やがて僕は荒潮に呑まれる   作:ANMC

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わたしは解放する

夜の潮風がわたしの頬を撫でる。荒潮からtype-γと戦うための秘策を聞いたわたしは今第一鎮守府の演習用の海域、わたしの異常が始まった因縁の海域に来ていた。目の前にはこの泊地最強の熊本大将の霞が腕を組みながらこちらを見つめていた。

 

 Type-γの出現する具体的な場所はわたし達にはまだ知らされてはおらず、わたしがそれと戦えると判断した場合にのみ、その位置を知らせるという事になっており、いわばこれは最終試験である。が、

 

「よく来たわね。今日は姉さんの思いあがった心をベキベキに折って、しばらく艤装を使えないようにしてあげるわ。感謝する事ね。15鎮守府の朝潮に姉さんの代わりをやらせる為にはもう時間がないの」

 

 彼女は最終試験と称して精神を折ってでも救うという事に腐心している。彼女にとってわたし達の覚悟や思いなどと言ったものは、届かなかったらしい。しかし、それでも構わない。

 

「いいえ。それは叶いません。わたしは霞を倒してでもtype-γを倒し、わたし以外のすべてを救う。それを邪魔はさせません。かつての文豪ゲーテは言いました。百聞は一見に如かず。それをこの戦いで証明してみます。行くよ、荒潮。解放(リベレート)」

 

 それを合図にしてわたしの体の中に強力なエネルギーが流れ込んできた。通常の艦隊運用の際にデフォルトでは司令官は艦娘と共有する感覚は視覚と触覚の一部のみである。通常艦隊を運用するためにはそれで十分である。

 

あまりにも感覚を共有しすぎると、例えば砲撃を受けた際に艦娘が故に耐えられる衝撃を共有して悪ければショック死、良くても衝撃で共有している回線が切れてしまうデメリットが存在する。

 

 しかし、通常の艦隊運用上必要ないと言うだけで、共有している感覚数に応じて、艦娘の性能はそれに比例して上がり、仮に全感覚を共有した場合の強さは通常の艦娘の5倍ほどに性能が跳ね上がる。そして、それは砲弾や魚雷の威力にも当てはまり通常の艤装で破壊不可能なtype-γの艤装にも通用することが確認されている。これが荒潮や霞が提案しているtype-γと戦う秘策である。

 

 この機能がなぜ、通常の艦隊運用上使えないのかと言うと、人間の精神構造の問題で、これは通常の艦隊運用とは異なり、艦娘の補助的な機能で砲撃の命中率や回避行動のサポートではなく、ほとんど艦娘の魂と同化してほとんど直接艤装をコントロールするので、基本的に1隻の艦娘に対してのみ効果を発揮するものであり、艦娘の強みである複数の艦隊運用が出来ず、その艦娘を動かせる距離も司令官が認識できる距離、一般には約5キロメートル以内にいないと距離に反比例してその恩恵が落ちると言われている。

 

 故に、この解放(リベレート)と呼ばれる機能は泊地に大群が押し寄せてかつ友軍がほとんど全滅状態の最後の抵抗に用いられることが想定されているいわば、最後のあがきである。

 

「解放(リベレート)は無事に出来たようね。一応約束だから、ここまで待っていたけれど、一切手加減はしないわよ」

 

 そう言って、霞の周りに衝撃波が巻き起こり、水面からほんのちょっと浮いている。解放によって体を覆っている反重力エネルギーが強力になった結果であり、解放状態になった艦娘の特徴ともいえる現象である。

 

「でも、おかしいですね。今、わたしには霞の姿がはっきり見えています。司令官同士の力が干渉して見えなくなるはずなのに」

 

 それを聞いて、霞はやれやれと首を振った後、

 

「司令官の力が艦隊の周りにではなく、艦娘そのものに影響している為よ。通常司令官は艦娘の艤装を構成するウロリウムとの感応現象を利用して通信しているのだけれど、解放状態の司令官は艤装と繋がっている艦娘とウロリウムを利用した物質のひずみを利用してほとんどリアルタイムで……全く、こういうのは私じゃなくてイブちゃんの役目でしょう」

 

 霞がわたしの質問に対して律儀に答えてくれているのには感謝したが、彼女の言っている事は1ミクロンも理解できなかったので、適当に聞き流した後にわたしは艤装を構えた。

 

「それじゃあ、始めましょうか」

 

「ええ」

 

 霞がそう言うと、わたしは艤装を全力で稼働し、その場から後退しながら魚雷を放った。それを迎撃するために主砲を使えば、そこを狙ってわたしは主砲を取りだし、異常を発動させてうまくやれば弾を跳弾させて直撃させる、それを躱されても魚雷が霞を襲うと言った戦略である。

 

 しかし、霞は主砲を取りださず、その場からも動かなかった。ただ、ニヤリと口角を

釣り上げたのである。彼女のその不敵な笑みを見た刹那、反射的に右に飛んだ。ほとんど慣性を無視して無理やりに進路を変えたためにゴロゴロと転がりながら海面に倒れこんだが、それが生死を分けた。

 

 ズバンと言うまるで漫画の効果音のような聞きなれない音と共に、わたしがいたはずの海面は両断されていた。もし、海底からその光景を見ていた者がいたとしたら、さながらモーセのエジプト出向のような神話上の光景が広がっていた事だろう。

 

 そして、神話に現実が叶う筈もなく、海水がなくなり行き場を失った魚雷はその場で爆発四散した。霞の方を見ると手刀を振り下ろし終わった体勢をしていたので、信じられない事だが、この非常識な現象は彼女の手刀によって引き起こされたと言う事実を否が応でも信じざるを得なかった。

 

 わたしは自分の甘さを呪った。いくら強いとは言っても、砲撃戦に持ち込む事が出来れば、少なくとも五分の勝負ができる。後はわたしの異常がうまく発動するかどうかと言うそれだけの戦いになるだろうと、

 

 前に阿武隈から聞いた事を不意に思い出していた。目の前の霞は1000万隻の深海棲艦を沈めた非常識なくらい強い艦娘である事を、そんな百戦錬磨の艦娘が他の攻撃方法が存在しておきながら、危険を冒してまで主砲を使用することは決してないと。

 

「これが霞の異常という訳ですか」

 

 と、わたしが戦慄していると、

 

「そうだ言い忘れていたわ。今回の戦い、ハンデとして私の異常は使わないでおいてあげるわ。どう? これで勝ち目が出て来たでしょう」

 

 などと、さらっと爆弾発言が飛び出してきた。暗に今さっきの手刀は以上でもなんでもなく、ただ単に霞や熊本大将の個としての力の差が手刀にあのような非常識な力を与えていたのである。

 

「異常ではない……と」

 

「そう、ただの解放艦娘としての格の違い。ちょっと自慢話になるけれど5年ほど前に100万体の深海棲艦。それらに対して主砲を一発も使わずに殺しつくした技術、下村元帥は熊手の爪(ベアークロー)と呼んでいたわ」

 

 力の差を見せつけ、心を折り、言う事を聞かせる。このままわたしが諦めてくれれば、彼女の目的は達成される。彼女の言ったことがすべて真実とは限らないが、彼女の作った断層が2キロほどある第一鎮守府の乗っている岸辺まで続いていた事から、熊手の爪(ベアークロー)は深海棲艦の深海領域をやすやすと切り裂き、それに守られているそれらを無力化させるだろう。

 

「そうですね。手刀で海を引き裂く、どんな力でやればそんな事が出来るのか想像もできませんし、わたし達ではそれに対抗することは出来ないでしょう」

 

 わたしがそう呟くと、霞は腕を組み、満面の笑みを隠し切れないと言った表情を浮かべながら、

 

「ようやく、自分の愚かさが理解できたようね。私に手も足も出ないようじゃ、type-γに手も足も出ないわ。姉さんにはそもそも艤装を使ってからの経験が足りないの、だから今回は……」

 

「でも、それはわたしの居場所を諦める理由にはなりません」

 

 わたしは艤装を全開にして、霞の懐にもぐりこんだ。彼女は動揺しているようで、わたしの正気を疑うような言葉を吐き捨てながら手刀を撃ちこんできた。わたしはそれを振り下ろされる前に受け止め、その関節をねじりながらぶん投げた。

 

「私は正気です。艦娘同士の戦いで使うことはないと思っていましたが、朝潮示現流の力を見せてやりますよ」

 

「佐倉大将の所のビスマルクのゲルマ式格闘術……。まったく、あの女余計なことを」

 

 霞の熊手の爪(ベアークロー)は中遠距離戦では無類の強さを誇るが、手刀を止められる超近距離戦では必ずしも最強であるとは言えない。艦娘同士の戦いにおいて超近距離戦での戦いなどほとんど想定されておらず、経験の差を埋めると言う意味でも都合のいい距離と言える。

 

 そして、この超近距離とはわたしの距離、朝潮示現流の間合いである。

 

「朝潮示現流 崩山」

 

 投げられて体勢を立て直そうとする霞の肺、鳩尾に強打を撃ちこみ、体勢の崩れた瞬間に顎を揺らす蹴りを食らわし、彼女の意識を刈り取ろうとした。が、最後の一撃は左手でかばわれ、そのまま足を掴まれた後、左手で強引に水面に叩きつけられた。

 

 わたしは、水面を転がりながら離れた。刹那、海面を叩きつける『ザバンッ』と言った衝撃波と共に、10メートルくらいの水柱が上がる。おそらく、水面に叩きつけられた後、追撃で熊手の爪(ベアークロー)が放たれたのだろう。

 

「まずい事になったわね。どうする」

 

 と言う荒潮の声が脳内に響く。分があると踏んでの接近戦だったが、霞は予想以上にこの距離での戦いになれていて、かつ一撃必殺技以外にもそもそも力の上で圧倒的に敗北している。八方塞がりだった。しかし、わたしはいつも通りでいるつもりだ。

 

「いつも言っているでしょう。かつての文豪ゲーテは言いました。自分を信じるだけでいい。きっと生きる道が見えてくる」

 

「ええ、そうね」

 

 そして、水柱が下り、霞の姿が現れる。

 

「これで分かったでしょう。遠距離も近距離も、主砲も魚雷も私には通用しない。異常も私が主砲を撃たない事で封じられた。もう、姉さんに打つ手なんかないの。だから、あきらめて。諦めなさいよぉ!!」

 

 彼女の言う通り、打つ手はない。が、それでも絶望せずに、攻撃を諦めようとしないわたしに怒りを覚えているようである。

 

「いいえ。諦めません。霞、あなたには居場所はありますか?」

 

「何の話をしているの」

 

「わたしにはありませんでした。朝潮型の艦娘としてこの世に生を受け、それが本当につまらない事でなくなった。そして、この鎮守府に来てここはわたしに少しの間ですが居場所をくれたんです」

 

「それは、そいつらの司令官を救うためでしょ。勝手な都合のために利用されているだけ」

 

「そう、でも沈んだ朝潮はそんな事は分かりもしません。ただ、理不尽に自分の居場所を奪われただけ。司令官もそうです。わたしは彼女たちに居場所を返してあげたい」

 

 そして、わたしは彼女に主砲を向ける。策などない、結局私は艦娘で、最後に縋るのは自分自身の艤装だった。そのまま、わたしは全力を込めて主砲を放った。

 

 それを霞は避けなかった。

 

 

 

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