あら....いらっしゃい。
今週もまた来たんですね...
家、迷惑なんて全く掛かってないですよ。
むしろ...私たちのモチベーションにもなっていますから。
ありがたいんです。あなたみたいな方がまだまだいてくれるのは....この業界はそろそろ終わりに向かってますから....我々は一人でも多くの人が欲しいんです。だから、あなたみたいに気兼ねなく訪ねてくれる方がいるのは本当にうれしいですし...まだ終わってたまるかって気持ちにもなるんです。
ちょっと湿っぽい感じになっちゃいましたね。
私は少し残った作業があるので戻りますね。
何かあれば呼んでください、切り上げて向かいますから。
(間)
(工場内)
あら...どうしたんですかここまで来て...呼んでいただければ切り上げて向かいますって言ったはずなんですけど...まぁ、良いです。それよりもどうされたんですか?
帰られるんですね...そうですかそうですか...
そういえば,この車、今仕上がったばかりで...テスト走行に出ようと思ってるんですが...よろしければ..どうですか?一緒来られますか?もしかしたら...1時間...いや2時間コースになるかもしれませんが....それでもいいのであればですけど....
そうですか...それじゃぁ、行きましょう。
当たり前ですけど、シートベルトだけは、しっかりしてくださいね。
あまり見ないものですので...もしかしたらわからないかもしれませんが...あ、そうです。
真ん中の金具をこう...カチャッとくつけていただければ..はい。大丈夫ですね。
それじゃぁ、行きましょうか。
(エンジン音)
【場面転換、高速道路上】
水温、油音....大丈夫そうですね...これなら...もしかしたら...
....
あなたに...一つだけ、言いたいことがあるんです。
風情もかけらもあったもんじゃないとは思うかもしれませんが...どうしても言いたいことがあるんです。
私と一緒にこの仕事しませんか?
....
そうです。あなたが考えてることと同じです。
あなたが私の工場に来てくれたあの日から...ずぅっと今まで、あなたのことが頭から離れませんでした。そして...あなたが好きだって気が付くのに時間はかかりませんでした。
ほかの男?
(笑う)
気になんてしてないです。
確かに、私、見た目がよくて、社長令嬢なので...言いよって来たり、お金目当てで、何とかして婚姻関係を結ぼうとしてくる人はたくさんいました....でも、会社の話とか、年商の話、社員に与えられる給料の話をした後は決まって連絡が付かなくなるんです。
だから、私はこの職業を恨みました。
油まみれ、金属の粉だらけ、おまけに空調なんてない、この仕事じゃなかったら、普通の女の子として、恋をして、結婚できたのにって何度も思いました。
でも、そんなとき、あなたがこの会社を見に来たんです。
私たちの作ったものを真剣に見つめるその目が、真剣に思いを、改善点を聞いてくれるあなたが、とっても素敵な人に見えたんです。
それから、あなたに話をたくさん聞いてほしくっていろいろなことに自分から挑戦しました。
その中でも...やっぱり、※0ー300kmは大変でした。
それこそ、命がいくつあっても足りない思いをたくさんしました。
それでも、結果がこうでしたとか、ダメになったところはここだったんですよって話をあなたが聞いてくれるって、ちゃんと見てくれるって思ったら、命なんて惜しくなかったんです。
だからこそ、命を懸けて走ってこれたんです。
実は、今テスト走行をしてるこの車、実は一回壊れてるんです。
壊れたところを直して、対策をして、これから、0-300kmのタイムを計る予定なんです。
壊してしまったときは...確か完全停止状態から300㎞まで、25秒くらいでしたね....
あれから、多少改良は加えたので...おそらく...23秒くらいには..なってればいいなぁとは思ってるんですけどね.....
そんなわけで、私と...一緒に家業を継いでもらえますか?
あなたしか、いないんです。
....
ちなみに、完全に独り言になるので聞き流してもらってかまわないんですけど.....
この先、分岐があるんです。もし、.これだけ距離があれば...さっきも言った通り...わずかな時間でも300kmに到達できますので...このまま、出来上がったばかりの車とともに、あなたと、わたしは死んでしまいますね....
私としては...最高速が出せて、あなたと一緒に死ねますので..かまわないんですが....
どうしますか、すべてあなたの回答にかかってます。
生きるも、私と死ぬもあなた次第。
あなたは...どうしますか?
備考というか補足...
※ 谷田部高速周回路で行われた 0-300km/h 加速テスト/ちなみに、トップの記録は17秒台