司令官の予測では、十数分で目的地の下関周辺の右翼前線にたどり着く。わたしは、観念してこれから艦娘同士の戦闘になる可能性がある事を艦隊全員に伝えた。そのために、味方艦隊への識別センサーを解除しているので、味方への誤射に注意するように伝えると、予想通り、彼女たちは驚愕の表情を浮かべていた。
「え!? え!? 一体どういう事よ。朝潮姉さん、冗談はやめてよね」
「もちろん、状況証拠だけで決定的な証拠とか、そう言ったものはありませんし、数々の不運が重なっているだけと言う可能性はあります。しかし、このまま前線に向かった時に味方艦隊から攻撃を受けると思います。その時は、その艦隊をためらわず大破させてください。それでも抵抗を止めなければ全艦轟沈させる。と言うのが司令官からの命令です」
満潮の縋りつくような瞳を無視し、わたしは状況を冷静に言の葉に乗せた。
「朝潮ちゃん……本気なの?」
「はい。砲撃センサーの解除はあらかじめ味方に害をなそうとしなければ本来解除しているはずもない機構です。それを解除して友軍を攻撃するという事は、前線を崩壊させ泊地全体を危険にさらす行為です。敵は水雷戦隊なので、友軍を見つけたらその艦隊に艦載機を全艦飛ばして通信をつなげた後、彼女らと共に前線に向かいましょう」
「駄目よ、朝潮ちゃん。通信をつなげるには2機ほどでいいわ。それだけ飛ばして通信をつなげるわ。その、味方が攻撃してくるなんて聞いている限り、何の証拠もないんでしょう。もし、確証があるのならば、司令官本人からそのことを艦隊全体に伝えたはず」
「飛龍の言う通りよ。こんなイレギュラーなことがあって、神経質になっているのは分かるけれど、こんな時こそ味方を信じないといけないわ。朝潮ちゃんも、本当は裏切った艦隊なんていないと思っているからもう少しで味方と合流するこのタイミングで言ったんでしょう?」
飛龍、蒼龍の言う事はその通りで、わたしも味方艦隊が裏切ったと言う司令官の言葉には半信半疑で、司令官自身もおそらくそう思っているので、わたしだけにそのことを伝えたのだろうという彼女の予測には賛成である。
「そうですよね。……わかりました。友軍に飛ばす艦載機は2機にします。通信で彼女達から状況を聞いた後に、前線の支援をしましょう。ないと思いますが、敵艦が砲撃をしてきたら、その時は敵艦とみなして沈めます。いいですね」
そう言うと、艦隊の緊張は解け、わたしも胸をなでおろした。わたし自身も同じ艦娘に演習以外で砲を向ける事にかなりの抵抗を感じていたようである。グラーフに対しても同じ状況ではあったが、彼女がその前に民間人を虐殺していた事で、その怒りからかそう言った感情がマヒしていたために咄嗟にそう言った行動を起こせたが、今回は勝手が違っていた。
「まあ、そうね。撃ってきたらね。でも、朝潮姉さんも司令官も心配しすぎなのよ。もし裏切り者がいて、綾瀬大将身柄を拘束するだけなら、グラーフが奇襲に来た時にその周りに艦娘を配置して混乱の時に彼女を拘束すればよかっただけなんだし、わざわざ自分の艦隊を危険にさらしてまでこんなところで反乱を起こす必要なんてないわ」
と言う満潮のもっともな意見も、わたしの緊張をほぐす要因にもなった。
そんな感じの事を話している間に、前線である下関周辺にたどり着いた。目視できる範囲に敵の前線と、それを徐々に押している3艦隊と、その後方で下関周辺の人工海域を守る1個艦隊が確認できた。下関の人工海域のその周りには中部海域と呼ばれる危険な深海棲艦の巣が広がっているのであまり使われない海域で、いくつかの海域を乗り継いでいかなければならないので、利便性と言う点で不向きである。
今回は乗り継ぎ先である『北方海域群』が敵の大艦隊に抑えられているので、行きに利用することは出来ないが、入って闇雲に進むことで退路としては利用できるので、1個艦隊で押さえられている。もし、万が一の状況で退路がある安心感を確保するためにも、絶対に確保しておかなければならない地点と言えるだろう。
「飛龍さん。後方で海域を守っている艦隊に向けて艦載機を飛ばしてください」
「ほいきた」
そう言って彼女は2機の艦載機を飛ばし、前線の状況を確認しようとした。が、通信状態が悪いのか、相手の声が聞き取れない。そのため、わたし達は友軍にもう少し近づくことにした。その艦隊の構成は川内、神通、夕立、ベールヌイ、吹雪、睦月で構成された練度の高い水雷戦隊で、いずれの艦娘も第二改装済みであった。
「やはり、前線に5艦隊もいると、提督同士の力の干渉も相まって、通信状態は悪くなるみたいですね。もう少し近づきましょう。友軍に待ち伏せしていた敵艦隊を撃破したことを伝えて安心させてあげなければなりません」
「はい。榛名もそう思います。彼女たちに内部からの危機は去ったことを報告して、彼女たちも前線に加わり、私達は後方で私と飛龍さん蒼龍さんを中心に前線をサポートしながら海域を守れば、すぐに下関を奪還する事が出来るはずです」
そして、距離が大体500ほど、提督同士の力の干渉により、接触する艦娘の輪郭しか見えなくなったころに、轟音と共に砲撃がわたしの左頬をかすめた。
「何!? 敵襲!? でも、前線の流れ弾にしては」
満潮のその声に敵艦は答えてくれた。ただし言葉ではなく行動で……友軍だったはずの艦隊全員がこちらの艦隊に向かって突撃を開始したのである。わたしは目の前の敵艦に向かって砲撃を放つと、敵艦娘の一人が吹き飛び、ゴロゴロと後ろに転がって見えた。
その光景に敵艦は足を止めた。本来敵味方センサーによって砲がロックされる筈で、この攻撃は敵からすればあり得ない反撃だったからである。これはチャンスである。味方には戦艦と空母がおり、手数火力共にこちらが圧倒的有利な状況にある。
「飛龍さん、蒼龍さん。見ての通り、前方にいる艦隊こそが裏切り者の艦隊です。全力で艦載機を飛ばした後に、榛名さんは遠距離から支援。満潮、阿武隈さんはわたしと共に突撃。作戦開始」
そう言って、カメラを切り替えるが、皆艤装を構えてもいない。友軍がわたし達を裏切り、砲撃してきたという事実を受け止めきれないのだろう。
「司令官、わたし以外の艦娘が攻撃に移れないようです。そちらの方で操作してください」
わたしはそう司令官に通信を送った。それを聞いて、飛龍と蒼龍、榛名の艤装が動き出し、艦載機が発信され、榛名も砲を敵艦に構えた。
「いや、提督。やめて下さい。同じ艦娘同士で殺し合いをするなんて間違っています。こんなの……榛名、大丈夫じゃありません」
「嘘よね、提督。やめて!! 止まって!! 止まってよ」
彼女たちの絶叫があたりに響き渡るが、わたし達が有利に立てているのは、このタイミングしかない。わたしの砲撃により敵の進軍が止まっているこのタイミングだからこそ艦載機と戦艦の長距離攻撃が有利となる。敵軍が進行によってゼロ距離での打ち合いなどと言う状況になれば、艦載機は無用の長物となり、長距離射撃も駆逐艦の主砲と比べても大して役に立たないものとなると考えると近づかれると実質6対4の不利な戦いを強いられることになる。
さらに、裏切ると覚悟を決めた敵艦とまだ覚悟を決められてすらいない味方艦を考えると、近づかれる前に3隻は戦闘不能に追い込みたい。そう、わたしは思っていた。
しかし、艦娘のサポートを得られていない司令官のみが操る艦載機はその構成を欠き、半数が瞬く間に落とされていた。
「飛龍さん、蒼龍さん。敵は裏切り者ですが、艦娘の傷の使用上、戦闘に入って5分は致命的な攻撃を受けたとしても、轟沈する事はありません。彼女ら艦隊を倒した後にどうしてこんなことをしたのか話してもらいましょう。わたし達が倒されたら、それを聞く事すらできなくなります。だから、今は艦載機を操る事に集中してください」
わたしはそう叫んだ。すると彼女たちも思うところがあったのか、艦載機の動きに力が戻り、敵艦娘を一人戦闘不能に追い込んだ。しかし、その時には敵艦娘はわたし達の距離50まで迫り、わたし達の優位性は失われた。
「実質4対5ですか……」
わたしがそう言うと、司令官が艦隊に指示を出す。
「敵が最も嫌がるのは戦闘を長引かされ、空母を用いて現在の状況を前線の味方に知らされることだ。飛龍、蒼龍は前線に向かってありったけの艦載機を飛ばしてくれ」
飛龍、蒼龍はその言葉に従い、艦載機を前線に向かって発進させた。どうせ接近戦では役に立たないのだから、連絡用に使ってしまえと言うやけくそな戦法であったが、それに気を取られた隙をわたし達は見逃さない。わたしと満潮、阿武隈の砲撃が敵艦を貫き、2隻大破に持ち込んだ。
が、その代償に、飛龍蒼龍榛名に向かって敵艦の砲弾が突き刺さり、彼女らは中破し、彼女らが飛ばした艦載機は力なく墜落し、前線に状況を知らせるという目的は達成されなくなってしまった。
その時である。阿武隈の足元が爆発し、彼女の悲鳴があたりに響き渡った。わたしと満潮は中破した榛名と蒼龍の後ろに咄嗟に隠れる事で、彼女たちの大破と引き換えにその魔の手から逃れる事が出来た。
「魚雷!?」
「見たいですね。深海棲艦相手には深海領域の関係上、相手に届くのは数発ですが、艦娘同士の戦いではそんな制約はありません。が、この局面でわたし達に気づかせたのは悪手でしたね」
そう言いながらわたしは榛名の後ろから右に出て、敵に向かってありったけの魚雷を撃ちこんだ。無論、発射した場所が丸見えな魚雷など当たる筈もなく、最後の抵抗だろうと、敵はそれをあざ笑いながら躱す、最後の抵抗だとでも思われたのだろう。しかし、それゆえに、後ろから繰り出される満潮の魚雷に気づかなかった。
その魚雷により、敵艦は壊滅した。と思われたが、運よく1隻魚雷から難を逃れていたようだった。しかし、満潮とわたしに挟まれたその艦は袋の鼠である。満潮は彼女に狙いを定め、砲撃を繰り出す。が、当たらない。やはり優しい彼女にはまだ艦娘同士で砲を交えると言う事に抵抗があるのだろう。そう思いながら、わたしは砲撃を避けてバランスを崩した敵艦に向けて砲撃を浴びせる。
しかし、当たらない。その瞬間、見えない筈の彼女の口元が歪んでいるように見えた。それは幻覚ではなかった。見えない筈の彼女の姿がはっきりと見え、それに呆気に取られている満潮が彼女の方の餌食になった。
「まさか、夕立も異常(オリジナル)を使わされるとは思っていなかったから、褒めてあげるっぽい」
金髪でまるで犬を思わせるように跳ねた髪で、黒を基調とした制服を身にまとっている彼女は、白露型4番艦、夕立型の艦娘である。最悪の状況だった。いや、考えないようにしていた。グラーフを手引きした内通者が彼女と同様に異常(オリジナル)を使用できる。そう言った万が一の可能性をわたしは知らず知らずのうちに排除していたのである。
「どうしてですか?」
「ぽい?」
話が通じるようなので、時間稼ぎなども考えて彼女に尋ねてみる事にした。今のところ、回避能力が高いという以外は何も分かっておらず、このまま戦闘になれば間違いなくやられる、今は情報を集めなければならない。敵としても、空母をつぶしこちらの状況を前線に伝えられない以上目的は達せられたと思っているのだろう、後は無抵抗の友軍を一つずつ撃破していけばいい、そんな心の余裕が、敵からは見て取れた。
「どうして、泊地のみんなを裏切るようなことをしたんですか? ここが突破されれば、前線は崩壊し、泊地の多くの人間が犠牲になる。わたし達は艦娘です。人を犠牲にして深海棲艦の側につくなんてそんな行動信じられません」
「朝潮ちゃん、勘違いしているっぽい。夕立は別に深海棲艦を助けるためにこんなことをしている訳ではないっぽい。この深海棲艦たちはグラーフの駒で、人間たちに危害は加えないっぽい。ただ、状況を混乱させてあの性悪女、綾瀬イブを捕まえて監禁する。それが夕立たちの目的っぽい」
と言う、信じられない事を話してきた。
「この深海棲艦は人間に危害を加えない?」
「信じるか信じないかは自由っぽい。でも、私達やわたし達の提督さんが深海棲艦に魂を売ったと思われるのは心外っぽい」
「どうして、綾瀬大将をそんなにも狙うんですか?」
「綾瀬イブ、奴は艦娘を捕まえて非合法な人体実験を行ったり、違法な手段で艦娘になりそうな人間や異常を手に入れた艦娘を拉致したり、そう言った悪の権化みたいな事をしているっぽい。単港湾にいた私のライバル兼お姉ちゃんだった白露もあいつのせいで大変な、目にあった。許せないっぽい」
その言葉を否定することはわたしは出来なかった。わたしも数時間前に彼女に拉致されそうになったので、非常にタイムリーな話である。
「しかし、もしそれが本当ならば、証拠を集めて彼女を軍法会議にかければいいじゃないですか。こんなやり方は認められません」
「そんな事を私が考えなかったとでも思うの!!?」
彼女は激高した。
「非合法で許されない実験。でも、それによって得られた成果は艦娘の機能を大きく向上させた。その成果をもとに、彼女の行いを上層部は黙殺した。この国の腐りきった軍部では奴を法廷に立たせる事すら出来ないっぽい。逆にそうしようとした私達の仲間は奴の毒牙にかかり廃人になって発見された!! もはや、奴の暴走を止めるには、こうするしかないっぽい」
故に、隙が生まれた。司令官はまだ中破していた阿武隈に大破したふりをさせて飛龍の近くに隠しておいたのだ。司令官は彼女の砲を操り、後ろから彼女に向かって砲撃をくらわせた。その衝撃に、夕立は苦悶の表情を浮かべる。わたしはそんな彼女に向かって砲塔を向けた。
「相手の非道に向けて、自分も非道で返す。そうした時点で貴女も綾瀬提督と同じ穴の狢です。昔の文豪ゲーテも言いました。この世に悪の栄えたためしはない。貴女の負けです」
「知った風な口を利くなっぽい!!」
そう言って、彼女はわたしに向かって砲を向ける。そして、その引き金を聞く瞬間をわたしは認識し、砲塔をほんの少しずらした。と同時に、夕立が回避行動をとる。そして、夕立の砲撃と時間にして刹那にも満たない時間だけ遅く砲撃を発射した。
ガギインと言う鈍い音と共に私の弾は夕立の弾を弾き、跳弾させ、ちょうど夕立が避けた位置にまるで吸い込まれるように曲がり、彼女に直撃した。
「こんな……」
夕立は大破し、敵艦隊を完全に無力化させたわたしは、ほっと胸をなでおろし、他の艦娘の艤装をロックして動けなくした後、司令官の指示を待った。わたしの中でむなしさだけが込み上げてきた。