やがて僕は荒潮に呑まれる   作:ANMC

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わたしは言いました

「いま、私の手が……。キャァァ」

 

 朝潮は取り乱している。当然だ、司令官の力に守られている間、艦娘は例え轟沈したとしても素体の四肢が吹き飛ぶなどという事はあり得ない。それが、彼女の思考能力を奪っていった。

 

 朝潮はがむしゃらに左右に動き、何とか砲撃を躱そうとする。私のコントロールを離れたその動きは本来悪手であり、行動の停止位置を狙われてしまうのだが、なぜだか敵は砲撃を朝潮に当てようとしなかったのである。

「朝潮ちゃん、落ち着いて。今敵は怖がっているの。だから距離を一定に保とうとするし、砲撃もあんまり撃ってこないの」

 

「どういう事? 私の腕を吹き飛ばすような化け物なのに、私の何を怖がるっていうんですか?」

 

 そう、朝潮に怖がるものなど何もない。しかし、先ほどまでの朝潮の異常によって敵は痛めつけられ、ほとんど撃沈されかけた。その事が今の朝潮を救っているのである。

 

「朝潮ちゃん。私の尊敬する女の子が、私に対してこんな言葉を残したわ。昔の文豪、ゲーテは言いました。自分自身を信じてみるだけでいい。きっと生きる道が見えてくる。朝潮ちゃん、今は何も分からないかもしれない。でも、私を信じて」

 

 そう言うと、朝潮の姿勢の制御が、荒潮にもコントロールできるくらい落ち着いた。

 

「分かりません。分からない事だらけです。でも、確かな事があります。今の荒潮、まるで司令官と話す時みたいに落ち着いていました。なるほど、良い言葉です。私も自分を信じてみせる事にします」

 

 彼女はそう言って主砲を構えた。それに、敵も驚いたのか、一瞬動きが止まる。ミスは許されない。司令官を救った朝潮の幻影が今の私達を守っているのだとしたら、その幻影を真実にしてやればいい。

 

 私達の技術で朝潮の異常を再現する。私達に生き残るすべはなかった。

 

「沈んだ朝潮姉さんと繋がっていたときは、見えていたんだけどね、発射する瞬間……。でも、私は彼女が発射した10発の感覚と角度を覚えている。生き残るために奇跡が必要だと言うのならば、奇跡を起して見せる」

 

 そして、荒潮はここだというタイミングで引き金を引いた。その瞬間、彼女の腕を何かが蹴った。それに目を向けると、朝潮の姿をした妖精だった。

 

「この角度です荒潮」

 

 なんとなくその妖精はそう言った気がした。そして、それは光の中に消えてしまった。わたしとのつながりが残した最後の奇跡、その弾丸の軌跡は異常となる。『未来を創る一撃(ヴィクトリーストライク)』と彼女は名付けた。

 

 その弾丸は敵の弾を弾き、自分の弾だけ敵に着弾させる。朝潮は目を丸くし、大はしゃぎした。

 

「あり得ません。凄い、こんな事見たことありません」

 

「残念だけど朝潮姉さん、さっきの芸当はもうできないわ。彼女がわたし達に残した最後の奇跡。もう、さっきみたいなことは出来ないわ」

 

「じゃあ、どうしたら」

 

「大丈夫よ。もう決着はついたわ」

 

 しかし、荒潮は少しも慌てていない。もう、異常な弾丸を放つ必要はない。先ほどの弾丸で、敵が抱いている疑念は恐怖に変わったのだから、荒潮たちは敵を追いかけると、敵は後ろを向き、逃げる。

 

 仮に、敵が一発でも撃てば、その勇気があれば、もう未来を創る一撃を撃つことは出来ない事がわかるだろう。しかし、おそらく天敵がいないそれらが生まれて初めて見る天敵を前にそれが出来るだろうか? 事実として朝潮たちはそれの背中に張り付いた。

 

「朝潮姉さんの敵、取らせてもらうわよ」

 

 私達はありったけの弾丸をそれに打ち込み、程なくしてそれは浮力を失い、海の中に消えていった。

 

 

 

「やったわね、朝潮姉さん」

 

 危機が去り、荒潮は朝潮に駆け寄り彼女を抱擁する。

 

「荒潮、怖かった。怖かったよぉ」

 

 そして、朝潮は彼女の胸の中でなく、実に2か月ぶりの対面である。しかし、それをともに喜ぶもう一人の朝潮がいない。その事がすこし寂しかった。

 

 その時である。海の底からおぞましい姿をした何かが浮上し、彼女たちの目の前に現れたのである。それは、先ほど沈めたはずのtype-γだった。ボロボロになりながらも、その機能は停止していないのか、荒潮は朝潮をかばうように覆いかぶさった。

 

 しかし、それは何もしてこない。ただ、そのお腹がぱかっと開き、そこから艤装をつけていない朝潮が横たわっているのが見えた。荒潮は彼女をそこから救い出し、すぐに呼吸と脈拍を確かめた。

 

「生きてる……生きてるよ」

 

 荒潮は歓喜の涙を流した。

 

 

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