大湊第12鎮守府所属宮本提督は就任以来最大のピンチを迎えていた。事の発端は1か月ほど前、単冠湾襲撃事件に端を発する。イベント開始直前の襲撃によりそれに近い位置にいる大湊では今回のイベントに向かう艦隊の縮小がなされ、この第12鎮守府も残留が決定した。が、他の泊地ではそう言った考えではなかったらしく、大湊だけが過剰に戦力を遺す結果となり、それを問題視した他の泊地を転々と警備に連れまわされていた。
そんなおり、7時間ほど前、大湊第3鎮守府の横島提督から電報が入った。
「テイトクぅ!! 横島提督からの電報は見ましたか!?」
金剛が持って来た電報には衝撃的な事が書かれていた。熊本大将が舞鶴の敵深海棲艦襲撃の応援に向かっている最中に地下で実験中だった改造深海棲艦が脱走し、呉第一鎮守府を乗っ取りその機能を掌握した。と言う内容だったのだ。
「金剛、直ぐに横島提督に合流。第一鎮守府を救援に行くぞ」
「テイトク……呉第一鎮守府はもう……」
金剛の言いたい事は理解していた。しかし、宮本の考えは変わらない。彼は2010年に起こった深海棲艦が人類に対して初めて大規模侵攻してきた事件、通称ファーストコンタクトの被害者であり、その際に対馬に住んでいた彼はこの世の地獄を味わった。
海辺にいた人間は生きたまま深海棲艦に食われ、内陸部では少ない食料と水を求めて殺し合いが行われていた。両親は子供たちを逃がすために深海棲艦に食われ、兄は宮本に食料を渡すために暴漢に襲われその怪我が元で命を失った。
もし、鶴崎大将が対馬から民間人を脱出させなければ、彼は今頃この場にはいなかっただろう。第一鎮守府が全滅したのは仕方ない。しかし、呉の民間人や将来有望な提督の卵たちに自分と同じ思いをさせたくない。そして、こんな事態を起こした熊本大将に責任を取らせるための証拠をつかむために、彼は横島提督の元へと向かった。
横島提督も同じ考えのようで、彼らは呉の第一鎮守府の元へと向かった。
横島提督は聡明な提督のようで、彼と彼の艦娘を宮本の鎮守府艦に乗せるように提案してきた。一つは、支援に来た鎮守府艦が一隻だと思わせるため。このようなスキャンダルが露呈しないように、第一鎮守府を奪還した後証拠隠滅のために、今下関を守っている提督が後背を突いて来る事は明らかであり、鎮守府艦一隻で進行し、機雷を巻いてそれをできなくした後に、第15鎮守府の機能を掌握して2隻で呉第一鎮守府を掌握する。
「なるほど」
「そして、君は確か対馬の出身だったね。深海棲艦に襲われた地域がどうなるか知らん君でもあるまい。ブラインドを濃くする調整をしておこう、これで、君や君の艦娘はその凄惨な現場を見ずに済む。私が提案した事だ。汚いものを見るのは私たちだけで十分だ」
ブラインドとは深海棲艦と艦娘が会敵した際に発生される力場により相手の姿が見えにくくなる現象であるが、それを意図的に濃くする事が出来る事は提督である宮本にも知らされていた。その提案を宮本は受けた。
すべては順調だったのだ。しかし、熊手砲によって横島提督の乗った第15鎮守府艦は沈没、彼は戦死しただろう。そして、熊手砲を無力化に行った雪風。彼女は提督に就任する際に、鶴崎大将から受け取った艦娘であり、凄まじい回避性能と決定力を併せ持つ艦隊の切り札であったが、正体不明のイ級に敗北した。
任務失敗を悟り、自分が艦隊スロットを一つ潰している状態では敵には勝てない。繋がりを解いてくださいと言う雪風の提案を受け取り、宮本はそのつながりを解いた。その際、解く直前の雪風の最後の言葉が耳を離れない。
「そんな、……駄目、司令切らないで!!」
そして、おそらく雪風を食らった悪魔は、今まさに宮本たちを破滅に追い込もうとしていた。
「あり得ません、どうして……どうして当たらないの?」
たった一隻のイ級に砲撃をすべて回避され、その事ごとくを大破させて強制帰投装置によって引き戻される。これまで、のべ10艦隊がその謎の深海棲艦に倒されて強制退去を強いられていた。
熊本大将がいなかったとはいえ、第一鎮守府が壊滅するような数の深海棲艦が呉の地下に封印されていたとは考え難かったが、今彼らの前に対峙している深海棲艦を見て納得できた。この深海棲艦が呉を壊滅させたのだ。
「深海棲艦type-γ……」
「テイトク、それは何ですか?」
「あくまで噂さ、たった一隻で泊地を壊滅させることのできる深海棲艦で、大将がイベント中でも泊地を離れない理由で、奴らが存在するから大将を深海棲艦に対して大規模に進行させる事が出来ないそんな事がまことしやかに語られていたんだが、どうやら、本当にいたようだな」
提督は嘆息した。そこに、比叡、霧島、榛名が乗り込んでくる。
「司令、撤退しましょう。あのイ級の力は異常です。後退しながら支援艦隊でけん制しながら脱出しましょう。今決断しなければ、奴は鎮守府艦内部に乗り込んできます」
しかし、宮本は首を横に振った。
「熊手砲の射程から離れる際に下関側に逃げてきてしまった。つまりこのまま進めだ機雷原にぶつかる。他の方角に逃げるには一時的でもいいから奴をどかす必要がある。60隻の艦娘の砲撃を浴びて一度も被弾しない化け物にそれは叶わない」
比叡は宮本の無慈悲な事実に閉口するしかなかった。そんな中、金剛が口を開いた。
「そんな事、許されるわけがないだろう!!」
宮本は金剛が放った言葉に激高した。しかし、その場にいる全員が理解していた。敵深海棲艦を倒すにはそれしか方法がない事を、そして、それを実行できる艦娘はこの艦隊で最高の練度を誇る金剛が適任であることを。
「テイトク、ワタシはテイトクに、そして、みんなと戦えて幸せでした。これは誰かから強制されたわけではありません。自分の意志で皆を救うために出撃するのデス。テイトク、ワタシの最後の戦い目を離しちゃ、NO、なんだからネ!!」
金剛はそう言って出撃準備に取り掛かった。
比叡、霧島、榛名は最後の戦いに自らを鼓舞していた。ここで敵を食い止めれば、金剛を失わずに済む。その事を聞いた随伴艦の島風、天津風、神通も彼女達に呼応するように気合を入れた。
6隻の艦娘の一斉射が敵イ級を襲うが、敵はそれを減速する事もなくひらりと交わした。その瞬間、島風、天津風の艤装が爆発した。まただ、敵は砲撃を一発しか撃っていない筈なのに、二隻が正確に大破させられる。
「ここで、ここで絶対止めます。全艦第2射用意」
結果は霧島、神通の大破。その間、敵は全く減速しない。まるで彼女たちなど眼中にない様に。
「おかしいです。こんな、こんな事が……倒れて、でないと金剛姉さまが……うわぁぁぁ!!!」
榛名はそう言って第三射を撃ちこむが、比叡はそこで幻覚だろうか、信じられないものを目にした。榛名が第3射を撃ちこむと同時にほんの刹那早く主砲を撃ちこんだのである。その砲撃が榛名の砲撃による弾の軌道をずらし、榛名の銃弾は比叡の方向に、そして、敵の撃った弾丸は榛名の方向に軌道が逸らされたのである。これが、一発の銃弾で味方艦2隻が大破したからくりである。
比叡は今回銃弾を撃たなかったがために、それに気づく事ができ、自分の向けられた弾丸をかろうじて躱す事が出来た。これは先ほど金剛曰はく敵が砲撃を撃つタイミングは味方艦が主砲を撃つタイミングと一致していると言う先入観がもたらした奇跡であり、敵と十分距離を離していた。為に行えた事である。もし、通常の500メートルと言う距離でそんな芸当を行われていたら比叡も大破していただろう。
しかし、状況は改善しない。5隻を大破に追い込み、ほとんど艦隊を無力化した敵艦は比叡を無視して鎮守府艦の方へ向かう。
「私を無視するなぁ!!」
比叡は敵に向けて銃弾を放ち、大破させられ、艤装の強制退去装置により、艦隊全員鎮守府艦に強制帰投させられた。もし、比叡が銃弾を撃たなければ、金剛の策も水泡に帰す。比叡にはそれだけは出来なかった。それが金剛を見殺すことになったとしても。
比叡たちが敗北したことは金剛の耳にも入った。
「そうですか。やはりワタシが行くしかありませんね。テイトク、うまくいくと信じてくださいね」
そう言って金剛は出撃していった。金剛の用いた策、それは主砲を撃たないと言う事であった。鎮守府に向かって迫る敵に同じ速度でその行く手を阻む、このままぶつかれば敵は駆逐艦でこちらは戦艦、質量の差で敵を止められる筈である。
そして、こちらは回避に専念するため、致命傷は受けない。敵は砲撃の硬直に合わせて銃弾を急所に当てることによって戦艦すら大破させているが、裏を返せば急所に当たらなければ少し強い駆逐艦程度の威力しかない。そうでなければ、敵の砲撃を待つ必要がないのである。
さらに、金剛は提督から敵が雪風に背負い投げを行ったことも知っている。主砲を撃たない敵に対しての近距離戦の切り札をも用意している恐るべき敵であるが、敵は金剛が『近距離戦の切り札を持っていることを知っている』事を知っていないのだ。故に、金剛が主砲を撃たずに組み付けば、必ず背負い投げをしてくる。
金剛の読みはあたり、敵駆逐艦とぶつかり、金剛は宙に浮かぶ筈であった。
「すべて読んでいましたよ。もう放さないネ!!」
組み付かれる瞬間に金剛は錨を下ろし、イ級は海中に押し付けられるような下向きの力がかかる。何とか鎖を切ろうとする敵の腕を掴んだ。
「離さないって言っているデース!!」
その瞬間、いつの間に差し込まれたのだろうか、金剛の艤装に差し込まれた魚雷が爆発する。一撃で大破し、強制退去装置が働くはずであるが、金剛はその装置を切るように提督に進言していた。もし、その状態で攻撃を食らえば、金剛はなすすべなく沈むだろう。
「テイトク、武運長久を……」
彼女はすべて覚悟の上だったのだ。彼女たちに向けて、3基の支援艦隊が同時に狙いをつける。これで、すべてが終わる。彼女は自分の左手薬指につけられた指輪を見ながらそう呟いた。
「敵艦撃沈確認……」
「そうか……」
宮本提督は比叡のその報告を聞き、金剛が永遠に失われたことを悟った。落ち込む提督に、比叡は激を飛ばす。
「司令、悲しんでいる暇はありません、直ぐに呉第一鎮守府を奪還し、こんな状況に陥らせた奴らに、金剛姉さまが沈む事態となった元凶に責任を取らせるのです」
比叡は目に涙を浮かべている。最愛の姉妹艦を失いながらも、そう鼓舞してくれる彼女は強い艦娘であった。宮本は一言、ありがとうと呟いた。
しかし、その静寂は破られる。支援砲撃から難を逃れた敵深海棲艦がドアを蹴破って執務室に侵入してきたのである。その手には大破した金剛が抱えられていた。
「卑怯な。……司令!!」
そう、艦娘は艦娘を撃つ事が出来ない。その場合、司令官が艦娘を無理やり操作して撃つしかないのであるが、提督にはどんな形であっても生きていてくれた金剛を自分の手で始末させることは出来なかった。
「比叡、俺はここまでのようだ。ごめんな」
「司令!! くそ!! 動いて! 撃ってよ!」
比叡が主砲を構えながら絶叫する。しかし、撃てない。撃とうとした瞬間、胃の中の物が逆流し床を吐しゃ物で染め上げる。
「なるほど、元凶はあなたではなく、沈んだ方だったようですね。雪風の言う事を信用していなかったわけではありませんが、確認が取れました」
敵深海棲艦がそう言うと、深海棲艦の姿は駆逐艦朝潮に姿を変えたのだった。
「わたしは、呉第一鎮守府の秘書官代理朝潮。どうして、呉第一鎮守府に対して侵略行為を行ったのか、説明してもらいましょうか?」
彼女はそう口を開いたが、宮本は事態を呑み込めずにいた。