「こんなの納得できないです。霞、もう一度勝負よ」
件の一撃によって霞に大破判定が入り演習は終了したが、わたしには納得していなかった。が、霞はわたしの首根っこを掴み、
「姉さん、今回は勝ちを譲ってあげるわ。でも、納得がいかないならもう一度勝負しなさい。Type-γを倒して、あんたたちの司令官と沈んだ朝潮を救った後でね」
「いえ、それは……」
「出来ないっていうの? 私の考えとか全部踏みにじって、それでも行くんだもの、何とかしなさい。約束よ。違えるような事があったら許さないわよ」
そう言って、霞は去っていった。
今、現状無理難題であるが勇気がわいた。そう言えば、今まで私はどう死ぬかという事ばかりを考えて、自分の生還には無頓着だった気がする。例えば、朝潮を救った後、何とかして艤装を手放さなければ、何とか自分の意識を残せるのではないか、とそんな事を考えると少しだけ気が楽になった。
「ありがとう。霞」
わたしはそう呟き、第4鎮守府に戻る事にした。帰り際、霞が「またね。お姉ちゃん」とつぶやいた気がしたが、気のせいだろう。
後日、type-γの出現場所のデータが荒潮の下に届いた。出現場所は下関の北方15キロの地点で、中部海域のさらに奥、ここから先は大陸に続くシーレーン以外の調査が全く進んでおらず、どんな危険な海域が存在しているのか調査が進んでおらず、艦娘が沈んだ際の素体の緊急帰還領域の範囲外であり、ここで沈んだ素体は助からないとされている場所である。
故に、わたし達のような非正規の手段で司令官を取り戻そうとしている者にとってはこう言ったところで司令官を救うしかない。出撃する艦娘はわたしとわたしを後方から数キロから解放させるために荒潮。その他事情を知る戦艦4隻で構成された艦娘で第1艦隊、司令官救出艦隊が編成された。
そして、連日司令官を救出するための下関に資材や物資を搬入するための雑務にわたしも駆り出され、あっという間に決戦前夜となった。
最終日にわたしは風呂敷一つ分くらいの荷物をまとめ、佐倉大将、熊本大将の霞、そして、荒潮、ついでに第12鎮守府の陽炎に手紙を書き、備え付けてあった机の引き出しにしまっておいた。明日わたしがいなくなる。そんな実感はなかったが、死を前にしたときにそれを書に残すのが習わしらしいので、わたしもそれに倣った。
「朝潮姉さん、なんで荷物をまとめているの?」
わたしが部屋を片付け終わり、ひと段落しているといつの間にか満潮が部屋に入って来た。それでふと時計を見ると、一九〇〇を差していた。おそらく、食事の時間だから呼びに来たのだろう。
「ええ、満潮これは内緒なんですけれどね。元の朝潮が近日中に帰ってくるらしいみたいですよ。それで、わたしは入れ替わりでこの前助けた綾瀬大将がわたしのために席を用意してくれたみたいなんです。いわばこれは栄転と言うやつです」
と言う咄嗟に考えた嘘をついた。満潮はそれを聞いて、一瞬だけ喜んだが、すぐにその声色に影を落とした。
「その割には朝潮姉さん少しも嬉しそうじゃ無いじゃない」
「まあ、そうですね。現代の艦娘であるわたしは言いました。人は自分の席を得るために行動し、また守るために戦う。わたしに居場所を与えてくれたこの鎮守府から離れなければならないのは寂しいですが、永遠の別れと言う事もありません。縁があったらまた会いましょう」
などと言う台詞がポンと出てくる。嘘がうまくなったなと心の中で自嘲しながら答えた。
「……そうね。新しいところに行くのは怖いし、知らなかった事を知るようになるのは怖い。でも、それだけじゃ駄目なのよね。私も姉さんのように前に踏み出してみるわ。満潮と言う与えられた役割に甘んじるだけじゃなくて、もっといっぱい出撃したり演習したりして、朝潮姉さんや荒潮みたいにすごい艦娘になる。
こうして、他の泊地まで名がとどろくような艦娘になって私も綾瀬大将に認められるような艦娘になるの。見てなさい」
「その意気です。……でも、綾瀬大将に認められる艦娘は止めておいた方が良いです。誰かほかの大将に認められるようになった方が良いと思いますよ」
そんな時に、満潮の頭のお団子部分から小さい満潮のような生物が現れた。それは彼女の頭の上でシャドーボクシングのような動きをしている。疲れているのだろうか。
「どうしたの? なんか、私の頭を見つめて。まさか」
満潮はそう言うと自分の髪のお団子部分を触った。前にそこをフレンチクルーラーにすり替えられていたのがよほどトラウマになっていたのだろう。そして、そこに乗っていたナニカは弾かれて彼女の前髪当たりに捕まって落ちないようにピーピーと言う鳴き声を発している。
そのナニカには質量や感触はない様で、満潮にも視えていない様だった。わたしはなんとなく満潮の髪をよじ登ろうとしているナニカを摘まみ上げようとしたが、わたしの指はそれをすり抜けた。
「どうしたの? 私の髪の毛にごみでもついていた?」
「はい。取れました」
そう言ってわたしは彼女の髪から手を放す。どうやら、このナニカは満潮にしか触る事が出来ず、また、現状わたしにしか見えないのだろう。その後食堂に行くと、そのナニカ分からないモノが艦娘全員に憑いていた。
「それは妖精さんよ」
就寝前の最終打ち合わせが終わった後に荒潮にその事を尋ねると、彼女は良く分からないナニカの事を妖精と呼称した。そう言えば、以前に彼女に探し物を見つけてもらった際にそんな事を口走っていた気がする。
「妖精ですか?」
「そう、司令官が艦娘とつながる際に生み出される力場の幻影、それがどのような方向性に動いているかによってその艦娘の状態などを知る事が出来、それに指示を出すことによって、間接的に艦娘の行動を支配できるわ。例えば、その艦娘の髪の毛の一部をいつの間にかチェロスに変えたりね」
「……司令官の力を使って悪戯をしていたという事ですか?」
わたしが若干あきれたような口調でそう言うと、彼女は机を何回か指でポンポンと叩いた後、視線を逸らしながら口を開いた。
「最初の方に司令官の力の制御が上手くいかなくて少し暴走していた事があったの。阿武隈さんの髪の件はその時の妖精の暴走。その後コントロールが出来るようになったんだけれど、その時には私が悪戯好きと言うキャラクター性が広まっていて、朝潮姉さんが止めてくれなきゃ今でも悪戯を繰り返していたはずよ」
と彼女は遠い目をしながら答えた。彼女も彼女なりに苦労していたんだなと思ったが、わたしが聞きたいのはそう言う事ではなかった。
「話が脱線したわね。朝潮姉さんが聞きたいのはなぜ今になってその妖精が見えるようになったという事よね。その力場の方向性の化身である妖精は本来司令官にしか見る事が出来ないわ。司令官であっても大体半数の人間には見えておらず、そう言った人間は無意識のうちに妖精をコントロールしているらしいわ。
その妖精が見える見えない事の基準に力の強弱資質は関係なく、大将の中でも、綾瀬大将や函館の島崎大将なんかは見えない人らしいの。そして、艦娘がそれを見る事が得きる条件は私のように司令官の力を使って艦隊を運営するか、もしくは解放(リベレート)によって司令官の感覚をすべて共有する。そのどちらか」
最も、それが艦娘側から見えたところで、妖精に干渉できるわけではないから気にしなくていいわよと付け加えて説明された。もう少し質問をしたりしてもよかったが、わたしはそこらへんで話を切り上げ、眠る事にした。明日は早い、失敗するにしても成功するにしても明日はわたしにとって最後の日だ。ならば、成功させて終わらせよう。そう心に誓った。