他の作者様方はどうしているのでしょうか……。
俺が魔法使いと判明したと同時に世界が色を失った日からしばらくたった。
あの日、俺はこの世界が空想の物語だと認識してしまったショックで意識まで失った。しかし、人間というのは慣れる生き物である。感じた人格や世界への違和感は薄れ、今ではこの状況を受け入れてしまっている。
この世界が小説だったとしても俺がここで生きていることには変わりはない。何かの精神疾患なのかもしれないが、だとしてもまだ困ることもないのでこのまま何事もなかったように過ごすことにした。
そして今、俺は一人ロンドンの平凡なマーケットでさまよっている。両親は二人とも仕事で外に出払ってしまった。夏休みだというのにご苦労様である。
学校で必要な物のほとんどが『魔法界』でしか手に入らない。指定された物は制服などの衣類や教科書、それと杖をはじめとする学用品などがあるが、衣類はともかく教科書や杖はこっちで売っているわけがない。衣類も素材にドラゴンの皮が指定されている物があるし、学用品である鍋や秤も向こうの標準のものがいいだろう。
なぜ俺がさまよっているかというと、魔法界に買いものに行くのはいいのだがその入り口が見つからないからである。
魔法界へは『漏れ鍋』というパブを経由して行くらしい。ダンブルドア先生も言っていたし、俺の中の情報もそういうことになっているので正しいのだろうがまったく見つからない。
魔法界で人気なパブらしいがこちらでは無名であり、詳しい場所の情報が浮かばないので場所がわからない。
イギリス、ロンドン、チャリング・クロス通り、ダイアゴン横丁一番地ということはわかるのだが、それだけだ。その中でもダイアゴン横丁は魔法界での場所であるためまったく情報に意味がない。
魔法界を案内してくれる魔法使いの家族と待ち合わせをしているのだがこれでは遅れてしまう。
本来なら入学許可通知を渡した職員が案内するはずだった。つまり、ダンブルドア先生が案内をしてくれるはずだったのだが、彼は用事があるらしく今日はこられないらしい。
ホグワーツの校長であるため多忙なのだろう。代わりを知り合いの魔法使いの一家頼んだということだった。「古くから続く魔法使いの家系じゃから魔法界のことなら詳しいんじゃ。マグル生まれにも優しいから安心しての」とのことである。
マグルとは魔法を使えない人間、つまり魔法使いではないごく普通の人たちのことだ。
魔法界には魔法使いの一族、純血であることを誇りにし、マグル生まれ、俺のように両親とも魔法使いの生まれでない者を下等の存在だとみなしている者がいる。
魔法使い自体、マグルと比べて数が少なく、彼らを警戒しなければ数で勝る彼らに根絶やしにされる可能性があるため敵視してるのだろう。中世には魔女狩りなんていう異端者狩りがあったのだからそう思っても仕方がない。それに、行政関係に保守派の人間が多いことも原因の一つである。
このように仕方がない側面はあるが、近親交配を続けても繁栄は難しく、魔法使いの数を増やすにはマグルと交配しなければならないのはわかりきっている。それにマグル生まれの俺が生きにくいので早急になんとかしてほしい。
それにしても地図くらいは用意できなかったのだろうか。町の時計を確認すると約束の時間が三十分ほど過ぎてしまっている。このままでは非常にまずい。町を歩く人に『漏れ鍋』がどこか聞いたが知らないらしい。
「漏れ鍋なんて本当に存在すんのか?」
心の声が漏れ出るくらいには焦ってきた。心は平静そのものでも早く見つけないといけないという思いは強まっていく。
最初の最初でつまづくとは思っていなかったというところでついに『漏れ鍋』を見つけた。ちっぽけで薄汚れたパブというのはわかっていたが想像以上に目立たない外見であった。
急いで中に入り、案内をしてくれるという一家を探す。
パブの中には今時誰も着ない古そうなマントやいかにも魔法使いな山高帽を着用した者がほとんどであったため、ここが目的地だということは確信できた。
しかし、ここでも問題が発生する。俺には一家の特徴がわからない。
ダンブルドア先生はエス一家だと言っていた。アルファベット一文字でSというらしい、魔法使いでもそんな苗字の人はいないはずである。少なくとも俺が知っている物語の中ではそんな登場人物はいない。
よって重要人物でないと予想できる。物語に直接かかわるわけでないので俺が元々の物語に干渉してしまう心配が軽くなるが、逆に言えば情報が一切入らない。
薄暗い店内を回っていると明らかに怪しい風貌の人影を見つけた。ステレオタイプの魔法使いであれば店内に無数に存在したが、ピエロの恰好をした者は誰一人としていなかった。
頭に情報が入ってこないということは俺の知る物語では描かれなかったキャラクターである。
なぜかこちらを見据え静止している。さらに表情が読み取れないため恐怖を感じる。
顔をそらして他の場所を探しもう一度、そのピエロを確認するとそこから姿を消していた。俺の気のせいだったのか、普通に店から出て行ったのか。
それなら問題ないとまた他の場所を探してみようと振り返るとすぐそばにピエロの顔が現れた。
「アランだよね? ダンブルドアにアラン・スミシーって子を案内してくれと頼まれたんだが……」
驚き思考が止まる。平常心が保たれる変な体質でなければ叫んでいたところだった。
「ティー、タバサ。なんか違うみたいだ」
「そんなわけないですわ。お父様。彼がアランですの」
「そう、彼がアラン。私の予測は絶対」
ピエロに呼ばれた二人の小柄な少女が答えた。思考が固まったせいで返答が遅れたが、彼の言うとおりであれば彼らがエス一家である。
「あってます。俺がアランです」
「ほら、言ったじゃありませんか」
「私を疑うのよくない」
「すまんすまん」
彼はオーバーな動きで手を合わせ謝る。
「別にいい。それより早くアランに説明を。時間の浪費はもっとよくない」
「そうだね。初めまして。僕らが君を案内するようダンブルドアに頼まれた魔法使いさ。僕の名前はデニス・エス。本当の苗字はエスじゃないんだけどわからないほうが想像の余地があっておもしろいだろう?」
「確かにエスってだけの苗字は珍しいですし、本当はどんなのかって思いますけど不便じゃないんですか?」
「別にそうでもないさ。それよりもおもしろいことの方が重要だよ」
「……そうですか」
デニスさんはピエロというようにしか表現できない風貌からして変わった人であるというのが俺の中で決まった。
「それで、この子は君と同い年で今年ホグワーツに入学する私の娘、ティーだ」
「よろしくお願いしますわ。ティーじゃなくてタスさんと読んでくださいな」
タスさんと呼んでほしいと言った小柄な少女は明らかに実用的でない煌びやかなアクセサリーとドレスを身にまとっている。魔法使いの服装が古いからといってさすがにそんなものを着てる者は珍しい。
「ワタクシのフルネームがティー・エー・エスだからですわ。TとAとSでタスさんってことですの」
「デニスさんだけじゃなくてタスさんもエスって名乗ってるのか」
「そっちのほうが目立てるじゃありませんか」
この金髪縦ロールは目立ちたがり屋らしいとこの少しの時間で理解できた。このありえない髪型も目立つためだけにやっているのだろう。
そう思った瞬間、新たな情報が頭をよぎった。
ツールアシステッドスピードラン。エミュレータ上の操作で行うことによるスピードランである。略称はTAS。可能な限り速くゲームをクリアできる操作記録を作成し、これをエミュレータ上で再生するものである。
頭によぎったのはゲームの遊び方の一つ。彼女のフルネームはティー・エー・エスだが、だからといってゲームのスピードラン、つまりタイムアタックの形式の一つとは関係ないだろう。彼女は人間である。
さらに情報の追加。
TASさんとは、動画投稿サイトに動画を投稿する凄腕の外国人ゲームプレイヤー。
チートを使わずに常人にはほぼ不可能であるゲーム操作能力を誇り、様々なゲームでクリア時間最短記録を叩き出している。
要するにTASさんはTASの擬人化ということだ。だからといって目の前の少女には関係ないだろう。
「そちらのタバサさんはお姉さん?」
「違いますわ」
「なら、妹さん?」
「いいえ、母ですわ」
「は?」
タバサさんはタスさんとよく似ている。タスさんが少し成長して髪をまっすぐ下ろせば彼女になるだろう。よって数歳上のお姉さんだと思ったがそんなことはなかった。
「その驚いた顔いいね! さっき突然目の前に移動したときは全然驚いてくれなかったから逆に僕が驚いちゃったよ」
「顔に出なかっただけで先ほども驚いたんですけどね」
「そうだったのかい。全然気が付かなかったよ。あと、彼女はれっきとした成人だ」
「そう、今年で三十八歳」
俺の母さんより余裕で年上なのだがまったくそのようには見えない。
「だから僕はロリコンってわけじゃないんだ」
「そんなこと思ってませんよ」
「なら思ってるのはデニス。自覚しながら私と結婚したということはあなたはロリコン」
「見た目で結婚を決めたわけじゃないんだけどね……。まあ、年齢を考えれば法律上問題ないし普通のピエロより変わってていいだろう? アランも驚いてくれたし」
「普通のピエロの方がいいと思うんですけど。ロリコンってマイナスなんじゃないですか?」
「確かにマイナスだがただのピエロよりは気にかけてもらえる。まずは興味を持ってもらわなければ、パフォーマンスを見てもらえないからね」
なにその炎上商法みたいな理屈は……。ちょっと危ない人かも知れない。というか仕事中でもないのにピエロの格好をしている人が常識人であるはずがない。
「デニスさんって本当にピエロなんですね。職業がという意味で」
「そうだよ。タバサも同じサーカスで働いているんだ」
「ワタクシも将来はサーカスで働くつもりですの」
「そうなのか。こっちのサーカスは魔法を使うんだよな?」
「ええ、だからホグワーツで魔法を学びに行くんですわ。メインの理由は他にありますけどね」
彼らの自己紹介がひと段落したところでタバサさんが時計を差し出してくる。
「これプレゼント。安物だけど持ってないみたいだから」
「悪いですよ」
「でもないと困る。さっき三十六分二十八秒五二遅刻した」
タバサさんは時間に厳しい人だったようだ。秒以下の刻みで遅刻を指摘されてしまった。
「すみません。地図がなくてここにたどり着くのに手間取ってしまったんです」
「無表情で言ったら怒っているように思われますわ」
「別に怒ってない。私にはわかっていた」
「わかっていたとは」
「お母様は予言が得意なんですの」
「予言じゃない。予測。計測した情報から因果関係を計算して結果を予測しているだけ。予言とは別」
予言についてはホグワーツに占い学という授業があることを知っているのでわかっているが、予測なんてものを俺は知らない。
「地図がないことは承知していた。あなたの特徴もダンブルドアから聞いていたし後は予測するだけ」
「ちなみにティーもわかっていたんだよ」
「へぇ、タスさんもそんなことできるのか」
「私のは予言とも予測とも少し違うのですけれどね」
「そろそろ、時間。このままだとお昼やすみに間に合わなくなる」
食事処以外はお昼になれば休みになる。俺は昼休憩を挟んでもいいのだが、早く用事を済ませることができるならそうしたほうがいいだろう。
「そうだね。僕らについてきて」
タバサさんに時計をもらった俺はデニスさんたちにつれられ周りを壁に囲まれた中庭に移動した。
「こうするとダイアゴン横丁に入れるんだ」
デニスさんが杖を取り出して中庭のレンガでできた壁を叩く。すると叩いたレンガが震えて移動し壁に穴があく。そして穴がどんどん広がりアーチ状になった。
「あれ驚かないのかい?」
「魔法が実在するのを知ってますからね」
嘘だ。俺はこのアーチが入り口であることを知っていた。その入り方も。俺の知識と一致したので安心した。
残念そうなデニスさんたちと共に俺はそのアーチをくぐりダイアゴン横丁へと入っていった。
*
最初に訪れたのはグリンゴッツ魔法銀行。その理由は簡単、お金がなければ何も買えないから。イギリス魔法界にある唯一の銀行であり、マグルのお金を魔法界のお金に換金できる場所でもある。さらにその魔法界において二番目に安全な場所であるとも言える。一番はこれから行くホグワーツだ。
その経営は小鬼が行っており、所有者も同じく小鬼。
小鬼つまり、ゴブリンは魔法界に存在する非常に知能に優れただいたい五十センチくらいの小柄なヒト型の種族。ゴブリン語と呼ばれる独自の言語を用い、銀の加工にかけては有名である。
「ゴブリンって魔法界の貨幣を鋳造しているんですよね?」
「そうだよ。よく知ってるね」
銀行内の広い大理石のホールでは声が響くため小声で話す。カウンターのその先では百人以上のゴブリンが仕事をしている。
「それって魔法界の経済の中心を他の種族がコントロールしてるということになりません?」
「そうなるね」
「まずくないですか?」
「まずいね」
ゴブリンは比較的友好な種族ではあるが裏切らないという保証はない。それに自分たちが作ったものは永遠に自分たちのものであるという信念がある。そんな彼らに貨幣を鋳造させて管理させるなんてなにか起きたらどうするのだろうか。
「わかってるんだったら対処しましょうよ」
「うーん。まずいけど今のままの方がなにが起きるかわからなくてわくわくするんだ」
「大丈夫なんですかね」
「まあ、なにか起きそうだったら二人が教えてくれるさ」
あまりにも適当すぎる。他の魔法使いもこんな感じでゴブリンに仕事を任せているのだろうか。
「とりあえず換金してきますね」
「僕らもいた方がいいかい?」
「大丈夫です」
「なら、僕らはお金をおろしてくるよ」
場所がわからないのが問題であり、到着してしまえば後は換金するだけなので問題ない。どうすればいいのかは知っている。
彼らとは別のカウンターに向かいゴブリンに話しかける。仕事で忙しそうだがこちらの対応をするのも仕事のうちである。
「マグルのお金を魔法界のものに換金してもらいたいのですが」
人間の物より鋭い目がギロリとこちらを向く
「お金を」
有り金を全部渡した。合計五千ポンド、日本円なら約百万円である。なんでわざわざ日本の通貨に換算したか。それはこの物語が日本語で書かれているからに決まっている。ちなみに今この時代のレートだ。
こんな大金をポンと渡してくれた両親には頭が下がる。
「こちらになります」
ジャラジャラとした金貨を受け取る。魔法界の通貨はすべて貨幣である。紙幣は存在しない。
金貨がガリオン。銀貨がシックル。銅貨がクヌートだ。一ガリオンは、十七シックル。一シックルは二十九クヌート。
一ガリオンが約五ポンド、日本円なら約千円。
一シックルは約五十九円。
一クヌートは約二円。
すべて純粋な金、銀、銅でできているため、適当に紙幣で換金して溶かせば簡単に儲けることができる。
受け取ったのは千ガリオン。全部溶かして固めれば貰った百万くらいなら余裕で返せる。しかし、そんなことしたら経済が崩れるためやらない。あと、おそらく魔法界でも違法である。……たぶん。
有り金をすべて換金したのはいいが金貨千枚は重すぎる。これをすべて持っていくのは不可能だ。
「すみません。口座を開くことはできますか?」
「今すぐにですか?」
「はい、全部持ちきれないので」
「少々お待ちください。お名前は?」
「アラン・スミシーです」
「マグル生まれの方ですか?」
「はい」
名前を伝え、言われた通りに大人しく待つ。
「口座を開きました。いくらお預けに?」
「そんな簡単に開いてもらっていいんですか?」
「マグル生まれの方はお金をたくさんお持ちですから」
確かに魔法界は物価が安い。魔法があるからコストが下がるのが原因である。そのため、マグルの方がお金を持っているということになるということだ。
この銀行もマグルの銀行の例に漏れずお金を持っている客のほうが優良顧客であるためすぐに口座を開いてくれたのだろう。
「八百ガリオン預けます」
「承知しました」
とりあえず二百ガリオンは手元に残した。なんとなくしか魔法界の物価がわからないので足りなくなるのが心配だがもしそうなってもまた引き出せばいい。
「またのご利用をお待ちしています」
ゴブリンは頭を下げると自分の持ち場に戻り仕事を再開した。
「すまない、僕らの金庫は奥の方にあってね。待たせてしまったかな?」
換金が終わりしばらく待つとデニスさんたちが戻ってきた。デニスさんたちも大量の金貨を引き出してきたようで鞄を重そうにしている。
「大丈夫です。換金もできましたし」
「いくらだい? もし足りなければ貸すこともできる」
「千ガリオンになりました」
「千ガリオン!?」
デニスさんが目を見開いている。そりゃそうなる。物価がよくわからないとはいえ高額なことはわかる。そもそも普通に百万は大金であるし。
「マグルはお金持ちというのは本当ですのね。貴重なアクロマンチュラの毒が五リットル買えますわ」
アクロマンチュラは巨大な蜘蛛。大きな馬くらいで知能は人間並み、しかも人語を話す。と言ってもやっぱり物価がピンとこない。
「そう言ってもわからないですわよね」
「ああ、でもさすがに多すぎたから口座に預けたんだ。手持ちは二百ガリオンしないけど足りるか?」
「足りると思いますわ。では、買い物に行きましょう」
持ち物の一覧が書かれた紙を開き確認する。
一年生が必要なものは以下となっている
<制服>
・普段着のローブ三着(黒)
・普段着の三角帽(黒)一個 昼用
・安全手袋(ドラゴンの革またはそれに類するもの)一組
・冬用マント一着(黒、銀ボタン) ※衣類には名前をつける
<教科書>
・「基本呪文集(一学年用)」 ミランダ・ゴスホーク著
・「魔法史」 バチルダ・バグショット著
・「魔法論」 アドルバード・ワフリング著
・「変身術入門」 エメリック・スィッチ著
・「薬草ときのこ千種」 フィリダ・スポア著
・「魔法薬調合法」 アージニウス・ジガー著
・「幻の動物とその生息地」 ニュート・スキャマンダー著
・「闇の力―護身術入門」 クエンティン・トリンブル著
<その他学用品>
・杖(一)
・大鍋(錫製、標準、2型)
・ガラス製またはクリスタル製の薬瓶(一組)
・望遠鏡(一)
・真鍮製はかり(一組)
あとは、ペットとして、ふくろう、猫、ヒキガエルを持ってきてよい旨と、一年生は個人用箒の持参が許されないことが説明されている。
うん、どっちもいらんな。必要なものだけ揃えよう。
「順番に買うならまずは衣服か、次が教科書でその次がその他学用品、杖は最後にですわね」
「それでいいかい?」
「はい、どうしたらいいのかわからないのでおまかせします」
「おまかせされよう」
グリンゴッツで無事お金を換金できた俺はまずはローブを買いに向かった。
*
基本的な衣類は『マダム・マルキンソンの洋装店』で揃えた。踏み台に立った瞬間、店長のマダム・マルキンソンが寸法をまたたく間に測り始め、すぐにローブを仕立ててくれた。
教科書は『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』で。床から天井まで本でぎっしり詰まった棚を探すのは少し手間取ったが問題なくすべてそろえることができた。
その他の学用品もそれぞれの店問題なく買うことができ、残すは杖だけとなった。
「そういえばペットはいらないのかい?」
「ペットって任意ですよね?」
「そうだが」
「ならいらないです。世話をするのが大変なので」
「ワタクシもいらないですわ」
「なら後は杖だけだね。杖ならオリバンダーの店が一番だ。値は張るがその分の価値はある」
ギャリック・オリバンダーはこの物語で世界最高と言われている杖作りである。別の国からわざわざ買いに来る魔法使いもいるくらい評価されている。
オリバンダーの店は高級店のイメージである大きく派手な物とは真逆で小さくてあまり綺麗とは言えない外装をしていた。扉に剥がれかかった金色の文字で『オリバンダーの店--紀元前三八二年創業 高級杖メーカー』とだけ書いてある。
中はよく言えば質素、悪く言えばみすぼらしく狭い。外見にお金を使わないからこそ杖に力を注げるのかもしれない。
杖屋だから杖しか置いてないものだと思っていたがなぜか東洋の武器である刀が置いてある。インテリアなのだろうか。
奥のほうでチリンとベルが鳴り、銀色に光る大きな目をした老人が店の奥から歩いてカウンターに現れる。
彼がこの店の店主であり、世界最高と言われる杖作りだ。
「いらっしゃいませ」
「ひさしぶりだね。あっ、苗字はエスで頼むよ」
「わかっておる。デニス・エス。ハナミズキ、ドラゴンの心臓の琴線、三十四センチ。気まぐれで派手好き。規模の大きい呪文が得意。その反面細かい操作が難しい。やわらかい」
「さすがオリバンダー。僕の杖を覚えているみたいだね」
「そうですとも。わしは今まで売ってきた杖は全て覚えておる。誰が買ったのかも」
彼の言葉は誇張ではなく本当のことである。だから魔法使いは彼を信用し、彼の店で杖を買う。
杖の芯にするのに最も適した素材三つを見つけ出したのも彼だ。
見た目は普通の老人だが世界最高の名前は伊達ではない。
「タバサ・エス。レッドオーク、一角獣のたてがみ、二十一センチ。短気だが意志が一貫しており妨害されづらい。反応が速く決闘にうってつけ。おそろしく固い」
「正解。この子は反応が速くて助かる」
「それはタバサさんの反応速度が人並み外れているからこそ」
「それは間違い。私は予測してあらかじめ動いている」
「杖には同じことだよ。だからその杖は期待に応えてくれる」
「僕と試しに決闘したときなんかそもそも僕に呪文を唱えさせてくれなかったからね」
「あれはデニスが遅すぎただけ」
「デニスさんのものは大仰なものが好きだからのう。人間と同じように杖にも得意、不得意がある」
杖には大まかに分けて三つの要素がある。本体である木材の素材と芯の素材と長さだ。
それによって大まかに性質が決まるがその素材にも差異があるため一つとして同じものはない。
「それで今日はそちらの二人が杖を買うのだな? 女の子の方はティーさんじゃが……はて? 男の子のほうはどちら様かな」
「彼はアラン。マグル生まれなんだが担当のダンブルドアが用事でね。知り合いの僕らに案内を頼まれたんだ」
「そうじゃったか。それなら、ティーさんがよろしければ彼から選んでみようかの」
「後の方が印象に残れますので構わないですわ!」
「わしは売った全ての杖を覚えるのでどちらでも変わらないんじゃが」
「それでもそちらのほうがかっこいいですわ」
「ティーさんがいいならそれでもいいのですけれどね」
「それとワタクシのことはタスさんと呼んでくださいまし」
「承知しました。では、杖腕はどちらですかな?」
杖腕とは杖を扱う手のこと。つまり利き腕である。
「右です」
「じゃあ腕を伸ばして。そうそう」
オリバンダーが杖選びを始める。腕や手などの長さを計りながら杖の説明を始めた。
「杖には強力な魔力を持った物を芯として使っておる。さっき言った物のほかに不死鳥の尾の羽根などがある。不死鳥、ユニコーン、ドラゴン。皆違う。そのたてがみや尾羽根、心臓の琴線を使っている杖も同様に皆違う。そのため同じ杖は一本もなく、もし他の魔法使いの杖を使ったとしても自分の杖以上の力はだせないんじゃよ」
折角説明してもらった手前言い出せないがそのことは知っている。ただ、俺の中の情報が正しいか確かめることができるので無意味ではない。むしろ大収穫である。
「まずはくせのないものから。ブナノキ、一角獣のたてがみ、三十センチ。すべてが並で特徴がないのが特徴。知恵や経験を求める。安定しているので扱いやすい」
見た目にも特に特徴があるわけでもない逆に珍しいくらいの普通な杖を渡される。まずは様子見ということだろう。
受け取ると振ってみるように指示されたので従う。
すると杖を持っている手が温かくなると同時に光でできた文字の羅列が杖先からあふれだした。杖を持つのは初めてなのでよくわからないが他の物を使うのがあり得ないと思うくらいにはとてもしっくり来た。
「……なんと。この杖に合うものがいようとは」
「これが俺の杖ってことですか?」
「そう、この杖は誰にでも合う。しかし、一番ではない。平均的であるということはそういうことじゃ。この杖よりも他の杖の方がその持ち主に合うのだから当然のこと。だが、アランさんは一番だと言っておる」
「つまり、俺は平均的な人間ってことですか?」
「そういうことになるな。しかし、それは平凡というわけではない。どの道にも進める可能性を持っているということでもあるからの」
「それなら、この杖を買います。いくらですか?」
「7ガリオンだが、変えますかの?」
七千円と高く感じるが、杖というものが魔法使いの必須品、そのなかの高級品と考えると安めの値段と言えるだろう。なぜならそのスマートフォンが十万なのだから。この時代にはないが。
代金を支払い杖を受け取る。表情には出さないが自分の杖があるというのは飛び上るほどうれしい。
「早く呪文を唱えてみたいが……」
「少し待っててくださいまし、次はワタクシの番。無限の可能性を持つ杖に選ばれてうらやましいですわ。私も負けないですわよ!」
「いや、そんな大層な物じゃないだろ」
彼女は張り切ってオリバンダーの前に行くと急に高速で屈伸を始めた。今までの彼女のイメージではありえない行動に驚愕する。
「いきなりどうしたんだ!?」
「乱数調整ですわ」
「いや、意味がわからん!」
乱数調整とはコンピューターゲームにおいて乱数の特性を掴み、狙ったものが出るようにすることである。よってこのファンタジーな物語とはまったく関係がないはずだ。
俺の問いにデニスとタバサ二人が答えてくれる
「ああ、あれは儀式だよ。あの子がああいう奇行をすると運がよくなるんだ」
「奇行と思ってるなら止めてください!」
「あの子は自分の望む結果が出るように原因を調整している。それを邪魔することはできない」
「ちなみになぜそんなことができるかは僕らにもわからないんだ。おそらくタバサの家系が関係しているんだと思うんだけどね」
オリバンダーは今までにこういった客も見てきたのか特に気にしていないようで俺の時と同じように杖を渡していた。最高の杖作りはこの程度ではどうじないということだろう。
「シカモア、ドラゴンの心臓の琴線、二十一センチ。新たな経験、刺激を求める。華やかかつ優雅で洗練された呪文が好き。よくしなる」
彼女が杖を受け取り振ると色とりどりの爆発が起きる。それはただの爆発ではなく時計のような形の花火のようだった。
「すばらしい。二人続いて一本目で持ち主が決まった。二十一センチ、二十センチ以下となると持ち主に条件があると考えると最短となる」
大半の杖は、長さ二十三センチ~三十六センチの間に収まるため、彼女の杖は特別短い杖だと考えられる。
オリバンダーが言った条件は二十センチ以下の異常に短い杖は、性格的に何かが欠けているところがある持ち主を選ぶというものだ。その条件に当てはまらない場合は最短である。彼女の場合は最短だったということなのだろう。
「そして、お母様と同じ長さでもあるのう」
「最短に調整してみましたの」
「私もそうした」
「人が杖を選ぶのではなく、杖が人を選ぶのです」
「だから杖にワタクシを選ばさせたんですの」
「まあいいでしょう。それよりもその杖は退屈させると燃え出すという特徴があるがよろしいかな?」
「問題ないですわ。お父様とお母様の家の名、そして何よりもワタクシ自身の名にかけて絶対に退屈させませんから」
彼女はそう言い杖を頭上に放り投げると手を開き振り上げる。すると杖は天井近くで止まり、その場でくるくると回転し始め、そのまま店内を飛び回り最後に彼女の手の中へと納まった。
彼女は無言で呪文を行使したのだ。しかも杖なしでである。
「無言呪文は難しいんじゃなかったのか?」
「彼女の場合は少し事情が違うな。たしかタバサさんには妖精の血が流れていただろう。そのためにタスさんは妖精の扱う呪文が扱える。違うか?」
「御名答。今使ったのは魔法使いが使う魔法とは異なるものですわ」
魔法使い以外にも魔法を扱える生き物は存在する。しかし、それらが使う魔法は魔法使いのものとは違う物である。ゴブリンも独自の魔法を扱えるようだ。
ハリー・ポッターには多種族とのハーフやクォーターが登場する。タスさんも彼らと同じなのだろう。
「だから退屈させないと言ったんですの。お母様から受け継いだ妖精の力とお父様のエンタテイナーの精神、これから身に着けるワタクシ自身の魔法の力で毎日ワクワクさせてあげますわ!」
「あなたならこの杖を満足させられるでしょう。ではお買い上げでよろしいかな?」
「当然!」
タスさんも俺と同じように代金を払い杖を受け取る。オリバンダーさんも変わったものが見られて満足そうだ。そしてこれで買い物は終了。
「ばっちり目立てましたわ」
「杖なしで無言呪文なんて驚いたぞ」
「ただの妖精の魔法なのですけどね」
「それでもオリバンダーさんは楽しんでくれたみたいだからいいんじゃないか?」
「まだまだですわ。タネがばればれでしたの」
彼女は今回のステージがお気にめさなかったようだ。俺としてはかなり目立っていたような気がするし、オリバンダーもそれなりに楽しんでいたように思えたのだが、彼女の目標は高い。
「今はそれでもいいさ。それで、もう買う物はないよね。ならお昼にしよう。どこで食べたい?」
「どうしようかしら」
「どちらでも結構です」
「お任せする」
僕らが店内で悩んでいるとお店の扉が開いて新しいお客が数人で入ってきた。
「たのも~!」
一人目は目立つピンク色の髪の毛をした美女だった。ふんわりした印象を持つ彼女だが着ている服がきわどい。グラマーな体系も相まって目の毒である。
しかしそんなことはどうでもよくなる特徴を持っていた。山羊のような角が頭から生えている。それどころか悪魔を思わせる尻尾と蝙蝠のような翼さえ生えている。
こんな生物を俺は知らない。いや、典型的な悪魔なのだが、それはファンタジーでの話だ。
この世界はファンタジーなのではと思う人がいると思うが、この物語には悪魔は登場しない。吸血鬼や狼人間は存在するのだが悪魔は未登場である。
つまり、この魔法世界でもこの悪魔はファンタジーな存在である。出る世界を間違えたとしか思えない。
「ちょっと、母さん。そんな大声だしたら他の人の迷惑になるでしょう」
二人目は少年。俺よりか幾分か年上であると思われる彼のその容貌は美少年と言って差し支えないものである。
優しそうな彼だがしっかりと体はできており、ひ弱な印象は受けない。それでいてかけている眼鏡が知的なイメージを加えており、どこぞの乙女ゲーかもしくは少女漫画から飛び出したような存在となっている。
うん、こいつも出る世界を間違えてるな。
「まあいいじゃん。兄さんは真面目なんだから」
三人目は俺と同じくらいの年に見える少女。天然パーマなのか髪の毛がふわふわしているがそんなことはどうだっていい。
彼女も頭に角が生えている。さっきの女性と違いまっすぐで白いものがアクセサリーのように側頭部に生えていた。先ほどより大きく赤い蝙蝠の羽にトカゲのような尻尾。
ドラゴンを彷彿とさせる彼女のような存在も俺は把握していない。
「デア、リリンの言うとおりですよ。娘のメアリーは大人しくしているのになぜ母親のはずのあなたがうるさいのですか」
四人目は厳しい印象を受ける女性。四人目にしてようやく普通の人間が現れひとまず安心した。今までと違い変わった特徴はないがそれが普通である。彼女は一人目とは逆で上品な雰囲気だ。
「まあまあイーヴァ、仲良くしようよ。でもリリスもちょっと声のボリューム下げようか」
五人目は逆に優しい印象を受ける男性。これまた普通の人である。眼鏡をかけているという特徴はあるがただそれでなので平凡な俺は親近感が湧いてしまう。
「そうですよ。ここで喧嘩になったらもっとうるさくなってしまいます。みなさん落ち着いてください」
六人目は漆黒の髪の美少女。大人しそうな雰囲気の彼女は俺と同じくらいの歳に見える。
最初の三人よりはまともであるはずなのだが違和感を感じた。おそらく外見が理想的すぎるのが原因だろう。
左右対称で黄金比率。動かず黙っていれば人形と間違ってしまいそうである。髪もそうだがその瞳も不自然なくらい黒い。
「そうは言うけど、ジェーン。この複雑な状況を思えばみんなずいぶん仲良くしてるし落ち着いてると思うわ」
七人目は逆に純白の髪の美少女。彼女の外見は六人目とうり二つ、十中八九双子だろう。違うのは髪の色と瞳の色。髪は前述した通り、瞳は右が赤、左が青のオッドアイである。
オッドアイ自体が珍しいが、赤い瞳に至ってはその存在がありえない。赤い瞳はなんらかの疾患でメラニンが少ない場合、血の色が透けてしまうため赤色になる……と頭の中の情報がうるさい。わからんがそういうことです。
しかし、彼女の場合は血の色ではなくルビーのような鮮やかな赤色である。青い方もサファイアを彷彿とさせる鮮やかさであるため人形であると言われた方がしっくりくる。
「変わったお客さんたちだね」
「ピエロが言うと説得力がありませんが俺もそう思います」
「なんておもしろそうな人たちなんですの。あの人たちが杖を選ぶのを見てみたいですわ?」
「うーん、買う物は買ったのに店にいるのは迷惑じゃないか? それに杖を選ぶというのは大切な時間だ。それをジロジロ見るのは良くない」
「そうですわね。お昼を食べに行きましょうか」
「別にいいよ~」
俺らが店を後にしようとしたところで一人目の女性、会話からしてリリスというのだろうリリスが声をかけてきた。
「ここで会ったのも何かの縁だし~」
「店主の許可を取ってないのになに勝手な事いってるんですか」
厳しい印象の女性、イーヴァが彼女のストッパーなのだろう。逆にリリスはマイペースに感じる。
「大丈夫ですぞ。もう昼休憩の時間が迫っておる。午前の客はおそらく君たちで最後だろう」
「いいんですの!?」
「なに、このくらいはしないと杖作りになりたいという子が現れませんからの」
自虐気味にオリバンダーが笑う。杖作りのような職人は高齢化が進む性なのだろうか。
「でも、子供たちが嫌ならだめじゃ」
「見てていいよ! その代りお昼、一緒に行食べよ!」
ドラゴンを思わせる少女、デアはハイテンションで尻尾をブンブン振っている。狭い店内なので店の物に当たらないか心配だ。
「……うーん」
オッドアイであるメアリーは悩んでいる。前のデアが気にしなさすぎるだけで、やはり魔法使いにおいて大切な瞬間を他人に見られているのは嫌なのだろう。
「メアリーなら絶対大丈夫です。心配しないでください。もし足りなければ私のをあげます」
黒髪のジェーンが自信がなさそうな彼女を勇気づけているのだろうが最後の言葉の意味がわからない。
「それよりもうあまり時間に余裕がないのでは?」
「そうですね。誰からにする?」
「あたしは後でいいよ!」
「私も後でいいわ」
「なら私ですね。ジェーン、ジェーン・ドゥです」
彼女の名前を聞くと新たな情報が頭に入った。
ジェーン・ドゥは「名前が分からない人」や「名前が明らかにされていない人」を指して使われる俗語、仮名。 英語で「名無しの権兵衛」に相当するもの。ジェーン・ドゥは女性名であり、男性名はジョン・ドウとなる。
またよくわからない情報だ。「名無しの権兵衛」とは言うがさすがにそんな名前を娘に付ける人はいないだろう。
「では、ジェーンさんどうぞ」
ジェーンは何本か試したが合う杖は見つからない。杖を振ると最初はうまくいくのだが途中で反応が消えてしまう。
「難しい。どの杖も最初は合うと思うようじゃが途中でなにかに気が付いて合わないと意見を変えておる」
「合う杖がありませんか?」
「いや、そんなことはない。ジェーンさんは人と付き合うのは得意かの?」
「得意ではないと思いますけど……」
「いや、聞き方が悪かったの。人に合わせるかどうかだったらどうだね?」
「合わせます」
「では、なにか大切なものはあるかの?」
「あります」
「その大切なものと人と合わせることどちらを優先するかの?」
「大切な物を優先するに決まってるじゃないですか」
「そう、あなたにとっては決まりきったこと、わざわざ聞くほどのものではなかったですな。これで質問は以上。少し待っててくだされ」
そう言うとオリバンダーさんは最短であったはずのタスさんの物より短い杖を取り出し手渡した。
「クマシデ、一角獣のたてがみ、十三センチ。最初の持ち主に忠実。それゆえにその者の信条に反する行為の一切を拒否する。まがらない」
彼女がそれを振ると黒い閃光が杖先から噴射され壁にかけてあったローブに当たった。するとそのローブは蝙蝠へと変化しパタパタと店内を飛び始める。
「すみません。勝手に呪文が……これも駄目でよね?」
「いや成功です。ローブは気にしなくてもすぐに戻るすの。だが、その杖の扱いは難しい」
「どうしてですか?」
「その杖はあなたの言うことしか聞かないからです。それは素晴らしいことだが、同時に危険性もはらんでおる。例え持ち主だとしても自身の信条から外れる行為はゆるさない」
「大丈夫です。私は絶対に揺らぎません」
「しかし、それも危うい。二十センチ以下の杖は、性格的に何かが欠けている持ち主を選ぶ。欠けているそれは個性だが欠点にもなりえる。良い方向に進めば強大な力を発揮するが悪い方向に進めば自滅する」
「つまり、どうすればいいんですか?」
「譲れないところは絶対に譲っちゃいかん。しかし、なにが正しいかはいつも考えておいてください」
「はい。肝に銘じます」
無事にジェーンの杖が決まったところで最短記録を抜かれたタスさんに今の心境を尋ねる。
「最短記録ぬかれたけどいいのか?」
「ワタクシの場合の最短はこの杖なのだからいいんですの。それにエンターテイナーとしては負けてませんわ」
口では強がっているが悔しそうにジェーンを見つめている。
「次はどちらかの?」
「あたしは最後でいいから次はメアリーね!」
「いや、私は最後でいいわ」
「いいからいいから。大丈夫!」
「私のものも無事に見つかったんですし心配しないでください」
メアリーがしぶしぶオリバンダーの前に出る。彼女はあまり積極的でないように見えるが、わざとそのように見せているようにも思える。
彼女からはタスさんと同じ匂いを感じるからだ。
「……メアリーです。メアリー・スー」
メアリーとジェーンは双子だとばかり思っていたが苗字は異なっていた。
そしてまた名前を聞いた瞬間、情報が入ってくる。
メアリー・スーとは理想化されたオリジナルキャラクターを揶揄する語である。
作者の「目立ちたい、ちやほやされたい」という願望が露骨に反映された、原作のストーリー・世界観・キャラクターなどの設定を根本的に破綻させてしまうオリジナルキャラクターや原作のキャラクター、あるいは他のオリジナルキャラクターよりも強く、優秀で英雄的な活躍をし、自分ひとりであらゆることをやってのけ、なんでも解決し、原作の主要キャラから慕われ、異性と恋愛関係になるようなキャラクターである。
つまり、この情報は最強二次創作オリジナル主人公を表すものなのだろう。
それを理解すると同時にとてつもない嫌な予感が俺を襲った。
この物語は「ハリー・ポッターシリーズ」で間違いなだろう。しかし、それが原作であるとは限らない。原作者以外が書いた二次創作という可能性がある。
俺が知るハリー・ポッターにはタスさんたちエス一家は出てこないし、メアリーを始めとする彼らは出てこないのだ。もし、本当にこの仮説が本当であれば彼らは出る世界を間違えたような人たちではなく出る世界を間違えた人たちそのものである。
というかそもそもを言うと原作には俺が出てこない。アラン・スミシーなんて言葉は少しも出ていない。タスさんもそうだ。妖精の魔法が扱える魔法族なんて知らない。
ただ、あくまで仮説であるため外れれば特に問題はない。俺はただ祈った。原作の世界で会ってほしいと。
「メアリーさん。不思議な響きだ」
彼はそう言うと奥の棚から小ぶりな杖を取り出した。彼の言葉から嫌な予感が強まる。
「サクラ、不死鳥の尾羽根、十三センチ。扱える魔法の幅が広く強力な力を持つ反面、習得が遅くプライドが高いため扱いづらい」
彼女は杖を振るが何も起きない。嫌な予感は俺の杞憂だったようだ。
「なんと!? こんなことが起きようとは!」
そう思ったのもつかの間、オリバンダーが驚愕した瞬間に杞憂が杞憂でなくなった。
「やっぱりそうなんじゃねーかああああああ!」
「どうしたんじゃ?」
「すみません。なんでもないです続けてください」
これは絶対ちやほやされる流れである。杖の素材がそもそも怪しい。
桜の杖は日本の魔法学校「マホウトコロ」で特別視されるし、死をもたらすほど強力な力を宿す杖になりやすい。
そして芯の素材が不死鳥の尾羽根である。最も貴重な芯材という時点で特別感がすごいがおそらくその程度では終わらない。
主人公のハリー・ポッターと本作のラスボスであるヴォルデモートの杖の芯がそれであるからだ。この二人の杖は同じ個体の不死鳥の尾羽根が使われている兄弟杖、そのため色々因縁があるのだが、下手すると三本目の兄弟杖とか言い出す可能性がある。
杖の長さもジェーンの物と同じ十三センチと異常に短い。
「この杖は力こそ強大だがプライドが異常に高い。しかも持ち主に対する選り好みが激しいこともあって今まで誰も扱えなかったのだ。だが、メアリーさんはそれを完全に手懐けておる。だからこそ振っても何も起きなかったというわけです。持ち主に支持されていませんからの。いやはや、ただでさえ忠誠を得る事が難しい素材であるというのに」
「そ、そうですか。私に合ってるのならこれでお願いします」
露骨なよいしょにメアリーは戸惑っている。彼女はさっさと杖を買ってしまいたかったようでお金を払うと杖を受け取った。
よいしょこそされているがこれくらいは俺もタスさんもしてもらっているのでこれが彼の商売スタイルなのかもしれない。
「すばらしい。いや、よかった。さて、さて、さて……不思議なこともあるものよ……まったくもって不思議な」
オリバンダーがぶつぶつと繰り返す言葉。この言葉に俺は覚えがある。
原作で主人公であるハリーが杖を買ったときにつぶやいた言葉だ。これにハリーがなぜそんな不思議か聞き、話が進む。そして、彼とヴォルデモートの杖の芯について説明される。つまり、このままいくと……。
「不思議じゃ……不思議じゃ……」
「えっとオリバンダーさん。最後はデアです。もうそろそろ時間が」
メアリーがなぜ不思議が聞くかと思ったがそんなことはなかった。安心したところで最後の客であるデアが突っ込んだ。
「あのう。何がそんなに不思議なんですか?」
「まんま同じ台詞じゃねーか」
原作のハリーの台詞とまったく同じ台詞を吐いた彼女に漏れ出た俺の呟きに対して一部の人間がこちらを振り向いた。それは、タスさん、メアリー、デア、ジェーンの四人である。
反応はそれぞれで異なり、タスさんは玩具をみつけた子供のような笑顔でこちらを見た後、自分と同じように振り向いた奴らをさらに微笑みを強めた。
メアリーは俺と目線があった瞬間、自分の杖に目をそらし、天敵に会った草食動物のように警戒態勢入った。
ジェーンはそんなメアリーと俺の間に割って入る位置に移動して俺の方をじっと見つめている。こちらは逆に獲物を見つけた肉食動物のようだ。
デアはその二人を心配そうに見ているが、二人のように俺を警戒しているわけではなさそうだ。どちらかというとタスさんのような好奇心が見え隠れしている。
「わしは自分の売った杖はすべて覚えておる。全部じゃ。メアリーさんの杖に入っている不死鳥の羽根はな、同じ不死鳥が尾羽根をもう二枚提供した。兄弟羽が……なんと兄弟杖があの『生き残った男の子』に傷を負わせた杖なのじゃ」
生き残った男の子とは原作の主人公ハリーを指す魔法界で使われる呼び名である。闇の魔法使いヴォルデモートがポッター一家を襲った際、当時一歳のハリーだけが生き残ったことからこの呼び名がついている。
ヴォルデモート卿は魔法界の歴史上最強にして最悪の魔法使いであり、闇の魔法使いや闇の生物を束ねる闇の帝王でもある。そして原作のラスボス。
十年前まで『純血主義』の名の下に反対勢力を弾圧し魔法界に暗黒時代を招いたが、ただの赤ん坊だったはずのハリーに滅ぼされ今では過去の人となっている。とはいえ、今でもその恐ろしさから名前を呼ぶことすらはばかられ、『例のあの人』、『名前を言ってはいけないあの人』と呼ばれる。
そのため主人公の彼は魔法界では英雄扱いされることになる。マグル生まれの俺は情報の中でしか知らないのでなんとも思わないが。
ちなみに、生き残った際に額に稲妻の形の傷がついたので彼を見分けるにはそれが一番手っ取り早く、原作では眼鏡と並んでトレードマークになっている。
「『名前を言ってはいけないあの人』の杖は三十四センチのイチイの木じゃった。もう一本の兄弟杖は何を隠そうその『生き残った男の子』本人が今日買っていった。そして、最後の一本は今、メアリーさんが。こういうことが起こるとは、不思議な物じゃ。杖は持ち主の魔法使いを選ぶ。そういうことじゃ……。メアリーさん、あなたはきっと偉大なことをなさるに違いない。『生き残った男の子』はもちろん『名前を言ってはいけないあの人』もある意味では、偉大な事をしたわけじゃ……恐ろしいことじゃったが偉大には違いない」
「へ~その杖すごいんだね。さすが我が娘だよ~」
リリスさんがヴォルデモートの話になったことで多少重くなった空気を全く読まず、ほわっとした声で雰囲気を変えた。
「さすがメアリーです。もっと自信持ってください」
「あっ、あたし知ってるそれ。『さすなんとか』ってやつだよね」
「そうですわね。『さすがメアリー』ですので『さすメア』でどうですの?」
「いいね。さすメアか。私も使うようにするよ。メアリーは卑屈すぎて兄としては心配だ」
「……その言葉はお兄様が言われるべきだわ。私がお兄様って呼んでるし」
タスさんがちゃっかり話に入っているが、そんなことはどうでもいい。オリバンダーのやり取りと今の会話でここが二次創作の世界、少なくとも原作とは別の世界だとわかった。
原作であれば不死鳥が提供したのは二本だけで三本目はない。なのにこの世界には三本目がある時点で別の世界である。
そして今の会話の『さすなんとか』。これは、ハリー・ポッターシリーズとは別の小説が元ネタである。主人公が兄、ヒロインが妹という設定なのでリリンに対するメアリーの言葉に辻褄があう。つまり別の作品のネタが出てくるということは二次創作である可能性が非常に高い。
俺が絶望している間にメアリーとリリンたちの話が進んでいく。
「美形で聖人君子。しかも決めるときは決める。頭もよくて成績優秀。魔法は得意。運動もできないわけじゃなくむしろできる方。女性はなにもしなくても寄ってくるし、友好関係も広い。なんでもできる完璧超人。さすがですお兄様」
「棘があるなぁ」
「本気で褒めてるのよ」
「ありがとう。でも、美形っていうのと人が寄ってくるのはメアリーもそうだろう? 母さんからの遺伝なんだから」
「お兄様と違って私には中身が伴ってないの」
「私だって聖人君子ってわけじゃないんだけどね」
「それにそれ以外だって……」
「成績優秀とは言うけど主席ってわけじゃない。私の予想ならジェーンは主席になれるはずだ」
「そんなことないです」
「本当さ。試しに一年頑張ってみるといい。君なら余裕だろう」
「わかりました。期待に応えて見せます」
「それにだ。運動はそこまで得意じゃない。妹のデアの方が身体能力は高いよ。私はすぐに疲れてしまうから」
「体を動かすことなら任せて! それなら誰にも負けないから! 頭を使うのは勘弁だけど……」
「うん。デアくらい自信を持っていいんだよ」
「無理よ」
「なんでなんだい? メアリーの方が私より母さんの力が濃いだろう? その点は絶対私より勝っている」
「確かにそのおかげで世界は私を称賛するけれど私はただの怪物にすぎないわ。なんてね。それより、もう本当に時間がなくなってきてるでしょ。早く杖を選びましょう?」
俺が絶望から復帰すると最後の杖選びが始まっていた。今までの俺らとは違い、デアが杖を振ってもなにも反応がない。メアリーの時と違って本当に反応していないようだ。何十本と試したがすべて同じ結果である。
「失礼じゃがデアさんは本当に魔法使いかの?」
「あはは。ホグワーツの生徒に選ばれたってことは一応魔法使いだと思うんですけどね。ただ、あたし魔力を外に出すのがものすごく苦手だから両親もホグワーツから入学許可通知が届くまでてっきりスクイブだと思い込んでたんですよ」
スクイブは、両親あるいは親のどちらかが魔法族であっても魔法を使えない魔法族生まれのマグルだ。比較的珍しく、純血の魔法使いや魔女をはじめとする一部の魔法族からは軽蔑されている。
「そうなると合う杖を探すのには時間がかかりそうですな。すでに時間は過ぎてしまっているしお昼をまたいで探したほうがよいと思いますが……」
確かにお腹がすいてきたのでもうそろそろ昼食にしたいところである。しかし、デアは早く杖を見つけたいようだ。
「じゃああと一回だけ! 次で最後でいいから! お願いします!」
「仕方ない。次の杖で駄目じゃったらお昼の後でお願いしますよ」
「最後はあたしに選ばせてください!」
「別にかまわんが」
「よしっ。じゃあこれ!」
「……? いや、それは杖じゃないですよ」
彼女が指で指したのは棚に入っている杖ではなくインテリアであろう日本刀だった。
「申し訳ない。それはインテリア、売り物ではないのです。たまたま東洋の魔法使いから杖の代金替わりに頂いたもので……」
「でも、杖として使えるかもしれないです!」
「日本の魔法使いが戦時中に魔法が使える刀として作成したものと聞いたので、杖としても扱えるとは思うが……」
「試してみちゃ駄目ですか?」
「うーん。まあやってみてもいいじゃろ」
「やった!」
オリバンダーから許可を貰った彼女がその刀を持つ。そして大体一メートルはあるそれを軽々と振った。すると俺らが杖を振ったときのようにその鞘から太陽のような赤い光が漏れだす。
さすがの彼も自分の杖ではなく、もはや杖ではないものを持つ存在が自分の店から出るとは思っていなかったようで、ただただ唖然とし立ち尽くしている。
「これは?」
「……はっ! すまん、さすがのわしもあっけにとられてしまった。ヒヒイロカネ、龍のひげ、九十五センチ。金より軽く、ダイアモンドり硬いうえ、錆びることがない。刀身を強化する魔法専用であり、それ以外の魔法にはほとんど期待できない」
「いくらでしょうか?」
「売り物ではないからの。……杖の代金替わりだったということで、元の杖より割高で十ガリオンでどうだね?」
「これ以外ないしいいよね!」
「ないのなら仕方ないです」
「ああ、もちろん」
ということでついに杖ですらなくなったのだが、これで一応全員の杖を買えたことになる。
「長らく使用者のいなかったあらゆる可能性を持つ杖、杖のしたいことをさせてもらえるじゃろう杖、珍しく短く頑固だが唯一の個性を持つな杖、生き残った男の子と名前を言ってはいけないあの人の兄弟杖、最後はもはや杖ですらない。今日は貴重な体験をさせてもらった。ありがとうの」
二次創作の異物であるオリジナルキャラクターたちに価値観を壊されたというのにお礼を言ってくれるオリバンダーさんに心のなかで合掌し、感謝しながら俺は他のみんなと共にお店を後にした。
*
杖を買ったあとは予定通りレストランで昼食を取りながら話した。
俺の体質は言わなかったし、タスさん、メアリー、ジェーン、デアも何か隠しているようだった。
わかったのはメアリーたちの複雑な親子関係。まず、一番上の兄がリリン・マキナ。父親がアダム・マキナで母親がリリス・スー。
後は全員同い年。デアの父親がアダム・マキナで母親がイーヴァ・マキナの娘。メアリーの父親は不明で母親がリリス・スー。ジェーン・ドゥは両親が不明。
つまり、アダムの子供がリリンとリア。イーヴァの子供はリアだけ。リリスの子供がリリンとメアリーということになる。そしてジェーンは誰の子供でもない。
リリスさんは夢魔である。だからこんな複雑な親子関係になってしまったということらしい。
夢魔は古代ローマ神話とキリスト教の悪魔の一つ。淫魔ともいう。夢の中に現れて性交を行うとされる下級の悪魔……なのだが、原作にはそんなもの登場していない。登場していないだけで存在はしていたかもしれないが、二次創作のオリジナル設定と考え、警戒したほうがいいだろう。
彼女は放任主義でいつも各地を飛び回っているため基本的にメアリーはマキナ夫妻の所でお世話になっている。
アダムさんは竜の血を継ぐ魔法使い。妻のイーヴァさんも魔法使い。デアは彼らの娘。
リリンはホグワーツの三年生でイーヴァさんとは血がつながっていないが戸籍としては彼女の息子であるらしい。
ジェーン・ドゥは一人で困っているところをメアリーが見つけ紆余曲折あって、マキナ夫妻の所にすんでいる。
昼食中になにかあったと言えばタスさんがメアリーたちに「ワタクシより目立つとはあなたちやりますわね! ホグワーツでは負けませんわ!」とライバル宣言をしたくらいである。
それともう一つ、デアのフルネームはデア・エクス・マキナ。その名前はデウス・エクス・マキナの女神版と同じものである。彼女の名前を聞いたとき、以下の情報が頭に浮かんだ。
デウス・エクス・マキナとは演出技法の一つで「機械仕掛けから出てくる神」、あるいは「機械仕掛けの神」などと訳される。女神の場合は最初の単語がデアとなる。
古代ギリシアの演劇において、劇の内容が錯綜してもつれた糸のように解決困難な局面に陥った時、絶対的な力を持つ存在である神が現れ、混乱した状況に一石を投じて解決に導き、物語を収束させるという手法を指した。悲劇にしばしば登場し、特に盛期以降の悲劇で多く用いられる。
彼女とこの情報が関係あるかはまだわからない。
しかし、これで今日会った四人の同い年の少女たちはおそらくオリジナルキャラクターであるかもしれないのにも関わらず何かしらの情報が頭に浮かんでいる。
TAS、ツールを用いたタイムアタック。ジェーン・ドゥ、名無しの権兵衛。メアリー・スー、二次創作の自己投影最強オリジナル主人公。デア・エクス・マキナ、機械仕掛けの女神。
これらがなにを意味しているのかがわからないが、一つだけ言えるのは、こいつらが原作の世界観を壊しかねない物語の怪物だということだけである。
昼食を終えた俺らは九月になったら再度集まり、一緒にホグワーツへ向かうことを約束し別れた。
そしてその姿が見えなくなった俺は絶叫した。
「このままだと物語が崩壊する!」
周囲にいた人たちが怪訝そうな顔をするが許してほしい。物語を、この世界を崩壊させかねない怪物が存在することを知れば、彼女たちが通うであろう学校に自身も行かなくてはならないとわかれば誰だってこうなる。なりますよね!? ああ、どうしたものか。
ダイアゴン横丁にて物語の怪物たちが初登場。メアリー・スー全開の設定です。そして、アランくんは二次創作の世界だと気がついてしまいました。彼の明日はどっちだ!?
オリバンダーさんの口調が違う気がして修正したらよくわからないことに……。
あと、設定していて思ったんですけど、オリキャラ生成すると親族関係でねずみ算式にオリキャラ増えますね……。物語で親族の方があまり出てこなかったり、主人公が孤児だったりする原因がわかった気がします。