月日は流れ、鎮守府に着任して2週間が経過した現在、わたしは部屋で満潮達に正座させられている。
「満潮、どうしてわたしは正座させられているのでしょうか? この鎮守府に来てから毎日演習に海域鎮圧に明け暮れ、わたしの役目は十分果たしていると自負しています」
「うん。朝潮姉さんは頑張っているわ。それはわたしも認める」
満潮がそう言うと、その場にいた大潮、荒潮、霞、霰も同意するように頷く。ならば何が不満だというのだろう。心当たりとしては、現在鎮守府に大掛かりな悪戯を仕掛るための仕込みをしており、それがバレたのだろうか?
「それならばなぜ……」
わたしがそう言うと、荒潮が出撃演習の記録表を取りだし、それを開いた。わたしの項目を見ると、毎日十数回の出撃、演習を繰り返している我ながら、頑張ったものである。
「出撃し過ぎよ。マジで姉さん何時寝てるのとか思うくらいひっきりなしに出撃するもんだから、おかしいと思って記録を見せてもらったら、なにこれ? 14日で出撃回数400回、異常よ異常」
彼女は荒潮から出撃記録表を取り上げその紙をポンポンと叩きながら、そんな事言ってきた。因みに、後から聞いた話ではあるが、わたしが来る前この鎮守府で同一艦が一日に出撃した最大回数は20回であり、週で見ると100回以上出撃した事がないらしいので、ぶっちぎりのトップらしい。
しかし、そうしなければならない理由があった。深海棲艦type-γ、艦娘の力を無視して即死の攻撃を仕掛けてくる相手を想定して無限に経験を積もうとしているわたしには、この位の出撃回数は足りないことはあっても多すぎると言う事はないと考えていた。
無論、銃殺刑になってでもこの真実を話す理由はないので、前に彼女の前で話した言葉を使って、彼女に分かってもらうことにした。
「信頼と信用を勝ち取るためには、まずは行動から、と言う私の持論を実行に移しただけです。司令官にも許可は取っていますし、随伴艦はローテーションを組んで交代してもらっています。何か問題ですか?」
胸を張りながら反論するが、わたしのその態度は彼女の心の火に油を注ぐだけの結果になってしまった。彼女は感情的になり、
「度が過ぎるって言っているのよ。鎮守府に備蓄してある資材は減っていくし、高速修復材も100近く減っているし、このまま艤装に無理させすぎると、出撃中に壊れて前の朝潮姉さんの時みたいになるわよ」
満潮はそう吐き出した。目には大粒の涙をためている。そう言えばそうだった。彼女たちには前の朝潮は艤装の不調によりけがを負って、前線から退いたと聞かされていたのだった。他の姉妹艦達も彼女と同じような不安感から、わたしを止めに来たのだろう。ただ一人、事実を知っている荒潮は、他の姉妹艦の顔を確認した後、
「と言うことで、朝潮ちゃんに休暇の命令を出してもらえるよう、司令官に取り計らって、命令書を書いて貰いました。読むわね。駆逐艦、朝潮、および満潮。明日休暇にするので、呉の街中で買い物でもしてきなさい。以上よ」
おおよそ命令書とは言えないような適当な文面であるが、こうでもしないとわたしは休みを取らないとでも思っているのだろう。
「はぁ!? わたしも?」
内容を聞かされていなかったのか、満潮はその文面に驚いているようだった。
「あらあら、満潮姉さん。この世界には言い出しっぺの法則と言う普遍的な法則があるのよぉ。素直に朝潮姉さんと買い物を楽しんできてねぇ。それともぉ、司令官の命令に逆らおうというの?」
満潮は若干乗せられて不満そうな顔をしており、荒潮は今まで表向きには悪戯をする事が出来ないフラストレーションを発散できたかのような。満面の笑みで、彼女を見つめていた。
今回の休みを取らせるという提案はてっきり荒潮の差し金だと思っていたのだが、満潮の提案と聞いて嬉しくなった。彼女も彼女なりにわたしを心配してくれる、それを確認できただけでも彼女たちをここに招いてよかったと思う。……ところで、わたしはいつになったら正座を解いていいのだろうか。
「なるほど、司令官の命令と言うのならば、仕方ありませんね。その様子では、この後予定されている出撃もキャンセルされていると思うので、わたしは朝潮示現流の鍛錬をしてから寝ることにします」
そう言って私は立ち上がり自然な形で正座を解く事が出来た。と思っていたが、わたしが立ち上がって鍛錬をしようとすると、彼女は制止してきた。まだ、正座をつづけろと言う事なのだろうか。
「休めって言っているでしょう!!」
どうやら、そうではなくただ単にわたしの発言に、満潮は切れただけのようである。彼女の怒りは収まらない。
「何、大体何なの朝潮示現流って? 大潮がそんな事を言われながら前くすぐられたって言っていたけれど、そんな子供っぽい事言って、発想が幼稚なのよ」
「え? 満潮、それにみんなも朝潮示現流の事を知ってしまったの?」
わたしは驚愕し、己の軽率な言動を呪った。朝潮示現流、それが姉妹艦に存在を知られる、それだけは避けなければならない事であったのだ。その後悔の念に苛まれた私の表情にただならぬものを感じたのだろう。彼女らはわたしを心配して声をかけてくる。
「どうしたの? 朝潮姉さん」
「朝潮姉さん。何を心配しているのですか?」
取り返しのつかないことをしてしまった。しかし、この後起こる悲劇をできるだけ小さいものにするために、わたしは口を開いた。
「落ち着いて聞いてください。朝潮示現流。それは、わたしが前いた鎮守府で、わたしの師匠である。謎の美少女戦艦ダンケ仮面から継承した一子相伝の拳法であり、それを知ったものに大いなる災いをもたらす秘拳です」
この世界では艦娘の素体、人間の部分は主に三つの方法で作り出される。一つ目は適合者と呼ばれる一般の女子からその艦娘に対する適合率の高い少女を改造して、素体とする方法。これは、熊本大将の霞などがこのカテゴリーに分類される。
二つ目は、遺伝的に調整を施した試験管ベビーをその艦娘に適合しやすい様に生み出した後から調整する方法、このタイプが艦娘としては一番数が多く、わたしをはじめとしたほとんどの艦娘がこれに該当する。
そして、最後にごくまれにではあるが、建造や艤装のドロップ時にその艦娘の素体も一緒に生成されるパターンである。
わたしがもともと着艦するはずだった鎮守府はわたしが着艦するはずだった少し前に最初の建造で最後のパターンで朝潮が建造された。同じ鎮守府に同じ種類の艦娘が存在する事は好ましくない。同型艦が範囲内にいると、艦隊編成を行うときに、同じ艦が編成を阻害し、編成失敗等のトラブルが発生することが証明されているからである。
このような場合、建造された艦娘がその鎮守府に残り、来るはずだった艦娘素体は別の鎮守府に回されることになるのだが、実情はそれほど簡単ではなかった。
第一の理由は艦娘の轟沈の理由が解明され、司令官もその対策を行うようになり、なかなか艦娘の素体を失うといったことが起こりづらくなっていること。二つ目は、わたしのような一度鎮守府に着任が取りやめになった艦娘を提督側も敬遠する事である。
それは、艦娘側に問題があるわけではないが、かつてとある艦娘の素体を自分の愛玩のために欲しがった提督が、その部下の提督に表向きはその艦娘に問題があるとして着艦拒否させ、調査と称してその提督の鎮守府にあてがったと言う事件が発覚した。
その鎮守府は解体され、提督は処罰されたが、そのような事例は発覚していないだけでいくつもあると噂されている。
そう言った経緯から、提督に着艦を拒否された艦娘は敬遠され、着艦まで長い期間待たされたり、あるいは着艦を諦めて素体としての機能を解体して普通の女子として生きる道を選んだりするのである。
この素体が建造やドロップで生み出される確率は、大体100万分の1と言われており、司令官が100万分の一の確率から、朝潮を引く確率と言う天文学的な確率によって未来が閉ざされてしまったと言う絶望から、その当時のわたしは表向きにどう見えるかはともかく内心ではこの世のすべてを呪っていた。
そんな私が他の鎮守府から着艦を待つまでの間一時的に着艦を許可された鎮守府は佐世保第一鎮守府、佐倉大将の鎮守府だった。佐倉大将はわたしの着艦を待つという意思を尊重してくれた。
こういった着艦拒否された艦娘を一時的に預かる鎮守府の司令官の中には、艦娘に虐待を働いて解体を希望させるように仕向けたり、男女の仲になることを強要する事例も存在するらしいので、そのような司令官に巡り合った事は最悪の中でもまだ幸運な部類だったのだろう。
佐倉大将の秘書艦である戦艦ビスマルクも何かとわたしを気にかけてくれるので、居心地は悪くなかった。しかし、それは荒んでいるわたしの心を良い方向に向かわせることは出来なかった。
しかし、数か月後に、わたしは運命的な出会いをすることとなったのである。
その日の朝、わたしは鎮守府の勉強部屋として与えられた居間から起床し、射撃訓練のための準備を整えていると、昨日読んでいた教科書の間に身に覚えのない一枚のメモが挟まっていた。
「いったいこれは何でしょうか……」
それを開くと、わたしは場から工廠の裏に瞬時に移動させられてしまったのである。何が起きているのか理解できず、あたりを見回すと、近くに生えている松の上に、全身タイツに覆面を被り、マントを羽織った正体不明の人物が腕を組みながら直立不動で笑い声をあげてきたのである。
「アァッ、はっはっは!! 青い青いわね、朝潮ちゃん」
その人物は、胸のふくらみや声の高さから女性であると理解できたが、なぜわたしを知っているのか、工廠裏にどうやって移動させたのか、いったい誰なのか、すべてが謎のまま、松の木からわたしの数メートル手前に瞬間移動した。
「いったいあなたは、誰なんですか?」
「私は謎の美少女戦艦ダンケ仮面!! 朝潮ちゃん。あなたには足りないものがあるわ」
「足りないもの? そうですね。着任するはずだった司令官が偶然建造で朝潮の素体を引いて、運が絶望的に悪い」
そう私が言うと、彼女はわたしを指さし
「ハルト ディ クラッペ(黙りなさい)!! あなたに足りないものはそんなモノではないわ。かつて、ドイツの文豪ゲーテはこんな言葉を残したわ。自分自身を信じてみるだけでいい。きっと生きる道が見えてくる。あなたに足りないもの。それは、自分を信じる力、即ち自信よ!!」
彼女のその言葉に、少し感じるものがあったが、その時のわたしはそれを素直に受け入れる事が出来なかった。
「自分自身を信じる? こんな境遇で、何を信じればいいというのですか!! 運にも見放されて、境遇に阻まれ、生まれた意味さえ放棄するよう強いられようとしている。わたしは何に縋って生きていけばいいのですか!!」
いつの間にかわたしは泣き出していた。誰にも見せなかった胸の内をさらけ出し、誰にも言えなかったわたしの弱さを吐き出した。そんなわたしを彼女は抱きしめ。
「自信とは自分自身の手で掴み取るものよ。その手助けをしてあげる。貴女には一子相伝の究極の拳法を授けてあげる。それをあなたの自信とするの。その名も『朝潮示現流』!!」
その日から、わたしは彼女を師匠と仰ぎ、早朝に工廠裏を修行場として、遂に朝潮示現流拳法を学び、それによってすさんでいた心も今のように改善されたのだった。
と、一通り朝潮示現流を伝承した経緯を彼女らに説明すると、彼女らをひそひそと話を始めた。
「……朝潮ちゃんが、あんな言動をとるようになったのはその師匠とか言う人のせいよね……前半の話が割と重くて指摘し難いけれど、その師匠っておそらく……」
「姉妹艦として、あんまり突っ込むことは止めときましょう。彼女のおかげで、今の朝潮ちゃんがいる。それでいいじゃない。うん、なんとなくオチが読めた気がするけれど」
数秒後に、彼女らがひそひそ話を止めると、満潮が、「まあ、その話は置いといて、まだその人にバレると恐ろしい事が起こるという話はしていないわよね。どこから来たの?」と突っ込んできたので、わたしは重い口を開いた。
「はい。朝潮示現流を習得する際に、師匠から朝潮示現流の修行をしていることは他の人間には絶対に秘密で、しゃべらないように約束しました。なんでも、話すと聞いた人間に恐ろしいことが起こると……しかし、わたしは朝潮示現流の免許皆伝をもらった日にうれしくなって、佐倉大将とビスマルクさんにうっかりそのことを話してしまったのです」
「……」
皆、その後に起こった悲劇とこれから自らに降りかかるかも知れない未来の悲劇に絶望しているのだろう。彼女らは絶句しているが、話を止めるにはいかない。
「その話を聞いたビスマルクさんは涙目になりながら顔を真っ赤にしてその場から消え去るように自室にこもり、数日間部屋から出てこられなかったのです。師匠の言ったことは本当だったのです」
そう言うと、その場にいた全員が肩をがくりと落とし、うなだれている。
「なんか疲れたわ。ビスマルクさん。かわいそうね……」
そう言って満潮が部屋から出ようとすると、その場に落ちていた朝潮示現流の訓練のために用意してあった木製バットを誤って踏んでしまい、彼女はその拍子に壁に顔面を思い切りぶつけてしまったのである。
「満潮!! 大丈夫ですか……くそぉ、ビスマルクさんだけでは飽き足らず、満潮まで……わたしが!! わたしが朝潮示現流の事を口走らなければ……」
そんなわたしの叫びが、むなしく部屋にこだました。