ハリーたちはその音がなっている最中に突破した。最後に音が途切れて襲われてしまうが。
「では生き物なので任せましたわ」
「任せられたわ。お座り! ちんちん! お手!」
本来であれば爆音の咆哮と共に襲ってくるはずなのだが、よくなついたペットのようにメアリーの言われるがままその場でお座りをし、ちんちんをし、メアリーの手に優しくその前足を置いた。
そしてそのまま、禁じられた森のときと同じように遊び始める。
他の話だと神話上のケルベロスの別の弱点であるお菓子を用意して突破した者もいたがメアリー・スーはただのごり押しでクリアした。工夫もなければ面白みもない。
「遊ぶのはいいがあまり時間を使うとクィレルが来るぞ」
「そうね。フラッフィー、ごめんなさい。もう少し遊んでいたいけれど先に行かなくてはならないの。いいかしら?」
フラッフィーの三つの頭がすべて悲しそうに縦に振れる。そしてその体を動かすとその下から隠れていた扉が現れた。
「これは通っていいってことかしら?」
「だろうな。本当はよくないけどな」
「あっ、そうだわ。フラッフィー、次に紫のターバン、もしくは頭の後ろに顔がついた男が現れるけど殺しちゃだめよ。それに無理をして怪我をしないようにしてね。それとその次に眼鏡の男の子と赤毛の男の子、栗毛の女の子の三人組が来るけれど威嚇だけで攻撃しちゃだめ。わかった?」
尻尾を猛スピードで振りながらうんうんとうなずくフラッフィー。
「それで、どうやって下に降りるんだ?」
扉は床に設置されている。それは地下に賢者の石を隠しているからだ。
下には悪魔の罠という植物が設置されているので落下してもその衝撃は吸収されるが、相当下に落ちる上に明かりもないので少し怖い。
「どうってどうにでもなりますわよ?」
「ですが、一応計画しましょう」
「面倒ですしジェーンにまかせますわ」
「私がデアに変身してメアリーを下に運びます。デアはアランを、タスさんは自分で下に降りてください。道中も下の部屋も暗いのでメアリーとアラン、タスさんの三人が明かりの魔法を使ってください」
「オッケーだよ!」
「了解」
「承知しましたわ」
「わかったわ」
ジェーンがデアへと変化する。一応見分けが付くように目と髪、鱗の色が黒い。彼女はメアリーを抱きかかえた。
「よく考えたら恥ずかしいのだけれど。自分で飛べるし」
「でもこれが一番安定しますし、わざわざメアリーが服を脱ぐのもあれです」
「うん、さっさと行っちゃおう。まあ、体勢は仕方ないよ。翼があるとおぶれないからねー」
そう言うとデアも俺を抱きかかえた。たしかに恥ずかしいものがある。あるが、メアリーと違い自力で飛ぶ選択肢もなければそのまま落下していくリスクも取れないチキン野郎の俺は我慢することにした。
『ルーモス』
三人が明かりの呪文を唱え、それぞれの杖の先に灯りを灯した。
手の空いているタスさんが扉を開きジェーンとメアリー、デアと俺の順番で下へ降りていった。
降下した先の部屋を見渡すと巨大な黒い植物の蔦が辺り一面を埋め尽くされていることがわかった。
この植物が『悪魔の罠』。一年生の薬草学の教科書に載っている。
長い触手をゆらゆらさせた醜い植物でこれに触れた者は、長い蔓を巻き付けられて手足の自由を奪われ、やがて蔓によって絞め殺されてしまう。蔓から逃れようともがけばもがくほど、固く蔓に締め付けられる。
危険な性質を持っているが、暗闇と湿気を好む代わりに熱と明かりを嫌うので対処は簡単。例えば魔法で炎を放てば捕らえられた者を開放することができる。
今は空中で浮いている状態なので襲ってはこない。
バシっと音を立てながらタスさんが姿表しで移動してくる。移動が楽そうで羨ましい。
「今回も植物とはいえ生き物なのでメアリーにお願いしますわ」
「わかったわ。私たちを捕まえないで。今から降りて次の部屋へ向かうから道を開けて」
悪魔の罠の蔓がうねうねと移動して次の扉までの道が開かれる。原作では炎の呪文、映画版では日の光の呪文を使っていたが……うん、こいつらに呪文とかいらなかったな。
メアリーは蔦たちと少し戯れるとさきほどと同じような注意をしてここもクリア。ちなみにここはスプラウト先生が用意した護りである。
「また楽勝だったな」
「さすがメアリーです」
「さすメア~」
「メアリーばっかり目立ってずるいですわ。早く次に行きましょう!」
「タスさんが任せたんじゃないの」
「あなたのほうが適任なんですもの。でもワタクシも目立ちたいですわ」
会話をしながら次の扉を開けたその先の石でできた一本道を進んでいく。
少し薄暗いが杖の明かりのおかげで普通に見える。壁には水滴がついており道も下り坂、原作と同じなら奥に進んでいることになる。
しばらく道を進むと鳥は羽ばたいているような音とキンキンと金属同士がぶつかるような音が同時に聞こえたきた。
さらに進むと薄暗い通路と正反対に明るい出口が見えてくる。出口の先にはまばゆく輝く部屋が広がっていた。
音の主はキラキラ輝く翼が生えた無数の鍵。それが部屋中に飛び回っている。
部屋には鍵穴のある扉があり、これを開けて先に進むには飛び回っている鍵のうち一つだけを使うことでしか開けることができない。
鍵を開ける呪文はあるがもちろん強固な防護魔法がかかっており、効きはしない。
鍵を捕まえるための箒が用意されており、原作では三人でこれを使って協力し、ハリーが鍵を捕まえる。
「次は誰だ?」
「デアですわ」
「うーん。飛行能力には自信があるけどどの鍵を捕まえなきゃいけないかわからないしタスさんが捕まえた方がいいんじゃない?」
「ワタクシががんばるよりあなたが力押ししたほうが楽ですの。壁を破壊してさっさと次の部屋に行きますわよ!」
「壊していいの?」
「いいわけあるか!」
「直せば問題ないですわ」
「どっちなの?」
「デアが勢い余って鍵を壊してしまう方が問題ですの」
「いくらあたしでもそれはないって」
「なら数本持ってきてくださいまし。青い羽のもの以外ならなんでもいいですわ」
「よし、任せて!」
彼女はそう言って飛び立つと逃げ回る鍵を圧倒的なスピードで追い詰めていき、すぐに五本ほどの鍵を捕まえて帰ってきた。
「よくわかんないけどこれでいいの?」
「ええ、鍵を見せてくださいな」
「はい! ってあ……」
彼女の手の中にあったのは元鍵だった金属の破片だった。
「あはは……力入れすぎちゃった」
「ほら、無理だったでしょう?」
「ならお前がやれよ」
「デアが壁を壊した方が派手ですわ」
「派手とかじゃなくてな」
「派手な方がいいに決まってますの」
「決まってな……おい、なに急に屈伸し始めてんだ」
俺がタスさんと言い合っていると急に彼女が高速で屈伸を始める。そして、硬い何かがぶつかりあった衝撃音と何かが崩れる音が聞こえてきた。
「よしっ。これで通れるよ!」
音の方向を振り向くと満足気なデアとその横の壁に空いた大穴が目に入ってくる。護りの魔法がかかっていたはずだがそれごとぶち抜いたらしい。
「壊しちゃダメだって言ったじゃねーか!」
「え!? あたしが壊すって話になったんじゃないの!?」
「なってねーよ!」
「乱数調整成功ですの。デアが勘違いするように調整しましたわ」
「もうなんでもありかよ!」
「でもこれどうやって直すのー」
「ワタクシとジェーンで直しますわ」
次の部屋へ移動したあとタスさんが壁を修復し、ジェーンが護りの魔法をかけ直した。
これでフリットウィック先生の羽根の生えた鍵の護りも突破したことになる。もはや鍵すら使ってないのでもうなんでもいい気がしてくる。
「全部これでいいんじゃないか?」
「このレベルの護りの呪文を毎回使うのは無理です。万全の状態でも私の所だけ薄いですし」
流石にこれを続けるのは不可能だったらしい。よかった、次からはまともに進めそうだ。
次の部屋は真っ暗のように見えていたが、その奥に足を踏み入れると光が部屋中にあふれ、辺りに巨大なチェス盤が広がった。俺らの側には黒い駒、向こう側には白い駒が設置されている。
これはマクゴナガル先生の護り。先生が魔法をかけた魔法使いのチェスを行い、それに勝てば次の部屋へ移動できる。
魔法使いのチェスと言ってもルール自体は普通のチェスと全く同じである。違うのは駒が人の形をしており魔法がかかっていて自分で動いてくれること。動かしたい駒に行き先のマスを指示するだけで自動で移動してくれる。あと敵の駒を取る時、駒が敵の駒を武器で攻撃し、粉々に粉砕する。
しかし、それ以外は普通のチェスである。
「やっとワタクシの出番ですわ!」
ようやく自分の出番を迎え、うれしそうなタスさん。
だが、マクゴナガル先生が容易した魔法使いのチェスは普通の魔法使いのチェスとは違う。実は挑戦者側のプレイヤーに非常に不利にできている。理由は二つ。
まず、一つ目、挑戦者側の色が黒に固定されているという点。これが最もきつい。
理由はチェスを知っている人にとっては常識だが、駒の色によって先手と後手が決まっており、黒は後手、そしてチェスの後手はかなり不利である。
どのくらい不利かというと後攻で引き分けに持ち込めば勝ちだというくらいには不利であり、そのために公式戦では先行と後攻が交互に入れ替わりながら行われる。
よって後攻で勝つのはかなり難しい。
二つ目はプレイヤーも駒の一つとして参加しなくてはならないという点。説明したように駒を取られれば、その駒は武器で攻撃され、粉々に粉砕されてしまう。さすがに死にはしないが、気絶ぐらいはするだろう。
チェスでは駒をおとりにするのは当然であり、全部の駒を取られずに勝つのは無理と言っていい。
さらに複数挑戦者がいた場合、その全員が駒として参加しなくてはならないため俺らの場合は五人が駒として参加する。
デアと彼女に変身することができるジェーンは取られても無傷だろうが、他の三人は駒に攻撃されればひとたまりもない。ただ、俺以外のやつらは自力でどうにかできるかもしれない。
なんか二つ目の理由は俺らにとってはそうでもない気がしてきたぞ? だが、一つ目の理由はどうあがいてもきつい。
「後手だが勝てるのか?」
「ワタクシを誰だと思ってるんですの? 負ける確率がゼロでなければ敗北はありえませんわ!」
「いや、引き分けだったらやり直しだと思うが」
「この場合は引き分けも負けでしょう? せっかく華麗に決めたと思ったんですのに」
「すまん。まあ、任せた。全員取られないように頑張ってくれ」
「さあ完全勝利をしますわよ! クイーンがメアリー、そちらのルークがデア、そちらのビショプがワタクシ、そちらのナイトがアランで、そこのポーンがジェーン」
タスさんがそれぞれの駒を指定するとそこの駒に乗っていた像が駒を降りてチェス盤の外へ移動する。指定した駒へそれぞれが移動するとゲームが開始された。
タスさんは一切迷わずに手を進めていく。当たり前だ。彼女には勝利への道筋がすでに見えている。
チェスは、『二人零和有限確定完全情報ゲーム』である。それはプレイヤーの数が二人。プレイヤー間の利害が完全に対立し、一方のプレイヤーが利得を得ると、それと同量の損害が他方のプレイヤーに降りかかる、ゲームが必ず有限の手番で終了する、サイコロのようなランダムな要素が存在しない、全ての情報が両方のプレイヤーに公開されている、ゲームのことである。
本当は千日手や戦力不足になっても、いずれかの対局者が申し立てをしない限りゲームは続くため、厳密には有限ゲームではないとWEB百科事典に記載されているが今は置いておく。
その為チェスには理論上は必勝法が存在する。しかし、それは無量大数を超える膨大な局面を完全に把握した場合の話であり、不可能である。
それをタスさんができるなら絶対に勝てるのだが、いくら彼女でもそんなことはできない、チェスの名手であるロンと戦えば勝ち目はないと本人が言っていた。
ならば、タスさんは勝てないのか。その答えは否だ。
今回の相手はマクゴナル先生が設定した動きをするだけの疑似生命であり、単純なチェスプログラムのようなものだ。
思考パターンが存在し、それを読み切ってしまえば勝てる手をうち続けるだけでそのまま勝利である。
タスさんはいくらでもゲームをやり直せるし、やったゲームの内容はすべて記憶できる。もっと言えば内部情報すら把握できるので諦めなければパターンを解析することができるだろう。
そして、その彼女が完全に勝利すると宣言したのならパターンを読み切ったということ。そんな彼女に敗北はありえない。
というわけで彼女は思考時間ゼロで駒を進ませ続け、相手の駒を取り続ける。
途中いくつか駒が取られることもあったがそれは彼女の思惑のうち。俺らは一人も欠けず、それどころかジェーンのポーンはプロモーションしクイーンとなっている。
ポーンは前にしか進めないので盤面の一番奥までいくと他の駒へと変化させることができるのである。
「これでチェックメイトですの!」
どの手を打っても相手の敗北が決定した。俺らに一切被害は出ていない。宣言通りの完全勝利である。
「みなさん楽しめましたか?」
「俺はルール自体は知ってるしセオリーもある程度わかるがあくまで知識だけだ。しかもお前はセオリー無視のむちゃくちゃ。ぶっちゃけ意味わからんかったぞ」
「私はルールしか知りませんからね。ごめんなさい。よくわからなかったです。ですが、私をメアリーと同じクイーンにしていただきありがとうございます」
「ごめんなさい。私も詳しくないの。でも、すごいのはわかるわよ。それにどんどん駒を取っていくのは見てて面白かったわ。ジェーンもクイーンになったし」
「あたしはルールすら知らないから全然わからなかったよ。ただ駒がわちゃわちゃするのはおもしろかった!」
「……もう一度やりますわ」
「やらんでいい。楽しませたいなら他の護りを頼む」
「わかりましたわ」
不利な状況から完全勝利を達成したというのにテンションが低い。
ちなみに原作ではロンが自らを犠牲にして勝利する。描写ではロンはチェスが上手く、このようなゲームが得意そうなハーマイオニーを完封していた。そんな彼が犠牲にならなければ勝てなかった相手から完全勝利したのだが、彼女にとっては楽しませられなければ意味がないのだろう。
そんなタスさんの代わりに俺が次の扉を開いた。
その瞬間嗅いだ覚えのある悪臭が鼻をつく。牛乳を拭いたまま洗わず放置した雑巾ようなそれを放つ生き物。その巨大な人型の生き物はまだこちらに気付いていないようでボーっと突っ立っている。
「次はトロールですの。また生き物ですしメアリーがやってくださいまし。はぁ」
「いえ、私はいいわ。あまり魅了すると眠くなってしまって何かあったときに困るし、タスさんにお願いしたいのだけれどいいかしら?」
「ええ! ありがたくやらせてもらいますの! 今度は楽しませますわよ!」
タスさんがウキウキしながらなぜか後ろ向きになる。そしてそのまま高速ステップで奇声を発しながらトロールへ突っ込んだ。
「ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥエ」
トロールは彼女に棍棒を振り下ろすがそれをハンドスプリングをしながらギリギリ回避……できずに僅かに当たってしまう。
「当たってんじゃねーか!」
「当たってませんわ!」
彼女の言う通りなぜか棍棒は彼女の体をすり抜け地面に叩きつけられる。その後、花火を打ち上げてトロールの注意をひきながら股下を通過しようとする。そしてまた不可思議な現象が起きた。
なぜか彼女の体がトロールの足をすり抜けたのである。
彼女はそのままトロールの足を衝撃呪文で払うと姿くらましで頭上に移動、頭と手にも衝撃呪文を当てると、ちょうど前転を行うような形になり、そのまま壁に激突。気絶まではいかないが相当混乱しているようだ。
彼女はそのタイミングを逃さず次の扉を開いて手招きした。
「今なら通れますわ!」
俺らはトロールに注意を払いながら扉の向こうへと移動する。
「まだ見たりないのであれば続行しますけれど」
「普段であれば見てるところだが今は早く移動しないとクィレルに追いつかれる」
トロールはもちろんクィレルの護り、犯人が護りに参加しているが、彼は闇の魔術に対する防衛術の先生なので当然といえば当然である。謎の現象を引き起こしたタスさんの誘導に従って次の部屋に進んだ。
「さっきはなんですり抜けられたんだ?」
「仕様上あのタイミングに当たり判定がないからですわ。一フレームごとにしか判断されないのでそのタイミングで当たっていなければ当たってないことになりますの。一フレームごとに処理を行うのはゲームの常識ですわ」
「意味がわからんしゲームじゃねえ」
「わからないならわからないでいいですわ。先に進みますわよ」
部屋にはテーブルが一つ設置してあり、その上に一列に並べられている形の違う七つの小瓶が置いてある。入っているのは魔法薬。スネイプ先生の護りだ。
一番後ろにいたジェーンが扉の敷居をまたいだ瞬間、その扉を塞ぐように紫色の炎が燃え上がる。それと同時にみぞの鏡が置いてある部屋への入り口にも黒い炎が現れ行く手を遮った。
「確かここは論理パズルだったな」
瓶の横に置かれている巻紙を開き中に書いてある文章を確認する。
これは論理パズルだ。七つのうち一つが前に進める魔法薬、飲むと黒い炎を無効化できる。さらに後ろに戻れる魔法薬、これは紫の炎を無効化できるもの、これも一つ。残りの二つはイラクサ酒で残りの三つが飲むと死ぬ毒薬。
文章にあるヒントからどこに何があるかを考えて魔法薬を飲み進むというわけである。ただ間違って毒薬を飲むと死ぬ。本来なら考えて解かなければならないが原作と文章が同じなため考える必要がない。しかし、万が一のために一応根拠を確認しておく。
第一のヒントはイラクサ酒の左は毒入り瓶だということ。
第二のヒントは両端の二つの瓶は種類が違い、前進の薬でないということ。
第三のヒントは一番大きい瓶と小さい瓶には死の毒薬は入ってない
第四のヒントは左端から二番目と右の端から二番目の瓶の中身は同じで双子の薬だということ。
四つのヒントのうち一番分かりやすいのは第四のヒント。双子というのは二人で一セットのものなので、二つあるお酒。つまり左から二番目と右から二番目はイラクサ酒だ。
・図その一
(右)○酒○○○酒○(左)
これと第一のヒントからイラクサ酒の左は毒入り瓶だとわかるから左端と右から三番目は毒薬。
・図その二
(右)毒酒○○毒酒○(左)
さらに第二のヒントから、右端は毒以外のものとなり、さらに前進でもない。酒の位置はすでに決まっているから酒でもない。つまり右端は、毒でも前進でも酒でもない後退の薬
・図その三
(右)毒酒○○毒酒後(左)
第三のヒントから、小さい瓶に毒は入っていないから小さい瓶の中身が前進の薬、そうじゃない方が毒薬である。
しかし、原作では大きさの描写がなくこれ以上は絞れない。
置いてある瓶を確認し、小さい瓶の方を取る。
「これが前進できる薬だ。でも一つしかないぞ」
原作では一つしかなかったため、ハリーが飲んで前進し、ハーマイオニーは後退の薬を飲んでロンを運びつつ助けを呼びに行った。ロンは浮遊呪文で運んだとしても飛行能力のない彼女がどうやって悪魔の罠の部屋からフラッフィーの部屋まで上がったかは謎である。
「一つで問題ないですわ。アイテム増殖バグで増やしますの」
タスさんに薬を渡すと彼女は持っていた袋の中にそれを入れる。そしてその中をしばらくあさり、同じ薬を俺に渡した。
「ん? もうできたのか?」
「ええ、七個に増やしましたわ。人数分プラスアルファですの」
「いったいどうやってるんだ?」
「ドラゴン・ウォリアーPart5と同じ原理ですわ。アイテム欄の最終ページの一番下に増殖したいアイテムを配置。最後から二番目のページに移動してから一番下の道具の所で方向キーの右を押した瞬間決定ボタンを押しますの。そのまま増やしたいアイテムを誰かに渡すとなぜかアイテム欄にアイテムが残るので増殖できますのよ」
彼女が説明しながら増やした薬を全員に配布する。
「アイテム欄ってなんだよ」
「アイテムの欄ですわ」
今回いつも以上にタスさんが言っている意味がわからない。
「渡しましたが飲むのは少し待ってくださいまし。他の物も回収しておきますわ」
彼女が袋に他の魔法薬をすべて突っ込んだのを確認すると全員で前進の魔法薬を飲み黒い炎の中へ進んでいく。
薬を飲むと体が氷になったように冷たくなり炎の熱さを感じなくなった。そしてしばらく炎に包まれながら進むとそこはみぞの鏡のある最後の部屋だった。
その先の部屋にクィレルが待ち構えているなんてこともなく俺らが一番乗りだ。
部屋の奥にぽつんと姿見が置いてある。これがみぞの鏡だろう。
「それで、どうするんだ?」
「クィレルがここに来るでは暇ですの。なのでなにしててもいいですわ」
「じゃあ、あれが本当にみぞの鏡なのか調べるか」
「いいですわ」
みぞの鏡の前に移動し、自分の理想の状態が見れるか試してみる。しかし、鏡に映るのはただの自分の姿、ただの鏡と変わらない。
「おーい。この鏡普通の鏡とかわらないぞ?」
「そんなわけないですわ。ちょっとワタクシに試させてくださいな」
タスさんに俺がいた位置を譲る。すると彼女は興奮気味に俺に話しかけてきた。
「凄いですわ! ワタクシがスーパースターになってみんなを楽しませてますの! これは本物ですわよ!?」
「そんなわけない。他の奴らも試してみてくれ」
「わかった!」
三人の中で最初に鏡の前に立ったのはデア。彼女もうれしそうに何が見えたかを話す。
「みんなと冒険してる! 楽しそう! ほらほらメアリーも見て!」
「これは人によって見えるものが違うのよ。映画でも説明してたと思うけれど」
「そうなの? ならメアリーは何が見える?」
「……好きなことをして過ごしているのが見えるわ」
メアリーは少し言うのをためらいながら見えたものを説明した。好きなことがなんなのかを具体的に説明していないが言えないほどのものが写っていたのだろうか。
「次はジェーンの!」
「私のはわざわざ見なくてもわかるでしょう?」
「でも一応見てよ!」
移動したジェーンは見えた内容を当然といったように言った。
「メアリーと二人で過ごしています」
「だよねー。でもだったらやっぱりこの鏡は……」
「ええ、どう考えても本物ですの」
「なんで俺だけただの鏡なんだよ」
「今の状況が理想の状況だからじゃないかしら?」
「そんなわけないだろ」
そんなわけない……と思う。俺は組分け帽子にも思考を読まれなかった。だからこの鏡にも思考を読まれないのではないかという仮説が頭に浮かぶ。
「俺は思考が読まれない体質なのかもな」
「そうなんだー。すごいね」
「組み分けが安定しなかったのはそれが原因かもしれないですわね」
「思考を読む能力じゃなくて読まれない能力だったのね」
「なら、思考を読まれたくないときはアランになりましょうか」
「ただの仮説だからわからんけどな」
それから少し待ったがなかなかクィレルが到着しない。本当に来るんだろうな。
じっと待つのが一番苦手そうなデアが文句を言い始める。
「全然来ないじゃん! もう! お腹空いちゃったよ!」
「こんなこともあろうかとお菓子を用意してますの」
タスさんが袋から大量のお菓子をばらまいた。読めない字が書かれているので外国のお菓子だろう。
「なにこれ! めっちゃ懐かしい!」
「う○い棒しかないですね……」
「伏せ字になってるぞ」
俺の言葉に怪物たちが首をかしげる。俺がお菓子の名前が伏せ字になっていることを伝えるが理解されない。
「まあいい、それより食おうぜ……ああ、デアはもう食べてんな」
「ふぁふぃ?」
「食ってから話せ」
「ふぉっふぇー!」
駄目だ、わかってない。俺やメアリーたちもお菓子を食べ始める。素朴だが色々な味があって飽きない。味は飽きないのだが、ふ菓子のようなお菓子なので口の中の水分が持っていかれる。
「あのータスさん。飲み物はありますか?」
「口の中がパサパサだよー」
「もちろんありますわ! ただ、ミネラルウォーターしかありませんけど」
「それで大丈夫です」
「ありがとー」
「私ももらうわ」
「俺にもくれ」
それぞれペットボトルに入ったミネラルウォーターを受け取り、水分補給を行う。これで小腹も満たせたし、憂いなくクィレルと対峙できるだろう。
先生方が施した護りを不正で突破し続けるだけの回でした。怪物たちの実力では不正しないと突破できません。
今回は図の部分はフォントなどを変えてみました。見やすくなっているといいのですが。
それにしてもクィレル先生はトロールを護りに使っているのにトロールが侵入した際に恐怖で気絶したフリをしてますが、大丈夫なのでしょうか。
次回で賢者の石は大方終わるつもりです。実験作なのに長くて申し訳ありません。