襲撃者を憲兵に引き渡した後、わたし達は第1鎮守府にたどり着いた。そこには霞が待っており、わたし達は中に案内された。その途中で、荒潮は中で待っていた別の艦娘に呼ばれ、別室に通される。その際に、彼女から艦隊を解除された。
「ごめんね、朝潮姉さん。熊本大将からの指示で、私を通して司令官とお話ししたいと指名が来ているの。朝潮姉さんは霞ちゃんに話をしてあげてね」
「それは当然の事です。わたしと熊本大将は相性が悪いみたいで、このままあの人の前に立つと、おそらく気絶してしまうので、そこら辺をどうしようか悩んでいたのですが、余計な手間が省けました。しかし、大丈夫ですか? 熊本大将は自身とつながっている艦娘以外に悪影響を与えるようですが?」
「司令官とつながっている艦娘の数を減らすことで、あのクズ(熊本大将)の力から逃れる事が出来るわ。大体3隻以内なら、その影響力はないはずだけれども、今回は朝潮姉さんとそちらの司令官から個別に話を聞きたいという意味合いもあるから、繋がって話を聞いても、口裏を合わせられるから意味がないでしょう?」
わたしの疑問に、霞が答えてくれた。2週間ほど前にわたしを案内してくれた霞と同じである。何か、わたしに対して警戒心を持っているようであり、先ほどまで口数が少なかったが、何か気に障る事でもしてしまったのだろうか。
そんな事を考えながら進んでいると、鎮守府の最南端の部屋に通された。部屋を開けると、綾瀬提督が座っており、私の姿を見るなり、やあ! と手を上げながら手招きしてきた。嵌められた。今のこの状態では、彼女の間の手から逃れることは出来ない。しかも、背後には泊地最強の駆逐艦が守っている。
「大丈夫よ。綾瀬大将が姉さんに危害を加えようとしたら、私がその馬鹿に主砲をくらわせてあげるから、今は席につきなさいな」
「馬鹿なんてひどいなぁ、いつも通りイブちゃんって呼んでくれてもいいんだよ」
綾瀬大将のその発言に、霞は赤面しながら、あうあうと何か言いたげに口を動かしている。どうやら、彼女にわたしを引き渡そうとする雰囲気ではないらしい。無論、仮にそうではなかったとして、ここでは逃げ切れるはずもないので、彼女の言う通り、部屋に用意された席に座った。
「霞は綾瀬大将と、わたしが想像していたよりも仲良しなんですね。少し意外でした。熊本大将と綾瀬大将は仲が悪いと聞いていたので、霞も大将と険悪なのかと思っていましたが、意外でした」
それを聞いて、大将は目の前に用意した緑茶をすすりながら、口を開いた。
「大将同士仲が悪いというのは語弊があるね。熊手は現場の人間で、私は見ての通り研究所の人間だ。私は理論を学び、彼は経験から学ぶ。言うなれば、ものの考え方の道筋が真逆なんだよ。良い悪いではなくね」
「一般的にそれは仲が悪いとか馬が合わないとか、そんな感じで形容される事で、わたしの言葉を否定するものではないと思いますが?」
「いや、手厳しいな。そうだ、今からキミにいろいろと聞く事があるんだが、その前に前提条件として聞いておかなければならない事がある。キミは佐倉大将の元から、この呉に来たわけだ。本当は佐倉大将から見出された才能ある朝潮ちゃんで、本当はここに来る前から、異常艦娘の事を知っていたんじゃないのかい?」
その瞬間、綾瀬大将の瞳が氷のように冷たく輝き、その視線がわたしの瞳に突き刺さった。全く身に覚えがないので冷静でいられるが、彼女のその浄瑠璃色の瞳は見る者に噓をつけなくさせる、なぜだかわからないがそんな印象を抱かせた。
「いえ、佐倉大将からそんな事は聞いた事もありません。わたしを妹のように可愛がってくれていましたが、特別な訓練等は何も……」
その言葉を聞いて、綾瀬大将は頭を抱えた。
「そうか、霞ちゃんと熊手の言う通りだったか……なんというか、まあいいや。まずは、話を終わらせてしまおう」
それを合図に霞は綾瀬大将の隣に座り、手元に質問をする内容が書かれた資料を読みながら、わたしに質問をしてきた。内容は、グラーフの襲撃から現在に至るまでの話で、それに対しわたしが答え、大将がメモを取るという時間が1時間ほど続いた。
「質問は以上よ。お疲れ様、それじゃあ、先ほどの話に戻るけれどなんでイブちゃんはいきなり頭を抱えたの? 私が言うように、朝潮姉さんはあの日初めて異常を発現した艦娘で、佐倉大将の回し者じゃないと言ったじゃない」
「そうです。わたしはここに来る前は碌に艤装も付けたことのない素人同然でした」
その言葉を聞いて大将は頭を掻きながら、何かを考えているようだった。そして、数秒位した後に若干不機嫌になりながら口を開いた。
「それが問題だと言っているんだよ」
「どういう事ですか?」
「こんな事は言いたくはないし、キミは悪くはない。しかし、今回の呉襲撃事件と、ここに来る前にキミの提督が狙われた事件は、朝潮ちゃん、キミが原因だ」
それはわたしにとって受け入れがたい言葉であった。霞はその言葉に激怒する。そして、敵は大将を狙った訳で、原因は視察からすぐ帰る筈が2週間も滞在して、その後わたしに接触した大将自身だと霞は糾弾した。しかし、大将は止まらない。
「なるほど、一理ある。しかし、悪いかどうかと原因がそれであるというのは全くの別物なんだよ」
そう言って、彼女は話をつづけた。視察で予定にはない演習を見せられ、そこである艦娘(わたし)の異常が発覚した。なんでもその艦娘(わたし)は着任するはずだった鎮守府に、その鎮守府の提督が偶然朝潮の体つきを引き当てた結果、着任できず、以降2年間ほど佐倉大将の下で世話になった。
「という事だが、間違いないかい?」
「ええ、間違いないです」
「いくつもの偶然が重なって、今の状態になったと考えるよりも、異常艦娘を見つけた佐倉大将が、別の鎮守府からキミを引き抜いて、自ら鍛え上げた。そして、信頼できる提督にキミを任せた。さらに、私が視察に来たので、その以上の実践データをとらせるために私の前で異常を発動させた。……こう考えるのが自然じゃないかな」
わたしは閉口した。しかし、事実であるので仕方ないと反論した。が、そんなわたしを一瞥した後に彼女は話をつづける。
「そして、キミの戦闘データとか諸々が本当に全くなかったので、データが改ざんされていると思い、これは佐倉大将から私への挑戦だと受け取り、14日間ほとんど寝ずに君に対して情報が改ざんされた痕跡から真実にたどり着こうと必死になったよ。まあ、最初からそんなものはなかったんだけれどね」
大将は自嘲気味にそう話すが、目が死んでいる。隣にいる霞の苦笑いを浮かべている。
「それで、この泊地にたまたまいたグラーフの内通者が敵に綾瀬大将が呉に長期滞在して佐倉大将の秘蔵の異常艦娘と接触を図るらしいという事実とは異なる情報が流れ、それが呉襲撃事件につながったと……。話の流れ的ににわかに信じがたいわね」
霞はそう言って頭を抱える。綾瀬の言葉は止まらない、
「その後、グラーフを退け、戦線を崩壊させるべく敵が遣わした異常艦娘の夕立を退けたことで、謎の異常艦娘朝潮は敵にとって熊手並みの脅威だと思われている。分からないと言うのは恐ろしいことだ、特に情報を探っても何も出てこない相手と言うのはね」
その謎の異常艦娘朝潮と言うのは君の事だ。と、付け足した。無論、これは綾瀬大将の妄想ではなく、第15鎮守府の提督やその艦娘たちを尋問して得られた事実である。とわたしにとっては聞きたくもない事実も突きつけられた。
「それで、第1鎮守府にわたしと提督が行く情報を流して、襲撃してくる艦娘嵌めるために荒潮に影武者をやらせたと、そう言う事ですか? しかし、なんで敵は司令官を人質にすれば裏切り者の第15鎮守府司令官を開放すると思ったのでしょうか」
「佐倉大将が秘蔵っ子のキミをただの鎮守府に送るわけがないだろう。異常と言うのは艦娘だけに発現するものではない。私のように提督が艦娘とつながる時にその異常を発現する異常提督と呼ばれるその可能性が高い。そう敵は考えていて、異常提督と異常艦娘の両方を無力化できればそれでよし、提督に生命の危機を与えてその異常を確認できればそれでよしと思って、グラーフが焚きつけたのが今回の襲撃だろう」
「なるほど、司令官にそんな力があったんですね」
「そんな訳ないだろう。キミが騙されてどうする。しかし、敵はそうは思っていない様で、これからもキミやキミの司令官を襲撃するためにあらゆる手を使ってくる。もし、敵の狙いがキミと私だけならば、私達だけが呉を去ればいいだけなのだが、キミの司令官も狙われているとなれば、そういう訳にもいかなかった」
どうやら、わたしの運の悪さはわたしが気付かないだけで、進行していたらしい。それに敵も惑わされ、わたしの戦闘力を過大評価しているので、これからもグラーフたちの追撃と言ったものは止むことはないだろう。それに対する大本営の方針は無視を決め込むことである。と、佐倉大将は続けた。
「そんなのおかしいわよ。敵が第4鎮守府を狙っているのならば、それに対して何らかしらの対策を練るべきよ」
「私もそう思うのだけれどね。ただ、今は敵の戦力も規模も分からない状態であることも確かだ。正直、朝潮ちゃんの異常は他の危険な異常を持つ艦娘からすれば弱い力であり、彼女を犠牲にして敵の戦力の一端を知る事が出来れば御の字と言うのが、大本営の方針だ」
そう言って、彼女は帽子を深くかぶった。彼女は大将であるが、大本営のトップである西山元帥の決定を覆すだけの力はない。それを口惜しく思っているのだろうか、彼女の口元に力が入っており、霞はうなだれている。
「大丈夫です。大本営が敵の力の情報を知りたいならば囮としての役割を果たしてやりましょう。その上で、わたし達は必ず生還してみせます。中世の文豪、ゲーテは言いました。窮鼠猫を噛むと、このわたしを追い詰めたすべてに、このわたしを追い詰めるといかに面倒くさいか教えてやりますよ」
わたしはえっへんと胸を張った。その様子を聞いて、二人は吹き出した。現状を悲観することも、運命を呪う事もない。まだ、わたしの朝潮としての戦いは始まったばかりなのだから。