ホグワーツでは、一年目も二年目もハロウィーンで事件が起こるとはなにか呪われているんですかね……。
十月になりハロウィーンパーティーの季節になった。気温が下がったのが原因なのか校内では風邪が流行し校医のマダム・ポンフリー先生は生徒に先生にとその対応でてんやわんやになっていた。ドラコは少し風邪気味で体調が悪そうであるが、幸福なことに俺や怪物たちは一切かかっていない。
風邪を理由にたびたび授業を欠席していたドラコだったが、そんな彼もハロウィーンパーティーの日となれば話は別で、朝から元気そうに家から高級菓子が送られてくると自慢気に話している。
朝食を食べに行くためにそんな彼とその友人たちと共に談話室へ降りると仮装した怪物たち四人の姿が目に飛び込んできた。ドラコとクラッブ、ゴイルは目を丸くしている。
「おはよう。なんで今仮装なんかしてるんだ?」
俺の問いに去年と同じ犬耳と牙、爪手袋をつけた、狼人間の仮装のタスさんが答えた。
「おはようございます。今日がハロウィーンだからに決まってるじゃありませんの」
「そういうことじゃなくてハロウィーンパーティの時間は夕食の時間だろ?」
「おっはー。今日はずっと仮装するんだ」
デアも去年同様のフリルのついたオレンジ色のワンピースに同色の三角帽を付けている。去年も同じようなことを思ったが魔女が魔女の仮装をして仮装といえるだろうか。
「授業中もか?」
「そうだよー。そっちのほうがハロウィーンを楽しめるでしょ」
固まっていたドラコが状況を飲み込み口を開いた。
「ハロウィーンを楽しむのはいいが節度は持つべきだ。授業は制服で受けなければならないきまりがある。仮装して受けるのはどうかと思うね」
スリザリンは規律自体は守るので堂々とルール違反をするような真似は見過ごさない。怪物の中では規律を気にするジェーンがそれに答えた。彼女の仮装も去年と変わらない吸血鬼である。
「大丈夫ですよ。授業中は制服を着ます」
「デアは授業中も仮装するといったが?」
「規則に違反しない範囲で仮装をするんです。髪型は自由ですし化粧やアクセサリーの類もある程度は認められています」
「確かにある程度は認められているが……」
「ワタクシには認められる範囲があらかじめわかっていますのでその範囲でやれば問題ないですの。まあ、別に規則なんて気にしないのですけれど破ったことが原因で楽しめなくなっては本末転倒ですし、それにジェーンが規則、規則言いますので」
「規則は守るべきものですからね」
「それにアランもその辺うるさいんですの」
「当たり前だろ。これでもずいぶん譲歩しているつもりなんだがな。タスさんがやりすぎなんだ」
「そんなことないですわ。ワタクシは引き際はわかってますの。いつも最低限やってはいけないことはやってませんの」
「最低限すぎるんだよ。もっとラインを引き上げてくれ」
「なぜその必要がありますの? 別に最低限で問題ないですわよね。なのにワタクシの行動をあなたが制限するのは横暴じゃありませんこと?」
「横暴でもなんでもいいよ。この話は終わりだ。タスさんは議論したいだけで結論を出す気がないのは去年一年間でわかった」
「もう! 最近あなたつまりませんわよ!」
「つまらなくていい。ということでドラコ。タスさんたちは許される範囲で仮装する。ルールは守るから問題ない」
「まあ、それならいいだろう。だが、ほどほどにしろよ。あとそれのせいで減点されたら許さないからな。もしされたら来年以降は自粛してもらうぞ」
「ええ、問題ないですわ!」
タスさんは自信に満ちた顔で言った。彼女はこの先の多数の可能性を把握しているので彼女がそう言うのなら問題ない。
話がひと段落ついたところでジェーンの横で黙っていたメアリーが眠たそうな目をこする。彼女も去年と同様に擬態を解いて悪魔の格好になっている。服も夢魔の力で作成した黒いセパレートタイプの水着にしか見えないきわどいもののままである。クィディッチの練習の時もそうだったが、今年もそれでいくのか。
そんな彼女が遠慮がちに言った。
「えっと、今日は授業は休みよね? 土曜日だったような気がしてきたのだけれど」
その発言を聞いた俺らはしばしの間ほうけてしまい沈黙が流れる。
そういえばそうであった。今日は土曜日なのだから授業なんてない。なんで俺は今日授業があると勘違いしていたのだろうか。タスさんはしてやったりとニヤニヤしている。
「タスさんがまたなにかしたのか? 認識を変える魔法とかかけてないだろうな」
「そんなことしてませんわ。みなさん全員が偶然にも今日授業があると勘違いしただけですの」
「お前の場合、その偶然を必然にできるだろうが」
「タスさんはそんなことができるのか?」
あ、口を滑らせてしまった。ドラコはタスさんが妖精でその魔法が使えることは知っているが、時間を制御できる力を持っていることに関しては知らない。予言関連の能力としてごまかそう。
「ほら、タスさんは予言ができるだろ? だからだよ」
「予言で皆の行動を誘導することはできん。説明してくれ」
「わからなくても大丈夫だ。俺もよくわからんから」
ドラコは腑に落ちていないようで俺を訝しげに睨んでくるが俺は無視をする。すると彼は疑うのをやめたようで話題を変えた。
「そういえばパンジーはどうした? いつもならお前らと一緒にいるだろう?」
「そうだった。パンジーなら医務室に行ってる。朝起きたら具合が悪くなってたみたい。たぶん風邪だと思うよ」
「なに!? いや、でも医務室にいったのなら大丈夫か。薬を飲めばすぐに直る」
魔法使いの学校の医務室なだけあって怪我や病気の治療には魔法薬を使う。魔法界では一般的な『元気爆発薬』という風邪薬が貰え、それを飲めばすぐに風邪が治ってしまう。しかし、便利な薬には副作用がつきものである。この薬も例にもれず、飲むと体温が上がって耳から煙が数時間出続けてしまうのである。
「でも耳から煙が出る姿をみんなに見られたくないって言ってたから戻ってくるのは午後からだと思うけどね」
それならばこのまま待っててもパンジーは帰ってこないので待っててもしょうがない。
「じゃあ朝食をとりにいこうか」
「あっ、そうでしたわ!」
突然なにかを思い出したというようにタスさんが声を出した。
「どうしたんだ?」
「どうぞ。アランの分の仮装ですわ。去年のフランケンシュタインマスクですの」
「嫌だけど」
「なぜですの!?」
「一日中取れなくなるのが嫌だからだよ!」
「それならいいですの。トリック・オア・トリートですわ」
「は?」
「だからトリック・オア・トリートですわ。もしかして知りませんの?」
さすがに知っている。ハロウィーンの風習で子供が「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ」というやつである。
「知ってるが突然どうしたんだよ」
「トリック・オア・トリート。お菓子を差し出さなければマスクをつけてもらいますの」
「お菓子なんて持ってない」
「だったら被ってくださいまし」
「そんな都合よく持ってるわけないだろ。というか俺だけとか不公平じゃないか? ドラコとかにも仮装させてくれよ」
「お前、僕らまで巻き込む気か」
「ワタクシには関係ないですわ。ということでドラコもクラッブもゴイルもトリック・オア・トリートですの」
これでドラコたちも巻き添えで仮装させられるはず……だったのだが、彼らは制服のポケットの中から飴を取り出した。
「ほら、これでいいだろう?」
「なんで持ってるんだ!?」
「今日はハロウィーンだからな。昨日母上が送ってくれたのさ」
「今日高級菓子が送られてくるんじゃなかったのかよ」
「それとは別だ。このくらいのお菓子はいつでも送ってもらえるのさ」
「クラッブとゴイルはなんで持ってるんだ?」
「俺たちはハロウィーン関係なくお菓子を常備しているんだ」
「腹が空いたときに食べるためにな」
デアもそうだがちょとしたときに食べ物を食べていたのはそういうことだったのか。食べるのが好きすぎるだろ。
「これで僕らはトリートということになったが?」
ドラコたちはにやにやと俺とマスクを見る。タスさんが楽しそうに再度俺に問いかけた。
「アラン、トリック・オア・トリートですわ」
「さっきも言ったようにお菓子はない」
「それならマスクを被ってくださいな」
「……わかったよ。仕方ない」
マスクをタスさんから受け取って被る。別に被ったとしても死ぬわけではないし外そうと思えば外せるのだから問題ないだろう。
「これでいいか?」
「いいですわ」
「これでアランは今日一日フランケンシュタインってことだね!」
デアが無慈悲に宣言し、ドラコたちが爆笑する。
「アラン。お菓子を渡せなかったんだ。おとなしくフランケンシュタインになれ」
「ドラコは人事だと思ってるだろ」
「人事だからな。さあ、大広間へ行こうか」
タスさんの策略にはめられた俺はフランケンシュタインマスクを被った状態で朝食をとるどころか一日休日を過ごすことになってしまった。
*
去年と違い今年のハロウィーンは平和そのものだ。一応、今年の秘密の部屋の事件の始まりといえる事件は起こるがトロールが進入したことと比べれば些細なことである。
トラブルメーカーのタスさんもハロウィーン自体を楽しむことが最優先のようでなにかやらかすような気配がない。彼女がやったことといえば怪物たちを先導して生徒や先生たちに「トリック・オア・トリート」と無差別に言ってお菓子をねだり、もらえなければモンスターの牙が生えるくらいの魔法をかけるくらいのいたずらをするということだけであった。
基本的に先生も生徒も配るためのお菓子を常備していたので彼女は不満そうであったが、その一方でハロウィーンを満喫できているためか楽しそうにしていた。原作から乖離するほどの派手なことをしないでくれたので俺の精神衛生は保たれている。マクゴナガル先生やスネイプ先生までお菓子を用意してくれていたのは意外だったな。
当然こちらが言うだけでなく同じくらい言われることがあったが、他のやつらはもちろんのことお菓子を渡せなかったおかげで今日一日マスクを被らされることになった俺も学習して飴玉を用意していたため、いたずらを回避することができた。
最初は俺らだけだろうと思っていた仮装もちらほら増えてきて逆にいつもの服装の人のほうが少なくなってしまっている。ハロウィーンパーティーの会場である大広間を見渡せばそれは一目瞭然のことだ。
大広間は去年と同様の飾り付けがなされている。空中に浮くジャック・オ・ランタン、その周りを飛び回るこうもり。これらの装飾がこれでもかと今日がハロウィーンであると主張している。
机の上には金色の皿の上に無数の豪華なかぼちゃ料理がおかれており、かぼちゃの甘いにおいが充満している。
今年もほぼかぼちゃ一色か。俺はかぼちゃは嫌いではないので別に問題ない。ほとんど甘い料理なのが少しやっかいだが、甘くないものもあるのでそれらと交互に食べればおいしく食べられる。
パンプキンサラダを自分の皿に盛り付けて口に運ぶ。当然甘いがしつこい甘さではなくどんどん食べられる。しかし、さすがに甘い系の料理を食べる続けるのはきつい。
なにか甘くない料理はないかと探す俺とは対称的に怪物たちといえばそんなことは関係ないといったように次々と料理を平らげている。
食べ物ならなんでもおいしいと言い放ちかねないデアはブラックホールのごとく料理を口に吸い込んでいくし、タスさんは一見上品に食べているがずっとぶつぶつと何かを言いながらであり、スピードが尋常ではなくデアと同速と言っても過言ではない。
メアリーはかぼちゃショートケーキ、かぼちゃモンブラン、かぼちゃタルトと甘いものばかり食べているし、ジェーンは彼女のためにそれらを取りながら自前で用意したであろう紅茶を準備している。
「はむっ。もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。はむっ。もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「うまくプディングが巻き込めるように調整。まとめて空中コンボ。ここで満腹ゲージを一度マックスにしてその間に……」
「甘くておいしいのだけれどこれだとお茶がほしくなってくるわね」
「だと思ったので今年は紅茶を入れてきました」
「誰のからつっこめばいいんだ?」
「つっこむってなにー?」
山のような料理を口の中に突っ込んだというのに一瞬で胃袋に入れたデアが俺の問いに反応する。
「デアもタスさんも今年はトロールが来て中断されるようなことがないのになんでそんなに急いでるんだよ」
「見ればわかるでしょう。デアとタイムアタックをしているんですわ」
「早食い勝負ってことか」
「もぐもぐ。んっく。あたしは折角ハロウィーン限定のご馳走だからいっぱい食べたいってだけなんだけどね!」
「タイムアタック中なのに俺と話してていいのか?」
「別にあたしは勝ちたいとかじゃなくて食べたいだけだからね」
「今は満腹ゲージを回復中なので暇なんですの」
「……そうか。がんばってくれ」
早食いを再開し淑女らしからぬ食いっぷりを見せる二人との話を切り上げて甘いケーキばかり食べているメアリーに話を振る。
「よくそんなにケーキばかり食べられるな」
「甘いの好きだから。でもさすがに口直しせずにケーキだけ食べるのはきつかったと思うわ。ジェーン、ありがとう」
「いえいえ。でも、普段から甘いものをばかり食べるのは体に悪いですよ。今日は特別です」
「え、ええ。そうかもしれないわね。善処すると思うわ。たぶん」
メアリーがジェーンから目をそらす。言葉もあやふやだし、普段から甘いものを食べる気満々である。
「食べたいのはわかりますがほどほどにしてくださいね」
「普段は栄養バランスを意識しているつもりよ?」
「それならバランス以前に生命力不足なのでまずはそれをたっぷり取ってくださいね。それに甘味に関してはセーブが効かないところがあるので気をつけたほうがいいですよ」
「……わかったわ」
しぶしぶうなずくメアリー。
生命力さえあれば彼女の力なら自分の健康くらいどうにでもできると思う。まあ、すべて力に頼っていたら生命力が足りなくなってしまうから自力でできることには魅了の力を使わないか。
「ジェーンはその紅茶どっから持ってきたんだ?」
「ハグリッドの小屋にあったものをタスさんに頼んで増やしてもらったものです」
タスさんは袋に入る物であれば複製することが可能である。彼女はアイテム増殖バグだと言っているがこの世界はゲームではないのでなにを言っているかわからない。
「これってなんの茶葉なのかしら?」
紅茶を飲んでいたメアリーが首をかしげて言う。
「私は茶葉に関して詳しくないのでわかりません。アランならわかりますか?」
「いや、わからん。情報を知っているという意味でならほかのやつらより詳しいが、見ただけじゃ判断つかないし、味も知らないから飲んでもわからないな」
「ふと疑問に思っただけだから無理をしなくても大丈夫よ」
メアリーが困ったような笑みで言うと料理をかっ込んでいたタスさんがまた休み時間に入ったのか話しに入ってきた。
「あなたたちが今この場で答えにたどり着くのはたぶん無理ですわ。だってそれ、魔法植物の葉のブレンドですもの」
「ぶっ!」
得体の知れない魔法植物の茶葉で作られた紅茶と知らずに飲んでいたメアリーが口の中からそれを噴出しコップへ戻してしまう。
「メアリー! 大丈夫ですか!?」
「げほっ! げほっ! 大丈夫よ。それより汚かったわね。ごめんなさい」
「仕方ないです。あたりに撒き散らしたわけでもないので気にしないでください」
「物の価値的には唾液が含まれたことで利用価値が上がっていますしいいんじゃないんですの? 夢魔の体液は催淫や催眠効果のある魔法薬の材料になりますので。まあ、汚いかどうかと問われれば体液が入ってしまった時点で入る前よりは確実に汚いですけれどね」
「汚いのと価値が高いことは関係ないし結局汚いんじゃねーか」
「ええ、確かに汚いと思うわ。でも逆にそのほうがいい場合もあると思うの」
「汚いものよりきれいなもののほうがいいだろうが」
「いえ、私は見た目だけなら一応美少女。幼女だけどそれはそれで需要があるでしょう? 美少女で幼女で夢魔の唾液入り紅茶なんて需要しかないじゃない? 中身が中身だから実際はただただ汚いだけだけれど今はおいておくわ」
「需要はあるな。だが、お前はその需要を満たせてうれしいのか?」
「まったくうれしくないわ」
「だろうな。てか結局汚いんじゃねーか」
「まあそれはそうよね。それで冗談だけどこの需要のある紅茶いるかしら?」
メアリーが笑いながらふざけて紅茶を差し出してくる。彼女は同姓の友人のノリで俺に接してくるが一応体は異性なのでその辺り気をつけてほしいところではある。
それにそういうことするとジェーンが怖いのだ。今も表向きはにこにこと笑顔を振りまいているがその後ろには黒いオーラを幻視してしまう。
「いらんいらん。自分で飲め」
「でしょうね。でも魔法植物と知ってしまうと飲みにくいわ」
困ってしまっている彼女の言葉を効いたジェーンが待ってましたと名乗りをあげる。
「なら残りは私が飲みます。そもそも魔法植物の茶葉と知らずに紅茶を入れてしまった私が悪いのですから私が処理します」
「えっと……大丈夫よ。私が自分で責任持って飲むわ。魔法植物と言っても普通の紅茶と変わらないのよね? ってタスさんは食事中ね」
この紅茶について一番知っているであろうタスさんはデアとの早食い勝負に戻ってしまっているためメアリーの質問に答えることができない。代わりに俺が答えることにする。
「大丈夫。原作でハリーたちがハグリッドの小屋の紅茶を飲んでいる描写が何度もあるがなにか変わったことがあった描写はされていないからな」
「そうね。魔法植物って聞いて身構えてしまったけれどそうだったわ」
そう言った彼女は戻してしまった紅茶を普通に飲むとまたパンプキンケーキを口に入れた。
もぐもぐと口を動かす彼女は話すことができなさそうなのでジェーンに話しかける。
「イギリスなのにミルクティーじゃないんだな」
英国で伝統的に愛されている紅茶の飲み方はミルクティーである。英国人は紅茶を飲む時、そのほとんどがミルクティーにし、リーフではなく、ティーバッグで淹れる。
だがメアリーが今飲んでいるのはストレートティーである。ティーバッグでないのはそれが用意できなかったからと理解できるがミルクであれば用意ができる。
「夢魔はミルクが苦手なんですよ」
「そうなのか?」
ケーキを食べているメアリー本人は判断に困る微妙そうな顔をしてまた首をかしげている。
「苦手っていうのには御幣がありますね。むしろ大好物です。ですが飲むと酔ってしまうんですよ。人間にとってのアルコールみたいなものです」
「ヨーロッパには夢魔よけに小皿一杯の牛乳を枕元に置いて眠るという風習があるらしいがそれは正しかったってことか」
「飲みに来てしまうと思いますが、それで酔ってしまうので対策にはなりますね」
ケーキを飲み込み紅茶を飲んだメアリーがこそこそと俺に耳打ちしてくる。
「……ちなみに牛乳を精液と間違えて持ってゆくっていうのはたぶん嘘よ。こっちの世界で実物見てないからわからないけれどさすがに間違えるわけないでしょう? 今の性別じゃ自分で確認できないけれど。アランがいいなら試してみる?」
「……無理だ。年を考えろ。いや、そもそもできてもやるわけないだろうが」
「さすがに冗談よ」
「だろうな。リリンさんも言ってたがそういう下ネタを言うのどうなんだ?」
「……? さすがにジェーンとかに言うのは嫌だけれどアランにならいいでしょう? それとも下ネタ嫌いなの? それならごめんなさい。今度から振らないわ」
「自覚はあったんだな。別に好きでも嫌いでもない。ただその姿で下品なこというのはどうなのかと思っただけだ」
「アランは私、いや、俺の本性を知ってるから問題ないかなと。あと無理に弁解するのならギャップ萌えってやつ?」
「ただ下品なだけだろ。あと、普通にセクハラだから俺以外にはやめとけよ。セクハラに性別関係ないからな。俺は別になんとも思わないからある程度はいいが」
まあ、俺も初日の『より大きな善のために』のときに色々言ったからあまり人のことは言えないが。
「ご、ごめんなさい……」
「二人でなにを仲良く話してるんですか?」
メアリーが俺と話しているのが気に入らなそうなジェーンが割って入って来たので一旦彼女たちとの会話をやめて早食いバトルの観戦をすることにする。
飲み物がかぼちゃジュースオンリーなので飽きてしまったので、ジェーンから紅茶を貰ったミルクティーにしたいがミルクがない。仕方がないのでそのまま飲もうとするとタスさんからガムシロップとミルクの袋が飛んできた。
「なんでマグルの商品を持ってるんだよ」
「こういうときに便利だからですわ。ジェーン、ワタクシにも紅茶をくださる?」
ジェーンに頼んで紅茶を入れてもらうと彼女はガムシロップとミルクを取り出して紅茶に入れた。俺も同様にさせてもらう。まさか魔法界でマグルの世界と同様の方法で紅茶を飲むとは思っていなかった。
「優雅に紅茶を飲むなんてタスさん余裕だね!」
「今は一旦紅茶を飲んでボーナスに備えるのが最適ですの」
変わらぬペースで料理を飲み込んでいくジェーンに対してタスさんは緩急の差が激しい。またゲームのようなことを言いながらゆっくり紅茶を飲んでいる。
二人の激闘を観戦しながら俺もミルクティーを飲んでみる。魔法植物ということで変わった味がするかと思ったがそんなことはなく何の変哲もない普通の紅茶の味である。
魔法植物のミルクティーを楽しんでいると突然タスさんが立ち上がり、歩いて移動しては椅子に座り、立っては移動して座るという行動を繰り返し始めた。一年の組み分けの儀式のときに見たので乱数調整だというのはわかるがなぜ今はじめたのか、なにを調整しているのかがわからない。
「露骨に調整してるが変なことしようとしてないだろうな」
「すぐにわかりますわ。後のお楽しみですの」
「バジリスクをどうかされるのは流石に困るぞ」
今日、起こる事件というのがバジリスクがフィルチの猫、ミセス・ノリスを石化させるというものなのだが、この行動を調整されて原作と違う行動にされてしまっては困る。タスさんならやりかねないと思ったが彼女は首を振って否定した。
「違いますわ」
「それならいいが、他に原作から乖離するような調整ならやめてくれよ」
「物語の進行にはまったく関係ないことですので問題ないですの。ほら……」
彼女が指をさした方を見るよりも前にガシャンと何かが割れる音がしてそれに続いてメアリーの笑い声が聞こえてきた。
「きゃははは! コップ割れちゃった!」
彼女の方を振り向くと顔を赤くした彼女が床に落ちて割れたコップの残骸を見て大爆笑しており、入っていたであろう中身は机の上、彼女の体、椅子、床と垂れてしまっている。置いてあった俺のミルクティーがなくなっているのでそれを間違って飲んでしまったようだ。
「大丈夫ですか!?」
「らいじょうぶ、らいじょうぶ。むしろ元気なくらいらよ!」
大丈夫と言っている割に目の焦点が合っておらず、ろれつも回っていない。
「全然大丈夫じゃなさそうなんだが」
「とりあえず、こぼれてしまったのを何とかしないと。……テルジオ」
ジェーンが杖を振り汚れ拭う呪文を唱えると垂れてしまっていたミルクティーが消滅した。
「ありがとう!」
お礼を言いながらジェーンにぎゅっと抱きつくメアリー。まじで酔ってるらしい。普段の彼女ならありえない行動である。
「えっ!? い、いえ。と、当然です」
いつもは落ち着き払ったジェーンだが、メアリーの予想外の行動にあたふたしている。
「メアリーが間違えて俺のミルクティーを飲むように調整したんだな?」
「ご名答ですわ」
タスさんは差し指と親指で丸を作る。
「なんでそんなことを」
「どうなるか知りたかったのですわ」
「それだけか?」
「あとは早食いでデアに勝ってみたかったんですの」
「なんでメアリーが酔うとデアに勝てるんだよ」
「見てればわかりますわ。ではワタクシは勝負に戻りますの」
「おい! なんとかしかしろ!」
タスさんは俺を無視して料理を取ると、先ほどと同様に食べ始めてしまった。俺は酔ったメアリーが何をするか心配だ。俺が仕方がないので、ジェーンのフォローに回ることにする。
普段の彼女は魅了の力を自制しているのだろうが、本来その力は世界を崩壊させることができるほどの危険なものだ。そして酔った彼女は今その自制心が緩んでいる。M.O.M.分類5とかいうレベルではない。下手すると世界が終わる。
「大丈夫か?」
「らいじょうぶだって。らっき言っれなかったけ? ありぇ? アリャン?」
「大丈夫です。なので邪魔しないでください」
「いやいや、絶対大丈夫じゃないだろ。アルコールと同じ対処方法で効くかわからないがとりあえず水分取れ。ほら、かぼちゃジュースだ」
「アリャンもありがとう!」
俺にも抱きついてきた彼女をかぼちゃジュースをこぼさないように避ける。それを許したらジェーンに何をされるかわかったものじゃない。
「危ね! 礼はいいから早く飲め」
「ああ、そうすりゅ!」
コップに入ったかぼちゃジュースを一気飲みし始める。これで少しは軽くなればいいんだが……。
「ごくごくごく。ぷはっ! うめぇ!」
ビールを一気飲みしたおっさんみたいな反応をしているが渡したのちゃんとかぼちゃジュースだよな。お酒でしたとかないよな。
「あっ! そうりゃ! ありゃん、といっくおあといーと!」
「は?」
「といっくおあといーと!」
「ああ、トリック・オア・トリートか」
朝、タスさんにはめられたおかげでちゃんと飴を用意してある。ポケットの中から取り出そうとするが飴がない。ポケットの下の縫い目がほつれてそこが抜けている。
ここに座ったときは確実に入っていた。ということは落ちていたとしてもこの辺りである。すぐさま床を探すが存在しない。目線を上げると大量の飴を口に放るデアの姿とにやにやしながら立っては座るタスさんの姿が目に入った。
「あっ、ごめん。落ちてたから食べちゃった」
「いや、デアはいい。問題はタスさんだ。こうなるように調整したな!?」
「いえ、ポケットがたまたまほつれたのはメアリーのせいですわ」
「デアが食べたのは?」
「ワタクシが調整しましたわ」
「半分は調整したんじゃじゃねーかよ!」
彼女は憤慨する俺を無視してまた食事に戻ってしまう。
俺がそれに対して怒る前にメアリーが俺に抱きついてくる。それをすぐさま振りほどいてメアリーに向き直る。
「おい! ふざけんな! お前が頼ん……んぐっ!?」
……だんだろうが、ジェーンを刺激しないように、とは口が塞がれたせいで続けられなかった。初めてのキスの味は涙でもイチゴでもレモンでもなくかぼちゃジュースの味でした。などと冗談を考えている場合ではない。
ものすごいスピードで体から力が抜けていき、体がだるくなる。そして、すぐに頭に靄がかかりはじめると、目の前の景色が霞はじめる始める。
生命力を吸い取られる感覚というものがわかった。ゲームで例えるのであれば最大ヒットポイントが削られるデバフのようなものだ。なぜジェーンはいつもこんなんくらって平然としていられるのか理解できない。
というかそうだジェーンに弁解しないと殺される。どうしようと考えようとするが頭が働かない。冷静ではあるが、頭に血がいっていないように感じ、思考がまとまらない。
「ぷはっ。ごちそうさま!」
そうこうしているうちにメアリーの口が離れる。
ごちそうさまじゃねぇと言ってやりたいが頭も体もだるすぎていうことを聞かない。ただ、立っているだけでやっとのありさま。これを食らって普通に行動してたジェーンはやはり化け物だ。
その彼女はというと放心してしまっている。彼女には悪いがこれで時間が稼げそうである。彼女を刺激するメアリーのぶっ飛んだ行動にさすがのデアも止めに入り始めた。
「ちょっとなにしてんの!? さすがにやばいって!」
「なにってといっくらよ。らすさんたちがといっくおあといーとってらってるの見て俺もなにかいたずらやってみらくて」
「一人称俺になっちゃってるし。うーん、なにすればいいかわからないけどとりあえず座って!」
「なんれ?」
「なんでもいいからとりあえず座って落ち着いて!」
「俺は落ち着いてりゅ!」
「思いっきり興奮してるけど!?」
腕と羽をぱたぱたさせながら主張する彼女はまるで落ち着いてるようには見えない。自分で落ち着いていると主張する奴が落ち着いていたためしがない。
「もう! あたしが力ずくででも落ち着かせちゃうよ!」
「れきるのならやっれいいよ」
「できないわけないでしょ。メアリーの魅了はあたしには効かないんだからさ」
「れもれあ以外になら効くから行けると思うんらけど」
「そんなに自信があるなら止めてあげる! ……あれ? なんで!?」
デアの体がマネキンのように止まってしまった。物理的なものも魔法的なものもすべて無効にするはずの彼女の体が停止させられている。
「ほら、やっぱり無理らった」
「あたしには効かないはずじゃん!」
「空間を固定したんら」
「意味わかんないよ!」
「空間を固定したんらよ」
「だから意味わかんないって!」
若干時間が立ったおかげで思考力が戻ってきた。料理を食べてエネルギーを補充しながら考える。
空間を固定したというのが事実なのであればぶっ飛んでいるが理屈は通る。一年目の飛行訓練のときに空間捻じ曲げられると言っていたし可能なのだろう。事実としてデアの動きが止まっているし。
理屈が通っている理由は以下のとおりだ。
彼女に対して物理的な干渉は無効だが、実は完全に無効なわけではない。本当に完全に無効にしているのであれば物を持てずに素通りする。だが実際には普通に物を持つことができる。そして、もし完全に一方的に干渉できるのなら彼女の触れている物質が分断される。壁などを通ろうとすれば彼女の形に穴が開くはずだがそうはならない。
つまり、ダメージは無効にできるが、干渉されないわけではない。よって物体で束縛し、行動を阻害することはできるということだ。彼女もまた、怪物ではあるが、完全無欠に無敵なわけではないのである。もっとも空間そのものに干渉するとかいう頭のおかしいレベルのものでなければ力ずくで破壊できるため基本的には不可能だが。
「うーん。力使いすぎりゃった。といっくおあといーと!」
「ええ!? いや、お菓子は全部食べちゃったけど!」
「ありゃんの飴もりゃう!」
「だから全部食べちゃったって!」
「口の中に残っれる!」
「そりゃ溶けたのが残ってるかもしれないけどさ! あっ! あたしからは生命力取れないでしょ。無効にしちゃうから」
「といっくらから取れなくてもいいんらよ!」
「そうだった! いやでもジェーンが……って聞いてな……んっ!」
俺はいったい何を見させられているのだろう。さっきの俺もあんなんされてたのか。じゃなくて止めないとだめだ。
「おい! もうさすがに冷静になれ!」
無理やり間に入って二人を引き離す。メアリーが身体能力は低いと言っていたのは本当のようで思っていたより簡単に引き離すことができた。
「まだ残っれるんらけど?」
「口の中にあるのを残ってるとは言わねーよ」
「メアリー!!!」
誰の叫び声かと思ったがこの状況ならジェーンしかありえない。しかしまずった。まだ対処方法を考えられていないのにも関わらず我に返ってしまったようだ。
「ん? なに?」
「なにじゃないです! 酔ったとはいえデアみたいに考えなしになりすぎですよ!」
「それは聞き捨てならないんだけど! あたしだってさすがにここまで酷くないって!」
「デアもデアでちゃんと止めてください!」
「やろうとしたに決まってるじゃん! あたしの全力でも動けなくされちゃったの!」
「はい?」
「俺が説明する。メアリーが空間を固定してデアの動きを止めた。いくらデアでもそんなんどうにもできないんだから仕方ないだろ」
デアが責められないようにフォローを入れる。しかし、今度はこっちに飛び火した。
「ですがアランは普通に避けそこねてましたね」
「いや、不意打ちだったから。デアやタスさんと違って反応できねーから。というかそもそもタスさんのせいだろ。タスさんがミルクティーを間違って飲むように調整したせいでこうなってるんだからさ」
「タスさん、本当ですか?」
一人だけそ知らぬ顔で料理を食べていたタスさんが動きを止めて口の中の食べ物を飲み込むと口を開いた。
「メアリー。ジェーンが一人だけ仲間はずれにされて怒ってますわよ」
ジェーンは別に仲間はずれにされたから怒っているわけではない。仲間はずれというのならタスさんもそのはずである。
「そっか。そうらよね」
しかし、メアリーは冷静に考える思考力を失っているのでうんうんと頷き納得してしまった。
「いえ、違いま……」
「といっくおあといーと」
「トリックでお願いします!」
普段は優等生なジェーンだが意外にも自分の欲望には忠実だったらしい。メアリーが関係したときだけは好き放題やってるが。
そして、俺、デアに続いて、またキスシーンが始まる。恋愛イベントのはずなのにコメディチックというかコメディそのもののようなのはなぜだろう。
「ぷはっ。ごちそうさま!」
「お粗末さまでした」
やっと終わった。ジェーンが満足そうにしているのでこれで彼女が暴走する危険性はほぼなくなっただろう。
「よし! これれ本番ら!」
「え?」
ジェーンが目を白黒させている。さすがの彼女もこれで終わりだと思っていたようだ。
「らっれこのままらといつもと同じらし、せっかくらから夢魔の全力をらしてみようかなっれ」
「というとつまり?」
「らから本番ら! 夢魔の本領はっきらよ!」
「おい! この場でそれは本気でまずいだろ!」
夢魔の本領とはつまりそういうことなので全年齢対象であるこの物語では描写ができない。いや、知らんがそうであってほしい。さすがにそうだよな。それ以前にこんな大衆の面前でやられて俺らはどう反応すればいいんだよ。
「らいじょうぶ。空間捻じ曲げるから見えないと思んら」
「いや、それでも駄目だろ!」
「なんれら?」
「普通に考えてだよ! ジェーンが嫌がってるだろうが!」
「い、いえ……大丈夫です。覚悟は決まりました」
「なんで覚悟決まっちゃてるんだよ。そこは拒否しろよ!」
「りゃあ捻じ曲げりゅ!」
「はい!」
「はいじゃねーんだけど!? デア、なんとかしてくれ!」
「さっきっから動けないんだって言ってるじゃん! というかメアリーが本気になったらあたしじゃどうにもできないよ! 元凶のタスさんに言って!」
「そうだった! すまん! タスさん、なんとかしろ! お前が原因だろ! 魔よけをよこせ!」
「ボーナスタイムに入る前に満腹ゲージ回復時間もかねて紅茶をまた飲んで……」
「聞いてねーし!」
「聞いてますわ。メアリーは心配性ですから生命力が足りなくなりますわ。考えてくださいまし、彼女が本当になんでもできるのであればこの世界はもっとひどいことになってますわ」
「そう言われても俺にはメアリーがどのくらいできるのかわからん。俺とジェーンの生命力を吸収したんだし余裕があるだろ?」
「その程度の生命力じゃメアリーの考える理想的な対応には足りませんのよ。彼女のそれは死ぬほど高いのですわ」
「いいから早く魔よけのアクセサリーをよこせ!」
「はいはい、わかりましたわ。ワタクシは食べてますので」
タスさんから袋をひったくり、その中からジャラジャラとアクセサリーを取り出すとメアリーの方へ向かい、彼女に押し付ける。押し付けた瞬間その全てが砕け散った。
「にゃに?」
メアリーは首をかしげているがこれでいい。これでさっき吸い取られた分くらいは消費させたはずだ。俺の予想通り、メアリーはすぐにふらつき、ジェーンの方へ倒れこむと眠ってしまう。すると彼女の体を覆っていた黒い影も消えていく。
「このままだと全裸じゃねーか?」
「生命力不足のせいで服すら生成できなくなってますわね」
タスさんが指を鳴らすとメアリーの上に毛布が現れる。
「あれ? どうしたんですか?」
「生命力不足だよ。よかったな」
「よくないです! こんな機会めったにないんですよ!」
めったにあってたまるかと言いたいが黙っておく。
「正気の状態で同じことが起こったほうがレアだし、本気度が上だろ? そのためにとっておいたと思えばいい」
「そうですね!」
納得するのが早い。適当に言ったがジェーンがいいならそれでいい。
「これで一件落着だな」
「いや、あたしまだ動けないんだけど!?」
「なんでだよ」
「あたしが知るわけないじゃん! ……あれ? 動ける!?」
「タイムアップですわ!」
デアが動けるようになったと同時くらいにタスさんが時間切れと宣言する。そしてそれに続いてダンブルドアが手を叩いてハロウィンパーティーの終了を告げ始めた。
少し話があったが無駄に長い話ではなくすぐに終わり、寮へと帰る準備をする。
「……ということでワタクシの勝ちですわね!」
「負けちゃった!」
大食い早食い対決はタスさんの勝利だったようである。
「まあ、普通にやったら勝てないのですけれどね。メアリーの力を借りてやっとですわ」
「どいうこと?」
メアリーがミルクティーを飲むように仕向けたのはデアの動きを止めるためか。普通にやったら食べるスピードで負けてしまうのでメアリーの力で拘束して時間を稼いだというわけである。
「タスさんはメアリーにデアが食べるのを止めてもらってるうちに食べたんだよ」
「そういうことかー。ってずるい!」
「メアリー使ったらチートだチート」
「仕様上使えるものは使いますの。勝ちは勝ちですわ」
「そうだねー。でも! それなら、タスさんのせいで食べれなかった分があるってことじゃん!」
「そう言うと思って魔法のタッパーにたくさん入れておきましたわ」
「そうなの!? ありがとう!」
タスさんから複数のタッパーの入った袋を受け取っている。
「じゃあ帰るか」
「メアリーは寝ちゃってるしあたしが担いでいくよ」
「お願いします」
デアが毛布に包まれたメアリーを軽々と担ぐ。同じくらいの背丈の彼女がそれをするのは何度見ても違和感のある光景である。
「早く行かないと石化したミセス・ノリスが見れませんわ!」
「見る気満々なのな」
「当然ですの!」
「下手なことはしないでくれよ」
「むしろしないとまずいかもしれませんわよ?」
「なんでだよ」
「行けばわかりますわ」
タスさんがささっと歩いていってしまったので俺らもそれに続いてすでに起こってしまっているであろう事件の現場へと向かった。
*
事件の現場である三階の廊下。先に来ていたハリー、ロン、ハーマイオニーであろう三人の人影が話しているのが見える。
窓と窓の壁には血のような赤い文字で、『秘密の部屋は開かれた。継承者の敵は気をつけよと』書かれている。継承者の敵、つまり純血でない者に対する警告を知らせる文章だ。
純血でない者を根絶やしにするのならわざわざ誇示せずに実行した方が行動しやすいとは思うが、今回の犯人はハリーの殺害が目標なので仕方がない。
床には大きな水溜りができており、壁の文字を薄暗く反射している。そしてその文字の下の松明にはそこに尻尾でぶら下がっている石化しミセス・ノリスが確認できる。原作通りにバジリスクが石化してくれたようだ。
三人組がこちらに気がついたようなので俺から手を振って彼らに近づいた。
「こんばんわ。ハロウィーンパーティーにはいなかったみたいだがなにしてたんだ?」
「ゴーストたちの絶命日パーティーに行ってたんだ。そしたらたまたまこの現場を発見して。僕らがやったんじゃないんだよ」
ハリーが自分たちの仕業ではないと主張する。
フィルチは生徒にうらみを持たれていても仕方がない。ハリーたちも例外ではなく彼らがミセス・ノリスを石化させても特別おかしくはない。
しかし、俺は原作を知っているので犯人でないと知っている。そうとは知らないハーマイオニーとロンもそれぞれ弁明した。
「そうなのよ。私たちが来たときにはもうこうなってたの」
「わざわざ僕らがこんなことする理由なんてないだろ?」
「だろうな」
三人の弁明を聞いているとがやがやと生徒たちが話す声が近づいてきて廊下にあふれかえり始めた。大広間から来た生徒たちが俺たちに追いついたのだ。
がやがやと騒がしかった生徒たちだが、石化したミセス・ノリスを見つけると一変して沈黙する。そんな沈黙を破ったのは人ごみを押しのけて最前列まで進んできたドラコだった。
「次はお前たちの番だぞ! 『穢れた血』共め!」
「心配してくれてありがと!」
静まり返る空気を読まないのはうちにもいた。デアである。
「『穢れた血』の心配などしてない。しかもお前はトカゲなだけで『穢れた血』ではないだろ」
「一緒だよ。あたしも魔法使いじゃない血が混じってるってことだからね」
デアに便乗してハリーも礼を言った。
「継承者の敵が『穢れた血』ってことは純血じゃない人が継承者の敵ってことなんだね。教えてくれてありがとう」
「わざわざ教えてくれるなんて僕らと違って純血の魔法使い様はずいぶんと優しいな」
ロンもそれに乗ってドラコを茶化す。
「お前は純血だからな。礼など言う必要がない。そうでなくても願い下げだがね」
「ということはマグル生まれの私のためってことかしら?」
「誰が『穢れた血』のためになることをするんだ」
「してるでしょう?」
「してないね」
「でも、危険を教えてくれたのよね?」
「そういうわけではない」
「結果的にそうなってるけれど」
「してないといったらしてないんだ!」
「なんだ! 一体全体何事なんだ!?」
ドラコの大声を聞きつけたフィルチが先ほどの彼のように人ごみを掻き分けてやってきた。そして石化した自分の猫を見て手で顔を覆い、恐怖に震えた彼は後ずさりする。フィルチは金切り声で叫び、ハリーを見るとそのまま叫び続けた。
「おまえが私の猫を殺したんだな! そうに違いない! お前しかいないんだ!」
「アーガス! そんなことがたかだか二年生にできるはずがないじゃろうて」
ダンブルドアがフィルチを落ち着かせているとダンブルドア以外の先生もこの場に到着した。彼はミセス・ノリスを回収するとフィルチとハリーたち三人に一緒に来るように言った。
ロックハートが先生の和から一人歩み出る。
「私の部屋が一番近い。どうぞご自由にお使いください。ほらほらみなさん、ダンブルドア先生たちのお邪魔になるでしょう」
さすがのロックハートも今回ばかりは真面目な雰囲気である。彼の言葉通で人垣が二つに割れるとハリーたちはダンブルドアに連れられていった。
大多数の生徒がその姿が見えなくなるまで黙ってその行方を目で追っていたがその姿が見えなくなり口々に話始める。
「ハリーたちは行っちゃったしもう寮に帰えらないか?」
「そうしましょう。メアリーも寝てしまっていますし、それを担いでもらっているデアに悪いですし」
「気にしないで大丈夫だよ。メアリー軽いから。でもこの体勢で寝てるのは辛そうだし帰ろー」
「ワタクシもやることがないですからいいですわ」
「ドラコも帰ろうぜ」
「なんだもう帰るのか。秘密の部屋や継承者について知りたくないのか?」
「いや別に」
「なぜだ? もしかして知ってるのか?」
知ってる。今回の継承者が誰なのかも。だが、知らないということにしておかなければならない。
「知らないが今ここで聞く必要もないからな。談話室でゆっくり聞いたほうがいいしドラコもそっちのほうが楽だろ?」
「そうか。わかった。談話室に帰ってからゆっくり教えてやろう。感謝するがいい」
「はいはい。ありがとう」
こうして寮へ戻った後、ドラコから秘密の部屋とスリザリンの継承者についてご丁寧に説明を受けた。その内容は原作で述べられていたものと同様である。
サラザール・スリザリンが純血の魔法使いのみを入学させるべきだと唱え、彼以外の三人の創設者たちが反対し、対立。彼が学校を去るときに『秘密の部屋』を残した。
彼は自分の継承者が現れるまで部屋を封印し、その継承者以外が開くことができないようにした。そして継承者が現れたとき、その者が封印を解き放ち、その中に封じ込めた恐怖を用いて学校にふさわしくないものを取り除くという伝説があるという話である。
これらを聞いたが俺と怪物たち四人はすでに知っているし犯人すらわかっている。実際は伝説ではなく事実で三階女子トイレから配水管を通ることで『秘密の部屋』へ行けるということも。封印を解き放つには蛇語で『開け』と言う必要があるということも。スリザリンの継承者の条件は彼の血を継いだ蛇語使いということもである。
だが、初耳もしくは噂で聞いたことあったくらいで反応しておいたのでドラコは随分ご機嫌そうだった。パンジーに「ドラコが後継者なの?」と聞かれて「残念だが違うよ」と返していたので原作通り彼は犯人ではないようで安心した。
そんな彼の話を聞きながら二年目のハロウィーンの夜は過ぎていく。
原作通りミセス・ノリスが石化されて今年のハロウィーンも無事に過ごせた。タスさんのせいでメアリーがやらかしてくれたが、ジェーンは大満足だったようだし、デアも特に気にしていないようなのでよかった。俺はなんとも思わないしな。
メアリーはというとミルクを飲んで酔ったときの記憶は基本的に飛んでしまうらしいので彼女も自分の痴態を思い出さなくてすむようである。
今年の事件の幕が上がった。ここからは気を抜くと即死しかねない。できるだけ一人で出歩かないようにしようと心に誓いバジリスクへの警戒を強めた。
イギリスの人はミルクティーが基本らしいです(無知)。
日に日に油断していくアランくん。スリザリンの怪物に気を取られていますが、物語の怪物たちも負けず劣らず危険なんですがね……。
いよいよ秘密の部屋が開かれたという情報が公開されましたが、怪物たちには関係ないことでした。
次回は今回の事後処理と決闘クラブです。