やがて僕は荒潮に呑まれる   作:ANMC

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わたしの席

 その後、綾瀬大将からこの泊地を離れる事を告げられた。敵の狙いを分散する事と、行方不明になっている下村元帥を探し、大本営の方針を撤回してもらうためであるが、今までどうやっても見つからなかった人物がすぐに見つかるとは思えないので、期待しないでくれと言いながら彼女は部屋を後にした。

 

 わたし達は彼女に向かって敬礼した後、熊本大将の方で話し合いをしている荒潮が戻るまで、霞と話をすることにした。

 

「ふう、てっきり無理やりにでも連れていかれるかと思いましたが、どうやら杞憂だったようですね。安心しました。しかし、面倒な事になりました。正体不明の敵を倒してハッピーエンドのはずが、戦うたびにどんどん敵が増えていくのは、全く運がないです」

 

「グラーフ達の事は気にしないでいいわ。綾瀬大将がここを離れると言うのならば、敵も彼女を追ってここを離れるはず。だから、あなたはtype-γとの戦いに備えておきなさい。最も、あなたにその意思があればだけれども」

 

 霞がそう言い放った時に、わたしの心臓が締め付けられた。第4鎮守府に着任した初日に荒潮の口から告げられたわたしが鎮守府に呼ばれた理由、彼女の悪戯好きな性格から、日を重ねるごとにこれも質の悪い冗談だと信じたかった言葉が、彼女の口から告げられた。

 

 わたしのその気持ちを察したのか、彼女は一瞬嗚咽を漏らした後、再び口を開いた。

 

「荒潮姉さんからはどこまで聞いているの?」

 

「もともといた朝潮が艤装を残して深海棲艦type-γに襲われて沈んだこと、その時に司令官の魂の一部が一緒に沈んだこと、そして、沈んだ司令官の魂を救うには私の協力が必要だと」

 

「なるほど……」

 

 霞は嘆息した。そして、その時にわたしは聞いてしまった。司令官の魂を救う際に、一緒に引っ付いて来るであろう元居た朝潮の人格が艤装を通じてわたしの人格に上書きされると言う仮説を……霞は首を縦に振った。

 

「type-γから魂を救出するという例は少ないけれど、そのすべての例で元居た艦娘の人格が救出した艦娘の人格に置き換わっていることが確認されているわ。その時の衝突で救い出すはずの司令官の魂が霧散しないように、言うなれば司令官に紐づいている人格の方にスムーズに交代するように同型艦を使うことが推奨されている」

 

「そのことを、荒潮は分かって、わたしに言ってきたの?」

 

「いいえ、彼女にはあえて伏せてあるわ。と言うより、聞かれない限り教えない決まり。ただ、あなたのように、その事に疑問をもって聞いてきた場合にのみ、その事実を公開する。そう言った疑問を持ったまま戦って勝てる相手ではないからね」

 

 綾瀬大将がわたしの置かれている状況を生贄の山羊と評したが、それを理解した。そのままわたしがうなだれていると、霞の口角が若干上がり、話をつづけた。

 

「怖い? でも、大丈夫今回あなたはそんな事にはならないわ」

 

「霞?」

 

 わたしは彼女の言葉を遮った。

 

「うん?」

 

「それはダメです」

 

 それを聞いた時に、霞は信じられないものを見るような目をこちらに向けて来た。

 

「裏切った第15鎮守府に所属していた朝潮をわたしの代わりに使う。そういう意味なら駄目です」

 

「どうして……」

 

「おそらく、第15鎮守府の提督の減刑を餌に朝潮に私の代わりをさせる、そう言った魂胆であることは見抜いています。それはよくない事です。守るつもりのない約束に他人に命を懸けさせるのは、邪悪と言ってもいいです」

 

 わたしの守るつもりのない約束と言う言葉に霞は眉をひそめた。

 

「type-γはこの泊地周辺を7日後に通る事が確認されているわ。首を縦に振りなさい。そうしないとあなたは残り7日後には成功するにせよ失敗するにせよこの世界からいなくなるのよ。それでもいいの?」

 

 わたしは首を横に振った。

 

 

 

 霞の勝手にしなさいと言う怒号と共に部屋を追い出されたわたしは、そのあたりをうろうろしていると、荒潮が迎えに来たのでそのまま第1鎮守府を後にした。わたしが帰りの車の中で窓の外を眺めながらうなだれていると、荒潮が声をかけて来た。

 

「朝潮ちゃん。前の深海棲艦の侵攻の時に出来た大量の死骸につられて、前の朝潮ちゃんを食べた深海棲艦が7日後にこの泊地の近くを通る事が熊本大将から伝えられたわ。当初の予想よりはだいぶ早いのだけれど、今回を逃すと次の接近時には司令官の魂は敵に吸収されてもう戻らない。

 だから、今日の夜そのことについて話し合いたいと思うの。二〇〇〇に3-5の教室に来て。そこで具体的にどうやって司令官を救い出すのか、その方法を教えるわ」

 

「なるほど、作戦ですか。それは必要な事です。中世の文豪ゲーテは言いました。……何を言おうとしていたんでしたっけ?」

 

「朝潮姉さん大丈夫?」

 

「大丈夫です。ちょっと色々なことがありすぎて、少し疲れただけです。横にならせてもらいます」

 

 そう言ってわたしはふて寝を決め込んだ。霞の甘言に乗ってしまえばわたしの命があと7日しかないと言う事実に対して悩むこともなかっただろう。そんな選ぶはずのなかった選択肢を選ばなかったことに対して後悔するなんてわたしらしくないと自嘲した。

 

 

 

 そして、それから20時までわたしは何をしていたのか覚えていない。大潮や心的外傷を受けているはずの満潮にも今日の私はどこかおかしいと言われる始末である。

 

 それは覚悟を揺らされてしまったからだとわたしは考えている。司令官を助け、ついでに沈んだ朝潮の魂も救う、そのために今まで生きて来たと考える事によって、恐怖を克服できていた。それによって今まで存在しなかったわたしの席がそこにあった。

 

 しかし、その席を他人に譲る事で、自分の命を守ると言う選択肢が突如としてできてしまった。その事が、わたしの心を動揺させていたのだろう。馬鹿馬鹿しい。これは初めて手に入れたわたしの席だ。他人に譲ってなるものか。

 

そのまま、約束の時間に3-5の教室を訪れると、中には司令官と、何やら機械につながれた大きな箱が部屋の隅に置かれていた。

 

「あれ? 司令官……荒潮は」

 

 そんな風に司令官の前まで歩を進めながら何の気なしに大きな箱の方をちらりと見ると、上面がガラス張りになっており、そこにはえらく痩せた男が横たわっていた。そしてその顔は……司令官だった。

 

「えっ!?」

 

 わたしは驚愕の表情を浮かべ、目の前に座っている司令官の方を向く、するとその姿は雲散霧消し、司令官のダボダボの軍服を着た荒潮が姿を現した。

 

「朝潮姉さん。私がこの鎮守府の臨時司令官の荒潮よ」

 

 わたしは何が何だか分からなくなっていた。

 

 

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