やがて僕は荒潮に呑まれる   作:ANMC

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 朝潮初めての演習に入ります


初めての演習

二階の家庭科の扉を開けると、そこには5人の艦娘がこちらに視線を向けてきた。わたしが旗艦で、艦娘が艦隊を編成するときの最大人数は特殊な場合を除き6隻なので、この場に演習に参加するすべての艦娘がいる事になる。

 

 手前から、昨日わたしを案内してくれる予定だった艦娘の阿武隈、その後ろに三つ編みで数本の魚雷の整備をしている艦娘は北上、その反対側で制服の下にボディーラインの見える上半身タイツを着ている片方の目が光っている艦娘は古鷹。

 

 その奥で帽子を被ったツインテールで、人型に切り取られた紙を数十枚宙に浮かせている艦娘が龍驤で、部屋の中央で半裸と表現してもいいような鍛えられた腹筋が輝く腕を組んでいる艦娘が長門である。

 

「昨日付で、この鎮守府に着艦しました。朝潮型駆逐艦一番艦、朝潮です。よろしくお願いします」

 

 わたしはドアを開けた後、敬礼しながら挨拶すると、長門が組んでいた腕をほどいて、右手をわたしに向けて差し出してきた。わたしがその手を取ると、

 

「よく来たな。私は戦艦長門、貴艦の活躍に期待する」

 

 そう言いながら岩石を握り潰せそうな握力で握り返してきたので、わたしも朝潮示現流ものすごい握りで対抗することにした。

 

「ふむ、よく鍛えられているな」

 

「手荒い歓迎ですね」

 

 さすがに戦艦の握力に対抗するには厳しかったのか、骨のきしむような音が手の甲から聞こえてくる、その様子を見かねたのか、古鷹が長門の手を引き離した。

 

「ちょっと長門さん、相手は駆逐艦ですよ。ごめんなさい、長門さん思ったことを何にも言わずに行動するきらいがあるから……」

 

「すまん。ちょっと力が入りすぎてしまった。この長門、失態だ」

 

「大丈夫ですよ。古鷹さん、長門さん。中世の文豪ゲーテは言いました。(言っていない)真の朝潮は誰に対しても憎しみを持たないものです。大した問題ではない事を、大事にするのは、わたしの本意ではありません」

 

 そう言いながらわたしは今日つける日記に、長門との握手には気をつけろという一文を付け加えるつもりだが、特に怒っているわけではない。そう、断じて怒っているわけではないのである。

 

「ははあ、偉いぞ朝潮ちゃん。古鷹も、本人同士がええって言うてるんやから、あんまし長門を責めんとおきなさい」

 

 龍驤はそんな様子を見ながら、そう言って長門の足元に、式神を投げた。

 

「ウチは龍驤。そんで、そこのとんでもない握手してきたのが長門で、その長門を止めたのが古鷹や、」

 

「朝潮ちゃん。大丈夫? もう!! 朝潮ちゃんびっくりしちゃったじゃないですかぁ!!」

 

 少し反応が遅れた阿武隈が近づいてきたが、その時のわたしは阿武隈の名前をど忘れしてしまい、うっかりとチェロスと口走ってしまったのである。その瞬間、教室は爆発した。

 

「ちょ、朝潮ちゃん。何で知っているの!?」

 

「うひゃひゃは、なんやぁ、満潮から聞いたんか!? あの時の阿武隈は傑作でなぁ」

 

「龍驤さん笑いすぎですぅ。もぅ!! あの話は終わったはずじゃないですかぁ!!」

 

「すいません阿武隈さん。数時間前に満潮から聞いたチェロスのインパクトが強すぎて、つい口走ってしまいました。しかし、その問題はすでに解決済です。今度からは髪がチェロスに変えられても気づかないと言う少し間抜けなキャラクターを演じなくても済むようになります」

 

 わたしはそう阿武隈に報告した。冷静に考えて髪の毛の一部が食品に変えられて気づかない筈はないので、その話は阿武隈なりのボケであると考えていた。と言うことを付け加えて話すと、彼女は教室の壁に向かって体育座りをしながら、「ボケじゃないもん。間抜けじゃないもん」と、呟いている。

 

「阿武隈ちゃん……大丈夫。阿武隈ちゃんは間抜けじゃないよ。その日はその……疲れていただけだよね」

 

 と言いながら古鷹が阿武隈の肩を抱きながら慰め始めた。

 

「なるほど、わたしは髪の一部を食品とすり替えるなど、あまりにも低級な悪戯であると思っていたのですが、それを本人に気づかせないとなると、彼女には悪戯の才能があると認めざるを得ないようですね」

 

「ほんまやなぁ、しかし解決したと言う事は、荒潮が悪戯止めるっちゅうことか。残念やなぁ」

 

 この龍驤と言う艦娘はボケや突っ込みと言う概念に理解を示しているようで、なんとなく馬が合いそうな気がする。そんな中、部屋の奥で魚雷を整備している北上が、話がひと段落したころに話しかけて来た。

 

「あたしの名は北上。その……なんだ、みんな前の朝潮が優秀だったからあんたに期待しているけれど、あんたはあんた。まぁ、気楽にやりなよ」

 

 そう言って魚雷の整備に戻っていった。

 

「そう、わたしは前の朝潮の事は知りませんし、彼女になるつもりもありません。しかし、わたしはそんな彼女に後れを取るつもりもありません。一生懸命頑張る覚悟です」

 

 大体そう言い切った時に、教室の扉がガラリと言う音をして開いた。司令官がやってきたのである。

 

「いいことを言うな。朝潮」

 

「失礼しました司令官」

 

「大丈夫だよ。さて、それでは演習の場所と時間を発表する」

 

 司令官はそう言って、黒板に文字を書きながら説明してくれた。演習時間は今から30分後の1330。場所は呉第1演習場と呼ばれる呉の第1鎮守府、熊本大将鎮守府の目の前で行われる。演習相手は呉第12鎮守府の田沼中将の艦隊が相手で、旗艦は陽炎で神通、扶桑、千歳、摩耶、木曽が随伴艦としてつく。この第1演習場で演習が行われることは稀であるが、熊本大将からの希望で急遽ここに変更になったらしい。

 

「提督、熊本大将はなんでまた私たちの演習を見たいと言い出したのですか? 私達の鎮守府練度最高の荒潮ちゃんは怪我のために不在で、旗艦は演習未経験の朝潮ちゃん。朝潮ちゃんの実力を見るにしても、もうちょっと艤装や旗艦に慣れてからの方が力が図りやすく、ここで演習を見るメリットはないと思います」

 

 そう言って古鷹が、提督に質問し長門たちはそれに同意する。それを聞いて彼は少しばつの悪そうな顔をしながら、

 

「このタイミングの演習視察だから、朝潮の件と関連付けて考える気持ちも分かるけれど、その……なんだ。今日急遽、佐世保の綾瀬大将がこの呉に来ることになって、なるべく彼女との時間を減らすために演習を視察したいと言われた」

 

 言の葉に乗せられた衝撃の事実に、みな閉口した。

 

「とは言え、これはチャンスだ。熊本大将の前で僕達艦隊の力を見せれば、届けられる物資や装備や艦娘の素体の数を増やしてもらえるよう取り計らってもらうことも可能だ。みんな、力を合わせて頑張るぞ」

 

 そう言って、司令官は腕を振り上げた。艦隊のみんなは先ほど力なくズッコケてしまっていたが、気持ちの切り替えは早いらしく、司令官に合わせてオーと言う声を上げながら腕を突き上げたのだ。

 

「しかし、司令官。そんな大事な演習ならば、旗艦を変わった方が良いのではないですか? わたしも気持ちの上ではほかの艦に後れをとる事はありませんが、何分初めての演習。わたしよりも優れた艦に旗艦を任せた方が良いと具申します」

 

「君の言う事は尤もだ。その方がおそらく良いだろう。しかし、僕は少し欲張りでね。ただ勝つのではなく、その時に今日初めての演習をする艦がいたにも拘らず勝つ。そうなった方が、この艦隊の強さを見せつけられる。そう思わないかい」

 

 そう言って、作戦会議を終了した。わたしはこの司令官面白い人だなと認識を改めることにした。

 

 

 

 呉第1鎮守府。そこはもともと海上自衛隊呉地方総監部があった場所であり、一時期九州全体が深海棲艦に占領されていたときは、そこから瀬戸内海を通って内陸部に進攻しようと責め立てる深海棲艦は数え切れなかった。

 

しかし、その鎮守府の屋上にある長さ5000ミリほどの巨砲を使い100万隻を超える深海棲艦を沈めたらしく、その武勲によって熊本大将は大将となった。と言う子供でもほら話と分かる武勇伝を阿武隈から聞きながら、わたし達はその鎮守府の周りに広がる海面を移動しながら呉第1演習場に向かっていた。

 

 そこには今回の演習相手である呉第12鎮守府の面々がすでに集まっていたので、わたしは挨拶をするために彼女らの元へと向かった。

 

「朝潮ちゃん。分かっていると思うけれど、相手に失礼のないようにね」

 

「分かっています。中世の文豪ゲーテは言いました。(言っていない)人間関係は礼に始まり礼に終わる。艦隊旗艦として恥ずかしくない挨拶をしてきます」

 

 

 

 わたしは彼女らの数メートル前で進行を停止させ、敬礼の姿勢を取りながら、

 

「わたしは呉第4鎮守府第1艦隊旗艦朝潮です。この度は対深海棲艦用軍事演習を受けて下さり、ありがとうございます」

 

 と、先ほど阿武隈に貰ったカンペを丸暗記したものをすらすらと読み上げると、あちらの艦隊の旗艦の陽炎も同じようなことを話していたので、おそらくそういうテンプレートが配布されているのだろう。

 

「ふぅ、終わり。さて、朝潮ちゃん。提督に聞いたんだけれど、あなた演習は初めてなんだって?」

 

「はい。艤装の練度は前の朝潮が使っているものを使用しているので高いのですが、わたし個人としては演習に参加した事はありません。ですが、戦場に出たならば相手はそんなことを考慮してくれるはずもありません」

 

 わたしがその後自分の思いを彼女に聞いてもらおうと続けようとしたが、彼女はわたしの唇を指で押さえながら、

 

「大丈夫よ。あなたの言う通り、敵は私達の事情なんてこれっぽっちも理解してくれないわ。でも、その為にこうやって私達は日々演習をして本番に備えているの。もちろん、本番のつもりで立ち向かうことは大切だけれど、気負いすぎても駄目よ。お互いにベストを尽くしましょう」

 

 そう言って彼女は唇を抑えた手を開き、わたしに握手を求めた。わたしはそれに応え、「はい。よろしくお願いします」と彼女の手を握った。

 

 

 

「なんだ、さっきまでの緊張がほぐれているじゃないか。安心したぞ」

 

 わたしが仲間の元に戻ると、長門がそんなことを言ってきたので、先ほどまでのわたしはその様な顔をしていたか尋ねると、艦隊全員が頷いた。そういえば、先ほどのわたしは余裕がなかった気がする。

 

 明らかに嘘と分かる大将の法螺武勇伝を聞いても笑い飛ばすどころか、若干イライラしていたのもその為だろうと自己分析した。もし、相手がわたしを挑発するような態度を取ってきて来たとしたら怒りと不安のあまり、何もわからないまま演習に敗北していた事だろう。

 

 そんなことを考えている間に、演習開始時刻になったので、わたしの頭の中に司令官の声が流れ込んできた。

 

「朝潮、早速だがちょっと君の知識を試したい。敵艦隊との距離はおおよそ100メートル。ここから、敵艦隊から離れることは出来ても、近づくことは出来ない。なぜだか分かるかい?」

 

「はい。司令官。深海棲艦は艦娘を待ち構えるときに、深海領域と言う艦娘の艤装をはじく黒色のタールのようなものを展開しているからです。空母などが行う索敵はその中のどこに深海棲艦がいるかを発見する作業で、深海棲艦が見つかった地点によってT字有利、T字不利、同交戦、反航戦などの判定がされます」

 

 わたしはそう答えた。これは製造されて鎮守府に送られる艦娘ならば、事前知識として叩き込まれる類のものであり、答えられて当然の知識だった。

 

「うん。その通り、しかし、演習では相手がもうすでに見えているから、この作業はこちらの方であらかじめランダムで決められる。が、空母の索敵と航空戦はこのタイミングで行われる。龍驤、艦載機を出してくれ」

 

「任せときぃ、艦載機のみんな。お仕事、お仕事」

 

 龍驤がそう言うと、彼女の視点にカメラが切り替わり、彼女の手に持っている人型がラジコンの模型サイズの艦載機となり、宙を舞った。その瞬間、わたしは吐きそうになった。

 

 龍驤の搭載できる艦載機の最大数は55であるが、彼女の視点とは別に、艦載機55全ての視点が頭の中を同時に駆け回り、おそらく相手の千歳の艦載機59隻とまるで食い合うように激突する。一機また一機と敵の艦載機と、地上からの迫撃砲によって撃ち落されていくが、今回龍驤は全艦載機のスロットに艦戦を積んでいたため、何とか制空権をとる事が出来た。と後で聞かされたが、その時のわたしは脳みそを圧迫する視覚の暴力にただ圧倒されていた。

 

「その後は砲撃戦に入るが、その前に重雷装巡洋艦と水上機母艦そして、一部の軽巡は甲標的というものに魚雷を詰めておくことで、航空戦直後くらいに魚雷を撃つことができこのタイミング位に相手に届く。こちらは阿武隈と北上が撃て、相手は木曾がいるから彼女が撃ってくるだろう。さあ、魚雷を見極めて回避の用意だ」

 

 提督がそう言ったか言わないかぐらいのタイミングで、視点が古鷹に切り替わり、彼女の足元が破裂した。彼女は悲鳴を上げ、その視界が黄色く色づけされる。おそらく中破判定と言う奴だろう。

 

「と言ったものの、この魚雷をうまく回避する方法は余りない。戦艦のような装甲の厚い艦に当たる事を祈るか運良く外れるのを祈るしかない。さて、次は砲撃戦だ。深海棲艦はこのタイミングから、身を隠すために空気中の深海領域の濃度を上げて身を隠す準備を行う。その間に艦娘達に許される攻撃は一隻につき砲撃一発、魚雷1発。敵か味方に戦艦がいれば深海領域の展開が阻害されるらしく砲撃がもう一発できる」

 

 司令官がそう言うと、龍驤を除く5隻の艦娘の視点に切り替わり、彼女らが100メートル先にいる敵艦のいずれかに的を絞っている。いずれかと言ったのは、艦娘の場所は認識できるが、それがどの艦娘なのか認識できないのだ。

 

 演習が終わった後司令官から聞いた話では、それは相手の提督との力の干渉によって、一時的に艦娘の判別が出来なくなるらしく、実際の深海棲艦との戦いでも深海領域の濃度上昇によって似たような現象が発生するらしい。

 

 そして各々が狙いをつけた艦を司令官が微調整を施しながら砲撃するわけだが、同時に発射されるわけではなく次弾装填の遅く、射程の長い艦娘から、主に戦艦、重巡、軽巡、駆逐、空母の順に砲撃なり艦載機での攻撃が繰り出される。とは言っても若干のタイムラグがあるだけでそれらは端から見ればほぼ同時に発射されている。

 

「さて、砲撃戦だ。長門、古鷹、阿武隈、北上、朝潮。君たちの力を相手に見せてやれ」

 

「了解。全砲門斉射。撃てぇぇぇ!!」

 

 その瞬間の光景を、わたしは忘れることはないだろう。敵艦から浴びせられた砲撃は、まずは古鷹、龍驤に直撃し、彼女らの視界を黒色に染めた。その速度はわたし達の反射神経では反応する事すら出来なかった。

 

 その時、わたしは火薬によって高速移動する弾丸を見て避けることは出来ないという当たり前のことを目の当たりにした。そんな中、わたしに直撃するはずだった弾丸を長門が割って入って受け止める。おそらく、駆逐艦の砲撃だったのだろう、彼女の視界は何色にも染められていない。

 

 先ほどの、高速移動する弾丸を見て避けることは出来ないという発言と長門のこの行動は矛盾すると感じるかもしれないが、のちに聞いた話ではこれは旗艦を狙われたときに、たまに司令官はそのことを直感的に感じる事が出来、無意識のうちに随伴艦をその射線上に移動させるためであり、狙って行っているわけではないらしい。

 

 わたしは被害状況と敵に与えた損害を司令官に報告した。朝潮、無傷。阿武隈、北上、長門小破。龍驤、古鷹、大破。敵は無傷1小破4、大破1で大破した艦娘は木曾と判別。と言う風に、大破して耐久力が1になった艦娘は判別できるようになる。第2射以降のターゲットから外れるためである。

 

「相手は、大破1で、こちらは大破2。数の上で若干不利になってしまいましたね」

 

「しかし、まだ砲撃戦がまだ残っているし、夜戦も残っている。勝負はまだわからない」

 

「当然です。皆さん。中世のドイツの文豪ゲーテは言いました。(言っていない)最後まで走り抜けられぬものに勝利は訪れない。やり切ったベストを尽くした、とは戦った後のセリフです。最後まで走り抜けてやりましょう」

 

「ふ、当然だ。この長門、全身全霊をもって敵艦を撃つ」

 

「当り前よ。見てなさい」

 

「やっぱり、駆逐艦ウザイ……でも、偶には悪くはないかな」

 

 わたしの鼓舞によって、劣勢を跳ね除ける。などと言う自分本位な事を言うつもりはないが、今のわたしにはこうするしか方法がなかった。わたしはなんとなく一番右にいる敵艦に狙いをつけ、引き金を引いた。刹那、衝撃が体を襲った。

 

 周りの視界が黄色く変色し、カメラを切り替えるとどのチャンネルも真っ暗な闇に覆われており、大破していないのはわたしだけになった。私も周りの状況から中破判定になっているのだろう。敵の損害は……大破5に無傷1。大破艦5隻の状況から、残っているのは旗艦の陽炎だろう。この時点で、わたし達の勝利は絶望的となった。

 

 次は夜戦前の魚雷フェイズであるが、中破した艦娘のペナルティーの一つとして、魚雷の射程距離が縮むというペナルティーが存在し、中破した艦娘はこのタイミングで魚雷を撃つことは出来ない。つまりわたしは彼女の魚雷をもろに食らうことになってしまうのである。

 

「いいわ。来なさい。みんなが繋いだこの命。ここで散らしてなるものか。朝潮型をなめるな!!!」

 

 先ほど、魚雷と言うものがいかに避けがたいかを体感したわたしであるが、そんなことは関係ない。気合で避けてみせる。見えた。

 

 結論から言うと、わたしはその魚雷を前方5メートルの地点で確認し、避けることは出来なかった。躱すことは出来なかったが、それはわたしの艤装のバリア擦れ擦れをまるで沿うように外れ、首の皮一枚つながった。

 

「危なかったな。朝潮。この後は夜戦だ。夜戦とは深海棲艦の深海領域の濃度が上がり切り、艦隊を海域もしくはそのエリアから強制的に脱出させるほどの力場を形成する現象をさす。視界は極めて悪くなるが、代償としてエリアから強制的に退出させられるまでの間、湖面の深海領域の濃度は薄くなり、約50メートルの地点まで近づく事が出来る。この距離まで近づけるようになると、駆逐艦の火力でも戦艦を落とす程度の火力が出る」

 

「分かっています。泣いても笑っても最後の攻撃です。絶対に勝ちます」

 

 そう言って、わたしは自分を奮い立たせた敵艦から50メートルの手前の地点まで艤装を走らせた。その時のわたしには初めての演習とか、鎮守府のために勝つだとか、そんな事は頭から消えていた。ただ、敵艦に向けて自分のすべてをぶつける。

 

「この海域から出ていけ!!」

 

 わたしが引き金に手をかけ、引く瞬間に不思議なことが起こった。幻覚だと言われればそこまでだが、確かに、相手の引金を引く瞬間の姿が見えたのである。わたしはほんの少し砲の向きをずらし、彼女の放つ砲弾にわたしの砲弾がぶち当たるように撃ち、本来直撃するはずだった砲弾の軌道をずらし、相手だけに直撃させたのである。

 

「そこまで、呉第12艦隊旗艦陽炎、大破判定。よって呉第4鎮守府の勝利」

 

 わたしが夢か現か分からないような体験に呆然としていると、拡声器で増幅された熊本大将のその言葉が、わたしを現実に戻してくれた。演習が終わり、黄色く変色した視界が元に戻ると、陽炎がわたしの所にやってきた。

 

「今日はありがとう。いい演習だったわ。でも、次は負けないわよ」

 

 そう言って彼女が手を差し出してきたので。わたしはその手を握った。

 

「ありがとうございました。また、よろしくお願いします」

 

 初めての演習で初勝利を挙げる。と言うのは出来すぎだが、今はその幸運に感謝することにした。

 

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