やがて僕は荒潮に呑まれる   作:ANMC

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因幡の白兎

 おかしい。陽炎は顔をしかめていた。朝潮が気を失っている間に彼女が鶴崎大将から受けた司令は朝潮が朝潮示現流を封印するように説得するというモノであった。彼女の異常が以前綾瀬大将から知らされたものの通りならば、異常を使わずに接近戦を申し込むなど宝の持ち腐れであると以前から思っていたので、彼女は大将の提案を受け入れ、彼から聞いた朝潮示現流の問題点などを聞き出した。

 

 さらに、陽炎には心強い味方もいた。実際に朝潮を打ち負かした金剛の存在である。もし、陽炎の発言等で朝潮が納得しなくても金剛が彼女を説得すれば、おとなしく朝潮は朝潮示現流を封印するだろう。そう考えていたのだが、その味方のはずの彼女が早々に裏切るとは陽炎も予想外であった。

 

「よし、こうなれば、私もすごい特訓をして、金剛さんと並びたてるような格闘戦の鬼となるのです。えいっちに、えいっちに」

 

 などと室内で筋トレをしながら気合を入れ直している彼女に、もう『朝潮示現流を封印しなさい』という声は届かないだろう。陽炎は金剛を呼びつけ、耳打ちした。

 

「ちょっと、金剛さん。話が違うじゃない。打ち合わせでは、朝潮示現流を封印させる予定だったじゃないですか。どうしてあんなことを言ったの?」

 

 と言う、陽炎の正論に、金剛は指を振りながら答えた。

 

「ちっちっち、提督の言葉の裏を読んでこそ、真に提督を理解したと言えるのデース。確かに、提督は朝潮示現流を封印するように言いました。しかし、それは現状の朝潮示現流の実力が足りていないからで、ワタシが想定する未来の朝潮示現流はそうではありまセーン。であれば、その真意を伝えてあげるのは真の秘書艦であるワタシの役目なのデース」

 

 などと言う発言は陽炎の神経を逆なでするものであったが、深くは追及しない事にした。彼女の真意とやらがもし間違っていたとしたら、彼女は大目玉を食らうのだ。金剛は今回の事を対象に伝えるために大手を振って部屋を出て行ったので、陽炎の予感はすぐに現実のものとなるだろう。

 

「はぁー……上手くいかないものね。異常艦娘ってのはみんなこうなのかしら」

 

 陽炎がそんな風にこの世の不平に大して不満を募らせていると、田沼提督が金剛と入れ違いで入って来たのだ。そして、彼は陽炎が不満そうな表情を浮かべている事と、朝潮がやる気に満ち満ちながら正拳突きを放っているのを見て作戦失敗を察した。

 

「ん? 陽炎、金剛ちゃんでも朝潮ちゃんの意志を曲げることは出来なかったか。しかし、気にしないように、それは金剛ちゃんの所為でも陽炎の所為でもない、無論朝潮ちゃんの所為でもね」

 

「提督……確かに、私や朝潮ちゃんの所為ではないとは思うけれど、金剛さんの所為じゃないと言うのは違うわね……」

 

 陽炎の言葉に、田沼提督は頭にはてなマークを浮かべていたが、彼女はその事について説明するつもりはなかった。少なくとも今日は……、備え付けのベッドで泥のように眠りたい。彼女を支配していたのはその感情だけだったのだ。

 

「あっ! 田沼提督、いらっしゃったのですか。朝潮、もう完全回復しました。何なら今から走り回りたい気分です」

 

「いや、後にしてちょうだい。今私はなんかどっと疲れているの」

 

「そうだぴょん! 動き回られたら困るぴょん!」

 

 ……気づいた時には、部屋に一人いたようだが、陽炎は冷静だった。金剛も鈴谷も綾瀬大将も、なぜか陽炎の気づいた時には近くで話に入ってくると言う行動を行ってくるので、さすがに4回目となれば慣れた。何より、今は疲れているのだ。

 

「陽炎!! 暢気にしている場合ではありません!! この艦娘、わたしに全く気付かれずにこんな近距離に接近……いや、いきなり現れました」

 

 朝潮はそんな風に彼女の言う、いきなり現れた艦娘、たぶん卯月型の艦娘の方を警戒しているらしい。彼女のその発言を聞いて、卯月はにやにやと笑いながら口を開いた。

 

「ふっふっふ、うーちゃんは接触禁止異常艦娘第Ⅰ類、区分的にはこの鎮守府の暁ちゃんと同格の存在だぴょん! ぷっぷくぷう」

 

 などと言いながら胸を張っているが、陽炎には接触禁止異常艦娘もその中の第Ⅰ類もなんなら暁の異常も知らないので彼女がどれほど危険な状態に置かれているか分からなかったのだ。

 

「ごめんなさい、私達は暁ちゃんの異常を知らないので、金剛さんと比べてどのくらい強い異常をしているのか教えてもらってもいいですか?」

 

 朝潮のもっともらしい発言に、陽炎は同意した。そして、卯月は首をひねりながらうんうん唸っている。何か難しい質問をされたのだろうか、2分ほどたってから卯月は口を開いた。

 

「大体2万倍くらいだぴょん」

 

 瞬間、陽炎の視界は暗転した。

 

 

 陽炎達が意識を取り戻した時には、彼女らは5メートルくらいの長いテーブルの周りに座らされていた。そこには色とりどりの豪華な食事が並べられており、反対側には一人の屈強な男が座っていた。全身白い軍服に身を包み、胸の所にある階級章は……元帥。

 

 その周りに先ほどの卯月が右の椅子に座っており、元帥の左には大淀、蒼龍、そして不知火がそこにはいた。彼女の探し求めていた妹。彼女がテーブルを挟んで向かいにいる。

 

「下村元帥ですよね。お招きいただきありがとうございます。朝潮です。失礼ですが、ここは一体どこなんですか? 先ほど卯月ちゃんに気絶させられているうちに連れてこられたと認識しているのですが、横須賀第一鎮守府のどこか、という認識で大丈夫ですか?」

 

 どうやら、ここに連れてこられたのは陽炎だけではなかった。朝潮と田沼提督が陽炎の右から反時計回りに並んでおり、朝潮のちょうど正面に下村元帥が座っている形となっている。考えてみれば当然である、これはもともと朝潮が下村元帥に呼ばれたのであって、むしろ陽炎達がここにいること自体が不自然なのだ。

 

 しかし、陽炎の目標は前進していた。ここが横須賀第一鎮守府のどこかで、そこに不知火がいる事が判明したのだ。あとは後日この場所に忍び込んで不知火を連れ戻す計画を立てればいい。

 

「違うぴょん。ここはうーちゃんの空間と空間をつなげる異常、一般的には海域と呼ばれる異常でつないだ場所ぴょん。具体的には北極点にあるかつては深海棲艦の基地だった場所を改造して作った場所ぴょん」

 

 という卯月の何か良く分からない発言が聞こえて来た。冷静に考えてそんな訳がない。もしかして、陽炎が後日ここに忍び込もうと考えているのがバレているのだろうか。そんな事を考えていると、朝潮からの発言で彼女は青ざめた。

 

「やはりですか。先ほど艤装で位置情報をちらりと見てみたのですが、場所が北極点になっていました。故障ではなかったのですね」

 

 陽炎もいそいで位置情報を確認する。そして、朝潮の言ったことが事実であることが確認できた。彼女の計画が振出しに戻ってしまったのである。

 

「取りあえず、今日は顔見世だぴょん。朝潮ちゃんは艤装を手に入れてから日がなくて、尚且つ司令官も不在、3日時間を与えるから、うーちゃんたちと戦うための準備を整えておくぴょん」

 

「それなんですが、ここで戦うのを陽炎にお願いしようと思っています」

 

 陽炎が絶望していると、朝潮がそんな事をさらっと言ってきたのだった。

 

 

「はぁ!? 朝潮、何を考えているんだぴょん」

 

「もし、わたしが不知火を打ち負かしたとしても、異常艦娘が異常艦娘を打ち負かすと言う、起こっても当然の事象ですが、それを特に異常を持たない陽炎が打ち負かしたとなれば、通常の艦娘に敗北した異常艦娘として、異常艦娘の実力を測ると言う上では実力が不足しているという事になります」

 

 そう言うと、朝潮は陽炎の耳に小声で耳打ちをしながら、

 

「わたしが出来るのはここまでです。妹を元帥から解き放つ、その為には陽炎が不知火に勝たなければなりません。出来ますね」

 

 そう、朝潮が陽炎と田沼提督を連れてきた理由はこれだったのだ。陽炎は朝潮に心の中で感謝しながら彼女の声に頷いた。

 

「ちょっと待ってください。陽炎、普通の艦娘のあなたがこの不知火に勝てる筈がないでしょう。いえ、異常に目覚めたばかりの艦娘ならばまだしも、私は異常に目覚めた後様々な提督の元で力を振るい、最終的に元帥の艦娘となったのです。私は昔の陽炎と共に鎮守府で過ごしていたままではないんです」

 

「あら? もしかして不知火、私に負けるのが怖いの? ちょっと前まで私の後ろでお姉ちゃん、お姉ちゃん言っていたアンタにしてはだいぶ偉くなったもんじゃない?」

 

 対戦相手を急遽朝潮から陽炎に変えると言う相手からしてもまかり通りそうにない事を雰囲気で押し通そうとする陽炎達に、不知火はそうすることがいかに危険か説得し始めた。

 

「朝潮。君は対戦相手を降りると言うのがどういうことか理解していて話しているのか理解しているのかい?」

 

 陽炎達が言い合いを始めると、下村元帥が朝潮に向けてそう質問した。

 

「はい。理解しています。しかし、不知火を解放するためには、こうするしかないんです」

 

「なるほど、では仕方ないな。不知火、準備を始めなさい」

 

「提督!! ……分かりました」

 

 陽炎には、朝潮が言われていた。『対戦相手を降りる意味』とやらがどんなものか理解していなかった。しかし、かなり重要な何かを彼女は犠牲にしたのだろう。彼女は気合いを入れた。その時である、不知火が陽炎に向けて指刺ししたのである。

 

「何? 勝利宣言かしら? アンタ私に演習で一度でも勝ったことあった?」

 

 そう言い終わるくらいに、横からドンという強い衝撃が彼女を襲った。どうやら、朝潮にぶっ飛ばされたのだろう。大体5メートルほど吹っ飛ばされ、彼女は部屋の壁に叩きつけられた。

 

「何すんのよ!!」

 

「これでも明白でしょう。陽炎にはこの不知火と戦う資格すらない。戦いから降りなさい」

 

 不知火はそう言いながら、その部屋を後にした。そして、彼女が部屋を出た直後、陽炎が先ほどまで座っていた。椅子が木っ端みじんに吹き飛んでおり、その床には大穴が合いでいたのだった。不可解なのは、それがいつ開けられた孔で、それが開けられた瞬間も音も光さえも認識できなかったのである。

 

 ただ、おそらく陽炎を吹き飛ばした朝潮はそれを認識していたのだろう。

 

「なるほど、『砲撃を見えなくする異常』ですか。砲身や撃たれた球が見えない事は予測していましたが、撃った時の音や撃たれた後の地形まで見えなくなるとは予想外でした。しかし、何も知らずに戦いに臨むよりはだいぶ勝てる可能性が見えてきましたね」

 

「朝潮ちゃん、不知火が砲撃する瞬間が見えていたの?」

 

「いえ、見えていたわけではありません。でも、なんとなく不知火が撃ってくる瞬間が分かりました。多分、霞が私と不知火の戦いのために、ここに来るのを許可したのはおそらくわたしの異常が不知火の異常に対して優位に図らくという確信があったのでしょう。そして、彼女の予感は当たっていたと」

 

 その後、朝潮はぼそりとまあ、対戦相手を陽炎に譲った事は予想外でしょうけどと呟いた。しかし、これは陽炎にとっても好機だった。確かに砲撃のための主砲すら見ることは出来なかったが、見えないと言うならやりようはある。その為には、

 

「陽炎……君の妹さん。姉である君に向けて砲撃してきたぞ……確かに、妹さんを取り戻したい気持ちがは分かるが、無謀すぎる。ここは朝潮ちゃんに任せて……」

 

「提督。お願いがあるの」

 

「なんだい?」

 

「提督、今回の戦い。ブラインド機能を切ってくれない。戦う不知火の姿を見たいの。不知火の砲撃が見えないなら、彼女がこちらに主砲を向けてくる手の動きや砲撃するための体の動きの硬直から、砲撃する瞬間を見極めるしかない。お願い」

 

「ブラインドを……って言うか。どこでその事を知ったんだ? 君らには提督同士の力の干渉や、深海棲艦の領域の干渉によって敵の姿がおぼろげにしか見えないと言う説明しかされていない筈だが……」

 

「やっぱりそうなのね。で、出来るの? 出来ないの?」

 

 陽炎がその事に思い至ったのは前に朝潮と陽炎が綾瀬大将によって連合艦隊を強制的に組まされた。それによって朝潮たちとの共闘を行った時の事である。その際にこの機能は綾瀬大将の異常であると説明されたが、その際には朝潮の姿がはっきりと見えていた。

 

 しかし、それはおかしな話である。提督の力の干渉が原因であるならば、第3者が無理やり2艦隊をつなげるならば、そこには提督3人分の力の干渉が起こり、普段よりもひどい視界にならなければおかしいのである。

 

 故に、この敵が見えないと言う現象は力の干渉による事故ではなく、提督の力の一部を裂いてまで付け足した付属機能であると陽炎は考えたのである。という事を考えついて、おそらく艦娘への負担軽減か何かだろうと思って今まですっかりと忘れていたのだが、先ほど不知火への対抗手段としてその事を思い出したのだった。

 

「確かに、可能だが……君は妹を撃てるのか? 君の妹は先ほど彼女自身がほとんど不意打ちで君を躊躇なく撃てるほど戦いに精通している。なぜ、艦娘の視界にブラインドをかけているのか理解していない。君達艦娘はそれがないと同じ艦娘を撃てないように、撃つと吐き気を催して、立って入られないほどの衝撃を受けるんだ。彼女にはそれがなかった」

 

 陽炎は提督が言った事を理解しなかった。

 

「何が言いたいの? そうね。一発で大破に持ち込んで勝利しなければ、姿の見えている艦娘を砲撃した気持ち悪さで、戦闘不能になるってことね。OK、じゃあ、かなり接近してから砲撃を加えるしかないわね」

 

「違う。こんな事は言いたくないが、君の妹はおそらく姿が見える状態の艦娘、もっと悪ければ人をその異常によって殺めて来た。そう言っているんだ」

 

「はぁ!?」

 

「おそらく、彼女が君を撃った理由は、姉である君と戦いたくないんだろう。そして、彼女の異常は戦いよりも『暗殺』に適している。何せ、凶器すら見えず、彼女が去るまで撃たれた後の穴すら分からなかったんだ。おそらく、それによって暗殺された人間はたぶん彼女が見せようとしなければかなり長い時間他の人間は暗殺された人間の死体すら見る事が出来ない。この上なく上の人間とすれば邪魔な人間を排除するのに適した異常だろう。それを、彼女を見て痛感した」

 

「そんな事、提督の妄想でしかないでしょう!! そんな!! そんな事言うなんていくら提督でも許さないわよ!!」

 

 そんな会話をしていると、今まで沈黙を貫いていた元帥の艦娘の一人が声をかけて来た。大淀型の艦娘であるが、彼女の言葉は陽炎を絶望させるには十分だった。

 

「はい。彼女はここに来る前に少なくとも20人の政府要人を暗殺しています。そして、彼女がここにいる理由は、彼女がある人物に、下村元帥暗殺を依頼され実行。失敗して保護されたためです」

 

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