満潮と朝潮が執務室に入ると、熊本大将と霞がホワイトボードに日本地図を張り付けていた。
「あら? 早かったわね。ちょっとまずい事になったわ。これを見て頂戴」
霞はそう言いながら日本地図に文字を書きだした。場所は舞鶴泊地と朝鮮半島を線で結び、大体その真ん中くらいの場所にバツ印を書いた。そこは、イベント海域に向かうための通り道であり、そこからシベリア鉄道を経由してヨーロッパまで移動したのである。
つまりそこを抑えられてしまうと、提督たちは帰り道にその海域を奪還するための資材やバケツを残さなければならず、イベントの突破率に大きく影響することになる。故に、その憂いを払うため、早急にその地点を占拠した敵を排除する必要がある。
「それで、ここの敵を排除するために、舞鶴の松島中将から熊本大将に応援要請が来たという訳。敵は深海棲艦の群れが5000ほどと聞いているから、明け方には戻ってくるわ」
「待ってください。これは敵の罠かもしれません。だれか、他にそこを奪還できる戦力は残っていないんですか?」
朝潮がそう言うと、霞は若干表情を曇らせ、
「私達と同じくらいの短期間でと言う意味では単冠湾のオホーツクの巨人と、横須賀の鶴崎大将が残っているわ。でも、単冠湾を開ける訳にはいかないの。もし、本当に今回の深海棲艦の襲撃が偶然出ないとしたら、これは単冠湾からオホーツクの巨人を引きはがすものであると推測されるわ。後は横須賀だけれど、彼は国の中枢機関の最終防衛ライン、元帥2人を説得しなければ動かせないし、その時間もない」
呉に殺到した深海棲艦十万隻を3日間で殲滅した過去があるためこの5000と言う数は少し見劣りしてしまうかもしれないが、2010年の深海棲艦初上陸、いわゆるファーストコンタクトと呼ばれる沿岸部人口の約半分が失われた戦いにおける深海棲艦の数は日本全土で約1万隻と言われており、放置するわけにもいかない数である。
「なるほど、分かったわ。要は、霞たちが戻るまで泊地周辺の警備に当たればいいのね?」
「いいえ。警備自体は泊地に残っている二人の提督に任せてあるわ。満潮、あなたにお願いしたいのは、もし、敵が深海棲艦ではなく艦娘だったときに、その艦隊を足止めする事。一応、他の艦娘には住民をシェルターに避難誘導させているわ。避難訓練と言う名目でね」
それを聞いて、朝潮が胸をドンと叩いた。
「それならば、わたしにお任せください。自慢ではありませんが、わたしは艦娘相手に実弾を使った経験が4回ほどあります。海には出れないかもしれませんが、陸上から砲撃を浴びせるくらいはしてみせます」
おそらくそんな事を言いたかったのだろうが、それを言い終わる前に霞が彼女の襟元を掴みかかり締めあげたためにそれは叶わなかった。
「どうせ朝潮姉さんはそんな事言うと思ったわよ!! アンタをここに呼んだのは、状況をきちんと説明しないと、避難場所から抜け出して、艤装を使うに決まっていると思ったから!! アンタは避難場所でおとなしくしていなさい!!」
「状況が変わりました。残っている部隊は艦娘との実弾での戦闘経験があるんですか? わたしは知っています。高練度の艦娘が震えて泣き叫ぶ様を、彼女らは艦娘に対して実弾を使った罪悪感で後遺症に苦しむことになった。満潮もその一人です。
霞が大体の艦娘を相手にしてその取り逃した艦娘の動きを止めるくらいだと、そう思ったからわたしは満潮の戦闘参加を反対しなかったのです。霞が戦闘に参加できない以上、わたしが霞の代わりをするのは当然です。違いますか?」
朝潮は霞の腕を振り払いそう言い返す。彼女の発言を聞いて満潮は合点がいった。なぜ彼女が今まで満潮達が危険な任務に就かされようとしているのにもかかわらず、表立って反論しなかったのか。満潮達を全面的に信頼していたのではなく、危険が少ないと判断していたのだ。
その前提条件が崩れたために、今頃になって彼女は霞に食って掛かっているのだと。
「朝潮姉さん」
「満潮も霞に言ってやってください。危険すぎると、それに成功しても……」
「朝潮姉さん。信じて」
満潮はそう言うと、朝潮の手を握り、もう一度信じてと言った。
「すいません。知らず知らずのうちに、わたしは傲慢な考え方に支配されていました。この状況をわたしならばなんとかできる。そんな感情に支配され、もっと大事なものを見失っていました。何も前線で戦うだけが戦いに貢献する事ではないですよね」
そう言いながら朝潮は机の上にあるこの海域周辺の地図を手に取り何やらぶつぶつと呟き始めた。
「全く、避難所でおとなしくしておきなさいって言っているのに……いいわ。留守の間朝潮姉さんに臨時の秘書艦を任せるわ。ただし、姉さんが無茶しないように、お目付け役として白雪を付ける。それで、満潮達の艦隊を指揮するのは……」
その時である。朝潮が満潮の肩に飛び掛かり、そこに乗っていた何かを捕まえたように見えた。実際はそう言う風な動作をしただけであり、何も捕まえてはいないのだが、彼女の奇行を咎める前に、扉に何かが叩きつけられる音と、聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。
「アンタ、いったいそこで何をしているの」
そこには、先ほど分かれたはずの提督の卵の姿があった。
「熊本大将。先ほどの話は本当なんですか? 満潮達がこの泊地を守るためにここに呼び出された事と、そして、この泊地を襲う敵が同じ艦娘かも知れないという事」
どうやら、部屋の前ですべての話を盗み聞きしてしまったのだろう。そして、特訓し見違えるように成長したとは言ってもまだ提督の卵。そんな彼が分不相応の事を言い出す事を満潮は予感した。
「やめなさい。○○!! アンタは今自分の実力に見合わない事をやろうとしている。それ以上口を開いたらもう戻れなくなるわ」
「熊本大将。俺が満潮達を指揮します。俺に任せてください」
彼のその言葉を、満潮は止める事が出来なかった。