やがて僕は荒潮に呑まれる   作:ANMC

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わたしの日常

 わたしは執務室の机に座り、黙々と書類を整理していく。艤装が使用できないと分かった時から、わたしの仕事は日中教鞭を振るっている熊本大将の代わりに雑多な書類を処理する事である。

 

 艤装が使えないと分かった時はひどく暴れ、不完全な艤装のまま海に着水してそのままドボンと音を立てて海に沈みかけるという事件を起こしてしまった。これがわたしの行動によって追加されてしまった、『艦娘がやってはならない公式リスト』に追加された初めての項目である。

 

 ちなみにもう一つは、熊本大将の着替えを島風服にすり替えておくというモノであるが、彼はそのままその島風服を着て1日過ごしたようである。

 

「お疲れ様、紅茶でよかったかしら?」

 

 そんな事を思い出しながら書類を処理していると、霞がお茶を入れてくれたようである。前の鎮守府でも秘書艦の職務をしていた為、ある程度勝手が分かっていたわたしは、艤装が届くまでの間と言う名目で、秘書官代行を買って出たのである。

 

 本来なら数日で調整が終わる筈だったのであるが、わたしの異常が艤装との同調を阻害しているようである。なんでも、荒潮との細い繋がりをたどり妖精を使って無理やり異常を他人に発現させるという意味不明な荒業を使ったせいで、わたしの艦娘としての力に致命的なダメージが与えられたらしい。

 

綾瀬大将はそう言った艦娘に対しての艤装調整のための装置がある単冠湾でわたしの艤装を調整しているのである。

 

「霞、ちょっと聞きたい事があるんだけれど?」

 

「何? なんでも言ってみなさい」

 

 霞はわたしのテーブルに紅茶を置いた後、秘書官用の机に座り、書類を整理しながらわたしにそう答えた。

 

「満潮に今回の相手はグラーフの操る大量の深海棲艦ではなく、艦娘が乗り込んでくると言っていましたよね。どうしてそう言い切れるのですか?」

 

「グラーフが大量の深海棲艦を使って泊地を襲ったとされる事件はこれまで4件確認されているわ。最初は14年のトラック、15年の単冠湾、16年の横須賀、そして前回17年の呉。おおよそ1年間ほど間隔があいているわ。

 だから、奴が深海棲艦を用意するためには1年間ほどのインターバルを要すると予測されるの。これが理由よ」

 

「なるほど。しかし、そう考えるのは危険ではありませんか? もし、彼女が自分の事を脅威だと思わせないために泊地襲撃の間隔をあえて空けているのだとしたら、今回の襲撃で深海棲艦が大量に埋め尽くされる可能性があります」

 

 わたしがそう言うと、霞は用意してあった紅茶を片手に持ち、こちらを一瞥した後口を開いた。

 

「なるほど、別に疑問に思わなくてもいい事まで疑問を持つのは姉さんにとって幸運なのか不運なのか……ええそうね。グラーフが深海棲艦の大群を集める事が出来る時間は大本営が思っているよりもかなり短い事が予想される。そして、それを警戒させないように1年おきに深海棲艦で泊地を襲わせていることもね」

 

「それならば、それを警戒すべきです」

 

「もし、グラーフがそのつもりなら、奴はその法則を最も私達に大打撃を与えられるタイミング、もしくは奴らが最も望んでいるものを手に入れるために破ってくるはずよ。現に、グラーフが大量の深海棲艦を出した後はほんの少し各泊地の警戒が緩んでいるわ。

 その、たった一回の奇襲めいたチャンスを呉に少し打撃を与える事に使うかしら? もし、そんな短絡的な敵ならばイブちゃんの追撃を何回も振り切る事なんかできない筈よ」

 

 そこまで説明されて合点がいった。続けて霞はその後に、本当に呉を襲撃してくる可能性は低い事を話した。具体的には提督が多めにイベントに参加しているとは言っても、提督の卵たちを含めれば各鎮守府で最大数の提督を所有している事。少なくとも霞と朝潮と言う異常艦娘を相手にしなければならない事(わたしの艤装が使えなくなっている事はおそらく敵には伝わっていない。仮に伝わっていたとしても何らかの罠だと警戒するだろう)。

 

 そして、敵の本当の目的が新生第15鎮守府を結成させない事なのだとしたら、着任する場所よりも着任する提督を狙う事の方が確実だろう、現にそうやって前回単冠湾に襲撃があった。と、いかに襲撃の確率が低いかを説明してくれるが、わたしの不安を取り除いてはくれなかった。

 

 そんな事を話している間に、今回の執務は終了した。

 

「さて、本日の執務は終了。それではわたしは満潮達の様子でも見て来る事にします。それでは、熊本大将によろしくお伝えください」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 わたしが執務室を飛び出そうと立ち上がったところを、霞が引き留めた。何か、別の書類でもあるのだろうかと身構えていると、霞はこちらに向きなおり、真剣な表情をして口を開いた。

 

「姉さん。一つ約束して。もし仮に敵が侵入して、その敵によって万が一満潮達に重大な危機が訪れたとしても、姉さんは彼女たちを助けるために出撃しない事。約束よ」

 

「なんだ、そんな事ですか? 大丈夫です。今の状況で艤装を展開して海に入ったらどんな事になるのかは、経験済みです。わたしが行って事態が改善するのならまだしも、事態が悪化する事はわたしも行わないです。中世の文豪ゲーテは言いました。勇猛と無謀を混同してはならない」

 

「ふん、分かっているのならいいわよ。余計なこと聞いたわね」

 

 確かに出撃は不可能である。しかし、霞には伝えてはいないが、陸で主砲を撃つくらいは出来るのではないか、そんな事を考えていた。

 

 

 満潮達は日中に演習をこなし、夕方から提督の卵との訓練を行うというハードスケジュールをこなしていた。最初は満潮一人で同調訓練を行っていたが、その様子を見ていた他の艦娘も訓練に参加してくれた。満潮が彼女らにお礼を言うと、

 

「中世の文豪ゲーテはこんな言葉を言いました。一人ではアゲアゲ、みんなでやればアゲアゲアゲアゲです。私も演習でやられっぱなしは悔しいので、頑張りましょう」と大潮。

 

「司令官から、満潮が暴走しそうな時に、お目付け役として言われていたんだけれど、仕方ない。別に、悪いことしているんじゃないものね」と長良。

 

 他の艦娘も、満潮に協力してくれるようだった。その数時間後、霞が満潮達の下に書類を持ってきて、

 

「第1鎮守府の演習場を使いたい場合はこの紙に必要事項を記入して提出しなさい。使用できるのは原則として午後5時から7時までの2時間、それ以上は認められないわ」

 

 そう言って去っていった。おそらく、朝潮が演習場を使えるように掛け合ってくれたのだろう。その甲斐もあって、訓練開始から一週間後の今日、遂に満潮達の艦隊は記念すべき初勝利を収めることに成功した。

 

「満潮、ありがとう。君のおかげで俺は演習で初めて勝つ事が出来たよ」

 

 彼は満面の笑みを浮かべて満潮にお礼を言った。彼女は少し笑みを浮かべたが、ハッと気づいて表情を戻し視線を逸らした。

 

「ふん、私達の練度なら当然よ。このくらいで調子に乗られては困るわ。ここからは全勝で行くわよ」

 

 そう言ってみんなに活を入れながら特訓は再開された。特訓の相手は第一艦隊の精鋭で、提督は熊本大将である。さすがに霞は艦隊には入っていないが、満潮の艦隊の荒潮レベルの練度を持つ艦娘が6隻、彼女らに戦いのコツやら艦娘に合わせた癖を見抜いてそれに合わせた照準の調整やらを聞き、演習を行う。

 

「しかし、特訓にいきなり熊本校長が来た時はびっくりしたよ。まあ、初日はゲロ吐いてあんまり覚えていないけれど」

 

 彼がそう言って満潮に話しかけると、

 

「私は未来ある提督の卵を立派な提督にする義務がある。もし、そんな子供たちの一人が実力が足りないから特訓したいというのは立派な事じゃないか。そんな君に私も微力ながら手を貸したいと思ったのだよ」

 

 いつの間にか彼の隣に熊本大将が移動して話を始めたのである。満潮も彼も他の艦娘も熊本大将の接近に気づかなかった。

 

「大将いつの間に!?」

 

「具体的には、ふん、私達の練度ならと満潮が言った時ぐらいですかね。中世の文豪ゲーテは言いました。男児、三日会わずば、刮目してみよ。その倍以上の期間、1週間特訓を重ねたのです。わたしの知る彼とは別人になっているようですね」

 

 そう言いながら満潮の隣に朝潮が現れた。

 

「それって、ほとんど最初からじゃない。と言うか、二人とも気配を消して近付くのをやめてよね。びっくりするじゃない」

 

「ふふふ、これが朝潮示現流兵歩術、朝水月。敵の視覚から回り込み、まるで突然現れたように錯覚させる朝潮示現流の技です」

 

 朝潮は、艦娘の戦闘においてどこで役立つのか分からないような技を披露しながら胸を張っている。

 

「おおそうだった。朝潮ちゃんに満潮ちゃん。この訓練が終わったら、ちょっと執務室によってくれないか。ちょっと面倒なことになってね」

 

 熊本大将はそう言って演習場から去っていった。

 

「わたしが執務室から出て2時間、何やらよからぬことが起こってしまったようですね」

 

「仕方ないわね。みんなは先に行っていて。私も熊本大将の所によったらすぐ行くわ」

 

 朝潮が漠然と感じていた予感が的中してしまうのだろうか。

 

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