下関から北西に抜けて日本海側に大体15キロほど向かった場所にある今では無人島になってしまった島にわたし達は臨時の鎮守府を敷設していた。臨時の鎮守府とは言っても簡素なテントと、カードにして移動させてきたドッグが2台と、わたしと荒潮の他には事情を知る元第一艦隊の北上と古鷹、龍驤、長門、解放によって無防備になる荒潮を守るために榛名、陸奥、伊勢がいるのみである。
ちなみに、臨時鎮守府とは、主にイベントと呼ばれる年に4回ほど行われる太平洋のハワイ周辺もしくは大西洋上のある地点、正確に言うならば空想上のムー大陸かアトランティスがあったとされる地域に不定期に表れる大海域を調査し、それを発生させているとされるボスを倒すために設置されるものであると、ここに来る前に荒潮が教えてくれた。
この島からさらに奥に3キロほど北西に向かった場所が今回深海棲艦type-γが出現するエリアで、荒潮はその1キロほど後方からわたしを解放させ、それを攻撃する手はずになっている。そんな事を思い出しながら艤装の手入れをしていると、荒潮がぴょこんと首を持たれかけながら。
「朝潮姉さん。これを忘れずに装備してね」
そう言って、荒潮はなにか袋のようなものを3つ渡してきた。
「なんですかこれ?」
「応急修理女神というモノよ。いくら解放艦娘が通常の艦娘よりもかなり防御能力が上がっていると言っても、相手は艦娘の力が通じない化け物、攻撃が直撃すれば一撃で轟沈させられるわ。でも、これを装備しておけば一撃だけその攻撃を耐えてくれるという事が分かっているわ」
「つまり、4発食らったらおしまいという事ですか……」
「一応私の艤装にも4つの応急修理女神を搭載しているけれど、私の装備している女神の効果が朝潮姉さんの艤装に効果があるかは分からないから、そう思ってくれてもいいわ」
そんな会話をしていると、他の艦娘も続々とわたしの周りに集まって来た。
「朝潮、君にはつらい役目を押し付ける形になってしまって、申し訳ないと思っている。しかし、君はわたし達の期待通りに、いや期待以上の艦娘に成長した。君ならば、きっと提督を助ける事が出来る。そう私は信じている」
そう言いながら、長門はわたしに手を差しだした。わたしはそれを握り、彼女は最初に握手をした時のように、岩でも砕くかのようなすさまじい力で握って来た。
「あほか!! 戦う前から怪我させてどないすんねん」
と、龍驤が彼女の頭を引っ叩かなければ、彼女の言う通り怪我をしていただろう。
「すまん。また力が入りすぎた」
「いえ、大丈夫です。中世の文豪ゲーテは言いました。痛みだ、痛みだけがわたしに生の実感を与えてくれる」
「そのゲーテっちゅう人、そんな事言っておらへんやろ。いや、知らんけど」
彼女達にはわたしが成功した場合、わたしの魂は沈んだ朝潮と入れ替わりで消えるという事は伏せてある。成功した後にうまい風に納得させるのは荒潮の役目であり少なくともわたしの領分ではない。
「さて、もう敵が出現するとされる時間まで5分を切りました。ありがとうございます。わたしはこの鎮守府に来られたことを誇りに思います」
そう言ってわたしはその島を後にした。これが人生で最後の言葉になる。
わたしが位置に着くと、荒潮からすさまじいエネルギーが届き、解放状態特有の水面からほんの少し浮いた状態に変化し、あたりを不自然な気流が巻き起こった。
その時、前方に小規模の竜巻が巻き起こり、佐倉大将に昔見せてもらった駆逐棲姫に似た深海棲艦が姿を現した。その時、おそらく荒潮の怒気の感情が伝わって来たので、わたしにもその深海棲艦がわたしの倒すべき敵type-γであり、わたしの人生の終着点である事を理解した。
わたしは艤装を稼働させ、主砲を構えながら近づくおおよその距離は500。それに気が付いたのか、それは砲をわたしに向けて来た。そして、それが主砲を発射する刹那、わたしの集中力は異常を発生させた。
「クルナ!! クルナ!! クルナぁ!!!」
それは恐怖の浮かべ、苦痛に顔を歪ませながらわたしの方を向き、後退していく。それがそれまでに撃った弾は全部で一〇発。そのすべてをことごとく跳弾させ、それに直撃させてやった。わたしの行っている行為が理解できれば出来るだけ、それがどんな異常事態が起こっているのかと言う恐怖に代わっているはずである。
「残念ながらそうはいきません。アナタからはわたしの仲間の大事なものを返してもらう必要があります。正直、恨みはありませんが、あきらめて下さい」
そんな無慈悲な言葉を口にした。距離はあと50、わたしは艤装をフル稼働させ、それに張り付き、ボロボロになった装甲に向かってゼロ距離から主砲をぶっ放した。
「荒潮との大切な約束、それを守り通す覚悟です」
そう言いながら露出した肉に腕を突っ込んだ瞬間、世界が暗転した。
「ここは……」
わたしが目を覚ますと、わたしは暗い何かの中に浮かんでいた。纏っていた衣服や艤装は何も身に着けておらず、荒潮とのつながりだけが、先ほどの光景が夢幻ではないという事を実感させてくれる。
そして、だんだんと体が下へ下へと落ちていく、そのまま数分たった頃だろうか、一人の少女が体育座りをしてすすり泣いているのが見えた。それが沈んだ朝潮であることを本能的に理解し、彼女に触れた。
すると、わたしを覆っていた何か、致命的に大事な何かが抜けた感覚に襲われた。それが何なのかはわたしには分からない。ただ、少なくとも荒潮や艤装とのつながりは今の一瞬で完全に断たれてしまった。
朝潮はわたしの代わりに力なく浮上していき、わたしはそのまま力なく沈んでいく。これは覚悟していた事であった。この道を進めばこうなる事は分かっており、彼女に席を譲る、そのためにここまで来たはずだった。……しかし。
「死にたくないなぁ……」
最後にそう思ってしまった。
荒潮は驚嘆していた。いくら朝潮が異常艦娘であっても、type-γとの戦いは死闘を極めるものだと予測していた。そのために出現予測地点、近海の島に臨時鎮守府を設置し、熊本大将からすさまじい数の応急修理女神を借り、朝潮には2個の女神を消費した場合退却、これを繰り返すことによって、最終的に砲撃が届けばいいと言う我慢比べを想定していたが、彼女はその期待をいい意味で裏切ってくれた。
そして、朝潮を通じて司令官の魂の残りも戻って来た。そんな彼女の事だ、もしかしたら奇跡を起こして案外艤装の中で彼女の精神が生きているとそんな淡い期待を胸に、朝潮に通信を送った。
「朝潮姉さん、ありがとう作戦終了よ。そのまま戻ってきて」
「その声は荒潮……私は急に目の前が真っ暗になってそれで……」
しかし、現実は残酷だった。朝潮は元の朝潮だった。司令官が戻り、元の朝潮が帰って来た。これは喜ぶべきことだ、彼女の起こした奇跡のような戦いがもたらした成果。しかし、お礼を言うべき彼女がいない。それを実感したとき、荒潮の頬を涙が伝った。
「どうしたんですか? 荒潮、泣いているの?」
「後で、訳を話すわ。とにかく、私達はそこから南東3キロ先にいるの。そこですべてを話すわ」
そう言って、朝潮はそこから離れようとした。が、数百メートル進んだところで、朝潮から衝撃が伝わって来た。カメラを切り替えると、袋から妖精が飛び出し、吹き飛んだ体を強制的に修復する。
「そんな……」
私は朝潮の艤装にエネルギーを送り解放させた。まずい事になった。Type-γは大破していたが、まだ完全に機能を停止していなかったのである。