ここは、呉第一鎮守府演習場。満潮がここに連れてこられた真の目的がグラーフの仲間たちの撃退と言っても、表向きの目的である司令官候補の演習は免除されるはずもなく、彼女らは司令官候補の一人と繋がり、演習に向かった。その道中でトラブルが起こった。
「おろろろろろ」
満潮の脳内に満身創痍の司令官候補のゲロを吐く音が木霊する。15歳の少年と言うのは提督能力が開眼しきっていない状態で、18歳になるまでにその才能を開花させていくものであるが、その未熟な状態でもその艦隊運用になれる事が望まれる。そうすることによって、提督としての才能が強化される為である。
当然未熟な状態であるので、味方艦が砲撃を受けた際に繋がりが切れたりしても、演習の体をなすために両者ともに高練度の艦娘が付くことを望まれる。が、さすがに演習前のカメラを切り替えるタイミングでまさかリバースされるとは思ってもいなかった。
それでも、繋がりが消えていないのはなかなかの根性ではあるが、これ以上司令官に負担をかける訳にはいかなかった。
「全艦、司令官の負傷により、そのサポートが受けられないわ。各自で敵艦を撃破するわよ」
満潮はカメラを自分に戻し、司令官候補に語り掛けた。
「大丈夫、ゆっくり深呼吸して。何も考えず、ただ、この繋がりを切らさないようにだけ注意して。実際に砲撃を受けているのは私達、あなたではないわ」
敵艦隊を発見した。6隻編成の水雷戦隊であるが、提督の力の干渉によっていつも通り、敵艦の姿は分からない。どうせサポートが得られないのならば、敵の面すら拝ませてくれないうっとうしい干渉も消えてくれないかしら。満潮はそう考えていた。
そして、あらかじめ設置されているダミーの深海領域の端に接触すると、砲撃戦の始まりである。満潮は敵艦に向かって砲撃を叩き込むが、狙い通りの場所に命中しなかった。もし、敵艦娘が重巡以上の装甲を持っていれば、大破させることは出来なかっただろう。
その刹那、満潮の視界が轟音と共に黒く染め上げられた。
「あー、どうして敵は的確に私をスナイプしてくるのよぉ」
ここに来てからの初めての演習、満潮達は初戦で敗北した。彼女らは司令官のサポートがない状況で、3隻に砲撃を当て、うち2隻を大破に追い込んだが、敵は旗艦である満潮に砲撃を直撃させ、彼女を大破させて勝利した。
「うーん、満潮ちゃん運がないね。は!? もしかして、満潮ちゃん、朝潮示現流の呪いにかかっているんじゃないの? さっき、朝潮ちゃんが朝潮示現流オセロ術とかなんとか言っていたのを聞いたよ」
などと長良が半ば冗談で言ってきたが、それに突っ込む元気が満潮にはなかった。
「ごめんなさい、少し風にあたってくるわね」
そう言いながら満潮は食堂を後にした。
「むー、長良さん。今の発言、アゲアゲじゃありませんでしたよ」
「ええ、長良のせいなの?」
と言う会話が聞こえて来た。風にあたって落ち着いたら長良さんにフォローを入れてあげよう。そんなことを考えながら、工廠裏に行くと、先ほどの司令官候補が体育座りをしながら頭をうずめていた。満潮は彼の隣に座った。
「馬鹿ね。俯いてばかりいると、運が逃げるわよ」
満潮のその声を聴き、司令官候補は彼女の方を見た後、再び俯きながらぼそぼそと話を始めた。
「笑っちまうよな。君には特別な才能があると言われてここに来たものの、視点を切り替えるだけで目を回してゲロ吐いて倒れるなんて、俺には無理だったんだ。司令官なんて……」
状況は一緒であるとは言い難いが、その司令官候補の姿は満潮自身が落ち込み、数日の間出撃を拒否しているときのあの頃の自分と姿が重なった。放っては置けないと思った。
「あんた、そこでやめちゃうの? あんたにはこの言葉を贈るわ。よく言うでしょう、ローマは一日にしてならず。どんな凄い存在も、ずっと前から凄かったわけじゃない。日々の積み重ねがそれを強大にしていくの。あんたは凄い司令官になれるかもしれない未来を裏切るの?」
少なくとも満潮は信じている理想の艦娘になれる未来を、そう自分に言い聞かせるように言った。
「すごい司令官、……なれるかな。俺も」
「そんな事は誰にも分からないわ。でも、少なくとも成功した人間はそれを信じて努力した人間ばかり。私が言えるのはそれだけよ」
それだけ聞くと、司令官候補は立ち上がり、満潮に対して名前を告げて来た。
「あんたは私の司令官じゃないし、名乗られても覚える気なんてないわよ。でも、あんたが本当に理想を信じて頑張れる男なら、覚えるのもやぶさかじゃないわね。それまで、見ていてあげるわ」
その時である。工廠の上から「あーっはっはっは!!」と言うどこかで聞いた事のあるような高笑い声があたりに響き渡り、その主が工廠の上から飛び下りて来たのである。ドカァンと言う音と共に現れたその姿は全身タイツにマント、そして、マントには朝潮示現流免許皆伝の文字、そして、ダンケ仮面と言う文字の書かれたマスク。
「わたしは謎の美少女ダンケ仮面2号!! 全ての自信を失ったものの味方!! かつての中世の文豪ゲーテは言いました。健全なる精神は健全なる肉体に宿る。つまり、肉体を鍛える事で大抵の事は解決するのです」
「知らないけれど、絶対ゲーテそんな脳筋な事言ってないだろう? いや、知らんけども」
司令官候補はそんな突っ込みを入れて来たが、満潮は納得していた。艦娘として出撃できなくても、彼女の在り方は変わらない。かつて、満潮を救ったように、たくさんの自信を無くした人間を救う。それが彼女の在り方なのである。しかし、彼女に頼る訳にはいかない。
「朝潮姉さん」
「何のことですか? わたしは謎の美少女ダンケ仮面2号」
「彼の事は私に任せてもらえないかしら? ここで、司令官候補一人立ち直らせないようでは、いつまで経っても私の理想の凄い艦娘になる事はできないわ。だから、朝潮姉さんは陰で見守っていてくれない?」
満潮がそう言うと、朝潮はくるりと背中を向いた。
「なるほど、満潮。あなたは少し見ない内に、わたしの想像以上の成長を遂げていたようですね。いいでしょう。ダンケ仮面2号の名において、あなたにその人を立ち直らせることをお願いします。それでは、さらばです」
それだけ言うと、朝潮は工廠裏を後にした。
「……嵐のような娘だったな。満潮、彼女知り合い?」
「……これは誰にも秘密よ。彼女は朝潮、私を本当の意味で救ってくれた艦娘で、私が目標にしている凄い艦娘よ」
その言葉に、司令官候補は怪訝な表情を浮かべたが、それを語る満潮の表情を見て、直ぐにその表情を変えた。そこには、自分の知らないドラマがあったのだろう。そう、彼は思う事にした。そんな風に余韻に浸っていると、霞の怒号があたりに響き渡った。
「朝潮ぉぉ!!! アンタまた工廠から飛び降りたわねぇ!!! 危ないからやめなさいって言っていたでしょう!!!」
「やめて霞!! 人に向かってベアークローなんか撃つんじゃない!!」
その後、けたたましい轟音と共に、朝潮の悲鳴が聞こえた。後で聞いた事であるが、工廠から飛び降りてはならないという項目がこの鎮守府で艦娘がやってはならない公式リストに項目として追加された。朝潮の行動によって追加された項目はこれで3つ目だと言う。
「……すごい艦娘?」
「絶対内緒よ。口に出したら許さないわよ」
我ながら、ハチャメチャな艦娘に救われてしまったものである。満潮は自嘲気味にそんな言葉を呟いた。