わたしは一通り艦娘用の罠の設置を終わらせると、島の最上階に続く階段手前で満潮達の戦いを見守りながら艤装を展開してみる事にした。が、力を込めた瞬間前進に稲妻が走った。
「くっ! ぐうぅぅぅ」
明石が艤装を展開するとばらばらになると言ったことは本当のようで、わたしの塞がった傷は艤装のリンクを使って艦娘素体の再生だけを完了させた状態であり、艤装本体は中破状態である。敵がここに侵入してきたときに万が一ここに仕掛けられた無数の罠をかいくぐられた場合、縋るものの一つとして異常が使えないかと言う私の期待は儚く散った。
「わたしは無力です。満潮、みんな、頼みましたよ」
霞の到着時刻まであと2時間、それは彼女達にはあまりにも長かった。
「動いてこないわね」
満潮達が敵の策略にはまり、互いに銃口を突きつけてから3分ほどの時間が流れていた。各艦の距離は10メートルにも満たないほど接近しており、一瞬でも気を抜けば敵の弾丸が彼女らを貫いている事はたやすく行われる距離である。
加えて、満潮達はこういった超接近戦での戦闘訓練は受けていない。故に、敵がこの距離での戦闘を持ち込んだ以上、先に動けばおそらく敗北は必然。そこで、敵の砲撃の硬直に合わせて急速に後退しながら距離を離し、数と破損具合、敵の装備の重さによる機動力の差を武器に通常の距離の戦闘に戻すのが司令官の指示である。
「敵の目的はあくまで熊手砲の無力化にあるから、ここを足止めすればいいという考えなんだろう。このままではらちが明かない。満潮、俺に考えがある」
満潮達の脳内に司令官から良い考えとやらが伝えられる。
「……司令官、正気!?」
その言葉に長良が司令官の正気を疑うように声を荒げたが、その瞬間満潮は前傾姿勢になり、中央にいる艦娘に向かって突進を始めたのである。
「無茶だって、狙い撃ちにされるよ!!」
そう、通常であれば扇上に展開している敵陣に一人が特効を仕掛ければその船は狙い打たれて犬死に終わるだけであるが、この近距離戦では主砲を彼女に向けた隙を突かれその船が狙い撃ちされる為、突進している船以外は彼女に銃口を向けることは出来ない。
「それに、私がこのまま敵の後ろに回り込んだら、敵は何の損害もなく全滅する。一発外したら全滅。その状態で銃を使う? いいえ」
満潮の突撃に合わせて駆逐艦が一隻ぶつかるように船体を前に出す。
「そう、私に体をぶつけてそのたくらみを阻止しようとするはず。でもね」
満潮は敵駆逐艦の懐にもぐりこみ、彼女の腕をつかんだ後体全体を使って背中から海面に叩きつけた。いわゆる背負い投げと言うやつである。一瞬の事で何が起こっているのかわからず、呆気にとられる敵の隙を見逃すほど、満潮達の艦隊の練度は低くなかった。
水面に響く4つの破裂音と共に、全員が大破したようで、旗艦大破による強制帰還機能によって敵艦娘が急速に帰還していく。
「言ったでしょう。ここから先にあるのは地獄だって」
「満潮ちゃん凄い、いつの間にそんなことできるようになったの?」
長良が感心していると、大潮が興奮しながら、
「満潮は朝潮姉さんと前に特訓していたんです。朝潮姉さん、艤装が使えないから敵が陸上に上がって来た時に少しでも時間を稼げるように、組手を手伝って欲しいって。その特訓が大潮達を助けるなんて、すべては万事塞翁が馬ってやつですね!」
「おしゃべりはそこまでよ。敵はまだ3艦隊いるんだから、さっさと片づけるわよ」
しかし、満潮達がその場を動こうとした時に、司令官は現状の位置で待機と言う指示を出した。
「はぁ!? どう言う事よ。まだ、敵は3艦隊も残っている。とてもじゃないけれど、支援砲撃では落としきれないわ。朝潮姉さんを見殺しにしろってこと!?」
満潮はそう声を荒げ、艦隊の皆は司令官の心変わりに、困惑した。が、次の瞬間、先行している敵艦隊が突如として謎の爆発に襲われ、他2艦隊も退却していく。
「いったい何が……」
「満潮達が入渠やら準備やらで待機しているときに、残っている艦娘総出で第1鎮守府の正面に大量の機雷を設置しておいたんだ。まあ、それを指示したのは朝潮ちゃんなんだが、鎮守府近海で機雷が設置されていない場所は満潮達がいる場所から右に迂回して第1鎮守府の右玄関前に行くまでの、要は通って来たルートだけ。敵はこのルートを何としても突破してくるはず。ここからが本当の勝負だ」
満潮は絶句した。確かに自分を信頼しろとは言ったが、万が一満潮達が敗北したときには、鎮守府艦を使って逃げて欲しいとも思っていた。しかし、時間を稼ぐために万が一の退路も塞いでしまったのだ。
「全く、信頼しろとは言ったけれど、逃げるなとは言っていなかったはずよ」
しかし、満潮はその言葉とは裏腹に笑みを浮かべていた。
それから数分後、敵艦隊が満潮達めがけて進軍してきた。敵はいずれも駆逐5の軽巡1の水雷戦隊が3艦隊。後は駆逐艦1隻がまっすぐ第一鎮守府めがけて移動しているが、恐らくそれは先ほどの機雷の爆発が敵には分からなかったのだろうか、もう一度駆逐艦を突っ込ませて爆発原因を探るための行動だろう。故に、満潮達は突っ込んでくる3艦隊を捌くことに集中することにした。
「みんな、ここからが正念場よ。ついてらっしゃい」
満潮の号令と共に、艦隊全員が息を合わせて腕を天に突き上げた。
どうして、こんな事に……満潮は己の無力さを呪った。3艦隊の内2艦隊を蹴散らし、あと一艦隊と言うところで、彼女らは異変に気が付いた。鎮守府に無謀にも突撃していた、気にも留めていなかった駆逐艦が、第一鎮守府まで距離50の位置まで肉薄していたのである。
「司令官、あんた言ったわよね。機雷は大量に設置してあるって、なのにどうしてあいつは鎮守府までたどり着けているの!! 一体どういう事よ!!?」
「いや、結構めちゃくちゃな数ばらまいていたはずだぞ。それこそ、設置した艦娘本人ですら通り抜けるのは不可能なほど、日に雷に数回撃たれるような絶望的に運が悪かったりでもしない限り、そんな事にはならない筈だ」
あり得ないレベルの運の悪さ……。満潮の脳裏に朝潮から聞かされた数々の運がない、ついてないエピソードが木霊する。そう、彼女は自分の運の悪さによって、強固な城砦を築いたつもりが、単に墓穴を掘ってしまっただけになったのだ。そして、気づいた。
「朝潮姉さんはどこかのタイミングで自分が悪運によって皆を危機に陥らせてしまう事に気づいていたんだ。だから、一人で本館に籠ったんだわ。自分の悪運に他人を巻き込まないために……」
しかし、満潮は振り返らない。朝潮が彼女らを信じた様に、今度は満潮達が彼女を信じる番だ。朝潮ならば必ずこのピンチを乗り越えてくれる。そう信じて満潮は主砲に力を込めた。己を奮い立たせるために。