「おやおや、そんな事でキミは諦めるのかな?」
わたしの脳裏に、不快な人間の言葉が思い出される。走馬灯に最初に思い浮かぶのがよりによってお前かとそんな事を考えていると、全身を刺すようだった痛みが引き、わたしの意識を急速に回復させる。目を開けて手を見ると、その手には主砲が握られていた。
「霞の指示でね、キミの今付けている艤装が崩壊する事をトリガーにこの単冠湾で整備が完了していた艤装を転送する機能を念のために取り付けておいたんだ」
声の主は綾瀬大将。
「司令。敵深海棲艦の艤装が復活。これは、応急修理女神みたいです」
敵はそう言いながら距離を取る。
「綾瀬大将、一体どうなっているのか良く分かりませんが、あなたから貰った艤装(ちから)。ここを守るために使わせてもらいますよ」
わたしは艤装を構え、雪風に向かって放つ。その時、朝潮は心臓が沸騰するような高揚感に包まれた。朝潮の一撃は雪風が持っていた主砲の犠牲によってその一撃を雪風自身には当たらなかったが、そんな事は気にならないくらいまるで主砲が手に吸い付くような、異常を使わなくても狙ったところに正確に当てられる得も言われる力を感じた。
「キミは最初他人の艤装で戦って経験を積み、練度と異常を成長させてきた。それによって、通常の艦娘とは比べ物にならない力を手に入れ、艤装がキミの力の成長に追いついていかないと言う事態に陥ってしまった。私がしたことは、キミが持つ力を受け止められるように艤装を強化したに過ぎないよ」
おそらく、したり顔でそんな事を話している彼女の顔を想像すると若干思う事はあるが、今は素直に彼女に感謝し、この戦いを終わらせるためにまずは目の前の敵を片付けよう。
「さあ、覚悟は良いですね。その前に、投降するならば命は取りません」
しかし、朝潮の言葉をよそに、雪風は砲を構えた。それを見て、わたしは砲を構えた。
「朝潮、迎撃弾(インターセプター)は使わないように」
その瞬間、綾瀬大将のその言葉が朝潮の脳内を駆け巡った。
「なんですか? その迎撃弾(インターセプター)って?」
「キミの異常だよ。私が名付けた。確かに、敵が砲撃を放つ瞬間を正確に予測し、敵の弾丸を弾いて自分の弾丸だけを当てる力は脅威ではあるが、多用して敵が砲撃を全く撃ってこなくなってしまったら問題だろう? だから」
異常が発動して敵の撃つ瞬間が見える。
「その瞬間に体一つ分よけながら前進するのさ」
雪風が砲を撃った瞬間、勝敗は決した。
満潮達はこれまで15回ほど敵艦隊を退けていた。敵の断続的な出撃に対応するために中大破した艦を定期的に下がらせてはいるものの、旗艦である満潮だけは下がる事が出来なかった。下がってしまえばその隙を付いて敵艦隊がなだれ込んでくることは火を見るよりも明らかである。しかし、
「うっぷ、おげぇ」
「司令官、大丈夫?」
まだ司令官としての経験が浅い彼にはかなりの疲労が蓄積しており、司令官を少しでも休ませるためにも一度帰港するかの選択を迫られていた。そんな時である。
「あれは……朝潮ちゃん?」
「はぁ?」
そこには朝潮がいた。たった1隻でこちらに向かってくる。満潮の頭は混乱している。敵を何度か退けるときに、朝潮が助けに来てくれる。そんなありもしない妄想を浮かべはしたが、本当に彼女がここに来るなんて、幻覚でも見せられているのだろうか? そんな時に、朝潮から通信が入って来た。いや、本来はあり得ないが、
「満潮、よく頑張りましたね。あとはわたしに任せて休んでいてください」
「はぁ? アンタその艤装は……それに、どうして通信できるの?」
そう、友軍同士の通信でも、空母等で補助をしない限り通信などできる筈がない。
「話は後です。帰投してください」
そう言いながら、満潮達の横を通り過ぎ、敵艦隊に向かって突撃していった。
「ちょっと待ってよ。一隻で何が出来るの? ハチの巣にされるだけよ」
「満潮ちゃん。朝潮ちゃんが何で艤装を使えるかは分からない。でも、今がチャンスよ。満潮ちゃんと司令官を休ませて回復を図るチャンス。霞ちゃんが帰ってくるまで後1時間半、それまで凌ぐ為には満潮ちゃんと司令官の力が必要なの」
そう、長良が提案してきた。満潮は後ろ髪を引かれる思いをしながら前線を見ると、朝潮があり得ない機動をしながら数秒で敵艦隊を全滅させる姿に、帰港を決意した。
「わたしの修理中に、沈むとかやめてよね……信じているわよ。朝潮姉さん」
満潮はそう呟き、くるりと後ろを向いた。
満潮が帰投しドッグに入るとすぐに高速修復材の使用を要求したが、
「あなたの司令官も同じことを言っていましたが、今は彼を休ませるために少しドッグの中で待機してください」
と言う、白雪の命令通り少しの間ドッグで休むことにした。艤装を預け、備え付けてある風呂の中で一休みしている間に、艤装の修復が行われる。なぜ、朝潮が艤装を背負っていたのか、聞きたい事は山ほどあったが、それを聞いたところで状況が変化するような事でもない。
満潮に出来る事は朝潮が稼いでくれた時間を使って体を万全に近い状態に整える事だけである。そう思いながら風呂に入ると、部屋の中になぜか腕を拘束された状態で風呂に入っている艦娘の姿を見つけた。
「あ、あなたが朝潮ちゃんの言っていた満潮ちゃんですね。私は雪風と言います。今、この鎮守府の近くにいる鎮守府艦に所属していた艦娘です」
「はぁ!?」
満潮には何が何だか分からなくなった。