時系列は少し巻き戻る。朝潮が雪風を撃破し、その艤装のロックした後、朝潮は自分の役目は終わった。そう感じていた。
「さて、敵艦娘も捕獲しましたし、後は白雪や満潮に任せましょうかね」
「おや、意外だね。キミの事だから、新しい艤装で敵に試し撃ちに行くと言い出すと思ったのだがね」
わたしの独り言に、綾瀬大将が即座にそんな事を言ってくるが、
「ちっちっちっ、そんな甘言に乗るわたしではありません。今戦えば、綾瀬大将に詳細な戦闘データを渡すことになってしまい、いずれ敵対したときに不利になってしまいます。かつての文豪ゲーテも言っています。能ある鷹は爪を隠す」
「なるほど、それはいい心がけだね」
本当は満潮に任せると言った手前、わたしが出撃するのはなんだか違うかなと思っただけである。そんな時、雪風がいきなりこちらの方を見開き、発狂しだした。
「そんな……駄目、司令切らないで。呉第一鎮守府は深海棲艦に占領されてなんてなかった。イ級だと思っていた敵深海棲艦は朝潮ちゃんだった……うげぇぇぇ!!」
そう言いながら雪風は吐しゃ物を地面にまき散らす。
「おや、切るのが早かったね」
綾瀬大将は雪風のその反応は当然だと言わんばかりにそんな風に反応した。
「どういう事ですか? 綾瀬大将、何か知っているんですか?」
「艦娘は同じ艦娘に砲撃を浴びせると、拒否反応を示すことは知っているね。それを回避する方法は二つ、長い時間をかけて艦娘に艦娘を撃たせる訓練を行う。これは手間も時間もかかる。そしてもう一つは、敵艦娘を深海棲艦に見せる方法さ」
艦娘を深海棲艦に誤認させる? わたしがそう尋ねると、綾瀬大将は話をつづけた。
「そうだ。提督が深海棲艦や敵の艦娘と接触するとそこに力場が形成されて、敵が見えずらくなる事は知られているが、その濃度を意図的に濃くする事が出来るんだ。主に、裏切り者の艦隊を攻撃したりするときにね。まあ、艦娘にはこの情報は伏せられているが」
つまり、今まで出撃し、敵艦隊を撃破した敵の中に艦娘が含まれていたとしても艦娘はそれに気づかないその精神的不安や拒否反応を抑えるためと言う名目でね。と言う意地の悪い発言を続けた。それをわたしには否定する事が出来ない。なぜなら、その判例がその場にいたからである。
「何があったのか、教えてくれませんか?」
わたしは雪風にあらかたの事情を聴き、彼女を入渠させた後、白雪にも事情を話して、戦場に赴いた。そして、今に至る。
宮本提督から呉泊地に来た理由は雪風が話したことと一致していた。そして、呉が深海棲艦に進攻しておらず、雪風も無事であることを伝えると、彼は胸をなでおろした。
「そうか、俺は横島提督に騙されていたのか……」
「しかし、危なかったですね。わたしが撃った熊手砲がそちらの方を狙っていたら、あなたはこの場にいなかったでしょう。そして、元凶の方が残っていたとしたら、熊手砲を撃たれた時点で諦めてくれていたでしょうから、なんというか、手ごわかったですよ」
慰めにもならないそんな事をわたしが言ったが、彼の顔には笑みがこぼれていた。同僚に犯罪の片棒を担がされ、そんな事はさせないが、処刑される可能性だってあるのに、どうして笑っていられるのだろう。
「しかし、安心した。呉の住人や提督の卵たちは無事なんだね。良かった。君に頼みがある。俺の処分は免れないだろうが、この件にかかわった艦娘たちには処分がいかないように取り計らってくれないか?」
「司令!!」
「わたしはあくまで代理なので、どうするかの権限は与えられてはいませんが、霞にはそのように伝えてはおきます」
そう言って、わたしたちの長い夜が終わりを告げた。鎮守府艦から通信を入れて身柄拘束兼護衛のために満潮達がこちらに向かっているらしい。
「しかし、横島提督はどうして呉第一鎮守府を占領しようと思ったのでしょうか? 彼は今のところグラーフ達の仲間という訳でもなさそうです。異常艦娘もここに所属している普通の艦娘と同じように育てられて来たみたいですし」
「グラーフ?」
宮本提督がわたしに対して怪訝な表情を浮かべたが、その反応からも実は彼がグラーフ達一味の信奉者という訳でもなさそうである。その時、右からここに向けて放たれる銃弾を、わたしは察知した。狙いは、宮本提督だ。
「伏せろ!!」
わたしがそう言った瞬間、執務室がはじけ飛んだ。わたしが投げた主砲が執務室外から放たれた銃弾を防ぐことで、宮本提督への致命傷をかろうじて防ぐことは出来たが、提督は気絶してしまったようである。
「司令!! これは一体……」
「鎮守府艦を動かして安全な場所に避難してください!!」
比叡にそう言い残し、わたしは執務室に開けられた大穴から海に向かって出撃した。どうやらわたしの長い夜は終わっていない様だった。海の上には1隻の艦娘がたたずんでいた。彼女はプリンツ・オイゲン型の艦娘であり、ぴっちりとした服に金髪のショートツインテール黒い帽子が特徴の艦娘である。
「あなたが夕立ちゃんの言っていた朝潮ちゃんね。私はプリンツ・オイゲン。あなた達が言うところのグラーフの仲間よ」
彼女はそう自己紹介をした。何とか時間を稼がなければならない。
「拘束されて無抵抗の提督を攻撃するなんて、グラーフ一派と言う奴は相変わらず汚い戦法を取るようですね」
「むー、それは誤解だってばぁ。あいつはボックスの材料集めに加担した犯罪者、だから倒そうとしただけで、普通にしているアドミラルさんにそんな事はしないんだから」
「なるほど、ボックスの材料集めか。朝潮、横島提督はボックスの材料集めにここを襲撃したらしい。これで合点がいった」
そんな事を綾瀬大将が話しているが、わたしにはなんのこっちゃ分からなかった。
「彼は横島提督に利用されただけで、主犯ではありません。その横島提督はわたしの砲撃で海の藻屑と消えています。その、ボックスとは何か知りませんが、ここにあなたの倒すべき敵はいない筈です」
「えぇ、そうなの? それは悪い事をしたわね。その、あの鎮守府艦に乗っているアドミラルさんには悪い事をしちゃったわね。あとで謝っておいてね」
などと、わたしの調子を狂わせるような事ばかり言ってくるので、少し緊張感が薄れてしまった。
「それで、あなたがここに来た目的は何ですか?」
「そうだった。おおよその目的は達成したんだよ。ボックス回収に来た敵鎮守府艦を無力化して、首謀者を抹殺する事。これは朝潮ちゃんがやってくれたみたいだから、問題なし。もう一つは、その混乱に乗じて、地下に幽閉されていた元呉第15鎮守府アドミラルさんと夕立ちゃんを解放する事。ここまでが最低条件で、これはすでに達成されたの」
朝潮は雷に打たれた衝撃を受けた。そもそも、第15鎮守府の司令官と夕立が地下に監禁されていた事は知らされていなかったので当然と言えば当然である。
「ん? 裏切り者の提督と夕立が呉第一鎮守府の地下にいたなんてことは私も知らなかったな。全く、熊本大将め。大方、地下で説得し続けて考えを改めさせれば分かってくれるなんて甘い考えに支配されていたんだろうが、せめて大将連中には周知させておくべきだろうに、そうすれば、まず鎮守府の地下に向かって夕立の方を見に行かせたのに」
そんな通信が聞こえてくる。熊本大将らしいと言えばらしいのだが、どうしようもないなと思っている間に、鎮守府艦がこちらの射程から外れた場所に移動してくれた。プリンツは話をつづける。
「そして、これは可能であればだけれど、朝潮ちゃんを倒して仲間に引き入れる。これがグラーフの指示だよ」
「わたしを倒す? 嘗められたものです。霞すら敗北させたわたしの実力を見せてやりますよ」
そう言ってわたしは砲を構えた。嘘は言っていない。わざと砲撃を受けただけで、霞も勝ちだって言ってくれたし。そんな事を思っていた。しかし、敵は砲を撃ってこなかった。ただ、右手を振り上げ、思い切り下に向かって振り下ろす。反射的に右に飛ぶと、海面がズバンと縦に割けていた。
「そんな、これは? 熊手の爪(ベアークロー)」
「夕立ちゃんからあなたに対して砲撃を撃つのは危険だと言われていてね。とりあえずこれでけん制してみる事にしました」
確かに、霞よりもだいぶ威力は劣る。しかし、霞のベアークローを避けて接近戦に持ち込めたのは解放艦娘の力があってこそ。そうだ、
「綾瀬大将、解放艦娘です!! 解放艦娘になってベアークローを超高速戦闘でよけながら朝潮示現流の距離まで持ち込めば!!」
「無理だよ」
「えぇ!?」
綾瀬大将から無慈悲な真実が告げられる。解放艦娘は提督から視認できる距離且つ半径5キロ圏内程度の近距離でなければ行えない。それは綾瀬大将でも例外ではない。
「くそ、どうすれば!」
ベアークローの連撃を躱しながら朝潮はそう吐き捨てた。十分距離を保った子の間合いでは敵の攻撃を難なくかわせるが、そこから朝潮の必殺の間合いまでは無限とも思える開きがあり、飛び込んだが最後ベアークローを浴びて敗北する事は火を見るより明らかだった。
「言っただろう? 異常を連発して敵が砲撃をしてこないとか言う事態になったら困るのはキミだって」
などと言う綾瀬大将の不快な言動を聞きながら、どうするか考えていた。その時である。地平線のかなたから満潮達が駆け付けたのだった。
「満潮、来てはいけません。離れてください」
朝潮はそう叫ぼうとしたが、綾瀬大将は満潮達に砲撃の指示を出した。
「満潮達を危険にさらすことは許しません。何を考えているんですか?」
「いや、あの距離だとベアークローの射程外だ。そして、砲撃はキミの迎撃弾がけん制して撃てない筈」
「迎撃弾にそんな機能はありません。あくまでわたしの方向に対して撃ちこんできた主砲のみに……」
綾瀬大将は良いから主砲を構えるように言ってきた。満潮達の砲撃が始まり、プリンツはたまらずそちらの方向に主砲を構えた。しかし、主砲を構えているわたしの方を一瞥した後、直ぐに主砲をしまい、こちらの方に移動してきたのである。
「どうして?」
「プリンツはキミの異常がキミに対して砲撃を使うと危ないという事しか分かっていない。キミの言うようにキミの方向に主砲を向けていないと効果がないとか知らないんだ。だからその場を離れて避難するしかなかった。さて、相手はこちらの近くで近距離戦をすることを選んだようだ。友軍が近くにいれば巻き添えさせないために援護は期待できない」
なるほど、接近戦ならば分があると、しかしその決断は地獄への入り口、なぜならわたしはその近距離戦を最も得意とする艦娘。
へぇ、逃げないんだ。私はビスマルク姉さまから最高の格闘術を伝授された艦娘。ビスマルク姉さまの次に接近戦の得意な艦娘。
「「この距離は朝潮示現流(ダンケ式格闘術)の距離です(よ)」」
二人のこぶしが、激突する。