第一鎮守府本館に敵が侵入したという情報を受けて、白雪たちは朝潮を救出するための別動隊を編成していた。が、すぐに白雪のもとに電話が鳴り響く、それは本館にいる朝潮からの物であった。
「白雪ですか? こちら朝潮です。あなた達の事だから、本館に部隊を派遣して敵を挟み撃ちにしようとたくらんでいると思いますが、来てはいけません」
「朝潮ちゃん、無事!? 駄目です。私達は朝潮ちゃんを放ってはおけません。すぐに別動隊を派遣するので待ってください」
「いいえ、聞いてください」
朝潮は話をつづける。本館に大小200以上のトラップを仕込み、敵を足止めしながら敵の損傷が激しければ後ろから奇襲をかけて拘束、できなければ諦めて一つだけ存在するトラップに当たらずに外に出られるかなり複雑なルートを通って脱出するつもりであった。
熊手砲と言う二度と使えない無用の長物が破壊されていても問題なく、敵は艦娘一人で後は敵が通って来たであろうルートに別動隊を派遣して熊手砲を破壊した敵を拘束して敵の情報を吐かせればいい。要は時間稼ぎのつもりであった。あと2時間程度持ちこたえれば霞帰ってくる。トラップで1時間ほど時間を稼げれば、目的は達成したのも同然である。しかし、
「敵は今まで一つのトラップも起動させずにここまで来ています。それに、機雷原も無傷で突破、つまり敵はわたしや霞と同じ存在であると推測されます」
異常艦娘。艦娘の中には通常の艦娘では実現不可能な特殊な個体がいる事を白雪は知らされていた。考えうる限り最悪の事態である。
「そんな、敵はそんな切り札を用意していたなんて」
「霞と対峙する以上、そう言った艦娘を用意していても不思議ではないでしょう。しかし、これはある意味幸運でした。熊手砲を撃ったことによって、敵の最大の切り札を前線ではなく、わたしの方に向かわせる事が出来た」
そう、前線を必死に抑えている満潮達であるが、彼女たちの方に異常艦娘が向かっていたとしたら朝潮たちにそれを止める術はなかっただろう。しかし、万が一ここで朝潮が敵異常艦娘を止める事が出来れば、敵は霞に対する切り札を失い大きく戦意を削ぐ事が出来る。
「でも、朝潮ちゃん。艤装を満足に使えないあなたが、異常艦娘を無力化するなんて奇跡みたいなあり得ない確率です。無茶はやめて」
奇跡か、白雪の言葉に朝潮は不敵な笑みを浮かべた。
「奇跡などというモノをわたしは信じません。今まで運に見放されたような艦娘としての人生のなかでわたしが信じる物、それは自分自身です。かつてのドイツの文豪ゲーテは言いました。自分自身を信じるだけでいい。きっと生きる道が見えてくる」
そう言って、朝潮は電話を切った。
朝潮は敵の異常をその類まれなる幸運ではないかと推測していた。もし、周りの機雷やトラップの仕掛けられている場所を正確に把握できる力であるならば、他の艦娘を連れてきているはずである。
もう一つ分かっていることは敵がトラップの仕替けられていない一本道を通る以上、敵がどこから来るか正確に分かり、かつどこで戦うのか選択権がこちら側にある。
「見つけました。敵が全然出てこないので逃げちゃったと思いましたが、一匹残っていたんですね? それとも、この雪風を誘い込んで大型艦が待ち伏せしているんでしょうか?」
敵は陽炎型駆逐艦の雪風だった。そして、朝潮が戦いの場所に選んだ場所は執務室横にある大広間で、ここから左側に熊手砲屋上に続く隠し階段がある。本来の屋上への階段にはトラップが山ほど仕掛けられているので、ここを通るしかない。
狭い通路で待ち伏せして朝潮示現流の技で組み伏せる手段もあったが、失敗した場合に通路だと逃げ場がない。よって、敵の異常には自分の異常で対抗する事にした。
「わたしは、第一鎮守府の秘書艦代理、朝潮。武器を捨てて速やかに投降しなさい。そうすれば命までは取らないと約束します」
と言うお決まりの文句を垂れ流した。無論、素直に投降するなどとは一片たりとも思っていないが、少しでも彼女らに対する情報を引き出そうと声を掛けただけに過ぎない。しかし、彼女にはわたしの声は聞こえていない様で、彼女の司令官の話しか耳に入っていない様だった。
「司令。……はい、駆逐艦イ級一隻。速やかに撃破します」
そう言って雪風は臨戦態勢に入る。来るかとわたしは右手を挙げて指鉄砲を作る。おそらく艤装を展開できるのは一瞬、その一瞬で異常を発現させて敵を無力化する。筈だった。敵が選択した武器は機銃だった。
「ひぃぃぃぃ!!」
7.7ミリ機銃は艦娘同士の戦いでは役には立たない代物であるが、今の艤装を展開できない朝潮にとっては一発一発が致命的であり、全力で右に飛んで回避するしかなかった。
「司令、外しました。敵はかなり素早いです。ここを任されている以上、フラグシップ級、いやそれ以上の特殊個体であると言う司令の推測は正しかったみたいです。このまま機銃でけん制しながら追い詰めて、砲撃後の隙を狙っていきます」
そんな事を敵は話していた。普段の戦いでは司令官や深海棲艦の力の干渉によって敵部隊の話声など聞こえないのだが、司令官と繋がっていない朝潮にはその声が丸聞こえであった。しかし、まずい事になった。頼みの綱の一つであったわたしの異常が封じられた。
「くっ、艤装さえ使えれば、機銃を無視して突撃できるのに……仕方ない。本気で行きます」
右に飛んだ朝潮は一回転してそのまま右に回り込み続け、そのまま壁を垂直に上り、機銃の届かない真上に移動しようとした。真上にさえ移動してしまえば機銃を撃つためには無理な体制をする必要があり、ほとんど寝転ぶ必要がある。その状態ならば敵も主砲を撃つか壁際に移動するかの2択を迫られ若干有利を取り戻す事が出来る。
「壁を垂直に!?」
「よし、」
しかし、わたしのこの作戦は失敗に終わった。敵が何かしたわけではない、部屋の中央に行くために掴んだ突起が老朽化のために折れたのである。幸いにも敵が呆気に取られていたようで、落ちるまでの間に狙い撃ちされることはなかったが、
「幸運の異常ですか。厄介ですね」
機雷原、罠の無力化、主砲を使わない事による異常の無効、そして、今回の突起の破損。わたしの考えた策が悉く潰される。何より気に食わないのがおそらく雪風自身はその事に全く気が付いていないという事。もはや、時間をかける訳にはいかない。下手に時間をかけすぎると、床が抜けて動けない所を狙い撃ちなどと言う間抜けな死因になりかねない。
わたしはなりふり構わず雪風に向かって突進していった。
「敵艦、来ます。機銃撃てぇ」
今度は左に体一つ分だけ躱し、速度を落とさない。そして、機銃の位置を変えるために体を少しずらした時、敵が一瞬だけ瞬きをさらした。その隙をわたしは見逃さなかった。大きく右後方に飛び、敵の視界範囲外に逃げ、そのまま敵後ろ大きくに回り込む。
雪風はあたりをきょろきょろと見まわし、今まで視界にとらえていたはずのわたしが消えるようにいなくなったことに驚いているのだろう。
「ここです」
わたしは敵の後頭部に思い切り頭突きを食らわし、脳を揺らす。そして、振り向いた敵の鳩尾に肘内を食らわし、くの字に曲がった体を背負いぶん投げようとした。
「エイッ!!」
その瞬間、雪風の魚雷が爆発した。わたしは咄嗟に艤装を展開したので、魚雷爆破の衝撃で肉体がばらばらに吹っ飛ぶことは避けられたが、無理な艤装展開により艤装自体の崩壊が始まり、体に激痛が走る。
「く……」
「危ないところでした。ここに来る前に島風ちゃんが敵艦娘に背負い投げをされたと言う情報を聞いていなかったら、その対策をみんなで話し合っていなかったとしたら、雪風も捕まっていたかもしれません」
至近距離で魚雷を爆発させた雪風自身もタダでは済まず、彼女の自身も中破しており、熊手砲を破壊した後にそのまま乗り込む別館に乗り込むと言う最悪の事態は避けられた。あと数秒でわたしは死ぬだろう。全身激痛で指一本動かせない。
「ごめん。みんな、後はよろしく頼みましたよ」
朝潮は自分の意識を手放した。