やがて僕は荒潮に呑まれる   作:ANMC

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初めまして司令官

わたしは混乱した頭を必死に整理する。確かにこの鎮守府に来てから今まで荒潮と司令官が同時に存在したことは今までなかった。しかし、何のために、司令官を昏倒させてまで彼女が司令官を演じる必要がどこにあるのだろうか

 

「荒潮も異常艦娘だったという訳ですか?」

 

 わたしのその言葉を聞き、荒潮は一枚のカードを取りだした。それには荒潮レベル1と書かれた艦娘カードである。彼女はそれに口づけをすると彼女の姿が変わり、全く改装されていない荒潮の姿に変化した。

 

「いいえ、こんな風に私達艦娘は接続してある艤装に応じてその姿を変えるわ。第2改装で形が大きく変化したり、あるいは季節のエネルギーによってね。だから、そこに別の存在の制御されていない魂が入っているのだとすれば、チャンネルを切り替える事によって艤装に入っている存在に姿を誤認させることができるの」

 

 彼女はそう言ってもう一枚の艦娘カードを取りだした、そこには荒潮改二レベル125と記載されておりそれを取りだした瞬間彼女の姿は元の荒潮に戻った。なるほど、異常ではなく艦娘特有の力、佐倉大将の下に世話になっていたころ、たまに季節の行事に浮かれているようなおおよそ戦闘には適さない恰好をした艦娘がその状態のまま出撃していたのを見たことがある。

 

「しかし、何のために」

 

「それはね。朝潮姉さんが私の期待通りに司令官を救うに足る実力を持った艦娘だと今までの状況から判断させてもらったからよ」

 

 わたしが怪訝な顔を浮かべていると荒潮は横たわっている司令官の顔を一瞥した後話をつづけた。

 

「私が司令官の姿をしていた理由は、司令官が健在であると鎮守府の仲間および外部に誤認させること。司令官は元居た朝潮姉さんと共に魂の6分の1が食べられたことは前に話したわよね」

 

「ええ」

 

「大抵のケースでは精神エネルギーが弱まる、もしくは末端器官に軽い痺れを生じる程度で済むのだけれど、司令官は中枢系を奪われてしまったの。それによって心肺が停止し、生命維持装置なしでは生きられない体になってしまった。そして、行き場を失った精神が私の艤装の中に留まった」

 

 荒潮はそう言いながら棺の方に歩き、司令官の顔を覗き込んだ。

 

「こうして、私は司令官の魂を艤装に内包することによって、司令官の力を一時的に借り受ける事になったの。もちろん、このままに司令官を死なせはしない。私はどんな事をしてでも司令官を救い出し、また彼の眼差しを取り戻す。

 でも、大将の霞ちゃんから聞いたのだけれど、深海棲艦から司令官の魂を取り戻す方法は本来司令官の意識がある時にしか試すことを許されない。だから私は司令官の魂を使って彼がまるで健在かのように振舞う事にした。朝潮姉さんが知りたがっていた何のためにかの答えよ」

 

 わたしは納得した。彼女が司令官を救おうとしている事が暴かれてしまうと彼女のみならず、おそらくこの事を助言した熊本大将の立場も危うくなる。故に、彼女はずっと味方を欺き続けたのである。

 さらに、その事は先日の深海棲艦大量侵攻の際になぜわたし達第4鎮守府の艦娘が裏切り者の艦隊と対峙すると言う重要な役目を任されたのかという事に対しても合点がいった。荒潮が裏切れば、熊本大将は第4鎮守府の司令官が健在でない事を報告でき、彼女の望みは永遠に敵わないと言う弱みを握っていた。裏切らない確証があったからである。

 

「という事は、朝に第15鎮守府の残党が襲撃してきたときも」

 

「ええ、彼女達には私が司令官に見えていて、彼女達の目には、さっきの朝潮姉さんみたいに司令官が突如として私に変わったように見えていたでしょうね。フフフ」

 

「なるほど、分かりました」

 

「さて、話はこのくらいにして、深海棲艦type-γを倒すための秘策を教えようと思うけれど、最後に一つだけ聞くわ。朝潮姉さん、司令官を取り戻すのに一緒に協力してくれる?」

 

「その前に一ついいですか?」

 

「何? そうね。敵は未知の危険な相手、それを非合法なやり方で倒そうと思っているのだから、大将からの支援は期待できないわ。でも、朝潮姉さんと私ならきっとできる」

 

「司令官を助け出すという事は、それに付随する前の朝潮の魂も同時に救い出すという事でもあり、その朝潮の魂によってわたしが消え去ってしまうという事を理解していますか?」

 

「はっ?」

 

 荒潮は寝耳に水と言った表情を浮かべ、ガタガタと震えだし、その後目を閉じて何度も首を振った。

 

「そんな、霞ちゃんは一度もそんな事……朝潮姉さん。嘘よ、そんな事ある訳ないわ」

 

「ええ、霞もその考えに至った人だけに伝えていたみたいです。基本的に魂のサルベージには製造されて日が立っていない艦娘素体を使うはずですし、その艦娘に前後の記憶がなかったり、元の艦娘の沈む前の記憶が現れたりしても、大抵は元の人格が消えていると分からないでしょう。でも、調べてみるとそうなっているらしいです」

 

「違う。違うの……私はなんて残酷なことを……」

 

 荒潮の反応から、本当に彼女がそのことを考えついていなかった事がうかがえる。故意に真実を伝えずに私に生贄の山羊の役を押し付けようとしたのであれば、少し悪態をついてやろうと思っていたが、そんな気迫もなくなっていた。

 

「かつてのドイツの文豪ゲーテは言いました。知らぬが仏。本来は上書きされた人格と元の人格にそれほど差異がある訳ではないので、あまり問題にならなかったから、伝えない事にしたんでしょうね。

 しかし、不幸なことにわたしは異常艦娘で、人格が普通の朝潮と変わったらすぐに分かってしまいます。と思って、一応聞いておいてよかったです」

 

「そんな、何か方法が……」

 

「霞も、なぜかわたしを生き残らせたいらしく、裏切った第15鎮守府の朝潮をその司令官の生死を交渉材料にして、わたしの代わりに行かせて司令官の魂を救う方法が提案されました。とか言う事は、伝わっていないのですか?」

 

 わたしがそう言うと、荒潮は少し顔を明るくした後、目の焦点がずれたまま、

 

「そうね。……そうしましょう。第15鎮守府の司令官は悪いことをしたんだもの、朝潮姉さんがこんな残酷な目に合う必要はない……うん。仕方のない事なの」

 

「荒潮、霞の提案は却下しました」

 

 瞬間、荒潮は爆発した。

 

「どうして!! あいつらは私達、いや、泊地全体を危険にさらしたのよ。司令官は処刑され、艦娘たちは記憶を抹消されて野に下る。いわば、死体の有効活用じゃない!! 何がいけないの」

 

「荒潮、失望させないでください。あなたがさせようとしている事は、私達がやろうとしていることで、その結果はわたし達を踏みにじるのと同じことなのよ」

 

 荒潮はハッとした。そう、朝潮は司令官の生死のためなら喜んでわたしの代わりにtype-γに戦いを挑むだろう。それは、司令官のためなら何でもすると言った荒潮と何が違うのだろうか。そして、彼女が成功しようが失敗しようが第15鎮守府の司令官が処刑を免れることはないだろう。つまり、彼女の思いを踏みにじり、わたしの命を救おうとしているのである。

 

「さて、もう一度聞きます。あなたはわたしに司令官のために死ねと命令出来ますか?」

 

 荒潮は答えない。ただ、後ろを向いてとわたしに呟いた。

 

 わたしが後ろを向くと、後ろからすすり泣くような音が聞こえた。必死に頭の中であらゆるものを天秤にかけているのだろう。そして、理解していた。15鎮守府の朝潮を使うという非道な選択を除外した場合、残る選択は2つである。そうなった場合、天秤は司令官に傾く。

 

「ありがとう。朝潮姉さん。命令します、朝潮姉さん、私の司令官のために死んでください」

 

「ええ。分かりました」

 

 わたし達はようやくスタートラインに立った。

 

 

 

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