珍しく1話にまとまりました。
原作キャラの蹂躙を許しつつもなんとか物語の展開だけは原作から外さず終えることができた一週間目からその後の数週間は大きな問題もなく今日まで過ごせた。しかし、俺が二番目に警戒している「飛行訓練」の授業がいよいよ始まる。
「飛行訓練」は箒で飛行できるように練習する授業であり、今日から毎週木曜日にスリザリンとグリフィンドールの合同で行われる。
魔法界にはクィディッチと呼ばれるスポーツがある。マグルにおいてのサッカーより注目度が高い人気のスポーツであり、アメリカでのアメリカンフットボールの扱いくらいには重要視されるスポーツであるため、寮の代表選手であることは相当のステータスになる。そしてクィディッチは箒で飛行しながら行う球技であるので、箒に乗るのが上手いこととクィディッチが上手いことは同じ扱いを受ける。つまり、「飛行訓練」でうまく飛行しているところを見せられれば自分がクィディッチが上手いとアピールできるのだ。
寮の代表選手に選ばれるのは二年生以降とはいえ、自分の実力を誇示できるということに代わりはない。よって大多数の一年生は浮足立っている。特にドラコはここ最近は飛行の話ばかりだ。一年生が代表選手になれないことに文句を言ったり、自分のテクニックがいかに素晴らしいか自慢したりといったことを延々話していた。
今も朝食中だというのにペラペラと自慢話をしており、それをクラップ、ゴイル、俺と怪物たち、それとパンジーが聞いている。まあ、怪物たちはいつものように好き勝手やっているしクラップとゴイルも朝食を取るのに忙しいのでちゃんと聞いているのは俺とパンジーだけなのだが。
「ついに飛行訓練だね。僕が訓練をする必要があるとは思わないが、他のやつらはそうはいかないからな。この僕が正しい飛び方ってものを教えてやろう。マグルのヘリコプターを危うくも避けた僕のテクニックを見せてやるから喜ぶといい」
「さすがドラコだわ。飛行も上手なんて」
このようにドラコがマグルのヘリコプターを危うく避けたことを自慢しパンジーが褒めるというのがお決まりのパターンである。すでに百回以上見ていて飽きたのでせめて別のことをしてほしい。
適当に理由をつけて話題をそらそうと試みる。
「ああ、今から楽しみだよ。飛行訓練の話ばかりしていると緊張して心が休まらない。他の話題はないのか?」
「緊張か。思いもしなかったよ。なにせ僕は歩くように箒で飛行できるからね。そうだな、僕はクィディッチが大の得意なんだ。一年が寮の代表になれるなら僕が優勝に導けるというのに。いやはや残念で仕方がない。近所の子供達とクィディッチをしたら僕がいるチームが必ず勝ってしまうからつまらないんだ」
飛行訓練の話が済んだら次はクィディッチか。よくもまあ飽きないものだ。飛行訓練の事だけでも胃が痛いのにタスさんたちがクィディッチをしたいと言い始めたらどうしようかと気が気でない。
「皆はどんな箒を使っているんだい? 僕ははコメット二六〇さ。今度父上にもっといい物を買ってもらう予定だけどね」
コメット・シリーズは一九二九年設立のコメット商事から販売されている。箒のナンバーは製品化前にテストしたモデルの数である。コメット二六〇はその最新型。
ドラコの問いにパンジーがまず答えた。
「私の家にはクリーンスイープ七号があるわ。お父様が誕生日に買ってくれたの」
クリーンスイープ・シリーズは一九二六年設立のクリーンスイープ箒製造会社から発売された、最初の大量生産競技用箒。当時の箒の中ではコーナーリングが最も優れていたとされる。クリーンスイープ七号もコメット二六〇と同様最新型だ。
「俺はマグル生まれだから家に魔法の箒なんてないよ。それにこいつらも持ってないと思うぞ」
「これは失敬。でも彼女たちは魔法使い家の生まれだろう?」
「自分で飛べるんだからわざわざ箒を買わないだろ」
「えっとね! 使ってないけどうちにはあるよ!」
トーストを一口で飲み込んだデアが話に入ってくる。食べるのに夢中で聞いていないものだと思っていたが一応聞いていたようである。
「お父さんの古い箒があるはず。兄さんが代表選手だったときに使ったっきりそのままだけど」
「兄もホグワーツにいるのか? お前みたいな姿だったらすぐにわかるはずだが」
「あたしと違って見た目は普通だよ。レイブンクローのリリン・マキナわかる?」
「他の寮の上級生は把握しきっていないからわからないな」
「うーん。女の子たちにいつも囲まれてる眼鏡なんだけど」
「あいつか! 確かレイブンクローの主席と争うくらいにはできるやつらしいな。それにしてもあいつが代表選手だったとは。あまり運動が得意なイメージはないが」
「だよね。あたしから見てもインテリにしか見えないもん。でも、ああ見えて運動は得意なんだ。すぐ疲れちゃうから代表はやめちゃったけど」
「そうだったのか。来年までやっていたら僕と試合ができたのに残念だ。それでどこの箒を使ってたんだい?」
「うーん。あたしは使ってないから古い箒ってこと以外は覚えてないなー。ジェーンは覚えてる?」
デアは朝食を食べ終わり机に伏せて睡眠をとっているメアリーを横で見ていたジェーンに話をふる。
「私ですか? そうですね、ムーントリマーという箒だったはずです」
「ムーントリマー。まだ競技用箒がオーダーメイドだった時代に作られた箒だな。箒作りに飛躍的な進歩をもたらしたと言われている。当時としては最高の性能でクィディッチ選手がこぞって手に入れたがったが今では骨董品だ」
「さすがドラコ、詳しいわ」
「このくらいは常識さ」
「一九〇一年に製造されたのでもう百年ほど前の物ですね」
「へーそんな昔のものだったんだね」
「しかし、ひとりの職人の手作りだったため今では製造中止。希少な箒ではある。まあ、僕のうちには何本もあるがね」
「ドラコの家はなんでもあってすごいわ。タスさんのうちはどんな箒があるの?」
「お父様がパフォーマンス用に改造した箒がたくさんありますわ。わかりやすく派手なのは高速飛行特化型のフェアリーΔ2ですわね。マグルの飛行機に使われるジェットエンジンの機構を参考にすることで最高時速マッハ一、七を実現していますの」
なにそれ、そんな箒知らないんだけど。フェアリーΔ2、えっと……イギリスの超音速実験機。うん、絶対原作に存在する箒じゃないな。
「マッハってなんだ?」
「魔法界ではあまり使われないからな。マッハ一が音が伝わるのと同じスピードだ。マッハ一、七は音速の一、七倍のスピードってことになる」
「いまいちピント来ないぞ」
「音速は秒速三百四十メートル。時速なら約千二百キロ。マッハ一、七なら一、七倍で時速約二千キロだ」
「なんだそれは!? 父上から聞いた今開発中らしいレース用の試作品ですら二百二十キロだぞ!」
ドラコが言っているのは二年後に発売されるファイアボルトの試作品だろう。最高時速は二百四十キロのはずだが試作品ということで二十キロ遅い。
「ざっと十倍のスピードですわね。まあ、長時間は飛行できませんしまともに制御もできない代物ですわ。それに専用の防護魔法をかけないと乗り手もろとも空中でバラバラになりますの。なのでクィディッチには使えませんのよ」
「そんなものになんの意味があるんだ?」
「意味なんてないですわ。ただここまで速い箒なんておもしろいってだけですの」
「確かにそんなものは聞いたことすらなかったがな」
眠っていたメアリーが起き、眠そうな顔でタスさんが他の改造箒について聞いた。
「大気圏を突破できる箒はあるかしら?」
「残念ながらないですの。高度八十キロメートルを超えると乗り手が意識を失ってしまって」
「もうそろそろ戻りませんか。丁度メアリーも起きましたし」
「クラップもゴイルも食べ終わったようだしいいだろう」
「あたし、まだ食べたりないんだけど」
「僕のフクロウが運んできたお菓子をやる」
「いいの?」
「ああ、いつも送ってくれる母上とそれを施す僕に感謝しろ」
「ありがとう!」
「デアにだけずるいわ!」
「もちろんパンジーも食べていいが、あまり食べると太るぞ」
「絶対デアの方が食べてるのに!」
「あたしは燃費悪いからね。食べないと動けなくなっちゃうんだ」
わいわい言いながら寮へ戻ろうとグリフィンドールのテーブルの横を歩いていく。
グリフィンドールのテーブルにめんふくろうが飛んで行った。ネビルのフクロウである。
ネビルがフクロウが運んできた小包を開けて中のガラス玉を手に取った。中に白い煙が入っている大きなビー玉のようなそれをハリーやロンたちに見せている。
「思い出し玉? ……あっ、僕が忘れっぽいからばあちゃんが送ってくれたんだ! こうギュッと握ってもし赤くなったら……え?」
ネビルが思い出し玉を握ると彼が説明していたように真っ赤に光を放ち始め、彼は愕然とした。
「何か忘れてるってことなんだ……」
原作だとここでドラコが思い出し玉をひったくる。そこで偶然マクゴナガル先生が通りかかり、しぶしぶネビルへと返す。……はずだったのだが、ドラコはそれをスルーして歩いて行ってしまった。
「ちょっといいかドラコ」
「なんだ? 僕に飛行のコツを聞きたくなったか
?」
「いや遠慮しておく。そうじゃなくてネビルの思い出し玉が気にならないのか?」
「思い出し玉がどうしたんだ。あんなもの珍しいものでもないしうちにいくらでもある。興味なんかないが」
「……そうか」
「そんなことより、僕がマグルのヘリコプターを危うくも避けた話をしてやろう」
ドラコは『思い出し玉』などまったく興味がないようでまた同じ自慢を話し始める。
原作と物語の流れが違ってしまったがここに俺らという異物がいる以上ある程度しかたがないのかもしれない。俺らという話し相手がいたのでネビルにちょっかいをかけるよりも自慢をすることを優先しただけだろう。少し嫌な予感がしたが、そう結論づけ、スリザリンの談話室へ授業の準備をしに戻った。
このとき嫌な予感の原因についてしっかり考えていれば飛行訓練の時間に慌てなくて済んだのだが、このときはそれに気が付いていなかった。後々後悔することになるのをこのときの俺は知る由もなかったからである。
*
飛行訓練の講習場所である校庭でその開始を待っている。待ちに待った「飛行訓練」の授業ということで生徒の大半は集まっているようだ。
三時半に始まるはずだが、飛行訓練の担当であるマダム・フーチ先生の姿がない。青々とした芝生の上にはすでに二十本くらいの箒が置いてあるので一度は来たはずではある。学校の箒は古くボロボロであり、中には小枝が何本かとんでもない方向に飛び出している箒もあるが、一人一本づつは用意されている。
ちなみにこの箒、その名をシューティング・スターという。別名流れ星。その名の通り年月がたつにつれスピードも高度も流れ星のように落ちる安価な量産品である。不良品も星の数ほど存在し、学校にあるものの中には常に左に行ってしまう癖があったり高くへ行くと振動したりするものが存在する。販売元のユニバーサル箒株式会社はこの箒が原因で一九七八年に破産している。
先生の許可なく箒に乗ることは許されていないので目の前に箒があるのに触れない生徒たちは授業が始まるのが待ちきれないようでうずうずしている。それは一人を除いて怪物たちも同じようだ。その筆頭であるデアは何度も箒に触れようとしてジェーンに止められている。
「早く練習したいな。家でやってみたときは浮くことすらできなかったからね」
「魔法を無効にしてしまうせいで箒が反応しないのでデアにはとても難しいですからね」
「それじゃあ飛ぶのは無理じゃないか?」
「絶対無理ってわけじゃないよ。やってみれば案外なんとかなるかも。『為せば成る為さねば成らぬ何事も』って言うでしょ」
「それ、思案ばかりして、成果をあげようとする行動を起こさなければ、決して成果を得ることはないって意味だから。やってみれば、意外とできるものであるって意味じゃないから」
「そうなの? うーん、箒で飛べるようになるっていう成果をあげるためにはできるよう練習するっていう行動を起こさないといけないよね?」
「そうだな」
「ということは、とにかくやってみるっていうのも間違いじゃないんじゃない?」
「確かにな。だけどなんでそんなに箒で飛べるようになりたいんだ? 翼で飛べるんだからその必要はないし困らないと思うんだが」
「箒でも飛んでみたいじゃん。ハリーが箒で飛んでるシーンを映画で見てあたしもやりたいって思ってたからね」
「それは私も思いました。まだ箒で飛んだことがないですし私も早く飛んでみたいんです」
「へぇ、ジェーンもそうなのか。そんな風には見えないけどな。それにデアの家の箒を使って飛んだことがあると思ってたよ」
「年代物の箒を使って壊してしまうといけないので借りなかったんです。なので我慢しているだけで私も本当はわくわくしてるんですよ」
「そんなに乗りたいんだったら気にしなくてよかったのに」
「ありがとうございます。でもいいんですよ。今日飛べることになりましたし」
タスさんも飛行訓練に備えて入念にストレッチを行い準備運動をしている。
「この文句のない晴天ならパフォーマンスをフルに発揮できますわね。風も強くないですし、曲芸飛行には持って来いの気候ですわ」
「曲芸飛行くらいならしても構わないがこのシーンは原作で大切なところなんだ。気を付けてくれよ」
「そこは大丈夫ですわ。ワタクシは気を付けて行うつもりですの」
「ならいいんだけどな」
ほぼほぼ全員が飛行訓練を待ちわびている中、メアリーだけは俺と同じように浮かない顔をしている。
「メアリーも飛行訓練が心配なのか?」
「アランも心配なの?」
「ここではハリーが今年クィディッチの代表選手に選ばれるか決まる大事なイベントが起きるからな。メアリーも原作通りに進むかが心配なんだろ?」
本来なら一年生は代表選手になれない決まりだが、ここで起きるとあるイベントによってハリーは一年生でありながら特例で代表選手に選ばれる。
飛行訓練中にネビルが怪我をしてしまい先生が彼を医務室に連れて行く。そして彼が落とした今朝の思い出し玉をドラコが拾いそれを巡ってハリーと箒に乗って飛行するのである。このときの様子をマクゴナガル先生が余所で見ており、クィディッチが好きな彼女はここ数年優勝し続けているスリザリンに勝つためにハリーをグリフィンドールのチームへ特例で入れることにする。普段は厳格な彼女からは想像がつかない行動からその熱意がうかがえる。魔法使いにとってクィディッチとはそれほどのスポーツなのだ。
このように重要な場面であるためメアリーは浮かない顔をしているのかと思ったが彼女は否定する。
「いえ、確かにそれもあるのだけれどそれよりもフーチ先生がちょっと」
「確かに怖い先生ではあるけど悪い先生じゃないぞ。厳しいかもしれないが飛行訓練の危険性を考えたら当たり前だろ」
「それはわかっているわ。でもあの体育会系のノリが苦手なの。理不尽すぎて私には恐怖でしかないわ」
「わからんわけではないが偏見がすぎないか?」
「否定はできないかしら。そもそも理不尽なルールに縛られるのが嫌いなの。逆に理不尽を押し付けたくなるわ。ルールを理不尽に破るやつも嫌いなのだけれど」
「今のお前じゃないか」
「自分がするのはいいのよ……っていうのは半分冗談。だからあまり魅了の力も使いたくないの。使ってるときは楽しいときもあるのだけれどその後の罪悪感がひどいわ」
「それはよかった。今後とも使わないようにしてくれ」
「勝手に魅了してしまうからどうにもできないのだけれど善処するわ」
「それ絶対使うやつだろ」
「……そうね。それと、スポーツは平等じゃないでしょう。それがいまいち乗り切れない理由かしら。男女で身体能力の差があるでしょう? そしてそれで男女別に分けるんだったら人種でも差があるのだから分けるべきよね」
「男女で身体能力に差があるのに異論はないが、人種によって差があるって言うデータはないぞ。遺伝的な差はあるが」
「ごめんなさい。それは知らなかったわ。でも遺伝的に差があるのならやっぱり平等じゃないじゃないの。才能がすべてとは言わないけれどそれがなければ突出することはできないわ。努力はするのは当たり前の大前提、才能があるのも前提、あとは運がよければ結果がでるかも。結局、運と才能が必要なのが気に入らないの。ハリーだってずば抜けた飛行センスがあってマクゴナガル先生に目を付けられて箒を贈られる運があり、そして代表選手になってから努力し続けるからこそあそこまで活躍するんだわ。まあ、努力すらしていない者の戯言だけれどね」
それをメアリー・スーであるお前が言うのか? メアリー・スーであるというだけで数多のキャラクターの努力も経験も想いも思想も、そのすべてを理想で踏みにじるお前が……と思ったが言うのはやめて適当にフォローする。
「わかってるなら努力してみればいいじゃないか。デアにはああ言ったが、『為せば成る為さねば成らぬ何事も』だぞ」
「……そうね。一回やってみるのもいいかしら」
よしよし、メアリーがやる気になってよかったよかった。うん? いや、駄目だ、やる気になってやりたい放題されたら困ることになる!
「ま、まあ、やりたくないならやらなくてもいいんじゃないか? スポーツも別にやりたいやつだけやればいいしな!」
「そうね、きっと下手だし、私は器用じゃないもの。それに私には翼があるから箒で飛べるようにする必要はないと思うわ」
「ちょっとアランさん! せっかくメアリーがやる気になったのになんてこと言うんですか!」
ジェーンに怒られてしまったので微妙にやる気が出そうな感じの言葉をかけることにした。このままだと彼女に何されるかわからん。
「……とはいえ、箒で飛べないよりは飛べた方がいいだろ。やるだけやってみろって。箒で飛べなきゃ飛べないやつらより気楽にできるんだから楽しもうぜ」
「そうです。自信さえあればあなたはなんでもできます」
「私は無理よ。なんでもできるのはあなたたちの方だわ。あなたたちは私と違って優秀だもの」
「いや、俺よりお前のほうが明らかに好き放題できるだろ」
「そうです、私ができるのは誰かの劣化になることだけ。でもそうですね、あなたが信じてくれるのならなんでもできると思いますよ。それはなんでもできるあなたが私を信じてくれるからです」
「なんでもはできないわ」
「できます。自信を持ってください。大丈夫。その力を行使すればどんな箒でもあなたの意のままですから」
「力を使えばなんとかなるとは思うけれどけれどそれはそれでまともにやらないってことになるから問題だわ」
「ああ、できればやめてほしいな」
「メアリーなら大丈夫ですよ」
「なに指して大丈夫だと言っているんだよ! 駄目に決まって……」
ジェーンがめっちゃ睨んでくる……こわ。
「……えー、うん、とりあえずやってみれば? 箒から落ちても翼で飛行できるんだからネビルみたいにけがはしないさ」
「そうよね。二人ともありがとう」
メアリーがはにかみながら礼を言う。こうしているだけなら大人しい美少女なので、彼女が世界を破壊しうる化け物であることを忘れそうになる。見た目は美少女だけど中身は男だしな。
ドラコがこちらに気が付き声をかけてくる。
「メアリーは箒に乗るのが怖いのか? 大丈夫さ。この僕が正しい乗り方を教えてあげよう。マグルのヘリコプターを危うくも避けた僕がね」
「ええ、ぜひお願いするわ」
「私もお願いします」
「俺は遠慮しておくよ。でもドラコのテクニックは見てみたいな。例えば思い出し玉を使うとかどうだ?」
「今朝も言っていたがなんで思い出し玉なんだ。あれはガラス玉だがボールじゃないぞ。まあ、僕にかかればボール状のものならなんでもいいがね。クアッフルでもブラッジャーでも、もちろんスニッチでもさ」
クアッフル、ブラッジャー、スニッチ、すべてクィディッチで使われるボールである。俺としてはそれらより今はガラス玉の方を気にしてほしいところだ。
ドラコが箒の乗り方をメアリーに教えようとしたところでフーチ先生がやって来た。短く切った白髪と鷹を思わせる黄色く光る鋭い目を持つ彼女は見た目からして箒に乗るのが得意そうである。
「なにをボヤボヤしてるんですか。みんな箒の傍に立って。さあ、早く」
「……そう言って傍にいたら勝手に近づくなって怒るんだわ」
開口一番に怒鳴られメアリーが小声で文句をたれる。
「なんですか!?」
「なんでもないです。……はぁ」
ため息をつきながら箒の横に移動する彼女を見つつ俺も同様に移動した。俺の箒も他のものと同様に古ぼけており、こんなおんぼろでちゃんと飛べるのか心配になる。
「右手を箒の上に突き出して。……上がれ! と言う!」
「上がれ!」
先生の掛け声に従い、全員一斉に叫んだ。
俺の箒は一旦足首ほどまで浮かんだあと一時停止してそのまま地面へと落下した。少し浮かんだだけいい方でハーマイオニーをはじめとするほとんどの生徒の箒は地面をコロリと転がっただけだった。メアリーとデア、ネビルなどに至ってはほんの少しも動いていない。
ちゃんと飛び上り手に収まった箒は少数である。ハリー、ドラコ、タスさん、ジェーンの箒くらいだった。
箒は馬と一緒で乗り手の気持ちを察する。その為。ハーマイオニーのように緊張していれば箒も緊張してうまく動かないし、ネビルのように飛ぶことを怖がっていれば一緒に飛ぼうとは思わない。メアリーは自信がないのだろうし、デアは魔法が無効化されるからか気持ちが伝わらないのだろう。成功した四人は飛びたいという気持ちが俺にすら伝わってくるし、なおかつ自信もありそうだ。だが、俺が失敗した理由がわからない。俺は箒が乗り手の気持ちを察することを知っているので気持ちを落ち着かせていはずだった。あまり飛行する気がないのが原因なのだろうか。
「上がらなかったものは続けて上がれと言い続けるように」
「やっぱり私には無理だわ」
「力を抑えているだけです。メアリーが信じてくれる私ができたのだからあなたができないはずがありません」
「そこ! 私語は慎む! スー、あなたさっき上がれと言いませんでしたね。なぜですか」
「言ったらこの箒以外も巻き込みかねないからです」
「できるならやってみなさい! 声を出すのが恥ずかしいからといってそんなありえない理由で言い訳しない!」
「違います。本当に……」
「黙って今すぐ上がれと言いなさい!」
「わかりました!」
メアリーの機嫌が目に見えて悪くなる。理不尽なことは嫌いだと言っていたのでそのせいなのはわかりきっている。そして彼女が理不尽を押し付けてくる奴にはそれを返したいと言っていたことも覚えている。
「あれやばくないか?」
「大丈夫ですよ。メアリーは臆病ですから世界中の箒を集めるなんてしません。学校中くらいでしょうか」
「それでも十分まずいじゃないか! メアリーやめ……」
「上がれ!」
メアリーの手の下にあった箒がスッと彼女の手の中へ吸い込まれる。ここまでならただ成功しただけだったが問題はこの先だった。
地面を転がっていた他の生徒の箒までメアリーの方へ飛んで行く。箒を掴んでいた四人の箒も同様に今の持ち主の手から離れて飛んで行ってしまう。ハリーとドラコは離すまいと握っていたが振り切られた。
メアリーのもとへたどり着いた箒はその周囲を回り始める。その光景にフーチ先生は目を白黒させていたがすぐに平常心を取り戻して彼女に諭した。
「二十何本もいりません。必要なのは一本だけです」
「はい。でもまだ集まってくると思います」
「なにを言っているのです。ここにある分はすべてあなたが……」
先生が言い切る前にここになかったはずの箒が箒置場から次々と飛んできた。それは予備のシューティング・スターはもちろんのこと寮の代表選手の箒も例外ではない。
ロンが見覚えのある箒を見てつぶやいた。
「マリーンの髭。クリーンスイープ五号まで飛んできちゃった。あの二本、たぶんだけどフレッドとジョージのやつだよ」
ロンの双子の兄は二人ともグリフィンドールの代表選手である。その二人が使用している箒も飛んできてしまったのだろう。クリーンスイープ五号以外の箒も飛んでき続けており、このままだと本当に学校中の箒が飛んできてしまいかねない。
流線型をした銀色の箒が飛んできた瞬間に先生の顔色が変わった。
「私のシルバー・アローまで……いますぐやめなさい!」
「やめるもなにも私は一回上がれと叫んだだけです。先生の指示に従って」
シルバー・アローはレオナルド・ジュークスによって作られた競技用箒の先駆けと言える箒である。オーダーメイドだったため量産品に取って代わられてしまった。そのため現在では生産中止のレアものである。
フーチ先生はこの箒で飛ぶことを覚えたと言うほどお気に入りの箒だ。原作には描かれていなかったが現在も使用していたようだ。
それはそれは大切なものなのだろう。それを勝手に他人に呼び出されたのだ。必死になるのもうなずける。
それを見てメアリーは楽しそうにニコニコしている。性格が悪い。
「どんだけ嫌いなんだよ。やりすぎだ」
「ごめんなさい。でもこれでも本気じゃないのよ」
「ジェーンから聞いた。世界中とかイギリス中とかじゃないみたいだからマシではあるがそれでも愛用の箒を奪うような真似は性格悪いぞ」
「……そうよね。ごめんなさい」
「謝るのは俺じゃねぇ」
「先生申し訳ありませんでした。今すぐ返します。私が今持っている箒以外は元の場所へ戻れ」
勝手に発揮される力のため発話する必要はないが言葉に出すことで何を望んでいるのかが意識しやすいのだろう。前にそんなことを言っていた気がする。
すぐに彼女が望んだように箒が元の場所へ戻っていく。地面を転がっていた箒は地面に転がっていき、手の中に納まっていた箒はその者の元に、箒置場にあったものは箒置場のある方向へ飛んでいった。
眠そうにあくびをすると彼女はフーチ先生に確認をとる。
「これでいいですか?」
「……ええ、いいでしょう。私はあれだけ多くのそして遠くの箒を呼び寄せる者を見たことがありません。スリザリンに一点」
先生が複雑そうな顔をしながら点数を与えた。メアリーが点数を獲得したのを見てうれしそうなジェーンが話しかけてくる。
「ほら、メアリーなら大丈夫って言いましたよね?」
「マシなだけで十分やりすぎだからな」
デア以外の全員は箒を上げることができることができたのだが彼女だけは目をつぶって集中し、何度念じても箒が上がらない。魔法を完全に無効化してしまっているので残念だが当然である。
さすがのフーチ先生も授業が進まないので諦めて普通に拾い上げさせた後、箒の乗り方の指導が始まった。
握り方一つとっても正しい握り方がある。ドラコは今まで間違った握り方をしていたため先生に指摘されて直されていた。またがり方も間違えれば滑り落ちやすくなり怪我に繋がる。基本は一番大切だからこそ基本なのである。
細かい指導が終わるとついに実際に飛行する時間がやってきた。
「では、私が笛を吹きますので、そうしたら地面を強く蹴ってください。二メートルぐらい上に上がったら、少し前かがみになる練習をしてすぐに降りてきてください」
箒にまたがり飛ぶ姿勢になる。最初に一回目で箒を手に収めていた四人以外は緊張しているのが表情を見ると伝わってくる。
特にネビルはかわいそうなくらいに怯えている。このままでは失敗してしまうだろう。しかし、俺にとってはその方が都合がいいので原作通り失敗してほしい。
「……一、二の……」
先生が笛を吹く前に、それどころか三とも言っていないのに緊張したのか聞き間違えたのかそれともその両方だったのかは知らないが、ネビルが地面を蹴って空に飛んで行ってしまう。
「戻ってきなさい!」
先生が叫ぶがネビルは箒を制御できていないので箒に振り回されながら上空へ飛んでいく。
「戻ってこれるならあんな焦った表情にはならないよな。原作通りならこの後落ちて骨折るし」
「そうだね。このままだと怪我しちゃうし助けに行ってくるよ」
「原作から乖離するからやめてくれ。魔法薬学の時に言ったこともう忘れたのか?」
「流石の私も覚えてるよ。でも、助けられるのに助けないなんてあたしはできない。……ごめん! 助けに行ってくる!」
デアは俺の静止を振り切って飛び出していく。箒は放り投げ自前の翼で飛び立っていった。
「降りてきなさい!」
先生が叫ぶが彼女は応じない。怪物である彼女を止めることができるのは同じ怪物だけである。
「頼む! お前らデアを止めてくれ!」
「無理よ。デアに私の力は効かないわ。それにさっきので眠いから空間捻じ曲げるとかの派手なことはできないわよ」
万全の状態だったらそんなことできんのかよ。
「魔法がかき消されるのにどうしろっていいますの。デアが本気なら動いてしまった時点で止められないですわ。ワタクシはか弱い乙女なんですの」
お前のどこがか弱い乙女なんだ。
「私は劣化コピーなので本物にはかなわないですよ。ちなみにドラゴンの飛行スピードはファイアボルトより速いですしシューティング・スターでは絶対に間に合わないですね」
はい、詰み! しかし、このままデアを放置するわけにはいかない。
「止められないのはわかったけど三人で協力してなんとかしてください。お願いします」
「別に止めなくてもなんとかなると思うけどわかったわ」
「あの子と争うのは派手なパフォーマンスになって楽しいのでいいですわ!」
「ネビルさんがかわいそうなので気乗りはしないですけど一応やってみます」
タスさんは嬉々として、それ以外の二人はしぶしぶデアを止めに入ろうとする。
タスさんがローブとその下の制服も脱ぎ捨てインナー一枚になると背中に生えた昆虫のような四枚の羽を羽ばたかせ宙に舞う。
「なにをしてるんです!?」
「制服を改造しているデアと違ってワタクシは服を脱がないと飛べないのですわ」
「勝手なことは許しません!」
先生の言葉を無視して彼女は指を鳴らし、ポンという音と共にデアの元へ移動する。
デアはというと俺らが話し合っている間に空高く舞い上がっていたネビルを箒ごとキャッチしていた。
互いに何かをしゃべりながらタスさんは魔法を打ち、デアはそのすべてを刀で振り払う。
時々タスさんが姿くらましで移動し、ネビルに触れようとするが触れる前にデアに反応されて回避されてしまっている。一応降りてこられないようにはしてくれているようだ。
デアはネビルと箒を抱えながらなので若干動きが悪く接戦しているが、それでもまだ彼女には余裕があるように見える。
「どうしようかしら」
「飛行できないようにしてはどうですか?」
「デアにはメアリーの能力は効かないんじゃないのか?」
「デア自身に効かないだけで浮力自体を操作できれば落とせます」
「本当になんでもありなんだな」
「そこまでのものをやる生命力は残ってないわよ」
「わかってますよ。私がメアリーになるので二人がかりでやってみましょう。それなら大丈夫です。落とせたらデアになってネビルさんを助けます。他の二人は自力でなんとかできるでしょうし」
「俺たち以外の前で変身していいのか?」
「そのためにタスさんが目立ってくれてるんですよ」
そう言うとジェーンの髪の色が白に、瞳は赤と青に、とメアリーとまったく同じ容姿に変わった。
「では一緒に翼の魔力によって発生している浮力を消しましょう」
メアリーが頷くと上空でドッグファイトをしていたタスさんが俺の隣に姿現しをする。
「本当、反則みたいな能力ですわね」
「話を聞いてなかったのに浮力が消える前に戻ってきたお前もおかしいけどな」
浮力が消滅しデアはネビルと共に落下する。その様子を見ていたフーチ先生の顔が落下してくるネビルと同じように真っ青になった。
ジェーンがデアに変身しネビルの落下地点へ一瞬で移動し、跳躍する。ネビルを抱きかかえながら着地し地面に降ろしてから元の姿に戻った。
そのすぐ横にデアが頭から落下する。
「わっ!? なんで!?」
無防備に脳天から落下し鈍い音を立てて地面に直撃したというのになんともないようだ。落下した理由がわからず困惑しながら辺りを見回している。
「デアは大丈夫そうですね。ネビルさんは怪我はないですか?」
「大丈夫だよ。助けてくれてありがとう。死ぬかと思ったよ」
「もー。なんで落ちちゃったのかな?」
「あっ、デアは大丈夫なの!? すごい音がしてたけど!」
「うん、この通り大丈夫だよ。あたしは丈夫だから。それより落ちちゃってごめんね」
「デアもありがとう。僕なんかを助けようとしてくれただけでいいんだ。スリザリンの君たちがどうしてグリフィンドールの僕を?」
「あのままだったら怪我してたから、無事でよかった」
「助けられるなら助けたいですからね」
「二人ともありがとう。スリザリンにも親切な人がいるんだね。あ、ごめん。悪く言うつもりはなかったんだ」
「まあ、ちょっと怖い人が多いもんね。でもみんな本当は優しいんだよ。それはそれとしてどうしてタスさんはあたしの邪魔をしたの!」
「どうしてってそっちの方が楽しいからに決まってますわ。あと、アランに頼まれたからですの」
「なんでそんなこと頼んだの!?」
「飛び出す前に言ったろ!」
「うっ、でも、助けられるなら助けないと」
「いいじゃないですか。ネビルさんは助かったんですし」
ネビルが助かったのはいいがストーリー的にはまったくよくない。ここでネビルが怪我をしないとハリーが代表選手になれないのだから。そう思っているとフーチ先生の怒鳴り声が聞こえてきた。
「全然よくないですよ! ネビル・ロングボトム、なぜ私の笛の音を待たなかったのですか! デア・マキナ、ジェーン・ドゥあなた方が助けなくても私が魔法で助けられました。それにティー・スラグホーン、なぜわざわざあんな危険なことを!」
「二人は僕を助けようとしてくれただけです」
「魔法を使っても怪我してたよ!」
「すみません。ですが骨くらいは折れていたのは確かです。それにネビルさんは緊張と恐怖で正常に判断ができる状態ではなかったとも思います」
「したほうがおもしろかったからですわ。それとワタクシはタスさんですの」
「言い訳しても駄目です。ロングボトムが指示を守らなかったので五点減点。三人の軽はずみな行動によりスリザリンから十五点減点。スラグホーンの反抗的な態度からさらに五点減点。ドゥ、どこにいくのですか!?」
ジェーンが俺の隣のメアリーの前に移動すると眠そうだったメアリーのまぶたが閉じ、ジェーンの胸に倒れた。
「生命力不足です。そろそろ限界だと思ってました」
二人にローブをかけて隠す。生命力を供給さえすればメアリーの意識は戻る……そのはずだったがローブをかけた瞬間二人がバランスを崩したのか倒れそうになる。
俺の力で不意に倒れた二人を支えられるわけがない。しかし、高速で移動したデアが二人が倒れるのを防いでくれた。
「間に合ってよかった。二人とも大丈夫?」
「デア、助かったよ。で、二人ともどうしたんだ?」
ローブをはぐと二人は寝息を立てており、仲良く夢の世界へ旅立っていた。二人とも生命力不足である。睡眠で回復するとは思うので医務室で寝ていれば治るだろう。
「二人はどうしたのですか!?」
「飛行訓練が心配で眠れず寝不足だったみたいです。医務室で寝ていれば大丈夫だと」
「わかりました。ロングボトム、マキナは怪我をしているかもしれないので私と一緒に来なさい! 私はこの子たちを医務室に連れて行きますから、その間誰も動いてはいけません。箒もそのままにして置いておくように。さもないと、クィディッチの『ク』を言う前にホグワーツから出ていってもらいますよ。スラグホーンは制服を着直しておくように」
なんとか原作通りにフーチ先生とネビルが医務室へ向かった。怪物たちも連れて行かれてしまったが、俺とタスさん以外のオリキャラがいないというオリジナル要素が少ない状況のほうが原作から乖離しにくいだろう。
ドラコがさっきネビルが落とした思い出し玉を拾ってくれることを祈っていると彼がため息をつきながらそれを見つけた。
「はぁ、あいつらまた減点されて。まったくこれ以上は庇えないぞ。それにロングボトムのやつ、あれで本当に純血なのか。嘲笑を通り越して逆に哀れになってくる。ん? なにか落としていったようだな」
原作とは台詞が違うが思い出し玉を手に取り確認する。
「これは今朝の思い出し玉か。せっかく婆さんが送ってきてくれたというのに早速落としてるじゃないか。これじゃあ婆さんも浮かばれないね」
「やめてよ。マルフォイ」
グリフィンドールのパーバティ・パチルがドラコを咎めるとドラコとパンジーがそれを冷やかす。
「へー、ロングボトムの肩を持つのか? 孫のためにプレゼントしたのに初日でなくされた婆さんの気持ちを考えてほしいものだね」
「パーバティったら、まさかあなたが、あのネビルに気があるなんて知らなかったわ。でも私は応援してるからね」
冷やかすはずだったのに台詞が違う。原作ならドラコはネビルのおばあさんなんか気にかけずに純粋にネビルを馬鹿にしていた。パンジーはネビルのことをチビデブの泣き虫小僧と言っていたし応援なんてしていなかった。
この後ハリーに声をかけられたドラコが箒に乗って飛んでいくはずである。
「マルフォイ、こっちへ渡してもらおう」
「おお怖い。さすが英雄様だ。正義感が強いらしい。ここまで、取りに来いよポッター」
ハリーに冷たく言われたドラコは少しムッとして強めに言葉を返す。ハリーは嫌々ドラコの所まで歩いていく。
最後の台詞は箒に乗った後に言う台詞だし、それ以外は原作にはない。嫌な予感がする。
「こっちに渡せったら!」
「言われなくても渡すつもりだったさ。ロングボトムにはこの僕が拾ってやったとちゃんと言っておいてくれよ。それと今度は落とさないように気を付けるようにもね」
ドラコは持っていた思い出し玉を差し出す。それをひったくったハリーは無言でロンの隣へ戻っていった。
ドラコが思い出し玉をすんなり返してしまったためハリーが代表選手になるイベントがつぶれてしまった。焦った俺はドラコの元へ駆け寄る。
「ドラコ、なんで返したんだ!」
「ん? アランか。いきなりどうしたんだ。理由なんて簡単だよ。思い出し玉なんかうちにいくらでもある。拾ってやって恩を売った方が得だろう。それにネビルの婆さんがかわいそうだからな」
「いやいや、お前そんなキャラじゃないだろ。「それじゃ、ロングボトムが後で取りにこられる所においておくよ。そうだな、木の上なんてどうだい?」って言いながら思い出し玉を奪ったまま箒に乗って飛ぶんだろ!」
「なんだその品が悪いやつは?」
「お前だよ!」
「僕がそんな馬鹿なことするわけないだろう。そもそも箒に乗るなと言われて乗るやつなんてグリフィンドールの馬鹿だけさ」
「お前はやったんだ!」
「どうしたんだ? 変だぞお前、具合でも悪いのか?」
「……大丈夫だ」
全然大丈夫じゃないが。今朝、思い出し玉に反応しないからなんかおかしいと思ったんだよ。ああ、ちゃんと気にしていれば対策できていたかもしれないのに。
「大丈夫ならいい。それにしてもポッターの奴、礼を言わないどころか無言でひったくるなんて無礼極まりない。これは礼儀を教えてやる必要があるな」
「そうかもな」
礼を言った言わないなどどうでもいい。このままではハリーが寮の代表選手になれなくなってしまう。
タスさんが近づいてきて俺に耳打ちをした。
「ワタクシがドラコ役をしますわ。ワタクシならマクゴナガル先生が丁度ハリーの技を見るように調整できますから適任ですの」
「適任じゃなくてもここには俺とお前しかいない。俺が人生初の箒に乗ってやるわけにはいかないからお前がやるしかない。頼む」
「了解しましたわ。原作よりアクロバティックにいきますわよ!」
「そこは原作を再現してくれ!」
タスさんはハリーの前に姿現しをすると一瞬で思い出し玉を奪い姿くらましで箒の前に移動した。
「なにするんだ!」
「ゲームですわ。先生が帰ってくるまでに先生方に見つからないようにワタクシから思い出し玉を取り返すというチキンゲーム。もし、時間内に取り返せなければワタクシがこれを砕いてゲームオーバー。見つかっても退学でゲームオーバー。きっと楽しいですわよ」
「返せよ、スラグホーン」
「ワタクシはタスさんですわ。ゲーム開始ですの」
タスさんは箒にまたがると地面を蹴って飛び上った。家で乗ったことがあったからか力のおかげかよくわからないが何の問題もなく箒で飛行することができている。
「友人のために自身の退学を賭ける勇気さえないなんてグリフィンドールの名が泣きますわよ」
挑発を受けたハリーは箒に乗ろうとするが、ハーマイオニーが叫んでそれを止めようと説得した。
「ダメ! フーチ先生がおっしゃったでしょう、動いちゃいけないって。私たちみんなが迷惑するのよ」
彼女の声がハリーには聞こえていないのかそれとも聞こえている上で無視しているのか箒で飛び立つ。
最初こそ戸惑っていたがすぐに慣れ、箒に初めて乗ったとは思えないなめらかな動きでタスさんの前にたどり着いた。
箒で飛び上がるハリーを見てロンを始めとする男子生徒は感心して歓声をあげ、ハーマイオニー以外の女子生徒たちはキャーキャーと黄色い声援を飛ばしている。
ハリーは箒で飛行することに関してずば抜けたセンスを持っている。そのため初心者ではまずありえないほど箒を上手く操作できる。
しかし、相手はタスさん。原作では相手がドラコだったためドラコの経験とハリーの才能でいい勝負をしていたが彼女は訪れるであろう数々の未来の可能性を把握でき、無限の反応速度を持つ。
いかにハリーに飛行の才能がある主人公だとしてもぶっこわれオリジナルキャラクターに勝てるはずがない。彼女の言動から最後は原作と同じ結末にしてくれるだろうが、それまでの過程は不安である。
空中でなにか話をしていた二人だったが、突然タスさんが曲技飛行を始めた。
急上昇や急降下、横転、宙返りを繰り返し、さらには後ろ向きにもの凄い勢いでぶっ飛んでいく彼女にはさすがの彼も困惑しているのか動けずにいる。だが、そこはさすが主人公、動きを見切ると最短距離を直線で飛行し彼女へ迫った。
タスさんはタスさんでその動きを知っているので紙一重で回避し、そのまま急上昇。ハリーもそれを追うが箒はほとんど同性能なので追いつくことは不可能である。
どんどん高度を上げ、最後は二人の姿が目視できなくなるほど小さくなった。しかしすぐにその姿がどんどん大きくなる。急降下してきているのだろう。両者とも猛スピードで急降下を行っているが身体に影響がないか心配である。
二人だったはずの人影が一人になる。タスさんだけが姿くらましで離脱したのだろう。完全に反則である。そう認識したときにはハリーが思い出し玉をキャッチして地上に降りていた。
「ハリー・ポッター……!」
マクゴナガル先生が大声を出しながら現れる。思い出し玉をキャッチすることができて喜んでいたハリーの顔が一気に青ざめる。
「こんなことはホグワーツで一度もありませんでした。よくもまあ……首の骨を折ったかもしれないんですよ!」
「先生、ハリーが悪いんじゃないんです……」
「お黙りなさい。パチル」
「でも、スラグホーンが……」
「くどいですよ。ウィズリー。ポッター、
一緒にいらっしゃい。早く!」
パーバティとロンがいいわけしようとするがマクゴナガル先生は取り合わずハリーを連れて行ってしまった。
この後ハリーは先生に連れられ、クィディッチのグリフィンドールのチームのキャプテンであるオリバー・ウッドに紹介される。原作と同じ流れであればだが。
バシっという音を立ててタスさんが俺の横に帰ってきた。
「これでもう大丈夫ですわね」
「ああ、ありがとう。最後すごいスピードだったがどこまでいってたんだ?」
「約四百六十メートル上空までですわ」
「なんでそんな高く……自由落下で最高速度を出すためか?」
「正解ですわ。そこまで上がれば時速二百キロはでますからね。実際は箒の速度も加算されてもっと出てたのですけれど」
「そんな速度で落下しているものをキャッチして停止って物理的におかしくね」
「魔法が存在する世界でいまさらなにを言ってるんですの」
「身もふたもねーな」
「……ポッターも馬鹿な奴だ。タスさんと争うなんて。これで奴は退学だな」
近くにいたドラコが会話に入ってくる。彼のことだから嬉しがるのだと思っていたが、彼は意外にも心底同情し憐れんでいるような雰囲気で話した。
「あら、彼は退学なんかしませんわ。グリフィンドールのシーカーになりますから安心していてくださいな」
「何言ってるんだ? 一年は代表選手にはなれない。なれるならとっくにこの僕がなっている」
「まあ、後のお楽しみですわ。そろそろフーチ先生が帰ってきますわよ」
フーチ先生がデアとネビルと共に医務室から戻って来るとハーマイオニーが今までの出来事を説明し、全員が怒られた。しかし、中止するようなことはせず飛行訓練を再開した。
俺やジェーンは可もなく不可もなく一応飛ぶことはでき、最後はしっかり安定していたがそれだけだった。
メアリー宣言通りにおっかなびっくりだったが、箒が自分でバランスをとってくれるようでなんとか乗ることができていた。
問題のタスさんは箒だけでなく魔法と自前の飛行能力も合わせて分身しながら一人団体曲芸飛行を披露した。上空に落ちて行ったり、がくがく振動したと思ったらあらぬ方向へあり得ないスピードでぶっ飛んでいったり、「真横に飛ぶと加速しますの」などといった謎の言葉を発し、皆を驚かせていたが、勝手に魔法を使ったことで先生からまた減点されることになってしまった。
デアは最後まで箒がうんともすんとも言わず、先生も匙を投げて次回からは自前の翼で代わりに飛ぶことを許可されていた。だが、彼女はまだ箒で飛ぶことを諦めておらず次回も挑戦するらしい。おそらく目をつぶって唸っているうちは無理だろう。
ドラコは自慢していただけあって苦も無く綺麗に飛行していた。さすが来年からスリザリンの代表選手になるだけある。
しかし、普通にうまいだけでハリーのようなずば抜けた才能があるわけでもなく、オリジナルキャラクターのようなぶっ壊れた性能をしているわけではないため、彼らに埋もれてしまった感があったのが悲しかった。
*
夕食の時間には医務室へ行ってしまったメアリーとジェーンも睡眠によって生命力が回復し、帰ってきていた。いなかった二人にいきさつを説明しつつ夕食を取っている。
「というわけでドラコの代わりをタスさんがやってくれたから大丈夫だ。でも、すでに本来の物語と違ってきてるから気を付けないとまずいぞ」
「そうですね。確か次はハロウィンのトロールでしたっけ?」
「その前に三頭犬だわ」
「ハリーが立ち入り禁止の場所に迷い込むんだよね。なんでだったか忘れちゃったけど」
「思い出しました。ドラコさんがハリーと夜に決闘の約束をして自分だけいかないんですよね」
この時間にドラコがハリーにちょっかいをかけて、今晩魔法使いの決闘をする約束をする。しかし、実際は自分はいかず、管理人のフィルチをけしかけるという罠である。
決闘の介添人としてロン、二人の校則違反を注意しようとしたハーマイオニー、合言葉を忘れてしまって締め出されていたネビルと約束のトロフィー室に行く。しかし、ドラコは来ず、途中でフィルチが来て急いで逃げた先が立ち入り禁止の三頭犬がいる部屋だった。その三頭犬からなんとか逃げ帰るというイベントである。
このイベントはここに賢者の石が隠されていると気が付くための重要なものなのでドラコに決闘の約束をしてもらわないと困る。
ドラコの話をしていると噂のご本人が登場した。
「僕がどうかしたのかい?」
「飛行訓練のときのドラコの飛び方が参考になったって話だよ。凡人の俺には他の奴らの飛び方は真似できないからな」
「僕が凡人だっていうのか」
「そうじゃない。ドラコは優秀さ。来年は代表選になれそうなほどほどうまかった。自前の翼で飛んでるデアやタスさんの真似ができるわけないだろ」
「あら、ワタクシは魔法なしでもハリー・ポッターと空中戦できましたわ」
「……まあ、タスさんの飛び方は意味が分からないから仕方ないか。あれは真似できん。来週からもこの僕の正統派な飛び方を参考にするといい。それよりも名前を聞いて思い出した。ポッターのやつは礼儀がなってないな。僕が教えてやらねばなるまい」
ドラコがクラップとゴイルを連れてハリーのもとへ向かった。
「ポッター? 最後の食事かい? マグルのところに帰る汽車にいつ乗るんだい? まったく礼儀がなってないから退学にしてしまいそうになってるんだ。僕が礼儀を教えてやろう」
ハリーの隣に座っていたロンが不機嫌な顔で彼に言いかえした。
「そうかい。なら君の所のスラグホーンに人の物を盗んじゃいけないって教えてやれよ」
「お前がやるといい。泣きべそをかくことになるがな」
「礼儀正しいお友達にたくさん囲まれてやけに元気だね」
煽られたクラッブとゴイルが握りこぶしを鳴らしたが手は出さなかった。上座のテーブルに先生たちが座っているからだろう。
タスさんなら関係なくノリノリで呪文をたたきこみかなねないがさすがスリザリン生。引き際はわかっている。
「僕一人でいつだって相手になるが。ご所望なら今夜にでも。魔法使いの決闘だ。……いや、やめておこうか。魔法使いの決闘なんて聞いたこともないだろうからね」
ドラコがハリーに言うとロンが横から口を挟む。
「もちろんあるさ。僕が介添人をする。君のは?」
「クラッブ……いや、タスさんにしよう」
「いいですわ。先生方にばれないよう真夜中にしましょう」
いつのまにかドラコの横に移動していたタスさんが答える。
「そうだな。場所はトロフィー室がいい。あそこはいつも鍵が開いている」
飛行訓練と違い原作と同じ流れになったので安心した。介添人がクラッブではなくタスさんになってしまったが問題ないだろう。
介添人というのは決闘者が死んでしまった場合に代わりに戦う者なのだが一年生のこの頃であればせいぜい火花をぶつけ合う程度のため必要はない。問題はタスさんだがさすがの彼女も死人はださないはずである。
そもそもドラコは決闘場所には向かわないので決闘は行われない。今日は安心して眠れそうだ。
*
「は? 本当に決闘しに行くのか?」
「なにを言ってるんだ当然だろう」
夜中に物音で目を覚ますとドラコがクラッブとゴイルと共に決闘へ向かう準備をしていた。
「フィルチに言いつけておいて自分たちは行かずにハリー達だけ捕まえさせる作戦じゃないのか?」
「そんな品のないことはしない。飛行訓練のときといいよく意地の悪いことを思いつくな」
「お前の考えだよ!」
「そんな純血の誇りを傷つけるようなことをしてなんになる。そもそも礼儀を教えてやるために決闘するのだからそんなことをしても意味がない」
「迎えに来ましたわ」
男子寮の扉を開けてタスさんが入ってくる。
「こっちも準備はできている。十一時半だしもう出るべきだろう」
「行くな。そんな危険をわざわざ冒す必要はない。それとタスさん以外はどうしたんだ?」
「ワタクシが介添人として呼ばれただけなので今は寝ていますわ」
「止める奴がいないってことじゃねーか。わかってるだろ。ドラコは今日トロフィー室には行かないんだ」
「だからこそ行った方がおもしろいのですわ」
「そうなのかもしれないがやめてくれ」
「嫌ですわ」
「……わかった。今回やめてくれたらハロウィーンのときにトロールを倒すことに関してはなにをしてもいい。物語が崩壊するレベルでなければなんの文句も言わない。むしろ協力する」
「本当ですの!? メアリーたちにも協力するように頼んでくださいまし!」
「俺が頼んだからって協力してくれる保証はないが喜んでやろう」
「感謝しますわ。絶対楽しませてあげますわよ」
なんとか説得することができた。今は他の怪物がいないため抑止できないがハロウィーンまでは時間がある。今暴れられるよりはマシだろう。
「ごめんなさいな。今日はやめにしましょう。ドラコも行かない方がいいですわ」
「なんだ突然。お前がいかなくても僕はいく。介添人はクラップにやってもらえばいい」
「いや、駄目だ。スリザリン生ならこんな危険は冒さない。タスさん、止めてくれ」
「ということですので、行くならまずワタクシと決闘して勝たないといけませんわね」
「……なぜ、気が変わったのか気になるがわかった。お前らと戦っても仕方がない。今回は引いておく。埋め合わせはしてほしいがね」
「ええ、ハリーたちにはワタクシたちから話しておきますわ。それとハロウィーンの日は楽しみにしといてくださいな。それでいいならワタクシは帰りますわ」
ジェーンは男子寮を去る前に俺に小声で「メアリーに頼んでフィルチがトロフィー室へ向かうように行動を操作してもらいますわ」と伝えると女子寮へ帰って行った。
これでやっと寝ることができる。二か月後に来るハロウィーンの日に頭を悩ませながらだが。
今回はドラコがタスさんに出番を奪われてしまいした。優遇しようとするとするほど出番が消えていきます……。おかしいですね……。怪物たちの一番の被害者は原作から行動が変わってしまっているドラコな気がしてきました。
デアを物理的に止められるのはメアリーとその姿になったジェーンだけですが長時間は止められません。なにかあったときは先回りでタスさんがなんとかしてくれるでしょう。
アランくんが対処に失敗してしまったせいでタスさんがハロウィーンパーティーで好きにできることになってしまいました。なので次回はタスさんがある程度好きすると思います。