「第1艦隊帰投したわ」
第一艦隊帰投後、皆を入渠させた後、満潮は出撃報告のために執務室に召喚された。彼女と高速修復材で修復を終えた朝潮は司令官に敬礼をした後、今回出現した敵艦隊とその際に敵艦隊から受けた損害を報告する。
満潮を通じて司令官はすべて知っているはずだが、そうすることが慣例のようで、特にその事には言及はしたことはない。彼女の報告を聞いて、司令官の秘書艦である荒潮がそれを慣れた手つきですらすらと報告書にまとめていく。
その姿を見て、満潮は安心していた。3か月ほど前、朝潮が艤装の整備不良によって怪我をして、鎮守府を離れ、その後無事に戻ってくるまでの2か月間、彼女の情緒は不安定になり、秘書艦としての仕事もほかの艦が行っていた時は、もうこのまま彼女の情緒が戻らないのではないかと心配したものである。
特にひどかったのは、朝潮が鎮守府を離れ3日後の夜、駆逐艦寮のベッドが荒潮の物を除いてすべて逆さにひっくり返されていると言う事件が発生した。それに続いて荒潮の姿が見当たらず、鎮守府中を探すと、満潮は工廠裏の物陰で司令官の白帽を手に持ちながら、震えていた。
満潮が彼女を見つけ、その肩を叩くと、彼女は怯えた目で号泣しながら、「違うの、私じゃない。妖精よ、妖精がやったの。この、この、あっち行ってよ!!! 私のそばから離れてよ!!!」と地団太を踏みながら発狂し、気づいた他の艦に連行されると言う心身ともに錯乱状態にあったが、現在ではそのような兆候もなく、無事に秘書艦としての任務を全うしている。
「ありがとう。これで南方海域の深海棲艦もしばらくはおとなしくなるな。明日の明朝、ここを出発し、舞鶴にある大陸との連絡船に乗り、そのまま大陸縦断鉄道、明々後日にはイベント海域のある大西洋沿岸につくはずだ、君たちは早めに……」
その時である。司令官の机にあるパソコンからピロリンと言う電子音が鳴ったので彼はそれを確認し、頭を抱えた。その時満潮の脳裏にはなぜか朝潮示現流の呪いとか言う頭の悪い単語が浮かび上がって来た。
「提督、どうしたの?」
そんな司令官を心配しながらその画面を見た荒潮も頭を抱えている。どうやら、上から無茶な要求をされたらしい。
「どうしたの? 頭を抱えているだけじゃわからないわよ」
「ああ、第1鎮守府の裏に15歳から18歳の提督の力を持った子供を教育するための学校がある事は知っているね」
「もちろんよ」
呉にある提督養成機関で、150人ほどの提督の卵が日夜勉学に励んでいる。第一鎮守府の裏にあるのは、熊本大将が校長兼実技指導責任者として直接教育を施す為であり、その要因もあってか、そこを卒業した提督は出世することが多く、7人いる大将の内3人はその卒業生である。
「イベント海域の際には慣例としてその期間内にその生徒に各鎮守府の中で練度の高い艦娘たちを使った演習を行う事が決められている。それは、本来ならばイベントに参加しない居残り組の鎮守府の中から選出されるのだが、今回は居残り組になる筈だった第15鎮守府が裏切った事で、艦隊が足りなくなってしまったらしい。それで一艦隊この艦隊から出せと言う命令だ」
残すように要求してきた艦隊は駆逐5、軽巡1の水雷戦隊である。これには司令官も頭を抱えるわけだ。いくら水雷戦隊とは言え高練度の艦娘をイベント直前に使用不能にされるという宣言には彼も頭を抱えざるを得ないだろう。
「そうね。なら私を出しなさい。私が改二になったのはほんの数日前、司令官のイベント攻略の頭数には入っていない筈よ」
などと言う台詞が考えるよりも前に出て来た。それを聞いた朝潮は私の肩を叩いた。
「なぜです? 満潮は私が戻ってきてから、一番頑張って、それで短期間で改二にまで成長できた。だから今回のサーモン海域攻略艦隊旗艦に抜擢され、見事その役目を果たしたのです。もし、練度の高い船が必要ならば私が」
満潮はそう言う朝潮の鼻に指を押し当て、ピンとはじいた。
「それよ。もし、私が頑張って短期間で改二になった、それだけの理由でイベント参加を許されたのだとしたら、他の選ばれた艦娘はどう思うかしら? 絶対に不満を持つはずだわ。私はあの子よりも頑張っているのに、どうして私だけがイベントに参加できないのかと」
「それは……」
「でも、一番頑張って、旗艦にも抜擢された私がイベント不参加にされたとしたら、そう言った不満は封殺できると思わない。この世界にはこんな言葉があるわ、他人が嫌がる事を進んでやる」
「中世の文豪ゲーテは言いました、かしら?」
そんな事を荒潮が行ってきたので、満潮は関係ないわよと言いながら腕を組む。彼女たちの話を聞いて、司令官は感心していた。この話をメールで確認したときに、満潮が言ったことが真っ先に頭に浮かんだが、そんな事を思いつく自分の性根の悪さに頭を抱え、真っ先にそのリストから彼女を外そうとしたが、まさか彼女から先ほどのような提案がなされるとは、彼女の成長を感じ、思わず顔がほころんでしまった。
「なによ。にやにやしてキモイ」
満潮は司令官を罵倒した。
居残り組は、駆逐艦満潮、大潮、霰、初春、初霜、そして軽巡長良が選ばれた。彼女らは執務室に呼ばれ、司令官は彼女らを執務室に呼び、頭を下げた後事の経緯を説明し、彼女らに呉に残るようにお願いしていた。
「ふむ、良かろう。しかし、わらわは欧羅巴のサラミを食べるのを楽しみにしておったのじゃ、お土産、期待しておるぞ」
そう言いながら扇子で顔を仰ぐうす紫色のひもで縛られた長髪の艦娘は初春型駆逐艦1番艦の初春。なんとなく貫禄のある艦娘で、少し道術めいた事が出来るとかできないとか、そんな噂のある艦娘である。
「急遽決まった事だけれど、これは逆にチャンスよ。私達は今まで司令官以外の指揮で戦闘を行う事なんてなかったし、これからもその筈だった。でも、他の司令官の指揮を感じる事は私たちの艦娘としての経験にプラスに働くはずよ」
満潮がそう締めようとすると、長良が私の肩を叩いて、
「なーんだ。満潮ちゃん最近頑張っていたのに、イベントに参加できないから、『そうね。私じゃ力不足ってことね』とか言って不貞腐れていると思っていたから、どう慰めようと思っていたんだけれど、安心したわ」
長良型軽巡洋艦1番艦長良は、似ていない満潮の真似をしながらそうコミカルに話してきたので、彼女は若干顔を赤らめる。そして、あたりを見渡すと、周りの艦娘も長良の言葉に同調し、うんうんと頷いていた。
どうやら、彼女たちの中で満潮の評価はイベントに参加できないと不貞腐れるような艦娘と言う認識だったようだ。現実に落胆したが、落ち込みはしなかった。私はすごい艦娘になる、そうなった暁には彼女たちの評価もまた違ったものになっているはずだから。
呉を出発する司令官たちを見送った後、満潮達は第1鎮守府に向かうバスに乗せられた。見送りの際に朝潮から、
「今からでも間に合います。満潮は今回のイベントに参加するべきです。何なら今からでも司令官に掛け合って私と入れ替わらせてもらうと言うのはどうですか?」
その言葉に、ほんの一瞬だけ頷きそうになった。1か月前に鎮守府を去った彼女も、今回のイベントに参加しているはずで、イベント中に再開し、この1か月の努力を誉めてもらいたい、そんな衝動にかられた。いや、イベントに行けないと分かるまでその事は常に空想していたのである。
しかし、満潮は首を横に振った。
「馬鹿ね。私から言い出したことよ。ここで覆したらかっこ悪いじゃない」
そう言って彼女達を送り出した。しかし、あそこで首を縦に振っていたら……そして、そんな妄想をしてしまう自分を恥じ、顔を2回ポンポンと叩いた。満潮に不足しているのは練度ではない、尺度だ。価値観の違いがあの朝潮と満潮の差だ、ならば今回は自分の価値観を見つめ直すいい機会だ。彼女はそう思う事にし、選択による公開を考えないようにしていた。
そのバスの中で、バスの中に乗っていた艦娘に何かチップのようなものを渡された。吹雪型の艦娘の彼女は、私達にそれを配り終えると、
「それは、熊本大将の力から身を守るための物です。彼と一時的に軽い縁を結ぶことで、その力の影響から逃れる事が出来ます。付けないと熊本大将が近くを通ると泡吹いて倒れる事になるので、絶対につけておいてくださいね」
と言う恐ろしい事を口にした。それに対して、長良が「なになに? これ、何の遊び」とわたし達の言葉を代弁するような言葉を言ってきたが、たまたま満潮は、新艦娘の素体が鎮守府に運ばれてくるときに、なぜか彼女達か気絶させられた状態で発見されることを知っていたので、彼女が言っている事が真実だと思った。
「真偽はともかく、付けときましょう。郷に入っては郷に従え、それがここでのルールなら、従うしかないわ」
満潮はそう言って、他の艦娘にも渡されたチップをつけさせた。
呉第一鎮守府の裏、そこには木造3階建ての大きな学校が建てられていた。それは建てられてから6年ほどしか経っておらず、比較的新しい校舎である。深海棲艦の発生が確認されたのが2,010年で、その翌年に建てられたらしく、その際に既存の建物を流用する計画だったが、熊本大将の「未来ある若者の学び舎に金を駆けないのは何事だ」と言う鶴の一声で、新造された。
と、吹雪が話してくれた。そして話は続く、2017年8月現在(満潮改二実装時期はもう少し後でしたが、ミスですが、このまま続行します)1年生45人、2年生53人、3年生69人の提督の卵が在籍しており、彼らは中学卒業と同時に全国で実施された提督適性検査で認められたものが全国から集められ、最終的に毎年10人ほどが提督となる。と説明された。
そう言った話を聞いているうちに、目的地に到着した。学校に併設されている艦娘用の宿舎で、ここで演習があるまで待機するらしい。レクリエーションのための施設や、提督能力を持った孤児が集められた施設などが、一か所にまとめられているらしく、中は割とワイワイとにぎやかではあるが、寝床の防音は整備されていると言う話だったので、満潮は安心していた。
「ビリヤード、卓球、ダーツ……いろんなものがありますねぇ!! アゲアゲです!!」
大潮ははしゃいで、まるで温泉街のロビーにおいてある若干古臭い遊技機の前に座り、遊び始めてしまった。
「全く、……まあ、いいわ。イベントに参加できなかったんだもの。今日ぐらいは遊ばせてあげましょう」
満潮がそう言って呆れていると、小学生くらいの集団が、奥の方でオセロをして遊んでいた。おそらく先ほど聞いていた提督の力を持つ孤児だろう。そして、彼らにオセロの戦い方を教えている艦娘は朝潮だった。
「フーン、ここの朝潮姉さんは、子供の世話をしているのね」
そう思って満潮は興味本位で近づいてしまった。
「朝潮姉ちゃん、強い。大人げないぞ」
「はーはっは!! ドイツ中世の文豪ゲーテは言いました。獅子は兎を狩る時も全力を尽くす。少年よ、わたしの朝潮示現流オセロ術を盗み、そして千尋の谷から這い上がる。さすれば、朝潮示現流伝承者にふさわしい人間になれるのです」
いる筈のない少女が私の目の前にいる。満潮は咄嗟に彼女の肩を叩いた。
「ん?」
彼女はそれに反応し、満潮の方を向く、驚いた顔を向けた後、
「満潮……改二になったんですか? いや、見違えましたね。よく頑張りました」
彼女は満潮が一番言って欲しい言葉で答えた。