やがて僕は荒潮に呑まれる   作:ANMC

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陽炎の記憶

 2010年8月15日。日本の海岸線全域に深海棲艦が上陸した。通称ファーストコンタクトと呼ばれるその邂逅により、沿岸部に住む人々の5割が失われた。

 

 横浜の裕福な家庭に生を受け仲の良い両親に育てられた陽炎と不知火の姉妹(本名は艦娘になった際に艤装との同調を著しく阻害するとされ思い出せないようにされている)はその日、すべてを失った。

 

 深海棲艦に家を破壊され、両親は彼女らをかばう為に彼女らを生家の中で唯一残ったタンスの中に隠した後、助けを呼ぶために深海棲艦が闊歩する街中へ向かったまま行方が分からない。町を蹂躙した奴らの銃声が止んで数時間がたった頃、陽炎達は外に出ると、太い二本の血の跡がアスファルトに張り付いていた事に気が付いたが、それが誰のものであるか考えないようにしていた。

 

「お姉ちゃん……パパとママは……お腹すいたよぉ」

 

「パパとママは絶対帰ってくる。それまで、街の方に行ってご飯貰いに行きましょう」

 

 当時6歳の不知火と8歳の陽炎にとって、夏の暑さと血と硝煙で彩られた地獄を生き残るのは難しかった。もしも、深海棲艦の残党や民間人の生き残りを探しに艦娘が姉妹のいた地域に残っていなければ、陽炎はここにいなかっただろう。

 

「提督、民間人を発見しました。彼女らを保護します」

 

 姉妹を助けられた艦娘からは二人とも脱水症状であと数十分発見が遅れれば、重大な後遺症が残ったもしくは命はなかったと聞いて、体が回復した後お礼を言いに行った事は覚えていたが、その日の事はあまり覚えていない。艦娘に助けられるまでの間に何か……恐ろしいモノを見たような……。

 

 それからしばらくした後、彼女ら姉妹に艦娘の適性が発見され、艤装の適合訓練のためにトラック泊地に異動になった。不知火は家族との思い出がある横浜を離れる事を嫌がったが、陽炎がトラックに移動すると言う話を聞き、彼女についていく流れで、彼女もトラックについていくことになった。

 

 同期として一緒にトラックに行った艦娘たちは彼女たち以外全員海の底に沈んだ。初期では艦娘が轟沈する条件が判明しておらず、提督側にも艦娘の運用のための教育がなされていないと言うより存在していない事、艦娘の素体が圧倒的に足りてない等の理由で、第1世代として生き残れた艦娘は稀であった。姉妹が生き残った理由はまだ体が幼かったので、出撃回数が他の艦娘よりも少なかったためである。

 

 が次世代の艦娘が投入されてからしばらくした後に艦娘の轟沈条件が分かるようになったために生存率が飛躍的に上がった。その頃には姉妹はその鎮守府の主力としてその力を振るうようになっていたのである。

 

「それじゃあ、陽炎。パトロールに行ってきます」

 

 旧トラック泊地、深海棲艦の発生地があるとされたオーストラリア大陸から本土を守るための前線基地として急遽建てられたものの、理由は不明であるが比較的辺りの深海棲艦が少ない場所であり、何なら呉や舞鶴、横須賀、佐世保の方が出現する深海棲艦の数が少ない事が後に公開されたデータによって明らかになっていた。

 

 そんな状況もあり、ここ旧トラック泊地は2年間の間多大な犠牲を払いながらも、ここ数か月は誰の犠牲も出さずに、比較的平和な状況が続いていたのである。彼女達は第3トラック鎮守府に所属しており、一つだけ密集する鎮守府軍とは離れた場所に建設されていた為、周囲の偵察はもっぱら第3鎮守府が担う事となっていた。

 

「お姉ちゃん……待ってよぉ」

 

「はいはい。アンタももう8歳になったんだから、もうちょっとしっかりしなさい。私がアンタくらいの頃には深海棲艦の闊歩する横浜の街中からアンタをおぶって助けを呼びに行けたんだからね」

 

「ううぅ」

 

 彼女ら姉妹がこの泊地でエースと呼ばれて久しいが陽炎と不知火とではまだ目に見えて練度の違いがあった。のちに聞いた話ではそもそも8歳やそこらで艤装が思い通り動かせること自体類まれなる才能あっての事であるのだが、もし、この姉妹がこの年で艤装を動かせるような才能を持っていなかったとしたら、この後の悲劇には巡り合わなかったのだろうか。

 

 陽炎達はパトロール中に一体の深海棲艦に出会った。等級は姫級であるが、何かがおかしい。通常距離も巨大なサイズで且つ、深海棲艦を見た時にかかる筈のブラインドが機能していなかった。それは高速でトラックの鎮守府群に近付いている。ここからの距離だとおよそ2時間でそこに到達するだろう。

 

「提督、見えている? 正体不明の深海棲艦、おそらく姫級を発見。少し時間を稼ぐからサポートお願い」

 

「了解。第一鎮守府に連絡した。少し時間を稼いだ後即座に撤退」

 

 哨戒に出ていた陽炎達の艦隊は駆逐艦4の軽量な艦隊であり、陽炎と不知火がいるとは言え撃破はほぼ不可能。であれば、少しでも時間を稼ぐために陽炎と不知火は正面から随伴していた綾波と響は左右から敵を取り囲む戦法を取った。

 

「そんな攻撃が当たると思ってんの?」

 

 陽炎達の作戦は成功し、敵は陽炎に向けて砲撃を撃って来たが一向に当たらず、前方左右からの砲撃を浴び、その場にくぎ付けになった。が、十数発程度砲撃を浴びせているにもかかわらず、装甲に損傷がない事を不審に思ったが、構わず砲撃を続けた。

 

 その時である。敵の深海棲艦が左の響に向かって砲撃を放ったのである。それは彼女に直撃し、首から上を吹っ飛ばして一撃で轟沈させた。

 

「はっ!?」

 

 その瞬間、あたりの空気が凍り、恐怖が彼女たちを支配する。あり得ないあり得ない。一体何が起こっている。艦娘の艤装には大破で戦闘を続けると言う無茶な運用でもしない限り艤装を背負った素体を守る筈である。それを、無傷の艦娘を砲撃一発で沈めるなんて。

 

 先ほど、陽炎は奴の砲撃を楽々と回避し続けていたが、もし当たっていたら私もそうなっていた。陽炎達はまだ仲間が沈む光景を目にしたことがあったので、耐える事が出来たが、綾波は耐え切れず、その場で吐き出してしまった。そして、そんな彼女に、敵は狙いをつけ、砲弾を放つ。

 

「提督!! まずいわよ。敵は艦娘を一撃で葬る事の出来る何か新兵器を備えているわ!! 提督!? 提督!!」

 

「ああ、聞こえている。陽炎、何とかしてその深海棲艦から逃げてくれ」

 

 陽炎達は距離を取り、サンゴ礁によってできた環礁の合間を縫いながら射線を切るように逃げた。そして……。

 

「ふぅ、何とか逃げおおせたみたいね」

 

「お姉ちゃん!!」

 

 不知火のその叫びを聞き、振り返るとその深海棲艦が現れたのである。いや、先ほどサンゴ礁の塊だと思っていたモノが深海棲艦の姿に変わっている。それは、主砲をこちらに向けている。躱せない。躱すと後ろの不知火に当たる。彼女は目を見開き、腕を大きく広げた。

 

「来い! 化け物! ここは通さないわよ!」

 

 陽炎のその時の思考は、姉を失った不知火が無事にその場から逃げてくれるか。その事ばかりを考えていた。

 

 が、突如として敵の腹部が突如として謎の爆発を起こしたのである。先ほど叩き込んだ主砲が今頃になって効いて来たのか、この謎の爆発は敵にとっても予想外だったようで、敵は

陽炎達から離れ、当初の目的地だったトラック泊地の中央の方角に向かっていった。

 

 何が起こったのか分からないが、不知火の方を見ると彼女の主砲はまるで暴発を恐れずに何発も撃ちこんだかのような様に砲身が焼き付いていた。

 

「お姉ちゃん、良かった。良かったよぉ……」

 

 その日、彼女らを襲った謎の深海棲艦は旧トラック泊地を完全に破壊し、彼女ら第3鎮守府以外の生存者は第一鎮守府の叢雲と民間人1名のみとなっており、その叢雲も脳に障害が残ると言う重傷を負っており、彼女達はトラックを放棄せざるを得なかった。

 

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